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日常の違和感

 あの騒動の後、俺は先に呼び出されていたシエラちゃんと入れ替わりで校長室へと入った。

 俺としては事実はどうあれ、最悪の場合は教職を失う事になるかもしれないと思っていたが、実際はそんな事はなく、ただシエラちゃんとの関係を聞かれ、学校の中や外でも言動には十分注意する様に――と、そんな注意を受けただけだった。


 ――これってやっぱり、シエラちゃんが何かしらの権力ちからを使ったって事なのか?


 本来なら事情はどうあれ、家出少女を自宅に泊めて一緒に生活をし、しかもその子と夫婦関係になったとなれば、それなりの重い処分が下されるのが普通だ。

 しかし俺は何の処分も下されなかった、それがとても不気味だ。言ってみればそれは、シエラちゃんの権力ちからがそれだけの事を簡単にできてしまうという事を証明しているのかもしれない。


「先生、終わったの?」

「あっ、シエラちゃん――じゃなくて、シエラさん、待っててくれたの?」

「どうして言い直したの?」

「ここは家とは違うからね、学校ではシエラさんて呼ばなきゃいけないんだよ」

「ふーん、人間界のルールってよく分からない」

「ははっ、大人の俺でもよく分からないルールがあるくらいだからね。まあそれはともかくとして、家に帰ったら今日の事を色々と話そう」

「うん、分かった。先生はもう帰れるの?」

「いや、俺はまだ仕事があるんだ、だから先に帰ってて」

「分かった」

「うん、それじゃあ、気を付けて帰るんだよ?」

「うん」


 シエラちゃんは小さくコクンと頷くと、踵を返して下駄箱の方へと向かって行った。


「さてと、これからどうなるかな……」


 今日は何の処分も言い渡されなかったけど、明日になればどうなるか分からない。仮に学校がこの件に目を瞑ったとしても、既に数多くの生徒に俺とシエラちゃんの話は伝わっている。だったらこの件に関して意見をして来る生徒や親だって当然居るだろう。そうなれば俺やシエラちゃんもどうなるか分からない。

 俺の場合は自業自得なところがあるから仕方ないとしても、シエラちゃんはどうにか守ってあげたいと思う。それがシエラちゃんをしっかりと説得できなかった俺の、大人としての最低限の責任だろうから。


× × × ×


 あの日から俺は、いつどんな事態が起こるのかと心配していたが、特に何事も起こらずに一週間が過ぎ去った。まあ、生徒の中には俺とシエラちゃんの関係をからかって来る者も居たが、そんなのは俺が想像していた様な事態からすれば可愛いもんだ。

 もしかしたらこれも、シエラちゃんの権力ちからによるものかもしれないけど、あまり油断しない様にしないといけない。


「先生」


 とても平和な毎日に不安を抱きながら迎えた放課後、しない俺は後ろから聞こえてくるシエラちゃんの声を聞いて振り返った。


「どうしたの?」

「これ、今日が期限だから持って来た」

「ああ、入部届か。それで? どこに入る事にしたの?」

「不思議研究会」

「不思議研究会? そんな部活うちにあったっけ?」


 俺はシエラちゃんが差し出した入部届を受け取り、その内容を見た。


「ああー、聞いた事が無いと思ったら、新設の部活か。へー、部長は赤井さんなんだ」

「うん、赤井さんから誘われたの」

「そっか、ちょっと心配してたけど、ちゃんと友達ができたんだね」

「赤井さんは友達になるの?」

「へっ? まあ、部活に誘ってくれるくらいなんだし、向こうはそう思ってるんじゃないかな?」

「そうなんだ、友達の基準を知らないから分からなかった」

「友達の基準か……まあ、それは人それぞれだから分かり辛いだろうけど、仲良くできればそれは友達って事でいいと思うけどね?」

「ふーん、そうなんだ」


 これまで友達が居なかったって事は無いと思うけど、お嬢様生活をしてたりするとそんな事もあるのかもしれない。

 シエラちゃんのちょっと変わった部分は、全てが中二病という事では片付けられないところがある。だから俺は、そんなところはお嬢様で世間知らずだから――という事で対処をしている。


「とりあえず無事に部活が決まって良かったよ、明日から頑張ってね」

「うん、あっ、それと先生、一つお願いがあるの」

「何だい?」

「不思議研究会の顧問になってほしいの」

「えっ? この部活、まだ顧問が居ないの?」

「うん、だから赤井さんが困ったって言ってた」

「そりゃあ困るだろうね、顧問が居なきゃ正式に部活として認められないから」

「だから先生に顧問になってほしいの、ダメ?」


 シエラちゃんは上目遣いで小さく小首を傾げる。そしてその仕草はとてつもなく可愛らしかった。

 まあ、俺とシエラちゃんではかなり身長差があるから上目遣いになるのは仕方ないとしても、こんな風に小首を傾げながら可愛らしくお願いをする事なんて今までなかったから、そこにはかなりの違和感を覚えた。


「どうかしたの? 先生」

「あ、いや、何だかいつもと違う仕草をしてたから不思議に思ってさ」

「それは赤井さんが、『こうやってお願いすれば、先生が顧問になってくれるはずだから』って言ったから」


 ――赤井さんの入れ知恵かよっ!!


「まあ、顧問が必要なのは分かったけど、俺がこの部活の顧問になれる可能性は低いかな」

「どうして?」

「どうしてって、俺とシエラさんの事はみんなも知ってるでしょ? だから俺がシエラさんの居る部活の顧問になると、この部活は特別扱いを受けてるかもしれない――とか思われたり、変な想像をする人が出て来たりするかもしれないからさ。まあ、一応申請はしてみるけど、期待はしないでね?」

「その許可って誰が出すの?」

「顧問申請許可を出してるのは教頭先生だよ」

「そっか、分かった」


 シエラちゃんは短くそう答えると、小さく頷きながら踵を返して教室の方へと戻って行った。


「……とりあえず職員室に戻ったら申請書を書くか」


 可能性としては0パーセントに近いと思うけど、一応申請すると約束したんだから、それは守らなければいけない。

 こうして俺は受け取った入部届を持って職員室へと戻り、約束通りに顧問申請書を提出した。

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