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帰る場所

 自称悪魔の少女、シエラちゃんとの脅迫生活が始まってから数日が経ち、いよいよ今年も終わりの日を迎えていた。


「ねえ、シエラちゃん、そろそろお家に帰る気にならない?」


 冷えた空気が部屋の中を包み込むお昼頃。

 俺は小さな台所で昼食を作りつつ、狭い部屋の中にある電気ストーブの前で暖をとるシエラちゃんに向かってそう話し掛けた。


「帰りたくても帰れないって、前にも言ったじゃない」

「確かに言ってたけどさ……でも、ご両親も心配してると思うよ?」

「心配は……してるとは思う。でも帰れない、私は人間界で勉強をしないといけないから」

「勉強ねえ……ねえ、シエラちゃんの苦手な科目って何なの?」

「国語と歴史」

「国語と歴史か、なるほど……俺で良かったら少し教えよっか?」

「えっ!? 教えてくれるの?」

「まあ、これでも一応学校の先生だからね、ある程度は教えられると思うよ」

「よろしくお願いします! 先生!」


 シエラちゃんはこれまでとは明らかに態度を変え、俺に向かって頭を下げた。


 ――もしかしたら、勉強の事で親と喧嘩して帰り辛い――って理由も有り得るし、ちょっと勉強を教えたら帰ってくれるかもしれないな。


「分かった、それじゃあ、昼食を摂ったら少しやってみよっか」

「うん!」


 シエラちゃんは口の両端をクイッと上げると、今までに無いくらいの明るい声でそう答えた。

 こうして二人で昼食を摂ったあと、俺はシエラちゃんに勉強を教える事になったわけだが、シエラちゃんがどの程度勉強が出来るのか分からなかったので、とりあえず中学生レベルの問題からやってみる事にした。


 ――思ったよりもちゃんとできてるな。


 勉強を始めてから約二時間。

 俺はシエラちゃんに感心していた。勉強を教わる姿勢は良いし、俺が想像していたよりもずっと問題を解けているからだ。苦手だと言っていた国語と歴史はまだやっていないが、その他の学科については特に問題を感じない。


 ――これなら国語や歴史も大して問題無さそうだけどな。


 そしてこのあと、シエラちゃんが苦手だと言っていた国語と歴史の勉強を始めたわけだが、それを見ている内に国語に関するシエラちゃんの苦手な部分はなんとなく分かった。しかし歴史については、何が苦手なのかさっぱり分からないくらいにちゃんと出来ていた。


「ねえ、シエラちゃん、歴史の何が分からないの?」

「どうしてこんな事があったのかが分からない」

「どうしてこんな事があったか分からない?」

「人間の歴史には不可解な事が多いから難しい、どうしてこんな事をしたんだろう? って感じになるから」

「ああ、なるほど」


 俺はそれを聞いて、シエラちゃんが歴史を苦手だと言っている理由がなんとなく分かった。

 それは国語の勉強をしている時に気付いた事にも関係するが、俺の見た限りでは、どうもシエラちゃんは人の心情とか気持ちを読み解いたり汲み取ったりするのが苦手な様に見える。だから歴史についても、何でこんな事をしたのか気持ちが分からないから理解できない――みたいな感じなんだと思う。


「本当に人間の気持ちは分からなくて難しい……」

「まあそれはシエラちゃんじゃなくてもそうだよ、人の気持ちを理解するのは難しいからね」

「先生でも分からないの?」

「そうだね、簡単に分かるものじゃないのは確かかな。でも、だからこそ人はそれを理解しようと勉強してるんだと思うよ?」

「そっか……」


 シエラちゃんはきっと賢い子なんだと思う。だからこそ、人の気持ちを考えたりしてるんだと思えるから。


「さあ、続きをしよっか」

「うん」


 こうして俺はすっかり勉強を教える事に集中してしまい、シエラちゃんを家に帰すという目的を忘れて大晦日を過ごしてしまった。


× × × ×


「ちゃんと帰れたかな……」


 年が明けて数日が経った夜、俺は狭くも快適な自宅へと帰ってから心配の声を上げた。

 今朝、俺は何が何でも自宅へ帰ろうとしないシエラちゃんに対し、『他人のシエラちゃんがここにずっと居る事はできないんだよ?』と言った。するとシエラちゃんは少し不機嫌そうな表情をしながら、黙って家を出て行ったのだ。

 本当ならこれで俺の平穏な生活が戻って来たのだから喜ぶべきだが、少しの間とは言え一緒に居たわけだから、無事に自宅へと帰れたのかはずっと気になっていた。


「まさかとは思うけど、別の人の家に転がり込んだりしてないだろうな……」


 もしもそんな事になってたらどうしよう――と、ちょっとした不安に駆られていると、チャイムの無い玄関の戸がコンコンと叩かれた。


「はーい! どちら様ですかー?」


 着替えをしながら玄関の方を向いてそう言うが、外からの返答は無い。俺はサッサと着替えを済ませてから玄関へと向かった。


「どちら様ですかー? って! シ、シエラちゃん!? どうしてここに!?」

「家だから帰って来た」

「家だから帰って来たって、ここはシエラちゃんの帰る家じゃないでしょ? ちゃんと自宅に帰らなきゃ」

「ううん、ここが今の私の帰る家」

「あのねえ、ここは俺の家であって、他の誰の家でもないの」

「でも、他人じゃなければ住めるんでょ?」

「そりゃあ、家族とかなら一緒に住むのが普通だろうけど、俺とシエラちゃんは他人でしょ?」

「ううん、私と先生はもう他人じゃないよ、先生が『他人だから一緒に住めない』って言ったから、ちゃんと家族になって来たの」

「はい? どういう事?」


 俺がそう質問すると、シエラちゃんは手に持っていた一枚の賞状の様な紙を俺に差し出した。


「何これ? 婚姻届受理証明書? 夫、早乙女涼介、妻、シエラ・アルカード・ルシファー!? な、何これっ!?」

「私が他人だからここに住めないって言ったから、家族になって来たの」

「そ、そうじゃなくて、どうやってこんな物を取って来たの!?」

「今日、市役所に行って取って来た」


 ――嘘だろ? こんな物を未成年のシエラちゃんが取れるはずないじゃないか。


「それじゃあ先生、今日は疲れたからもう寝るね」

「ちょ――」


 シエラちゃんは眠そうに欠伸をすると、俺の横を通り抜けて部屋の中へ入り、そのままベッドに横たわって眠ってしまった。


「……いったいどうなってんだ?」


 ベッドに横になった瞬間に小さな寝息を立て始めたシエラちゃんを見たあと、俺は渡された婚姻届受理証明書を見ながら眉間にシワを寄せていた。

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