始まりの始まり ~裁定式の日~
今回からは短めに投稿します。
黒い袋を、部屋の中に隠したクラウは、再び祭りの中に戻っていた。
すでに、祭りは終盤に近付いていて、音楽に合わせて踊っている夫婦や恋人と思しき男女、ほとんど空になった料理のそばで呑み続けている男衆。
料理の皿を少しずつ片づけ始めている女性たちがいた。そんな中、クラウは、目的の人物を意外な形で探し出す。
アマンダは、エイダと何か話をしているようだった。そんな中、エイダは不機嫌そうな表情を浮かべている。
二人の方へ向かおうと思ったが、遠目に見ても、二人は大事な話をしているようだった。
「お邪魔できる感じじゃないな・・・」
クラウはそう思い、少し離れたところで待っておくことにした。やがて、話が終わったらしくアマンダが、エイダに何かを渡し、エイダがその場を立ち去る。
おそらく、最初から気が付いていたのだろう、アマンダは、クラウの方をむき、微笑みを浮かべた。
「だいぶ、聴き入っていたみたいね。楽器の演奏・・・特にギターラの上手い男性は信用したら駄目よ」
さっきまでとは違い、冗談めいた明るい物言いだった。クラウは、内心驚いてしまう。それがおそらく顔に出てしまったのだろう、アマンダは、少し、困った表情を浮かべる。
「さっきのことは、忘れてくれると嬉しいわ。クラウは、大人の女性の秘密を探るような悪い子じゃないわよね」
「悪い子じゃないです。あと、3か月でクラスももらえるので、もうすぐ大人の仲間入りです」
「そういうこと言っているうちは、子供ということよ。さて、乱入者のおかげで、ゆっくりお話もできなかったわね。いろいろと、訓えてあげたかったけど、今日はダメみたいね」
アマンダがそう言ったころには、気が付けば、あたりは片づけのムードになっていた。
「クラウはお祭りは楽しめた?今日はいい日だった?」
アマンダは、クラウに優しく問いかけた。クラウは、真っ白いワンピースに目を落とし、少し考えているようだったが、やがて、うんと言うように、首を縦に振った。
「いい日だったよ。いい日だった、そうなんだよ、いろんな人とも会えたから」
アマンダはその言葉を目を閉じながら、まるで噛みしめるような聞いていた。
「今日は、残念だったけど、この村から出て、王都に来たら歓迎してあげる。お茶くらいは出してあげるし、今日、教えてあげられなかったとっておきのお話も教えてあげるよ」
「おーい、クラウ、近くにいるのか、片づけの手伝いをしろ!!」
クラウを呼ぶ声が聞こえた。もう、祭りは終わり、片づけて明日の準備がある。
アマンダを見ると、アマンダもクラウを見つめ返し、微笑み、頷いた。
クラウは、アマンダに礼をすると、村の方へ向かって駆けだした。かなりの速度で、片づけの輪に入る。
「おしゃれ着で片づけなんか手伝うものじゃないと思うんだけど・・・まあ、本人がやる気だからいいか。クラウ、また会えるのを楽しみにしているわ」
アマンダは、小声でつぶやき、村唯一の宿に向かい歩き出す。祭りの夜は終わり、日常がやってくる。
それから、3か月が過ぎた。
「ほう、今日は着飾ったね。」
おばばが、クラウの晴れ姿を見ていた。おばばは、もう、足が悪くなり、ベッドから立ち上がるのもやっとだった。それでも、クラウの姿を目に焼き付けるように食い入るように見ていた。
「えへへ、この間真っ白って言われたから、少し、手を入れてみたの。」
白いワンピースの胸元に、青リボン。そして、同じようにシューズにも青いリボンを結び、ワンポイントをあしらう。
「しかし、その首のやつはいつ買ったんだい?そんな高価なもの、うちに買う余裕はなかったはずだけどね」
クラウの首には、白と青、緑が複雑に模様を描き、その中心に紅い石がはめ込まれているチョーカーがあった。
「うん、実は貰い物なの。お祭りの晩に、今日つけていくといいって・・・」
「貰い物かい?まあ、帝国辺りでは、人気のある宝飾だけど、この国では、チョーカーはあまり人気がないからね。首輪みたいって言われてね。」
「そうなの?あの人は帝国の人だったのかな?」
おばばは、少し目を閉じて思案しているようだった。それを邪魔しないように、クラウは首のチョーカーを撫でていく。クラウには、暖かい時間が流れていた。
「さて、そろそろ時間だよ。クラウ、行っておいで」
クラウは頷くと、表戸を開けて、通りに出ていく。あとにはおばばが一人残された。
「帝国から王都に入ってくるねぇ・・・船以外なら、相当遠回りするか、飛行魔法でも使えないと無理なんだけどね・・・全く、肝心なことを覚えようとしないんだから。しょっちゅう国境まで行っているのにね・・・」
おばばの声は、誰にも聞こえることなく、部屋の空気に消えた。
「あら、クラウ?おはよう、今日は真っ白じゃないのね」
「あ、おはようございますエイダさん。・・・緊張しますね」
クラウは振り返り、久しぶりにエイダを見た。クラウと違い、エイダは、見たこともない煌びやかなドレスをまとい、首に、大粒の宝石がちりばめられたネックレスをしていた。やはりどこを見ても隙のない装い、クラウは敵わないなとため息を漏らした。
「緊張しても結果は変わらないわよ?少しは落ち着かれては?」
エイダは、相変わらず、冷静に見えた。クラスは神から授けられるものだから、自分で決めることはできないはずなのに、その目には絶対の自信が見受けられた。
クラウには、結果がわかっているようにも、どんな結果でも受け入れるようにも見えて・・・同じ年なのに落ち着いているのがうらやましく感じた。
この3か月の間に、エイダは、また遠くに行ってしまったようだと思ったが、でも、クラウはそんなことでエイダをうらやましく思うことはなかった。
「おばばは大丈夫なの?」
エイダが心配そうなに、クラウに問いかける。
「早く、この儀式が終わって、隣にいてあげたいと思っています。」
クラウは少しうつむいて、応えると、エイダは「そう」とだけ応えた。
「気まずいな・・・なにか話してくれないかな」クラウはそう思いながら、エイダの横に座っていた。あれから、結局エイダは、何も話すことなく、クラウの隣に座っていた。
教会の戒壇の上では、次々に、村の子供たちがクラスを授けられている。
「・・・よ、お前は『農民』とする」
昨日まで、クラウをいじめていた、ガキ大将の身分の男の子が、農民のクラスを授けられて愕然としている。さっき、子分だった男の子には、狩人のクラスが与えられていたから、明日からは、立場が逆転するかもしれない。
きっと、当人は、剣士や、拳闘士、もしかしたら勇者を望んでいたのかもしれないが、あたえられたのは農民だった。
それだけに残酷な宣告だったのだろう。少しの間、司祭をにらみつけるように、涙目をたたえていたが、退出を求められて、項垂れたまま、戒壇をおり、長椅子に座りなおす。
「農民なんていやだ・・・農民なん・・・て」
昨日までの気強さが嘘のように、俯いて、小声で嘆いている。次はエイダの番だった、呼ばれたときに、エイダは、クラウを見て少し微笑んだ。
「じゃあね、クラウ、行ってきますわ」
エイダはそういうと立ち上がり、戒壇へと上がっていく。
クラウは、少しだけ、エイダの為に、祈りをささげた。
『エイダが、望むクラスに就けます様に・・・私のクラスは、どうでもいいのです・・・エイダに幸運があります様に』
クラウが簡素な祈りをささげている時だった。
「エイタよ・・・お前は・・・」
教会が歓声に包まれた。