新たな来訪者
去年より長かった梅雨も明け、七月の初旬を過ぎた頃、週に一度の休日を部屋で怠惰に過ごしていた俺は、突然の来訪者によってその時間を妨げられた。
「は~い、今行きますよ~」
半分眠りかけていた俺は、玄関のノック音によって目を覚まし、のそのそと起き上がって玄関へと向かった。
そしてやって来た玄関の扉を開けると、そこにはメイド服を着た金髪ロングで黒縁眼鏡の、スラリとしたモデル体型の豊満な胸をした女性が立っていた。
「あ、あの……何か御用でしょうか?」
お世辞にもしっかりとした恰好をしているわけではない俺は、今までに見た事も無い超絶美人を前にし、ちょっと恥ずかしくなってきていた。
「お休みのところを申し訳ございません。私はシルフィーナ・ヴァン・セバスと申します」
「あ、えっと、これはご丁寧に。自分は早乙女涼介と言います」
メイドさんの丁寧な自己紹介を受け、俺も思わず自己紹介をしてしまった。
「えっと、それでうちに何の御用でしょうか?」
「実は私、とあるお方を捜しているのです。訳あって名はお伝えできませんが、そのお方の特徴を話して聞き込みをしたところ、この周辺でその特徴と一致する方を見かけたという情報を得ましたので、こうして話を聞き回っているのです」
「そうでしたか、自分で良ければ協力させてもらいますよ」
「ありがとうございます」
「それで、その捜している人の特徴って何ですか?」
「まず目立つ特徴としまして、とても身長が低いです」
「どれくらい低いんですか?」
「早乙女様と比べましたら、大体これくらいになるでしょうか」
俺の質問に対し、シルフィーナさんは手を使って大体の高さを示してくれた。
――これくらいの高さだとしたら、シエラちゃんと同じくらいか……。
「なるほど、それで他の特徴は何ですか?」
「艶やかで腰元まで伸びる漆黒の髪に、愁いを秘めた黒の瞳、程良い白さの肌、そして物静か且つとても素直な方で、ふとした瞬間にお見せになる笑顔がとても可愛らしいなど、特徴を上げれば切がありません。ああ……いったい今はどちらに居られるのでしょうか……早く見つけ出してお世話をしたいです」
「な、なるほど……」
捜し人の特徴を上げる度にシルフィーナさんの表情は緩まり、仕舞いには恍惚の表情を浮かべて悶え始めてしまった。
世の中には変わった人もそれなりに居るだろうけど、シルフィーナさんみたいな超絶美人がこんな感じだと、なんだか残念な気持ちになってしまう。
――それにしても、捜してる人の特徴が日本人的過ぎて逆に分からないな。しかも一部はシルフィーナさんの主観に基づく性格だし……。
「……あの、申し訳ないですけど、自分には思い当たる様な人が思い浮かばないですね」
「そうですか……分かりました、貴重なお時間をありがとうございます」
「いえ、早くその方が見つかるといいですね」
「はい、ありがとうございます」
「いえいえ、あっ、シエラちゃん、早かったね」
「えっ? シエラちゃん?」
赤井さんと買い物に出掛けていたシエラちゃんが帰って来たので声を掛けると、シルフィーナさんは驚きの表情でシエラちゃんを見た。
「シ、シエラ様!?」
「シルフィー?」
「シエラ様! こんな所に居られたのですねっ!」
シルフィーナさんは明るい笑顔を見せるとシエラちゃんへ駆け寄り、その小さな身体をぎゅっと抱き締めた。
「心配しておりました、シエラ様……」
「シ、シルフィー、苦しい」
「はっ! し、失礼しました……」
その言葉に我に返ったらしく、シルフィーナさんはシエラちゃんから一歩距離を取った。
「えっとあの……シエラちゃん、シルフィーナさんとは知り合いなの?」
「シルフィーは私の専属メイドなの」
「えっ!? 専属メイド!?」
「その通りでございます。私はシエラ様がお生まれになった時から、身の回りのお世話をさせていただいております」
「な、なるほど」
「それでどうしてシルフィーがここに?」
「私の勤めはシエラ様の身の回りのお世話をする事。ですから旦那様にお許しをいただき、こうしてシエラ様のもとへと駆けつけたのです」
「お父様が許可を?」
「はい、私が丁寧にお頼みしましたら、二つ返事でお許しをいただけました」
「そうなんだ」
「はい、ですからシエラ様、これからはこちらでも身の回りのお世話をさせていただきますね」
「シルフィー、私の世話はしなくても大丈夫だよ?」
「な、なぜでございますか!?」
「だって今は先生と暮らしてるから」
「先生? シエラ様はその先生とやらにお世話になっているのですか?」
「うん」
「そ、その先生はどこに居られるのでしょうか?」
「先生ならそこに居るよ」
「ま、まさかシエラ様、人間と一緒に生活をされているのですか?」
「うん」
――人間と一緒にって、まさかシルフィーナさんも、シエラちゃんの中二設定に付き合ってるのか?
「ま、まさかそんな……それでは私の楽しみ――いえ、立場が……早乙女様!!」
「は、はいっ!」
「どうか私を早乙女様のところに置いていただけないでしょうか!」
「えっ? ええぇぇぇぇ!?」
「お願いします! 私に出来る事は何でも致しますからっ!」
「ちょ! ちょっと落ち着いて下さい!」
「お願いします! 早乙女様!」
ここからしばらくの間、俺は縋り付くシルフィーナさんから執拗に同居を求められる事になってしまった。