悪魔少女の悪魔的策略
聖夜に悪魔を自称する妙な黒髪ロリ巨乳少女と関わってしまった俺は、訳あってその少女を一晩泊める事になってしまった。
本来ならこういう家出少女はすぐにでも警察に引き渡すのが筋だと思うが、今のご時世は至る所に疑心暗鬼が満ち溢れているから、届け出たところで俺の言い分を信じてもらえるかは分からない。むしろ下手をすれば、俺が誘拐しただのそそのかしただのと、あらぬ疑いをもたれる可能性だってある。ホント、今の日本は住み辛くなったもんだ。
「さてと、どうすっかなあ……」
俺は寝不足の目をしぱしぱさせながら、ベッドの上で眠る自称悪魔少女に視線を向けた。
昨晩、玄関前で突然気を失って倒れた少女を休ませる為に部屋へと引き入れた俺は、普段俺が使っているベッドにその少女を寝かせたわけだが、もちろん俺は同衾などしていない。そんな事をすれば、警察のお世話になるのは自分の方だと分かっているからだ。
六畳一間、小さな台所とトイレ付きの風呂無し物件、それが俺の住むボロアパート部屋の間取りだが、人が一人増えるだけでこうも狭く感じるものなのかと、一人暮らしでは分からなかった感想を抱いていた。
「……腹減ったな、何か買いに行くか」
昨晩からパソコンでネット動画を見続け、気が付けばもう朝の十時を過ぎていた。朝食には遅いけど何も食べないわけにはいかないので、コンビニへ買い物に行く為の準備を始めた。
「――おっと、これは片付けとかないとな」
出掛ける準備を済ませたあと、俺は部屋の中にあるちょっとエッチな本を拾い上げ、まとめてベッドの下へと仕舞い込んだ。買い物へ行ってる間に少女が目覚めてこんな本が散らばってるのを見られたら、気まずくなるのは間違いないから。
このあとちょっとエッチな本の仕舞い忘れがないかを確認した俺は、少女が目を覚ます前に買い物を済まそうと急いで家を出た。
× × × ×
コンビニで買い物を済ませて戻ると、寝ていた少女はベッドから下りて床に座り、何やら本を読んでいた。
「目が覚めたみたいだね、体調はどう? 大丈夫?」
「うん」
少女は声を掛けた俺に顔を向けて返事をしながらコクンと頷き、再び本へと視線を落とした。
昨晩も受け答えがかなり端的だったけど、もしかしたらこの子は、必要以上に喋らないタイプなのかもしれない。まあ、それ自体もこの子の設定って可能性はあるだろうけど。
「何を読んでるの? ――って、ちょ!? な、何でそんなの読んでるの!?」
「ここの下にあったから」
「だ、駄目だよそんなのを読んじゃ!」
「どうして?」
「どうしてって、それは大人が読む本だからだよ、だから君みたいな子供が読んじゃ駄目なの」
俺は少女が持っていた本を素早く奪い取り、それを押し入れの中へと放り込んだ。
「私は子供じゃないよ? 多分、あなたより年上」
「えっ!? 俺より年上? 君、歳はいくつなの?」
「昨日で127歳」
「127!? あ、あのさあ、そういう設定はもういいから、本当の歳を教えてくれないかな?」
「私、嘘なんてついてないよ?」
「うーん……まあいいや、とりあえず飯を食べよう。お腹空いてるでしょ? 君の分もあるから、一緒に食べよう」
「いいの?」
「ああ、いいよ」
「ありがとう」
これまで表情を変えない少女だが、初めてにこっと微笑んでくれた。
そしてその微笑みを見た俺は、柄にもなくドキッとしてしまっていた。
「そう言えば、君の名前は何て言うの?」
「私はシエラ、シエラ・アルカード・ルシファー」
「へえー、変わった名前だね。見た目は日本人みたいだけど、両親のどちらかが外国人とか?」
「ううん、お父様は魔界の大悪魔で、お母様はヴァンパイア」
「えっ?」
――中二病ってのはこんなに酷いもんなのか? 自分だけじゃなくて、両親にもそんな設定付けをするもんなのか?
「あー、えっとぉ……シエラちゃんはどうして家出なんてしたの?」
「家出? 私、家出なんてしてないよ?」
「えっ? だったらどうしてこんな街まで来たの?」
「私は悪魔学校の成績が悪かったから、お父様に『人間界で勉強をして来い』って言われたの」
「ああ、いや、そういう設定の話はもういいから、ちゃんと話を聞かせてくれないかな?」
「さっきからあなたの言ってる事が分からない、設定って何?」
「だから、自分の事を悪魔だとか言ったり、両親が大悪魔だとかヴァンパイアだとか言ったりしてる事だよ」
「……もしかして、私が悪魔だって信じてない?」
「信じるも何も、この世に悪魔なんているわけないでしょ? まあ、今は人間の方が悪魔みたいだけど」
「でも、私が悪魔なのは本当だから」
そう言うと少女はとてもしょげた様子を見せた。
この子の悪魔設定には何か深い事情があるのかもしれないけど、仮にそんなものがあったとしても、それを俺が知る由は無い。
「まあ、事情はよく分からないけど、それを食べたらちゃんとお家に帰りなよ?」
「お父様の許しが無いと魔界には帰れない」
「だからってここには置いておけないよ?」
「何で?」
「君みたいな子をここに置いてたら、俺が世間から白い目で見られるからだよ」
「私がここに居るのが周りに分かると、あなたが困った事になるの?」
「そうそう、だから素直にお家に帰りな」
「……分かった」
少し考える様な素振りを見せた後、少女はそう言ってスッと立ち上がり、玄関の方へと向かい始めた。
「分かってくれて良かったよ」
「私、今から外で叫んで来る、『この家の人に誘い込まれた』って叫んで来る」
「ちょーーーーっと待ったああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!」
「何?」
「そんな事をしたら俺が破滅するでしょうが!? 何考えてんの!?」
「だったら帰れなんて言わない?」
「うぐっ、それは……」
「そう、それじゃあ叫んで来る」
「分かった! 分かったからそれだけは止めてくれっ!!」
「それなら良かった」
少女はそう言うと、さっきよりも明るい笑顔を見せた。
――くそっ、この悪魔め……。
こうして俺は自称悪魔少女に脅され、しばらく寝食を共にせざるを得なくなってしまった。