7. あたしが発見した新たな幸せについて
うーん。
あたしはベッドの中でのびをすると、手をペロッとなめて顔をこすった。空気の感じだと、今日もきっと良い天気だ(ちなみに天気が悪い日は念入りに顔をこすりたくなるのだにゃ)。
朝早すぎて、家の中はまだ暗い。どうしてこんな早起きなのかっていうと、ちゃあんと目的があるのだ。
あたしは起きて、忍び足でご主人様の部屋へ行くと、ベッドに足元から滑り込んだ。
そーっとご主人様の顔にあたしの顔を寄せる。あっ腕がいい位置だにゃ。枕にしちゃおう。
し・あ・わ・せ。
あたしはご主人様の寝息をおでこに感じながら、思わず喉をゴロゴロ鳴らした。
あたしは転生病という奇病にかかっていて、その病気はあたしの中で進行中ならしい(自覚は全然ないにゃ)けど、薬のお陰で症状は出ていない。
症状が出るととにかく人間が恐くなって、ご主人様にも近付けなくなっちゃうから、あたしは決めたのだにゃ。
何でも無い時はとにかく最上級に甘えて甘えて甘え倒しておこうと。
一緒のお布団にくるまるのもその一環。成功するまではそれなりに苦労した。
真っ向勝負の場合。
「ご主人様と一緒に寝るにゃあ!」
「ダメだよ。子どもじゃないんだから」
「イヤにゃあイヤにゃあイヤにゃあ!」
「じゃあ眠るまで頭なでながら子守唄歌ってあげようね」
ご主人様の低音の歌声はあたしの波長にぴったりで気持ち良く眠れる。でもそれでフッと夜中に目が覚めて、隣からご主人様が消えているのに気付いた時の寂しさといったら。
そして実力勝負の場合。
「あたしどーしてもここがいいにゃん!ご主人様のベッドが好きなのにゃん!」
「じゃあいいよ」
やった、と思ったらご主人様はいそいそと寝袋を取り出して床で寝ちゃったのだ。
ご主人様のベッドがいいのはご主人様が一緒だからなのに、分かってない。
こうした試行錯誤の末にあたしがたどり着いた結論が、これ。ガードが緩くなる明け方頃にこっそりご主人様のお布団に潜り込むのだにゃ。
この時間だとご主人様はまるで、あたしがご主人様のペットになったばかりの頃のような反応を返してくれる。
「ああシュクルかい?」
ぼんやりと薄目を開けて、あたしの名前を低く囁いてぎゅーっと抱きしめるのだにゃ。そしてまた、すうすう寝息を立てはじめる。あたしを抱っこしたまま。
ご主人様の匂いと大きな手。うっとりして、あたしもご主人様の広い胸におでこをぐりぐり押し付けながら眠る。
日が昇って明るくなれば、きっとご主人様はもう一度あたしの頭を撫でて、名前を読んでくれるだろう。
「シュクル、もう朝だよ」ってね。
※※※※※
シュクルと呼ばれている半分猫で半分人間のような、不思議な少女の意識の片隅で、私はその甘やかな感情を戸惑いつつも楽しんでいる。
少女を通して見る人間は『ご主人様』と『ダーナさん』で、奇妙なことに2人とも異常に優しく、少女の方も2人を『信頼』しきって『甘えて』いるようだった(うち1人に対しては微妙だが)。
もしもこの少女を『私』と呼んで差し支えないなら、私は今赤い瞳ではあり得ない。
私の瞳は輝くような天上の青。頭を覆うのは黒髪ではなくモフモフと柔らかいライト・グレーの毛皮だ。
しかし誰の意識の下に潜み、外見をいかに変えても私自身は変わっていない。
醒めて見る夢は甘やかだが、それに心を委ねるには私は警戒心が強すぎる。
そして眠っている時に見る夢は、もう二度とはイヤだと思っていた生きていた頃の繰り返しだ。
人間とは死んでも、自分自身からは逃れられないものであるらしい。