プロローグ(とある学者の覚書)
地球の温暖化が極まり、人間が暮らす土地がほとんど無くなった時、人々は2つに分かれた―――旅立つ者と、留まる者と。
宇宙に人間が暮らせる環境を整えるという試みは比較的早期から行われていたため、旅立つ者たちの永住の地はすでに用意されていた。彷徨うことになったのはむしろ、留まった者の方だったろう。
残留者に残されなかったものは多い。まず最も大きいのは『電力』というエネルギーとそれに付随する数々の技術、そしてそれらの技術を可能にする科学者たち。
地球はそれまで、『科学文化』であったと推測されている。その文化がほぼ根こそぎ持っていかれた後、残留者が舐めた辛酸はいかほどのものであったろうか。
しかし人類はかの時点で無限の可能性を秘めていたと言っても過言では無かった。残留者たちが『電力』『科学』の後に手にしたもの。それは、今の私達に馴染みの深い『魔力』であり『魔法』である。
全ての者がその才に恵まれる訳では無かったが、残留者たちは長きに渡り、それでもなんとかやってきた。より良き世界を築くために尊重されたのは平和と協力だった。
才ある者と才無き者も実に良くお互いを助けあい、新しい世界を着々と発展させていったのだ―――『異端者』と呼ばれる存在が現れるまでは。
異端者は揃って血の赤の瞳と異界から魔物を呼び出し使役する才を持っていた。そして、その能力を前にして、人々の身の内に眠っていた悪魔は再び覚醒したのだ。
悪魔は人々に囁いた。異端者を認めぬことこそが正義だと。和を乱し人の心に恐れを与える者は、全て迫害され追放されるのが当然だと。
人々は何の疑問もなくその声に従った。それは、遠い昔に旅立った者たちが『神』を連れて行ってしまったからだと言う説がある。
実は悪魔のせいなどではなく、人間とは本来そのような性質を持っているものだから、という説もある。
とにかくその当時、異端者への迫害は陰惨を極めていた。異端者はただ追われるだけでなく、しばしば手痛い反撃を繰り返したというから、両者の憎しみは深まるばかりだったろうと考えられる。
しかし最終的に勝利したのは迫害者たちの方であり、異端者たちは歴史から姿を消した。
現在において彼らの存在を私たちに知らしめるのは、ごくわずかな文献だけである。
その中でも私にとって最も印象深かった1枚のメモを紹介しよう。
『私の秘密をきいてくださる、たった1つのお星様へ
私は人間が恐いです。|迫害者はもちろんですが、私と同じ赤い瞳の仲間たちも恐いのです。
仲間たちのうちで、違うことを言うのは許されません。
私はあまりそういうことをしたいと思わないのですが、仲間たちの間では「コモンズめ、ボッコボコにしてやる」とかそういう風に言わなければいけません。
実際にコモンズの村を襲ったこともありますが、私にはコモンズよりも仲間たちの方が恐かったくらいです。
皆「仕返しだ」と言いましたが、なんだか楽しんでいるように見えました。楽しんでいない人もいたかもしれませんが、楽しそうにしておかないと後でいじめられます。
コモンズの赤ちゃんは私たちの赤ちゃんと同じにかわいかったけれど、お母さんと一緒に殺されてしまいました。私は心の中でごめんね、と言いながら、それを黙って見ていました。
いったい誰が私を許してくれるのでしょう?でももし、誰かが私を許してくれたとしても私にはそんな資格はないんだろうと思います。
この世界はどこへ行っても苦しくて、息がうまくできません。私が人間だからでしょうか。
もし今度生まれ変わることがあるなら、私は人間じゃない方が良いです。人間は恐いです。私も同じだと思うと、もっと恐いです。
というか、もう2度とこの世に生まれたくなんかないので、できればそっちの方向でお願いします。』
このメモを書いた者の記録は一切残っていないが、筆跡や内容からは、おそらくは10代程度の子どもではないかと想像される。
だとしたら、なんと痛ましいことだろうか。
幸いにも現在ではこの悲しい歴史は遠い過去のものとなっている。
しかし2度と繰り返さぬためには、いついかなる時にも私たちは最大限の努力を払い、憎しみと冷静に向き合わねばならないのではないかと思う。
このページに来て下さってありがとうございます。
固めーな感じにしてしまいましたが、以後はゆるゆる目指していますので、今後も気楽に読んでいただけると嬉しいです。よろしくお願いします。
1作目(https://ncode.syosetu.com/n1496ff/)も連載中です。