表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
普通の異世界転生してみた() 〜異世界はそんなに甘くない〜  作者: 自分にだけ都合の良い世界と書いて異世界と読むのは間違っていると思いませんか?
第二章「幼児後期:使用人見習い編」
23/39

第二十三話「馬車、異世界、何も起きないはずがなく」

 仰々しい御輿と花の装飾が沢山施された薄桃色の馬車が前後に並び、その周りを大勢の兵士が取り囲んで守っている。

 村に来た時よりも明らかに兵の数が減っており、また国王陛下の出発をひと目みようと集まった人の数もあの時と比べるとざっと三分の1以下だった。

 充分大規模だけど、事件の事を考えると少し胸が痛む。


 村長と一言二言交わした後、国王陛下が輿に乗り込む。

 姫と師匠は先に桃色の馬車に乗り込んでいるようだが、俺とハピィもその馬車に同乗する事になるらしい。


 貴族の師匠はともかく、普通俺らみたいな下っ端は外で兵士と一緒に歩くもんだと思うんだが…。

 年齢を考慮されて馬車に乗せてくれるって事なのかもな。

 …それにしたって荷物用馬車とかに乗せる方が順当だと思うけど。

 まぁ、いい奴使わせてくれるっていうなら俺は構わないんだけどさ。


「キャロル。お勤めしっかりな。」


 お父さんが俺の肩をポンポンと叩いた。

 俺たちがこれから行く都市、レイモンドには商談で立ち寄る事もままあるらしく、突然の事とは言えそんなに応えている様子は無い。

 それに対してお母さんは、常にハンカチで目頭を抑えていた。


「こんなに早く親離れするなんて思わなかったわ…この前までまだおっぱいあげてたのに…」

「ママ…ごめんなさい。」


 僕もまだママのおっぱい吸ってたいです…なんて心の声を押し殺す。

 俺のせいじゃ無いけど、なんだか親不孝してるみたいで気まずい。

 お母さんは俺をひしと抱き寄せた。


「何かあったらすぐ手紙を書くのよ。困ったらいつでも帰って来ていいんだからね。」

「うん。ありがとう。」


 大勢の兵士に見られていて結構恥ずかしいけど、親不孝するせめてもの償いと思って受け入れる。

 たっぷり1分ほどかけて抱擁され、やっと解放された。


 さてと…。

 キャロル…という力ない呼びかけに振り向くと、リーゼが俯いて下唇を噛んでいた。

 やっぱりリーゼが一番ショックを受けているみたいだな。

 2、3日ではそう簡単に吹っ切れてくれなかったようで、未だにはれぼったい目をしている。

 困ったな…と思っていると、リーゼが突然、大きな声で言った。


「私、もっともっと強くなってキャロルに会いに行くわ!

 だから…私が居なくても頑張るのよ!」


 空元気なんだろう。なんだかちょっと弱々しいし、いつもみたいな覇気が出てない。


 でも、リーゼの気持ちもなんとなくわかる。

 別れの時くらい、強くて頼りになるお姉ちゃんでいたい。

 多分そう思ってるんだ。


「…お姉ちゃん、ありがとう!僕、お姉ちゃんの事頼りにしてるから!」


 俺の返答を聞くと、リーゼはバッと後ろを向いて走って行ってしまった。

 背を向ける前にチラッと見えた彼女の目には涙が溢れていた気がする。

 シスコンの俺もついついもらい泣きしそうになった。



 ハピィと一緒に馬車に乗り込む。

 中はかなり広く、大人でも8人くらいは座れそうなくらいだった。

 しかも今回は子供3人と大人1人なので、広々と使えるのが嬉しい。


 中には師匠と、師匠にピッタリとくっついている姫が居た。

 相変わらず、師匠のこと大好きなんだな。


「キャロル、挨拶は済んだか?」

「はい。待たせてごめんなさい。」

「よし。じゃあ陛下に出発準備が整った事伝えてくるから、姫を見ててくれ。」

「わかりました。」


 姫、しばしお待ちを。そう言って師匠が外へ出て行く。

 その時だ。

 姫がまるで磁石のように俺の側にスッと寄ってきて、ピタッとくっついたのだ。


「…姫様、お久しぶりです。」

「…。」


 困惑しながらも、どうにか挨拶して平常心を保つ。

 一体どうしたっていうんだ。

 あの平民蔑視、獣人差別で唯我独尊を地で行くワガママ姫の行動とは思えないんだが…?


「…あのぉ…どうしました?」

「……どうしました、じゃないわ。…貴方こそ、今まで何してたのよ。」


 え?なんか怒ってる?なんで?

 怒ってる癖に俺にピッタリ身体を寄せてきて…本当になんなんだコレ。

 その様子が気に入らなかったのか、さっきから不機嫌そうだったハピィがとうとう姫に苦言を呈した。


「ちょっと、姫様、キャロルから離れるです。」

「…獣は黙ってて。」


 うわ。きっつ。

 なんか様子はおかしいけど、姫はやっぱり姫なんだなぁ。

 ハピィはそれに対して言い返すことはせず、軽蔑の眼差しを姫に向けている。

 姫はそれに目を合わせることすらせず、無言を貫く。


「…」

「…」

「…」


 この空気…どうにかしてくれよ。

 俺は師匠の帰りを今か今かと待つのであった。


 ☆


 ゴトゴトゴト


 馬車が街道を走っているのだが、道が悪いのかスプリングがなってないのか、やたらと尻が痛くなる。

 体勢をちょくちょく変えたいんだけど、俺に寄り添っている姫のお陰でそれすらも叶わない。


「姫様…師匠が帰ってきましたよ?」

「…そうね。」

「…。今なら師匠にくっつき放題ですね。ヤッター。」

「…そうね。」


 どういうわけか、師匠が居るのに俺から離れようとしない姫。

 この前の時とは明らかに様子が違う。

 一体何が…

 そう思った時、ふと頭をよぎったのはあの事件だった。


 まさか、姫はあの時の事がトラウマになって…?


 俺は対側に座っている師匠の顔を見た。

 無言で頷く師匠。やっぱりそうなのか?


「姫様、最近よく眠れますか?」

「…どうして?」

「いえ、少し顔色が悪いようですから。」


 直接聞くのは憚られるので、遠回しに聞いてみる。

 姫は少し俯いてから、ボソボソと答えた。


「…最近悪い夢ばかり見るの。」

「…そうでしたか。」


 やっぱりか。

 まぁあんな凄惨な事件にまだ6歳くらいの女の子が巻き込まれたんだ。

 トラウマにならない方がおかしいくらいだ。


 俺は反対側に座るハピィを見る。


「…どうしたのです?」

「いや、なんでもない。」


 あれは例外だな。うん。


 トラウマの弊害で1人だと不安感が拭えないって感じなのかもな。

 まだあれから1ヶ月も経ってないし、これから少しずつ克服してけばいい。

 それまでは出来るだけ黙って我慢する事にした。

 男の度量の見せ所だ。


 ☆


 半日ほど走ったところで休憩になった。

 めちゃくちゃ尻が痛い。体勢が同じだったせいか背中も痛いし、こんなのがまだ丸々一日程残っていると思うと気が重い。

 外の兵士は何十キロするフルアーマー担いで数時間歩いているんだから、俺も身体が痛いくらいで文句は言えないんだけど。


 馬車の窓から外を眺めると、兵士達が干したパンを不味そうに咀嚼している。

 あんな非常食みたいなのが昼食かぁ…将来兵士にはなりたく無いな。


 馬車の戸を叩く音。

 師匠が扉を開くと、給事のメイドが昼食を運んできてくれた。

 馬車の中いっぱいに広がるそれなりの料理。弁当にはいるような汁気の少ないものが多いが、外の様子を見るに贅沢は言えない。


「美味しそうですね。僕お腹ペコペコなんですよ。」

「…。」


 俺が何から手をつけようかと思っていると、師匠が無言で首を振った。

 何だ?


「…何を勘違いしているの?平民の貴方はそこのパンだけよ。」


 マジ?こんなに料理あるのに?

 確かによく見たら姫と師匠の分の水は用意されているが、俺とハピィには無かった。

 うっわ…辛いなぁ。

 こんなん生殺しだよ…。


「…僕達ちょっと、お昼の間は外出ててもいいですか?」

「ダメよ。」

「では…え?ダメなんですか?」


 外行くくらいいいだろうよ…。

 しかし姫は首を横に振るばかりだった。


「これからは、私から許可なく離れるのは禁止なんだから。」


 …ちょっと喋るようになってきたと思ったら、コレだよ。

 姫はちょっと萎びてるくらいがちょうどいいんじゃ無いだろうか。


 これから始まる生活に一抹の不安を感じながら、俺とハピィは滴る唾でお腹を満たすのだった。


 ☆


 パレードが止まった。

 日が暮れてきて、馬車での進行が難しくなってきたのかもしれない。

 外がざわざわしているが、野宿の準備でもしているのだろうか。

 師匠が確認の為に外へ出て行った。


「…なんだか変な感じなのです。」


 ハピィが俺の方へ寄ってきた。尻尾がピンと張っていて、どこかソワソワしている。


「変な感じ?どういう事?」

「分からないのです。これと言って変な匂いはしないですが…

 なんだか良くない事が起こりそうな…そんな気がするのです。」


 心配症だな、と笑い飛ばすのは簡単だが…。

 ハピィはこの前もいち早くあの悪魔の接近に気付いていたしな。

 もしかしたら今回も、なんて不安な気持ちが湧いてくる。


「匂いはしないんだよな?」

「匂いは特にしないのです。でも…なんとも言えない音が僅かに聞こえる気がするです。」


 音かぁ。こりゃ何か起こるかもしれないな。獣人は五感に優れているらしいし。

 異世界っていうもんは、こういう身分の高い人が乗ってる馬車旅っていうのは何事も無いはずがないんだよな。


 でもまぁ、あのダンタリオンとかいう悪魔は師匠が燃えかすにしたから何もできないだろうし。

 正直あれを乗り越えた身からすると、その辺の山賊やら動物やらが襲ってきても怖くもなんともない。


 一応、背負い巾着から吸魔石の水晶と中級魔法のスクロールを取り出しておいた。

 まぁ多分これでなんとかなるだろ。


 俺が凝り固まった肩と首を揉んでほぐしていると、姫が服の袖をちょんちょんと引っ張ってきた。


「…キャロル。また何か起きてるの…?」


 不安そうな顔。元々血色の悪い見た目とは言え、今の姫はどこか精神が病んでいるかのようにすら見える。

 いや、もしかしたら本当に少し病んでいるのかもしれないな。


「姫様、大丈夫ですよ。ここには大勢の兵士が居ますし、師匠だって近くにいるんですから。」

「…でも…ミントは私の側に居てくれないわ。」


 姫はそう言って目を伏せる。かなり不安がってるみたいだな。


「キャロル…貴方は…私の側に居てくれるのよね…?」

「…そうですね…善処しますよ。」


 俺の服を掴んで離さない姫。

 俺を真っ直ぐに見つめるその瞳は、正にあの夜、見捨てないでと訴えた目そのものだった。


 目は口程にものを言うなんて言事もあるが…

 あの事件で出来た心の傷が、この不穏な空気でまた振り返してきたみたいだなぁ。


 俺の返答に満足したのか、姫が俺に腕を絡ませ、頭を肩に乗せてくる。

 それをみたハピィが俺の方に非難の目を向けた。


 なんだ、焼きもちか?

 そんな冗談が言える雰囲気であって欲しかったが、馬車の中は凍える真冬のような空気感で満たされていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ