聖夜の出会い
「君、震えてるけど大丈夫? 体調でも悪いの?」
小さな雪が深々と降る十二月二十四日、クリスマスイヴの夜。
コンビニで買い物を終えて出て来た俺は、帰路にある公園のベンチで膝を抱えて座り込んでいる一人の黒髪少女に声を掛けた。今のご時世ではこれだけで事案と言われそうだが、ベンチの上で膝を抱えて震えている少女を見てそのまま無視を決め込むのは大人としてどうかと思ったので、こうして声を掛けたわけだ。
黒のローブの様な物を着て膝を抱え、顔を伏せていた黒髪少女は、俺の言葉にゆっくりと顔を上げた。しかしその少女は特に何も言う事なく、俺の顔から視線を落とした。
「……余計なお世話だったかな? ごめんね」
そう言って踵を返し立ち去ろうとした瞬間、買い物袋を持った俺の右手が力強く捕まれた。
「えっと、何か?」
掴まれた右手を軸に身体を半回転させて少女を見ると、その少女は俺ではなく、俺の持っているコンビニ袋を見ていた。
――変な奴に声を掛けちゃったかな?
なんて思いはしたけど、この少女の行動理由は大きなグーっという腹音と共に判明した。
「お腹空いてるの?」
少女は俺の問い掛けに反応し、掴んでいた手を離してからその頭を小さく縦に振った。
――家出少女がお腹を空かせてたってところかな?
そう思った俺はちょっとした親切心でコンビニ袋の中から肉まんを取り出し、それを少女へと差し出した。
「ほらっ、これあげるから、食べたらちゃんとお家に帰りなよ?」
少女は俺が差し出した肉まんを恐る恐る手に取ると、ハフハフしながら熱々の肉まんを食べ始めた。
「それじゃあ、気を付けて帰りなよ?」
俺は美味しそうに肉まんを食べる少女にそう言ってから踵を返し、ちょっとした自己満足を感じながら自宅へと帰った。
× × × ×
コンビニから自宅へ帰ってすぐ、俺が住むボロアパートの部屋の玄関の扉がコンコンと叩かれ、俺は玄関の扉を開けた。するとそこにはさっき肉まんをあげた黒髪少女が立っていて、俺をじっと見つめ始めた。
それにしても、ベンチで膝を抱えて座っていた時は分からなかったけど、こうして立っていると、この少女の身長はかなり低く見える。見た目の推測で言えば、大体140センチくらいと言ったところだろうか。
「あの、どうして俺の家を知ってるの?」
「後からついて来たから」
――ついて来たってマジかよ、まいったなあ……。
「えっと、どうしてついて来たの?」
「他に行く所が無いから……」
「行く所が無いって、自分の家があるでしょ?」
「こっちに自分の家なんて無いもん……」
――こっちに家が無いって、遠くから家出して来たって事か? それでお金が無くてお腹を空かせてたのかな?
「えーっと……君はどこから来たの?」
「魔界」
「はっ? どこから来たって?」
「魔界」
「マカイ? マカイなんて街あったっけ?」
そう思ってポケットに入れていたスマホで検索をかけてみたけど、そんな名前の街は一件もヒットしなかった。
「あのさ、そのマカイって何か有名な場所とかある?」
「有名な場所? えっと、底無しの赤い池とか、魔女の集会がある断首台の丘とか、他にも色々あるよ」
――底無しの赤い池? 魔女の集会? 何言ってんだこの子は? あっ、もしかしてこれが世間で聞く中二病ってやつか? そう言えば格好もそれっぽいよなあ、黒のローブなんて着てるし。
「あのさあ、君の言ってるマカイって、悪魔とかが住んでる魔界の事?」
「うん」
「それじゃあ君はその魔界から来たの?」
「うん」
――アカン、これはマジもんのヤバイ奴だ。
「あのさ、そういう事はお友達とやった方がいいよ? 俺にはそういうのよく分からないから、早くお家に帰りな?」
「……お家には帰れない、私は落ちこぼれの悪魔だから……」
――この子の中では自分が悪魔って設定なのか? だったら少し話を合わせて、とっとと満足してもらってからお引き取り願った方がいいかもな。
「そっかそっか、君は悪魔だったのか、だったら黒い翼があったり悪魔の尻尾があったりするのかい?」
「うん、あるよ」
「へえー、そりゃあ凄い、だったら見てみたいな、俺は一度も悪魔に会った事ないからさ」
「そんなに見たいなら見せてあげる」
話を合わせて冗談を言ったつもりだったのに、その少女は俺の言葉を本気にして黒のローブを脱ぎ始めた。
「ちょ!? 本気にしなくていいから――って、ええっ!?」
ローブで隠れていて分からなかったけど、その胸はとても大きく、そこだけは少女じゃなくて超大人だった。
――って! 驚くのはそこじゃないだろっ!
そう、驚くべきはその豊満過ぎる胸ではなく、その背にチラッと見えている黒の翼と、まるで生きているかの様に動いている悪魔の尻尾がある事だ。
――待て待て、落ち着け、この世に本当に悪魔が居るわけないじゃないか、あれは作り物さ、最近じゃ脳波に反応して動くケモ耳なんてのもあるんだし、あれもその類に決まってる。
「よ、よく出来てるねーコレ、凄いなあ」
「あっ! そ、そこは――」
動きのリアルさに驚いて尻尾を掴むと、その少女は小さく身震いを始めた。
「本当によく出来てるなあ、ちゃんと温かみもあるし」
「そ、そこはダメッ、そこは凄く、び、敏感な所……だから……」
とてもリアルな尻尾を撫で回していると、少女はそう言ってから急に俺の方へと倒れて来た。
「ちょ、ちょっと!? どうしたの? 大丈夫!?」
小さな雪が深々と降る静かな聖夜に、俺は悪魔を自称する少女と関わってしまった。