プロローグ 剣聖の敗北
初投稿です
・・・=沈黙 多用する方です。
まだ日の出を迎えたばかりの太陽が、もう少ししたら、その場に光をもたらしてくれる。一日が始まる時間。しかし、その場所に籠った空気は重く、冷たくその場に漂い続けていた。
なんで、こんなことになったんだろう・・・
クラウは、不安を感じながら、その場に立ち尽くしていた。ふと、横に目を向けると、整った顔の同い年くらいの少年が立っている。引き締まった顔からは、純粋な闘志と言えるもの以外を見ることはできない。
それが、そう遠くない未来に自分に向けられることは、知っていた。
後ろには、3日前まで、仲間だと勝手に思いこんでいた5人がいる、振り向けない・・・きっと、振り向くと後悔する。
今日のこの場は、私の無能を断罪するための場所・・・だから、5人はきちんと確認したいと思っているんだ。自分たちの3か月が何だったかの証明のために。
クラウは、心の中で深呼吸をすると、何事もなかったように前を向く。前の2人は、知り合いであり、仕事仲間であり、上司だった。あなたたちに、今日の私はどう思われているのだろう?どう、扱っていこうと思っているのだろう?
昨日までならば気軽に聞けたはずのその問いをそっとクラウは飲み込んだ。
昇っていく日の光が、その姿を少しずつ照らし出していく。
黙っている間に、冷たく重い空気がまとわりついてくるような感じがして、一瞬クラウは、身震いをした。
カーンッ!!、カーンッ!!、カーンッ!!
教会の鐘が慣らされる。夜明けそして一日の始まりを告げるいつもの音が、訓練場に鳴り響く。薄く入り込んでくる日差しに重く寒さすら感じる、空気が、ほんのわずかに動いたような気がした。
時間が来たのだ、言葉を発したのは、
「これより、クラウの実力確認を行う。」
クラウの目の前にいる女性の口から、これから行われることについて説明されていく。
「この、検定については、3日前に勇者様より申し立てがあったものです。勇者様は、クラウ能力について、疑問を持っており、この度当ギルドに、検定依頼を行われました。以上の点について、勇者様は、異議はございませんか?」
「申し立ての事実に異議はありません!!」
聞き覚えのある声が後ろから冷たく響く。王都唯一の勇者のクラスを持つ、エクスの声だ。
「教会においても、クラウの所持するクラスに対し、重大な誤認があったのではないかと疑義が生じております。教会も勇者様の申し立てを容認する立場です」
これは聖女の声。今日という日を決定づけた声だった。
ほかの3人は心で嘲っているのだろうか?それとも、今回のことは無関心なのだろうか?嫌だけど、一人だけ嘲っていてほしいと思った。
『あの時の、言葉に対する応えが今なら出せると思う・・・あなたが正しかった。あなたの言ったことが、正しかった。 私には、きっと何もなかった。本当に 何もなかったんだ。』
クラウは、胸に浮かんできた嫌な想いを気づかれないように、すっと、腰の木剣にふれる。
いろいろな説明が、目の前の女性からされているが、その内容はそこまで難しいものではなかった。
要は、隣の少年と手合わせを行い、勝利すれば、今のまま、勇者と行動を共にできる、もし、手合わせの結果負けた場合は、勇者パーティから離脱し、ギルドの指示に従うこと。
「では、2人とも、理解はできましたか?」
頷く。
「では、宣誓を」
隣にいた、初老の男性が、ギルドの宣誓書を持ってくる。クラウは、先に一歩進み出て、宣誓を行う。
「ギルドの決定に従います」
少年もクラウに倣い、一歩進みで、宣誓を行う。
「宣誓を聞きいれたものは、署名を。」
女性が、宣誓書を預かり、クラウの後ろにいる、勇者たちに署名を行ってもらう。5人分の署名が集まり、次は、少年が署名を行う。
女性が少年から宣誓書を預かり、クラウに渡す。宣誓書をクラウが受け取るときに、そっと、手を重ねてくれた。知らずと震えていたらしい。結果がわかっているとはいっても、怖いものは怖い・・・クラウは、それを見透かされていたことに、少し驚きながら署名を行い女性に返す。
最後に、女性と初老の男性が何事もなかったかのように署名を行う。
「宣誓は成りたり!ではこれより、クラウの『剣聖』クラスの確認を行う。方法は、試合方式!勇者様より、試験官として、剣士を所望され、これに討伐ギルドは応えたものである。こちらの剣士は、教会での鑑定の結果、『剣聖』クラウと同数のスキルを有している。」
一度少年の方に向き合う。視線が合い。少年から闘志の刃が向けられる。だが、それに応えられるものがクラウにはなかった。
すっと視線をそらし、そのまま、周り右をする。出口につながる通路が見える。
このまま走って逃げたい。しかし、クラウはその気持ちを、何とか抑え込んだ。そんなことをしても、何にもならない・・・きっと、勇者や聖騎士にすぐ捕まるだけ。
少年の背中が当たる。背中越しに、殺気と化した闘気があふれ出ている。
『本当はこれくらいできて当たり前なんだ・・・本当は、これが当たり前なんだ』
クラウは、少し俯くが、すぐに顔を上げた。結果が見えていても、だからと言って、
「両者、前に5歩進め」
男性の声が、試合の始まりを告げる。クラウは、言われるがまま5歩進む。少年の足音も5歩分聞こえた。
腰の木剣の柄をぐっと握り、少し、肩の力を抜き、握りを確かめる、緊張で強張ることがないようにそっと、指を動かす。まだ、十分に動かすことができる。
息を思いきり吸い、数回に分けて吐き出し。また吸う・・・この5歩の間に、呼吸が整っていく。
「始め!!」
振り返り、クラウは一気に地面を蹴る。少年も、剣を構え、クラウを待ち受ける。
もし、剣聖と剣士の試合に対する賭けが行われたのならば、『その賭けは、成立しない』が、討伐者たちの間の常識だった。
剣聖と剣士のクラスは、試合にすらならない。剣聖の魔術ともいえる剣技と威圧すら行える闘志と体裁きが、剣士が同じ土俵に上がること拒否してしまう。
それくらいに、クラスの間には実力の差があるのだった。
そう、本来ならば、
クラウは、上段から剣を振りかぶり、袈裟斬りに斬り付ける、少年は、それを一瞬訝しむような表情を浮かべ、簡単に受け流す。そのまま、少年は、剣を上段から打ち下ろす。
クラウは、それを受け流そうと構えるが、一瞬闘気をぶつけられて、怯んでしまう。
結果的にそれはフェイントになり姿勢が崩れるが、何とかクラウは、少年の剣を受け止めることができた。
重い一撃に、クラウの膝が折れそうになる。クラウは、その反動を生かし、力を振り絞り、木剣を少年に突き出す。
しかし、完全にそれは読まれていた。少年の剣が、クラウの剣をまるでからめとるように動き。
カーン!!!
クラウの手から木剣が弾き飛ばされる。それは、くるくると回りながら、訓練場の土に深く突き刺さる。
「勝負あり!!」
女性の手が上がる。クラウは、納得したような、少し、今の感覚が信じられないような表情を浮かべ、何も握るものがなくなった手をみて、事実を受け入れるように俯いた。
周りがざわざわとしている。勇者の声、聖女の声、皆の声が、クラウに突き刺さる。
「剣士に負ける、剣聖か・・・やはり、聖女の見立ては正しいらしい。」
勇者の納得したような、あきらめた声も、
「やはり、クラス詐称ですか、神を欺いた罪は重いですわね」
聖女の慈悲の海に深い怒りを沈めたような声も、
「ふむ、まだ、大器晩成の可能性もあるが、これだけの時間をかけても芽すら出ないとなると、すでに種ごと腐っていると考えた方がいいだろう、時間の無駄だったな」
賢者の分析の末に、価値がないと踏んだ呆れた声も、
「クラウ、村に帰ったら?皆心配していると思うわよ、受け入れてくれる人がいればの話だけど」
同郷の魔導士の、馬鹿にした中にも心配しているような声も、
「まあ、そう気を落とさないで、きっと、そのうちにいい人と出会いもあるよ。」
聖戦士の的外れな、慰めの声も、
クラウはわかっていた。この結果はわかっていた。それでも、そう、言われれば落ち込むし、自信もなくなる。
「ええ?ぼ、僕剣聖に勝っちゃたんですか?剣士が?剣聖に?ええっ?」
ただ、剣士の意外そうな声だけが、心に残っていた。
クラウは、動くこともできなかった。嘲りと好機の視線が雄弁に、結果を伝えていた。
クラウにとっては長い時間が流れたが、それは一瞬のことだったのだろう。
「クラウ!」
目の前で点呼される。
「はい!!」
目の前から聞こえた怒気を含んだその声に、クラウは、体を震わせて、思わず反応してしまう。視線が上がると、何の表情も読み取れない勇者が、冷たく、見下ろしていた。
「これで、結論だ。クラウ、君は剣聖としてふさわしくない。君を勇者のパーティから除名する。」
良く聞こえていなかったクラウは、ぼうっと勇者を見上げる。勇者は、左手に持った麻袋を、クラウの目の前まで持ち上げる。
「聞こえているか?クラウ!手を出せ!」
「え?あ、はい」
クラウが、伸ばした手に、エクスは麻袋を乗せる。それは見た目よりもずっとずっしりと重く感じた。そのまま、勇者はそっとクラウの眼を見たまま顔を近づけ、小声で、冷たく告げる。
「宿には帰ってくるなよ。いくら温厚な僕でも、君を斬りたくてしかたなくなる、宿屋の私物はギルドに預けるから後で、そちらで受け取ってくれ、僕の大事なものを奪い、裏切った君の顔を見たくもないのに僕は我慢して、我慢してわざわざ君に言ってあげているんだよ」
クラウは、勇者の顔を見た。期待を裏切ったのだ。私は・・・また、勇者様の期待を裏切ってしまった。
「ギルドの規約に基づき、クラウのパーティからの除名、並びにパーティ加入期間を考慮した脱退金を支払う。これを勇者エクスは了承する。これをクラウに提示する」
ふたたび、瞳を覗き込まれる、焦燥感と諦めにも似た感情が瞳の奥で渦巻いているのがクラウにも見える・・・この原因は自分、この結果も自分なんだとここでクラウは、勇者に罪悪感にも似た感情を抱いてしまう。
「返事は?君に了承を得ないと、いけないんだよ・・・これ以上、時間を取らせないでくれ」
勇者が、にらみつけてくる。左手で、麻袋を持っているが、右手が、無意識に剣の柄に手がかかっているのを見ると、よほど苛立っているのだろう。もう、選択権はないのに、もう、縋りつくこともできないのに・・・クラウは自問した、一体何をためらったのだろう?でも、その答えが出ることはなかった。
クラウは、ため息にも似た息を吐き出す。
「短い間でしたが、お世話になりました。期待に沿えなくてすいませんでした。」
その言葉をきっかけに、麻袋は勇者の手を離れ、クラウの両手にに移る。重い。ずっしりとした重さがクラウの両肩にかかってくる。結構な金額が入っているようだった。
きっとこれは、・・・
クラウは、一瞬驚いたような表情を浮かべたが、もう、言葉を出すだけの力も残っていなかった。出口に向かい、全力でかけていく。目に涙を浮かべながら。
嘲りの声と、侮蔑の声が後ろから聞こえているような気がしたが、聞こえないふりをしながら、懸命に走った。
そんな中で、クラウは、自分の運命を決定づけた選定式と、勇者との出会いの半年間を思い出していた。
不定期投稿(月刊くらい)です