8.あたしが前世の夢を見た朝の過ごし方について。
あたしは重苦しい夢から目を覚まして、ご主人様の腕をそっと抜けた。
『あの子』の夢を見た後にすぐ、薬を飲めばあたしの転生病は発症しない。それが分かってからあたしはほとんど元の通り気楽にご主人様に甘えられるようになったのだ。
でも『あの子』は相変わらずあたしに悲しくて辛い気持ちになる夢ばかり見せてくる。『あの子』の夢はどこもかしこも怒りと闘いに満ちていて、慣れたりとかとてもできない。
薬を飲みながら、あたしはさっき見た夢を思い出す。
夢の中で、あたし……じゃなくて『あの子』は淡々と人間を狩っていた。狩られている人間は敵とかには見えなかった。あたしの周りにもごく当たり前にいるような、普通の人たちだ。
どうしてレイピアから三日月刀なんかに持ち替えたんだ、と誰かが問い、あたしは、じゃなくて……うーんもういいにゃ。こう応える。
「レイピアは急所を外すと苦しむからな。首を落とすか胴を斬るのが1番親切だと気付いたんだ」
「お前の召喚魔を使えばもっとラクじゃないか」
召喚魔ってなんだにゃ。魔法っぽいけど、そんな魔法聞いたこともない。
「あいつは殺戮を愉しみ過ぎるから好かん」
ぶっきらぼうに言いながら、また1人屠る。まったくなんて子だにゃ。
確かに楽しんではいないけれど、こんなにサクサク人を殺せるなんて異常だ。こんなに心を凍らせて、何も感じないようにしながら。
この子の夢と転生病が関係あるってことは、やっぱりこの子があたしの前世になるのかな。
イヤだにゃ、とあたしはしっぽをお腹にぴったりつけてブルブル震えた。あんなのがあたしの前世だったら、あたしは何回生まれ変わったって許されないと思う。
「シュクル?ずいぶん早いね」
ご主人様が目を覚ましてあたしを呼んだ。
「ご主人様、おはようにゃん」
あたしはご主人様にぎゅうって抱き付いてみたけど、震えはまだ止まらない。ご主人様があたしの背中をよしよし、ってなだめるみたいに撫でた。
「こわい夢でも見たのかい?」
「そうにゃ。とーってもこわい夢だったにゃ」
その内容は知られたくない。あたしは寝転んだままのご主人様の上に飛び乗って(ご主人様がぐっ、って呻いちゃった……ごめんにゃ)胸に頭をぐりぐりした。
「だからチューしてにゃん」
「はいはい」
頭に軽く吐息が触れる。かすめるみたいなキスだ。子どもの頃のご主人様は、よくあたしの頭に鼻を埋めて匂いをずっとかいでいてくれたのにな。
でも、そうしてにゃ、って頼んで断られるのって悲しいから、あたしはご主人様にダメって言われないお願いを考える。
「もっといっぱいにゃ。頭とオデコとほっぺと鼻とアゴに3回ずつにゃん」
「分かったよ」
ご主人様は困ったような笑顔を浮かべて、でも全部に3回ずつ羽根みたいな軽いキスをしてくれる。
あたしも時々お礼に、ご主人様の鼻やほっぺをペロペロ舐める。
全部キスし終わってご主人様は余韻も何もなくあたしを押しやると、ベッドから降りた。
「さあ、顔を洗っておいで。朝食にしよう」
うう。とろけそうな時間って、どうしてこんなに早く過ぎちゃうだろう。