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第1話 始まりの始まり

赤く染まった自分の顔を、見上げている。不思議なことに、その時は手や足の感覚を感じることができない。自分の体のはずなのに、動かすことすらできない。

その赤いクラウは信じられないような表情を浮かべて、しかし、そのあとに、ほっとしたような笑みを浮かべて、おなかを撫でている。手が動いている感覚はないのに、しっかりと撫でられている感触が伝わってくる。


その直後、強い衝撃がクラウを襲う。


バランスを崩し、目の前に、いつの間にか開いていた赤い色の大穴に落ちていく。

クラウは驚いた表情を浮かべ、おなかを両手で護るよに抱きしめる。





ドンッ!!


どれくらい落ちたのだろうか。着地の衝撃が襲う。クラウは横になり、苦しそうに息をしている。


クラウの顔が赤く染まっている。自分のことのはずなのに何も感じない。何も思うことができない。

「ぇ・・って・・ぅ、ぅう、ごふっ、ごぅ」

口がかすかに動き、言葉を紡ごうとする。しかし、開いた口から出たのは言葉ではなく、血が混じった咳だけだった。

それでも、クラウは、話すことを止めない。

「・、ぃ、・、・、・、・、ぉ、・、・、・」

クラウは、ゆっくりと、口の形を見せるように、微笑む。



これは、私のはずなのに・・・何も感じない。



クラウの眼が閉じていく。口に微笑みを張り付けたまま。クラウの眼が閉じる。

辺りが闇に包まれる。





クラウは歩いている。





どれくらい歩いているのかもわからない。いつから歩き続けているのかもわからない。もう、何もわからない。ただ、真っ暗だったはずの足元に不意に光が差し込む。

月?太陽?クラウはその方向へ歩いていく。


地上に戻るはず、うれしいはずなのに・・・なんでこんなに、苦しいのだろう?


クラウは後ろを振り向く。闇がそこに広がっている。ただそれだけだった。クラウは光の方へ歩いていくゆっくりとゆっくりと。大事なことがあった気がする・・・何かを失った気がする。


よくわからない喪失感が、クラウを飲み込む。




「あっ・・・」




クラウは、いすに腰掛けたまま、寝てしまっていたらしい。

昨日は、食事が終わり、明日の準備が終わったらすぐに、部屋に入り、休もうと思っていたが、結局ベッドではなく、椅子で寝てしまったらしい。


「また、やっちゃった。もう、完全に癖になってる」


ため息を一つつくと、クラウは椅子から立ち、身支度を始める。手櫛で髪を整えると、そのまま、チェストの上に置いてあったひもでポニーテールにする。

手がすっと通る白に近い青い髪は、夢の中のクラウとの唯一といえる違いだった。不思議と、特に手入れをしていないにもかかわらず、枝毛も癖もつかず、滑らかでみずみずしさを保っている。

寝間着にしている、粗末な長袖のシャツとズボンを脱ぎ、草花染めの厚手の服に着替え、皮の靴下を履き替え、木綿の帽子を被り、顎ひもを締める。洗濯籠に今まで来ていたものを放り込むと、粗末な木のサンダルを履き、紐をきつく締めて、固定する。


「よし」


クラウは、そっとドアを開ける。霧深く、まだ暗い村の中、クラウは、そっと深呼吸をする。

そのまま、慣れた様子で、共用の倉庫へ向かう。ドアを開け、目的のものをクラウはすぐに見つける。それは、木でできた小さな籠だった。


それを背負うと、誰もいない村の門をくぐり、暗く、深い霧に包まれた街道をひた走る。その道はいつしか、森の中になり、やがて、急登の山道になる。クラウはそれに気が付かないように一気に登りきると、山頂近辺の岩の上に登る。霧の上にあるそこからは、あたりがよく見渡せる。薬草を探すときによく使う、クラウのお気に入りの場所だった。


クラウは、じっと、その時を待つ。


明るくなり始めた空が、もうすぐ朝を迎えることを教えてくれる。遠くに鳥の声、どこからか、鶏のなく声が遠く聞こえてくる。

いままで、海のように揺蕩っていた霧に動きが産まれる。

ゆっくりと、霧が動く。

そんな中、ほんのわずかに霧が薄くなる場所がある。クラウはそれを確認すると、岩から駆け降り、全力で、その場所に向かう。

クラウのその動きに霧が動き、元のように戻る。そのことに気が付かないまま、クラウは走った。すべては、目的のもののために。



「よかった。まだ、誰も手を付けてない」



クラウがたどり着いたのは野生の薬草の群生地だった。野生の薬草は、場所がなかなか特定できず、雑草と違いが分かりにくいため、なかなか、手に入るのものではない。クラウは、村人から薬草摘みとしての指導を受けていてそのことを十分にわかっていた。



薬草の葉を一つ手で千切り、においをかぎ、口に入れてみる。さわやかな水気がのどに流れ込む。


「やっぱり深い霧の朝に採れる薬草は、一味違うわ。ずっと朝は深い霧ならばいいのに」


それからクラウは、枝分かれした薬草の新芽を手で切り、籠に放り込んでいく。こうしておけば、数日もすれば、また収穫することができる。

あっという間に薬草でいっぱいになる籠。クラウは、満足げに立ち上がると、少しホッとしたように背を伸ばす。籠に蓋となる布をかけきつく固定する。

太陽が出るまで待っていると、鮮度が落ちてしまう。そのため、この薬草の採取は、時間との戦いだった。

籠を背負い、まだ薄暗く、霧に包まれている街道へと急いで戻っていく。今日は、夕方からお祭りが始まる。少しでも、時間を有効に使いたかった。




日の出前に、村の近くまで帰ってくることができた。そのころには、村人たちはほとんど起きだしてきているのだろう、煙突から、煙が上がっているのが見える。

クラウは安心して、走るのをやめて、門の方へ歩いていく。

門衛が、クラウの返ってくるのをみて、少しホッとしたような表情を浮かべる。

クラウは速度を緩め、門衛の前で止まり、背中の籠を地面に下ろし、帽子を取る。


「・・・ほら噂をすれば。クラウ、早い帰りだな!おばばが心配していたぞ。どこまで行っていたんだ?」


「まったく、いつ出ていったんだ?お前は、いつもふらふらしているが、当番のやつが、お前の姿を見ていないって言っていたぞ」


心配されているのか、監視されているのかわからないが、クラウが無事に帰ってきてほっとしているみたいだった。


「薬草を摘みに行っていました。霧が深かったので、見落としたのだと思います」


籠に巻き付けていた布を外し、中身を確認してもらう。


「ほう、いい薬草じゃないか。これから、おばばのところで原液の仕込みか?」


「はい。日に当たると鮮度が落ちるので、早く持っていきたいのですが、」


門衛たちは肩をすくめる。本当ならまだ言いたいことがあるような素振りだったが、


「前々から言っているが、お前は、まだ子供だ。きちんとルールは守るように。村の外に出るときには、門衛に一言声を掛けてくれ」


クラウは、「誰もいなかったんだから仕方ないじゃない」という言葉を、飲み込んで、門衛に頭を下げ、門をくぐる。


村の中は、あちこちが飾り付けをしてあって、いつもとは違うにぎやかさがあった。昨日は、クラウも手伝って飾り付けをしていた。


朝歩いた道を戻り、自分の住居になっている小さな小屋にたどり着く。

そのドアを素通りし、そのまま、横のドアをノックする。


「誰かね?」


ドアの奥から、聞きなれた声が聞こえる。クラウは、ほっとした表情を浮かべて、


「クラウです!今帰りました。」


とドアを開けた。


「ようやく戻ったか。まったく、明日深い霧になるって教えなければよかったかね?」


「そんなことないよ。ほら、おばばのおかげで、こんなにたくさん見つけられた」


クラウは、籠の中身を見せる。おばばは、覗き込み、ふぅっと息を吐いた。


「まったく、無茶するんじゃないよ。今日はどれくらい先まで行ったのか?」


「ええと、北に行って大きな渓谷の近くで採取したよ。また今度行こうかなって思ってる」


「まったく、若いっていうのは、いいね。あんたみたいにはいかないけど、若いときは、私もその近くに留まって薬草を摘んだものだったよ」


クラウは、少しうれしくなって大きな石臼のところに移動する。そこに薬草を入れ、棒で突きながら、おばばの話を聞くことが楽しみだった。


クラウの準備が整うのを目で追いながら、おばばは見えないように嬉しそうに口の端を上げた。


「その渓谷はさ、いろんな薬草の群生地になってた。そりゃ、私も薬草摘みとしての心が騒いだってもんだ。1週間留まったね。騾馬を引いてテントを持ってきて、昼は薬草採り、夜は火を囲んで野宿と、仲間たちと楽しい時間を過ごしたもんだったわ」


「へえ、おばばにもそんな時があったんだ」


「・・・お前もそういわれる日が来るんだよ。まあ、そんな折だった。私たちの近くで違う薬草摘み達がキャンプを張り始めた。まあ、よくあることなんだよ。その中の一人と私は近づいていった」


おばばの頬が種に染まった気がしたが、クラウはあえて見ないふりをした。臼の中で、薬草は形を失いつつあった。


「満月草が茂る日だったね。その男は私を呼び出して、夜空の下で救世女の名のもとに、お互い永遠を誓い合ったものさ」


クラウの手が一瞬だけ止まる。心の中にモヤモヤが漂っているが、その理由はわからなかった。再び、薬草に棒を堕とす作業に戻る。


「それから、すぐに私たちは子供を授かった。かわいい、赤毛の女の子だった」


「とても信心深い子でね。クラスは聖女ではないかってみんな噂したものだったよ」


「その子は、10歳の時に、お城に上がった。そのあとはあっていないよ・・・ただね、きっと元気でいてくれると私は信じているのさ」


臼の中の薬草はひとつ残らずつぶされて、緑色の液体に変わっていた。クラウは、臼のそこの栓を抜いて、液を取り出し、清潔な布に、臼の中でつぶれた薬草を入れ、臼の中で、絞り始めた。


「へえ、おばばも、そういうときがあったんだ」


「そうさね。あれから、子供たちもここから出ていき、夫に先立たれて、どうしようかって思った時だったよ。お前と出会ったのは。しかし、あの時来ていた服はいったいどこに行ったんだね?3か月後の式で使おうと思って探すけど見つからないんだわ」


「う~ん、わからない。私も、みんなが言う服を見たことないからさ」


クラウには、いつも着ている服のほかに綺麗なドレスを持っているらしい。プリンセスライン近い珍しいシルエットなドレスに宝石を散りばめたような白と青の模様が特徴的で、胸元の紅い宝石ワンポイントになったとても綺麗なドレスだったらしい。


あくまでらしいというのは、そんなドレスをクラウは持っていた記憶もなく、そのドレスを見たこともなかったからだった。


クラウは、最後の一滴まで絞り終わると、集まった原液を瓶詰めする作業に取り掛かる。


「ずいぶんと上手くなったね。いい手際だよ」


「えへへ。おばばの教えの賜物だよ。」


漏斗を使い、細い瓶に移し替えていく。


籠いっぱいの薬草から10本の原液が出来上がった。クラウは、最後に、光にかざし、中に不純物が入っていないか確認をする。それが終わったら、蓋をめて、蝋で塞いだ。これで、完成である。


「おばば、終わったよ。」


そのころには、太陽が昇り、あたりはすっかり明るくなっていた。


「ああ、ああ。そうだね。まったくできた子だよあんたは。もしあんたが、この店を継がせられれば、一番良かったんだけどね」


クラウは、この村に来てからまだ3年くらいしかたっていない。年齢もわからなかったから、見た目から10歳くらいだと判定された。クラスを得る前の未成年である。

来た当時は、自分の名前以外のすべてがわからない子供を受け入れるのか、それとも、追い出すのかで相当もめたらしい。

ただ、おばばは、クラウを見たときに、自分の家で保護すると言ってくれた。おばばは薬草摘みとして優秀で、本業には及ばないものの家庭用の薬を造ることも得意だった。

ただ、すでに高齢で、店に出ることもできなくなっていた。

不幸中の幸いでこの村が王都から近いことで、薬をはじめとした物資に困ることは少なく、また、備蓄も多くあるために、店を閉じること自体には、村人たちからも反対はなかったらしい。


それから、クラウは、おばばに教えられて、薬草摘みとしての基礎的な知識から、簡単な薬の製造方法まで教わった。おばばの話は面白くて、クラウは夢中になって、その知識を取り込み、おばばが少しだが集めていた薬草学の本を読み漁った。

やがて、半年がたち、村に出入り許可が下りたとき、クラウは、習ってきたことを確かめるために、いろんなところに出かけていくようになった。

とはいっても、一日のうちに帰ってこれる場所に限ってだが。


臼と棒を、井戸水できれいにして清潔な布で拭きあげ、後始末をしようとしたクラウをやんわりとおばばが止める。


「今日は、このままでいいよ。はい、お駄賃。もってお行き。あと、今日は領主様の館に行くんだろう?ほかにやることもあるだろうし、失礼のないようにするんだよ」


一瞬きょとんとした表情を浮かべたクラウだったが、


「おばば、ありがとう!!」


クラウは、おばばの手から、10枚銅貨を受け取る。1つの瓶につき1銅貨が、この仕事の報酬だった。これが、多いのか少ないのかクラウは知らない。クラウは、嬉しそうに銅貨を数えると、おばばに頭を下げて、木の籠をもって、小さな工房から出ていく。


クラウは、その後、木の籠を倉庫に戻し、急いで寝間着と今着ている服を脱いで洗濯しようとしたところ、村の母親たちに見つかって、あっさりと、洗濯籠を奪われて、洗濯する権利はなくなってしまった。


仕方なく、クラウは、唯一持っているおしゃれ着である、白いワンピースのしわを取ることに集中することにした。ワンピースのしわを取り、少し上等の白い靴下を合わせる。靴も、いつも履いているサンダルではなく、きちんとした、白いシューズを用意する。


一つ一つを身に着けていくと、少しは、きちんとした身なりになったように感じる。髪は、ひもを外し、ストレートにする。


鏡を見ると、翠の光の入った青い瞳以外は、白だらけだった。すこし、おかしくなって、思わず笑みを浮かべてしまう。


シューズに足を通し、クラウは、外に出て、大きな舞台が整えられている広場に向かう。そこには、すでに、飾り立てた子供たちと少しだけ大人がいた。一部が、クラウを見ると、ひそひそ話をする。

クラウにとってはいつものことなので気にしてもいなかった。


「あら、クラウ?あのドレスは着てこないの?」


そんな時だった。クラウが知った声が、不意に掛けられる。クラウは、振り返り、一礼をする。そこには、緑のドレスに身を包んだ少女と、執事が立っていた。


「あ、エイダ様。私は、ドレスなんて持っていませんよ。」


クラウは、すぐに否定する。


「あら?そうなの?あなたにとっては、唯一のとりえじゃないの?」


エイダとクラウは、どうしてもうまが合わなかった、とはいってもエイダは、この村の領主である男爵の三人目の子供で、いつもは王都と村を往復する生活をしている。だから、いつも会うわけではないが、あったときには、クラウは嫌みを言われる生活をしていた。


男爵の自慢の娘だと、言われていたが、兄姉がいる以上は、クラス次第だが、自由に生きることができると言われている。本人も活発な性格で、討伐者を目指していると言っていた。


「まったく、コーディネートが成ってないわね。あなた、式にもその格好で出るつもりでしょう?」


「仕方ないです。これだけしか服がないですから」


「まあ、あなただから仕方ないわね。もう少し、アクセントになるものでも買ってはいかが?」


クラウは、少しうつむくと、息を吐きだした。その様子を見て、エイダは、扇で顔を隠す。

実際エイダの服は、この日の装いとしては、最も正当なものだった。

いや、クラウ以外の子供たちは、もう少し着飾ったりしていた。特に女子の服や装飾に対する力の入れようはかなりのものだった。


そんな中、白一色のクラウは確かに浮いていた。



「それでは、皆さまお揃いでしょうか?」



そんな折、エイダと一緒に来ていた執事が声をかける。これから、屋敷で、大事な話があるということは、クラウも聞いていた。


その言葉が終わるか終わらないかの時に、馬車が、広場に入ってくる。エイダに促され、集まった子供たちは、男子と女子に分かれて乗り込んでいく。


クラウは、抵抗にもならない抵抗をしたが、エイダに逆らうことなどできるわけもなく、あっという間に一緒の馬車になってしまった。


ほかの馬車は4人で乗っているが、この馬車だけは、エイダとクラウの二人だけが乗っていた。


「クラウさんは、どんなクラスにつきたいと思っているの?」


短い馬車の旅だが、クラウは、エイダから、問われていた。


「薬草摘みや薬師になれたらと思っています。」


「あら、素敵ね。私ね、実は、この間勇者様とお話ができたの。で、私が、戦闘向きのクラスだったら、勇者様のパーティに入ることができることになったの。」


クラウは、興味がなさそうに、ぼうっとエイダの顔を見ていた。エイダの話は続いている。


「私の家は男爵と言っても、少し特殊なの。私は貴族としての教育もちゃんと受けているから、そういう社交の場でも役に立ちますって言ったら、ぜひ、君のような力がパーティにほしいって言われちゃって・・・クラウさん?反応薄いですよ」


「ええと、馬車が初めてなので、いろいろと考え事してました。勇者パーティに誘われたんですね。さすがエイダ様です」


「あなた、いろいろと失礼ね。真っ白なところといい」


真っ白は余計だと、クラウは思い、近づいてくる領主の館を見ていた。思いのほかゆっくりと、進んでいたらしい。馬車はそのまま、屋敷の門をくぐると、本館に向かわず、大きな屋敷の前に止まる。


馬車から続々と子供たちが下りていく。クラウは、自分で降り、エイダは、御者に手を取ってもらいゆったりと降りる。


屋敷の中は掃除は行き届いていたが、装飾品が少ない寂しい造りだった。

そのうちの一室に、子供たちは集められた。丸いテーブルが10個用意してあり、椅子のある場所には、焼き菓子が置いてあった。


「はい、では、お菓子の置いてあるところにかけてください」


執事の声に、子供たちは、仲のいい子同士で固まって座っていく。

クラウには村の中で特別仲のいい子供はいない。また、親たちからも、クラウとは遊ばないようにと言われているのだろう。その寂しさを、おばばの手伝いで紛らわしていたから、当然の帰結ともいえるわけである。


ここでは、エイダは、取り巻きの子たちと一緒に座り、仕方なくクラウは、お菓子は置いていないが、開いていたテーブルをさがし座る。クラウの付近から子供たちがいなくなる。


全員が着席したのを見計らったように、一人の女性が、部屋の前の方のドアから入ってくる。


眼鏡をかけた地味な印象の女性だった。


「皆さん、こんにちは」


抑揚のない平坦な声だった。あ、これは長い間聞いていると眠くなるなと、クラウは直感的に思った。


説明が始まって、直感は確信に変わった。


この国では、満13歳になった子供に、神がクラスを授ける儀式がある。

神聖なものであり、また、その人の一生を決める大きな儀式でもある。だが、クラス自体が絶対かと言えばそうでもなく、クラスはあくまでも人生の指針になるものである。

クラスを超える活躍をした有名な話で、農民のクラスを得ながら、広大な土地を一人耕し、やがて神の意志によりその地の王となった農夫王や、ただの修道女でありながら、聖女を超える功績を妬まれ、追放された国で、その国の抱えていた問題を、身分を隠していた王子とともに解決し、王族と婚姻し幸せに暮らし、ついでに聖女が自滅した救国の乙女の話もあるが、それは、ごく一部の話である。


この時点では、まだ、皆目を輝かせて聞いていた。


だが、それでも、良いにしろ悪いにしろ、人はクラスに沿って生きていくことになる。


そして、無数と言えるクラスが存在する。農夫や薬草摘みと言った生産系のクラス、職人や鍛冶屋と言った加工系のクラス、商人や薬売りと言った商人系のクラス。

そのほかにも、戦士や狩人と言った戦闘系クラス、王族や貴族の特殊な職業を持つクラス、そして、勇者、賢者、聖女などの伝説的な希少クラスも存在する。

時々、神様のいたずらなのか、サラリーマンやデバッカーと言った不思議なクラスが身につくものもいるらしい。


勇者や賢者という男子があこがれる、かっこいいクラスの説明や、お姫様や聖女という女子のあこがれるの的であるクラスの説明は、一瞬眠りかけた、子供たちの好奇心に火をつけたかのように見えた。


しかし、生産や加工系のクラスは、この村にとどまることが多い。しかし、商人系のクラスや、戦闘系のクラスが発現した場合には、ほとんどの少年少女は、王都へ向かう、この村は、王都に近いが、大した特産品があるわけでもなく、別に宿場町でもなく、交通の要衝でもない。その上で治安が良く、魔獣などの遭遇もなかったため、猟師が3人と、あくまで男爵領であるので、衛兵が4人いるだけ、それでも、十分平和にやっていけていた。そのため、今まで商人や戦闘クラスが発現した人は、すべて実入りのいい王都へ出ていった。

それがもし、希少な戦闘クラスであれば、言うまでもなく、この平和な村に、純粋な戦闘力を持ったクラスは不要であるし、すぐに王都に連絡がいき召し上げられることになるだろう。と、


この説明がとどめになった。クラウはこの説明を聞きたくてうきうきとした表情を浮かべていたが、このころには、ほとんどの子供が夢の中にいた。起きてまともに聞いているのは、クラウとエイダと残り数人と片手で数えられるほどの人数しかいなかった。


当然だろう、もう、あたりは夕方になろうとしている。すでに女性の話が始まってから2時間近くが経っていた。


「と、これで、私のお話は終わりです・・・あら、最後まで起きていられた子もいたのね?」


眼鏡をかけた女性は、微笑みかけて、両手を肩の位置まで持っていき一気に合わせた。


パンッ


穏やかな空気が一瞬で張り詰めたようなものに変わる。クラウも、そのことに驚いていた。

いままで、机に突っ伏したり、椅子で打とうとしていた子供たちは、その一拍で一気に目が覚めたらしくきょとんとした表情で、壇上の女性を見ていた。


「さて、今日の説明はこれで終わります。よくわからなかった子は、聞いていた子に教えてもらってくださいね。」


「さて、皆さん、外に迎えの馬車が来ています。お祭りが始まってますよ。さあ、準備ができた子から早く帰れますよ」


女性が、机の上の本を閉じ、眼鏡をはずすと、同時に、後ろのドアが開き執事が入ってきて、子供たちにお祭りが始まったことを告げる。ほとんどの子供たちは、お菓子を片手に、歓声を上げながら、慌てて、ドアの外に飛び出していく。

そして、エイダに執事が近づき何かを語り掛けると、驚いたような表情を浮かべ、クラウの方を見ることもなく執事についていった。


部屋の中には、クラウと、眼鏡を拭く女性だけが取り残される。クラウは、そっと立ち上がると、眼鏡に執心しているような女性に近づいた。


「さっきの説明、とても勉強になりました。ありがとうございました」


女性は、一瞬、驚いたような表情を浮かべたが、すぐにうれしそうな表情へと変わる。


「ありがとう、あなたは、最期まできちんと聞いていてくれたわね。難しい話だと思ったけど眠らずに聞けるなんて偉いわ」


女性は、演壇から降りて、クラウと視線を合わせる。今になってクラウは、この女性に眼鏡は不要だったのだと気が付く。


「あの、目が悪いのではないんですか?」


女性は不思議そうに眼鏡を見ると、ああっと肩をすくめる。


「ああ、これね。これは、お守りみたいなもので、私にとっては、仕事仲間みたいなものなの。とても便利だからいつしか手放せなくちゃって。」


女性の説明はよくわからなかったが、クラウは、そんなものなんだと思いその話は終わりにした。



「あの、さっきの説明で、もう少し聞きたいことがあったんです。」


眼鏡をケースに直した女性が、あらっと驚いた声を上げる。今まで質問などを受けたことがないような声だった。


「子供向けには難しいお話だったけど、さらに質問までするなんて、将来有望ね。さて、何が聞きたいのかしら?」


女性は、クラウを微笑みながら見ている。よく見るときれいな人だなと、クラウは思い、説明の中で感じた物足りなさを聞いてみる。


「こんなことを聞くのはおかしいと思うんですが、少ししか触れられなかった、クラスのスキルについて聞きたいのです。剣士や魔導士は、クエストを行うことにより、スキルを得ると聞きましたが、農民や薬草摘みのスキルがあるのですか?そして、生涯にえられるスキルの数に差はあるのですか?」


女性の顔に驚きの表情が一瞬浮かび、やがて微笑みに変わる。


「あなた、お名前は?」


「クラウと言います。拾われ子です。いま、薬草摘みのクラス持っている人の元でお世話になっていて。私もきっとそういうクラスにつくのだと思っています。なので、聞いていたいなと思って」


「アマンダよ。少し、難しい話になるわ。わかりにくかったら言ってね。」


クラウは頷き、女性の目を覗き込む。女性は、眼鏡をケースに直し、少し、肩を回した。

そして、軽く、咳払いをして話し始めた。


「先に結論から言うわ。農民や薬草摘みと言ったクラスも、年1回、スキルを得ることができるわ。そして、生涯を通じて、取得できるスキルの数は、どんなクラスでも変わらない。ただ、スキルがきちんと目に見える形になるのは剣士や魔導士が多いの。例えば、剣士は、最初に剣の習熟を覚えて、10年の間に、100近いスキルを取得するわ。それに対して、10年間で農民の取得するスキルの総量はせいぜい50と言ったところ。」


クラウは、不意に役人に覗き込まれる。きっと、きちんと聞いてる?眠くない?と聞いているのだと思い、首を縦に振る。


「しかし、剣士の寿命は短い。10年を過ぎたら、ベテランと呼ばれ、20年を過ぎるころには、引退を進められるわ。そして、そこまで生き残っている人も少ない。そして、20年を超えて自ら身を引くころに身についているスキルは、200と言われている。しかし、剣士としての人生を進めば進むほど、クラスに囚われていく。逆に途中で降りた方がいい人生を歩める場合もあるわ。まあ、途中で降りた場合の話は抜きにして、剣士としての限界スキル数はおよそ200と言われているわ。では?農民はどうかというと・・・」


「いうと?」


「農民の生きる時間は長い。剣士は20年でそのクラスとしての寿命を終えてしまうけど、農民は、死ぬまで農民を続けることができる。剣士の倍、40年間農民を続けた場合、獲得できるスキル数は200になるわ。だから、クラス人生を通して、得られるスキルの数に違いはないと言われているの。そして、生き方はクラスがすべてではないわ。」


「生き方は・・・クラスがすべてではない?」


不思議とその言葉は、クラウの中に吸い込まれていった。


『あなたたちの生はもうどうしようもないくらいにゆがんでしまったけど、でも、今の生がすべてではない。どんなになっても存在し続けることが役目でも、それだけにあなたのすべてを捧げないで』

どこかで聞いた言葉が、クラウの脳裏によみがえるが、クラウはその言葉が誰からかけられたのかを、この時は思い出すことはなかった。


「そう、クラスを極め手、そのスキルを磨く道だけが、生きる道ではないわ。クラスに適性がなくて、途中で折れて、ほかの道を見つけた人も私はたくさん知っている。

逆に、適性がないと思った人が寄り道の末に元のクラスを大器晩成した人もたくさん知っているわ。

少し説教ぽくなっちゃたけど、そのことについては、面白い話がたくさんあるわ。

そうね、お祭りの時に、ゆっくりとその話もしましょう。」


「え、いいんですか?はい!」


「ええ、こんな聞き上手で、面白い子がいるのなら、喜んで教えてあげるわ。あ、そうそう、もし、王都に来るのなら、わたしを頼っていいわ。討伐ギルドでアマンダっていえばすぐにわかるわ」


アマンダは、クラウに微笑み、頭を撫でた。


「はい、その時はお願いします。アマンダさん」




「アマンダ様、旦那様がお呼びです」




時間が来たのだろう、メイドが、部屋に入ってくる。アマンダは、クラウの目線に合わせて、少しかがみこむ。


「クラウさん。どんなクラスが与えられるかは、神のみぞ知るわ。だから、どんなクラスをもらっても、そこであなたの人生が終わるわけじゃないの。そこから始まるのだから。って、少し難しいか、じゃあ、あとで会いましょう。あなたに救世女の加護あらんことを」


クラウは、部屋から出ていくアマンダを見送り、外をみる。

西の壁の上にもうすぐに沈もうとしている朱い太陽が見えていた。ずいぶんと話し込んでしまったらしい。クラウは、暗くなり始めた廊下を歩いていった。


「もう、馬車がいるわけないよね・・・歩いて戻るの?・・・走る?だめだめ、この服を汚すわけにいかないから・・・」


クラウは、少し俯いて歩いていたが、ドアの先に、人影が立っているのを見つける。少しずつ近づいていくとそこには、先ほどのドレスからは少し落ち着いたワンピースに着替えたエイダがいた。


「あら遅かったですわね。魔女にお説教でもされていたのかと思いましたわ?」

「魔女?何のことですか?」


朱く染まった顔のエイダが、クスッと微笑むのを、クラウは疑問符を浮かべていた。


「まあいいわ。偶然、馬車が一緒になってしまったわね。少し昏くなってきてしまったけど、クラウさんが真っ白でよかったわ」


「はあ、どうも・・・ありがとうございます。エイダサマノヤサシサにココロウタレマス」


もう、どうでもよくなってしまって、つい、棒読みで読み上げてしまった。しまったと思ったが、エイダは、クラウに怒ることもないまま、すっと馬車に乗り込んでいく。クラウもあわてて、乗り込む。


行きとは違い帰りの初めはエイダは、無口だった。クラウはきまり悪そうに、エイダと向かい合って座っていた。


「劇は見なくてもいいの?」


そういえば、今日は劇団がこの村に訪ねてきている。祭りで、様々な催し物を披露する予定らしい。その中でも、特に男子に人気があったのが龍狩りの勇者の物語だった。


国で勇者と認められた青年が、幾多の苦難を乗り越えて、火口に住む赤竜を退治し、国に平穏と安定をもたらす。


最後のシーンで、勇者が赤竜に剣を突き立てて火口へと落とし、危険を承知で追いかけてきた、王女と再会して、お互いに愛を救世女に誓い終わり。というお話。

そして、この話は、ほとんどが本当の話であり、現国王と王妃がモデルだと言われている。


クラウは、なぜかこの劇が嫌いだった。理由はよくわからないが、嫌いだった。


「あまり、好きな劇じゃないから・・・」


「そうだったわね。演出は面白いから、毎回楽しいのだけどね」


赤竜の動きに合わせて、炎の魔法が上がったり、勇者が空中を飛んだりと、バラエティ豊かな演出がこの劇の売りであった。


舞台からの音が近づいてくると、村に帰ってきたという実感がわいてくる。広場の近くのロータリーに馬車が止まると、エイダに曳かれてクラウは広場へと向かっていった。


舞台は最後のシーンを迎えつつあった。


「赤竜よ、これが、聖剣の力だ!!」


剣に光の魔法が宿る。今日は楽団もいる大きな劇団らしく、場面を盛り上げる音楽が流れている。

ソロのギターラのかき鳴らされる旋律が、ドラムと融合していく。なぜか、クラウは、ギターラの旋律に聞き覚えがあった。耳障りのいい、聞きなれた旋律に思えた。



「はぁ!!」



その旋律にクラウが心を奪われている間に、舞台はいよいよクライマックスに突入していた。

逃げようとしてるのか、勇者に背を向けている赤竜の背中から、聖剣が突き刺さり、竜は苦しそうに咆哮を上げ、そして、刺さっている聖剣をじっと見ている、そのまま、倒れ舞台から退場する。


舞台袖から、王女役の女性が走ってくる。お互いの無事を確認した二人は、星々の下に救世女の加護あらんことをといい、劇が終わる。

拍手が巻き起こる。王都に近いとは言っても、演劇を生で見ることができる機会など平民には多くない。そして、村には、娯楽というものがないため、年に1回あるかどうかの機会は大事なものだった。


「相変わらずの大衆演劇ね、でも、あのギターラの演奏は素晴らしかったわ」


エイダはつまらないに呟く。

きっと、見慣れているのならば、そういう感想も出てくるのだろう。エイダの自慢話に、クラウは付き合わされることが多かったが、王立劇場で見た劇の話は、こんな比じゃなかったという自慢を聞いていたので、そこと比べるのはと、苦笑いを浮かべた。

しかし、確かに素晴らしい演奏だった、あの演奏の間だけは、本当の演劇を見に来ているように錯覚してしまうほどの演奏だった。


クラウは、ようやく劇が終わったことにふぅっと安心して息を吐きだした。舞台の上はかたずけられて、劇団の団員たちは、楽器を設置し始めていた。


周りが、さっきの劇の話題で盛り上がっていたため、クラウの行動を見ている村人は一人もいなかった。


さっきのギターラの人がいないと思い探していると、舞台の裏から、声が聞こえてきた怒るような声と、謝る懐かしい声。思わずクラウは、舞台の裏に回り込んだ。


「いや、困るんだよ。勝手なことされちゃ。」


「すいません、盛り上がるかなって思って。本当に申し訳ない」


「まったく、俺のせっかくの演技がお前の演奏で台無しだ。」


そこには、あのギターラの奏者と、団長らしい太った男と勇者役の衣装もそのままに、若いが覇気のない大きな帽子を被った奏者をしかりつけていた。


「いや、そういわれましても私は、3日前に雇われたばかりなんですよ」


「お前がこの村に行きたいといったから、雑用として雇っただけだ。まったく、ギターラの奏者と雇ったわけではないわ。ここで、解雇だ」


「へいへい、ここで解雇ですね。」


「そうだよ。まったく、舞台は芸術なのにそれが台無しだ」


ぶつくさと言いながら、団長らしい人と役者は、劇団の馬車へと向かっていく。


「はいはい、目的は果たしたからいいよ・・・なあ?クラウ?」


いきなり、名前を呼ばれる。クラウはびくっと体を震わせた。

男は、振り返り帽子を取る。不揃いに斬られたおそらくもともとは金色だったと思うくすんだ髪、紫の瞳、温厚そうな口元が緩むのをクラウは不思議に魅入られていた。

思い出すことはできないけど懐かしい顔がそこにあった。安心してもいい、この人は大丈夫信じられると思う。そんな不思議な雰囲気だった。


「あの、なんで名前を?」


「ずっと前から探していたからね。おっと、そう緊張しないで。捕まえようとか、どっかに連れて行こうなんて今は考えてないからさ」


クラウが一歩引くのを見て、慌てて、否定し、額に左手をあてる。

あ、あれは、困っている時の癖だとなぜかわかってしまう。

いろいろと聞きたいことがあった。あなたは誰?なんで私を知っているの?

でも、出たのは、


「ええと、ギターラ素敵でした。・・・もしよければ、もう一曲聞きたいのですが、いいですか」


男の顔が、温和そうな笑みを浮かべる。


「ええ、いいですよ、他ならない貴方の頼みですからね。ただ、ここは騒がしいですね。少し離れますか?」


クラウは頷き、男の後に続く。男が、すっと、目を細めたことにクラウは気が付いていなかった。



クラウたちは、祭りの会場から少し離れて、洗濯場の川のほとりにいた。そこには、腰掛けられるような木箱がいくつかあり、その一つに男は、着ていたマントを脱ぐと、かぶせた。


「さあ、どうぞ」


クラウは、驚きながらも、断る言葉も持たず、そのまま木箱に腰掛ける。


男は、少し、考える表情を浮かべると、


「一緒に聞かれますか?お嬢さん?」


誰もいない対岸の森に呼び掛けた。


クラウが、驚いたようにその方向を見ると、森から、人影が姿を現した。満月の光がだんだんとその像を結んでいく。


「アマンダさん?」


クラウが驚きの声を上げる。アマンダは、少しイラついたような表情を浮かべ、男を見ていた。殺気ともいえる視線を男は悠然と受け止めている。


「何しに来たの?こんな小さな子供を連れて?」


「古い友人に会いに来たと言ったら・・・どうするかね?」


アマンダの顔が一瞬苦痛にゆがむ。何があったのかわからないクラウはただ、おろおろとするだけだった。


「どうしたんですか!アマンダさん?」


「クラウ。こいつは信用したら駄目よ。なぜかは教えられないけど、こいつだけは信用したら駄目」


アマンダは、胸元の銀細工を握りしめている。


「どうだね?君も一曲いかがかね?ここで聞いていくのもいいと思うぞ」


冗談じゃないとアマンダは言い、クラウの方を向く。


「いい、クラウ。この男は絶対に信用しないで。こいつは、平気で裏切りを働くやつだからね。」


「ずいぶんとひどい言いようだな。全く」


男が肩をすくめるのをアマンダは見て、不機嫌そうに言い捨てた。


「古い友人として忠告しておくけど、少しでも悪いと思うのなら謝ったり、隠れ住んだりした方がいいわよ!!」


それだけ言うと、アマンダはクラウに、「祭りの会場で待っている」と伝え、足早に立ち去っていく。


「いやごめんね。彼女とは過去にいろいろあってさ」


「気にしてませんよ。裏切る側にも事情がある場合もありますし」


クラウは、何の事情も知らないのに、そんな言葉が出てくるのに驚いた。それを男も、驚いたように少し口元を緩める。


「いや、君に慰められる日が来るとはね・・・まいったな。激しい曲もいいと思ったが、すこし、即興で弾かせてもらうよ」


男は、ギターラの音を確かめ、弾き始める。クラウは、音楽のことはわからないが、寂しい曲だと感じた。たとえるのならば、我が子を見失った母親の心中や行く先を見失った人を思わせる。そんな中にも、ただ、一つの旋律が流れる。きっと、その先に、探しているもがあると、行くべき未来があると。旋律が雄弁に語っていた。


ずっと聞いていたい。クラウはそう思っていた。しかし、どんなものにも終わりはある。


最後のワンフレーズが流れ、男は弦から指を放す。そして、クラウの方を向き、一礼をした。


クラウは、しばらく、拍手をすることも忘れ余韻に浸っていた。ふと気が付き、クラウは拍手をする。


「すごくきれいな、懐かしい旋律でした。ありがとうございました」


「クラウにそうほめてもらうと少し照れるな。クラウは、まっすぐになったね。」


男は、コートの内ポケットに手を入れ、黒い袋を取り出す。


「はい、演奏を聴いてくれたお代だよ。裁定式の時に、今の服のアクセントになると思うよ」


「そんな、演奏を聴いてくれたお代なんて聞いたことがありません」


クラウは、固辞しようとするが、あっという間に手の中に、袋を握らさせられてしまう。


その時、クラウは森の中から視線を感じた。アマンダが帰ってきたのだろうか?その視線に気が付いたように、男は、ギターラを構えなおす。


「さて、名残惜しいが、もう少しここで弾いていたい気持ちなのだ。今日のところはお別れだなクラウ」


クラウは、その言葉に手元の袋と男の顔を交互に見て、森の方へ視界を移す。

釈然としないものを感じたが、クラウは、男にお礼を言うと、まずは自宅へと向かっていった。とりあえず、袋を盗まれないような場所に隠してから、お祭りに再度参加するつもりだった。




クラウの背中が見えなくなってから、男は調弦を始める。少し手間取っているのか、それとも誰かを待っているのか、手元を気にもせず調弦を行っている。


いつの間に現れたのか、クラウの座っていた席に別の少女が座っている。身長はクラウと同じくらいだろうが、赤と黒のドレスを身にまとい、胸元の蒼いほのかな光を放つ宝石がワンポイントになっている。


少女は、何も言わず笑みを浮かべながら、男の調弦が終わるのを待っている。


男は、少女を見ると、呆れたような笑みを浮かべながらも、調減の終わったギターラの弦を弾く。


「リクエストはありますか?」


男が少女に問いかける。少女は、いたずらっぽく男に笑いかける。


「ええ、あるわ。とても幸せな気持ちになれる曲を、そして、その幸せを護るためならばどんなことでもする覚悟をもらえる曲をお願いするわ。・・・永遠の罪人、古のさまよえる聖者様」


お読みいただきありがとうございました。

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