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観測者



 レオが猫やボルグと邂逅する数日前。

 ボルグは高く聳える高層ビル、しかし今は人の気配のない、表の様子からも使われていないとすぐにわかる廃ビルへと足を踏み入れた。ビルの側面を覆っていたであろうガラスは粉々に砕けており、ジャリッとボルグの靴底で音を立てる。


 エントランスを抜け、荒れ放題の室内へ。物の多くは運びだされたのか、やけに広々としているという印象を受けた。

 ここはマードックが今際のきわにカラスがいると吐いた場所。己の命が賭けられた場でもマードックなら嘘ぐらい吐いたかもしれない。しかし嘘でもいいからアイラの居場所が知れるならとやってきた。


 そしてやはりというべきか人の気配、感染者の気配、なにもなかった。

 わざわざ老朽化したいつ崩れてもおかしくない、こんな廃ビルを訪ねたというのに、無駄骨だったか。


 確かにカラスは神出鬼没で知られている、目撃された場所も多岐に渡り、噂によれば誰も寄り付きもしない場所で目撃されることもあったそうだ。だから可能性は万に一つだがあったのも事実。


 しかしあまりにも殺風景。

 そもそもカラスの目的は未だに判然としない。人のいない場所に寄りつくからには客を探すのが目的ではないのだろう。なにかを調査しているのか、はたまたゴーストの類か。


 その程度の存在であるカラスに頼るしかない、己の情報収集能力のなさに笑えてくる。傭兵として各地を飛び回っているのに、何とも情けない。だからこそカラスに頼ろうという気が湧いたのだがな。


 マードックを殺した今となっては、カラスが実在するかどうかもわからない。そもそもどうして自分はカラスに遭い、アイラの居場所を聞き出し、あんな凶暴な女との再会を願うのか。頬につけられた鋭い爪痕は、未だに再生の兆しを見せない。まるでアイラへの執着が自分の頬に宿って、あの女を忘れるなと言い続けているようだ。再び、相まみえ、あの女を仲間に引き入れたら、この執念は消えるのか? ただ他の男に出し抜かれた、そのことに怒りを感じてるだけなのではないか。冷静に分析しようとしても、アイラへの強烈な気持ちが湧き上がって、とりとめもない悪意に変わってしまう。こんな心情でアイラを探すのは精神衛生上よろしくない。


「ふう……」


 くだらない、馬鹿みたいな片思いだな。強大な敵に一人で挑むのをただ恐れている、俺は臆病者なのだろう。だがそれでも……。

 ラウンジの内部をのぞき込み、もう帰るかと、踵を返そうとした時、不意に踏んだガラス片が靴底でやけに大きい音を立てた。


 「いらっしゃいませ、なにか御用でしょうかお客様」


 そこにいるとは思わなかった。気配もまったくなかった空間から、まるで染み出すように、女がこちらに笑いかけた。几帳面に受付カウンターの中に立ち、こちらを見ている。

 まったく気配を感じなかったぞ。生き物なのかこいつ。

 姿が見え、声を聴いているというのに気配が依然として感じられない。


 廃屋の風景とまったく合わないキャリアウーマンが、タイトな服を見事に着こなし、見るからに仕事ができる仕草でお辞儀をする。長い黒髪を軽く掻きあげ、こちらを艶めかしく伺っていた。


 激しい動きには向かない服装。自分を前にしても動じない姿。

 カラスにはさまざまな噂があるが、不自然なのはカラスの能力に関しての噂が一切ないこと。

 当然、カラスからタダで情報を巻き上げようとした手合いはこれまでもいたはずだ、つまりカラスと戦って生き残った感染者は一人もいない、もしくは見返りが暴利で、そもそも利用する者が皆無だったと考えられる。少なくともカラスの見た目は強そうには見えない。


「あんたがカラスか?」

「はい、そうです、いらっしゃいませお客様」


 カラスが女だったとは予想外だった。ならカラスは女だという噂が立っていてもおかしくないが……。


「お名前をお伺いしても?」

「ボルグだ」

「ボルグ様、どうぞこちらに……」


 女はあけすけに案内を始める。卒がない、手慣れている。いや、それだけじゃなく俺の名前をあらかじめ知っていたようだった。単に本人確認しただけのような……なんなんだ、こいつ。


 階段をのぼり二階に着くと、今度は廊下を進む。天井は蜘蛛の巣だらけで、壁も崩れかかっていた。カラスはこんなところでいったい何をしているんだ? 


 女は蜘蛛の巣どころか、埃一つ気にせず進む。服が汚れることをなんとも思っていない。自分のことに無関心。そして修復した形跡もない廃墟内を歩いているというのに、床が抜けた足元をちらりとも見ない。自分が慎重に歩いているのを馬鹿らしく思うほど、あまりにも無防備だった。まるで落ちる概念すらないみたいに生き者の気配がまるでない。


 二階の通路を少し歩くと、ほぼ朽ちかけた扉の前に行き着いた。扉には複数の穴が開いており、角度によっては部屋の中が見える。しかし、あえて中を覗くなんて無粋な真似はしない。

 待っていると、女性が片手を扉に向かって傾ける。


「どうぞ中へ……」

「ここになにがあるんだ?」


 女は質問に答えず、まるで静止画のように動かなかった。なぜ女は入らない? 罠にでもかけるつもりか?

 仕方なく、触れただけで壊れそうなボロボロな扉をギイっと音を立てて中に入る。

 しかし、いざ室内に入ってみると、部屋の内装は綺麗に整っており、立派な机と椅子があり、豪華な本棚もあった。目の前には革張りのソファー。この一室だけみると立派な執務室だ。廃墟の中とは思えない。

 背を向けていた執務机の椅子がくるりと回り、背広を着た少年がこちらを見るなり、ほほ笑んだ。こんなところに子供だと? 


「今日のお天気は快晴なようでお散歩日和ですねボルグ様。で、この度はどういったご用件でしょうか」


 なんとも間の抜けた挨拶だ。しかも、どうしてこいつは俺の名前を知っている? 俺は表の女には自分の名前を伝えたがこいつとは初対面のはずだ。

 どこかにカメラが仕掛けてあって、女とのやり取りをみていたのか、おちょくられた気分だ。


 そもそもこいつは誰なんだ? 外にいた女は自分がカラスだと名乗った。なのに対応は別の者にさせるというのか。わけがわからない。まさか、こいつが本物の?

 さっきの女は客がどんな相手なのかを調べるための文字通りの受付で、安全な客だとわかったら、ここに通される。そんな流れか?


「お前がカラスか?」

「はい、そうです」


 まったく、遠回りなことをしてくれる。俺は小さく溜息を吐いた。


「本物が出てきたと言う事は一応、合格なんだな?」

「合格? いえ、誤解なさらないでください、私も彼女も嘘は言っていない。正確には私もカラスであり、彼女もカラスなんです」

「カラスは<組織名>ってことか」

「そう思っていただいて差し支えありませんよ、少しズレていますが……概ねそうです」


 俺をおちょくる意図はないようだ。不快な笑みを浮かべているわけでもない。しかしこの違和感はなんなんだ。


「情報が欲しい」

「ええ、情報ですね、構いませんよ、ただしそれに見合う対価は頂きますが?」

「俺は相場を知らない、めちゃくちゃな値段設定だったら払えないぞ」

「払えないならお引き取りくださって構いませんよ」

「強気だな、()()()……あまり強そうには見えないが……」

「脅すつもりですか? それはやめておいた方が無難です。あなたには弱点が多い」

「弱点だと?」


 確かに俺は自分に弱点がないと大見得切って言えるほど驕り屋ではない。しかしこんな弱そうな奴に、弱点があるなんて言われても納得できなかった。ならば証明してやろうという気にもなってくる。


 しかしカラスは首を振る。その顔には呆れしかなかった。


「あなたを含め、皆さん、最初は乗り気なんです。情報をくれるならなんでも払うと……しかし信用して後払いを許すと、皆、首を垂れて懇願する、許してほしいってね。

 ふふ、これは私が相手を逃がさないようにするためのいつもの手なんですがあなたも後払いで構いませんよ、私がそれを許すのは、()()()()()()()()()()()()()()ですから」


 挑発? 違う。確信だ。俺はこいつを見誤っていた。外見が子供でも中身は別物。侮れない。外の女と同じく、見た目で判断してはダメだ。感染者として長く生きているかどうかは見た目ではわからない。子供の感染者ほど危険だというのは常識だ。警戒するべきだったか。


「僕は、対価には命も含まれていると思うのです。目に見えない命なんて貰っても仕方がない、価値はないと多くの方がおっしゃいますが目に見えないだけで、受け取れないだけで。そこには確かな価値がある。だからみなさん出し渋るんでしょう?」

「くっ」


 どんな能力を持っているか知らないがこいつは危険だ。この自信と迫力は只者ではない。


「なるほど……」


 カラスは目を細めると、不自然に静止した。まるで時間が本当に止まったかのような感覚を覚える。場が凍り付き、呼吸のタイミングをズラされた感じだ。しかし金でダメならほかに手はない。当初の予定通り脅しに切り替えるか、それとも情報だけもらって対価は支払えないと白を切るか。


「では、どんな情報をご所望で?」

「いくらだ?」

「少し脅し過ぎましたか? さきほど私は今回の支払いは後払いでもいいと」

「いいから教えろ」


 少年は困ったのか、ううむと唸った。


「情報料は一律ではないんです、お客様に渡した情報によって変わる。あなたにとって価値のある情報ならそのぶん値は上がります」

「足元を見やがって……アイラって感染者を探してる。同姓同名ってオチは無しだぞ」

「そんな不備はいたしませんよ、アイラ……あなたの交友関係でアイラと名の付く人物はお一人だけ、すでに居場所もわかっております」


 少年はにこりと微笑む。


「いくらだ? あいにく俺に出せる額には限界がある、ちょっと待ってろ、今、出す、かき集めれば少しくらいなら上乗せしても……」

「いえ……」


 俺が懐からこのあたりで使われている通貨を出そうとするとカラスは首を振った。


「これ以上は持ち合わせがない……あいにくスポンサーになってくれそうな奴は殺してしまったんでな、今回はこれで納得しろ、俺みたいな貧乏人から取り立ててもなんにもならんぞ、嘘じゃない、足りないなら値段分の情報量でも……」

「ダメです」


 少年は頑なに首を振る。がめつい奴だ、そこまで金を集めてどうするつもりだ。


「ちなみにお金ではないんですよ。我々がお客様から対価としていただくのは、その人間が最も有用に思っている物、それは先日、マードック様に所望した品です」

「だったらなんで支払えば……」

「あなたの持つ金には小石ほどの興味もありません、あなたがそれをゴミだと認識しているからです。だとしたら私にとってもゴミなんですよ」


 まさかこいつ、さっき命がどうとか……俺の命を寄越せなんて言わないだろうな、そんな対価は割に合わない。情報を手に入れても死んでしまっては元も子もないからだ。何を考えている。


「あなたからは別の物をいただきます……そうですね……」


 カラスが俺を舐め回すように見る。値踏みが始まったか。しかしなんによせ俺に払えるものなんてたかが知れている。なんだっていいさ、命以外なら。

 それにしても、なんでこいつさっきから含み笑みを……。なにもかもお見通しって目が気に入らない。


「その、空を自由に羽ばたける翼……自由の一部をいただきましょう。とりあえずこの契約が締結してから向こう三年間、こちらの指示にしたがっていただきます。あなたにはこれから、ある場所に向かってもらい、ある人物を護衛してください」

「三年間だと、ふざけるな!」


 どうして俺がたった一つの情報を得るために、三年もどこの誰とも知れないやつを護衛しなければならないんだ。拠点には守らなければならない子供たちがいる、やらないといけない事が山積みなのに……。服の中で移動させていた鋭利な羽の一つを袖から取り出す。


「やめなさい、時間の無駄です」


 先んじて気付いたカラスが抗議の声をあげたが関係ない。俺は三年間も、カラスに下された要求のまま無為に過ごすつもりは毛頭ない。


「無駄かどうか、実力があるなら従わせてみろ、それが感染者の流儀だろ」

「野蛮なだけです……」


 カラスは目の前に突き付けられた鋭利な羽を、しかし変わらず、あきれ顔で見つめていた。


「情報を寄越せ、最後の警告だ」

「どうせ脅すなら情報を聞き出してからでもよかったのでは? あなたは自分が勝てなかったときを考えた。それに、あなたは心のどこかで躊躇っている。私の姿が子供だから……ふふ、やはり私の見立て通り、あなたは優しい方です、この姿を選んで正解でした」

「なにを言ってる……情報を寄越さないなら子供だろうと容赦しな――」

「それも本気……わかってますよ、あなたにとってアイラなる人物もまた、執着を向けるに値する大切な人だと……。ただ、それは私にとって、まったく意味のない脅しです」


 ただの虚勢かと思った。しかしカラスはまったく動じていないどころか、刃物を脅威とすら思っていない、眉一つ動かさず、じっと目の前の刃物を見つめる。


「残念ながら我々に物理攻撃は一切通じません、これまでにも貴方みたいな方がいらっしゃらなかったと思いますか? 私とて回収の見込みがない相手に事前にリスクの話はしない。

 報酬を支払える相手にだけ、今回のような後払いを持ち掛けます。誰一人として我々の要求は跳ね除けられない、あなたをここに招いたのは、あなたが脅しの通じる相手だから……。あなたには弱点が多いと最初に申しあげました……それだけ守りたい物、大切な物がおありなのです。スカイエースのボルグ……あなた、例の機関から逃げてきたのではありませんか?」

「なに!?」

「その情報を我々は有益に使わせていただきますよ。我々を脅せばどうにかなると思っているのなら考えが甘い、あなたなら彼らを恐れながらでも迎え撃つでしょう。むしろ、あなたにとっては憎むべき敵だ……。しかしながら質の悪い相手と相対さねばならないというのに、あなたは多くの荷物を背負い過ぎた。子供たちですよ。あの子たちの情報を例の機関に流しましょうか?」

「貴様――」


 カラスはやれやれと首を振り、いつまでも金属の(やいば)を手放さない俺を見る。


()()に道徳心は期待しない方がいい。なら試しに、その刃物で私を斬り付けてみてください。我々の強みが情報収集能力だけではないと証明しましょう」


 カラスは表情を一切変えず、両手を広げた。その恰好はまるで無防備に見える。しかしただの強がりとも思えず、『チッ』と舌打ちをして金属の刃を袖の中にひっこめる。

 すると、そのとき、扉がギイと開き、見知った顔が現れた。


「交渉中、失礼します。ただいまボルグ様のお連れの方がご到着なさいました……」

「ああ、いい所に――待っていましたよ、猫さ……いえ、今は丸さんでしたか……」


 扉から入ってきたのは、片目に青い炎を灯す猫だった。

 猫は、部屋に入ってくるなり、ため息をつく。


「いつからお前たちは観測者を気取っておる? 悪趣味な真似は止すでござる」

「悪趣味とは人聞きが悪い、我々が行っているのは人々に対する献身です」

「その男は連れて帰る」

「どうぞ、ご自由に……それがボルグ様のご意思なのでしたら我々はお止め致しません」

「お前たちの目的がなんなのかは興味もない、しかし、それがしの身近な者に姑息な取引きを持ちかけるのだけはやめてもらおう」

「姑息とは人聞きの悪い。我々は常に、我々が貢献するに値するお客さまを探しているだけです。()()()が我らの主人として相応しいのか――」


 勝手に話を進める二人に俺はイラついた。蚊帳の外にされているみたいで気分が悪い。


「勝手に話を進めるな」


 猫は不満そうに鼻を鳴らす。


「ボルグ殿、帰るぞ。猫殿をこれ以上、心配させるな」

「だったら初めからここに連れてくるな」


 丸とは、猫の中にいるもう一つの別人格。こいつは得体が知れない。猫と出会った時から猫の中に潜み、右目が青い幽鬼に包まれると同時に現れる。猫を乗っ取ろうとしているわけでもないし、猫との関係は比較的良好だから手を出さないでいるが、こいつに変わった時の猫の強さは、あまりにも常軌を逸している。おそらく全力で戦ったとしても勝ちは拾えないだろう。ちなみに普段の猫は、猫が背中に担いだ刀と呼ばれる武器さえ碌に使えない。刀は、丸が表に出た時に使う専用の武器なのだ。


 カラスが『立て込んでいるようでしたらお茶でもお出しましょうか』と、お茶らけた様子で割り込んできたので断った。それにしても、こいつら知り合いなのか?


「お前たち、どういう知り合いだ?」


 猫は笑う。


「知り合いと言えばそうかもしれん……少なくともこいつらの姿は、まんま百年前から変わっておらぬからな」


 丸がからからと笑う。百年以上も生きている感染者、ならあの自信も納得だ。しかしそれは少し違うと、丸が俺の思い込みに補足を加える。


「百年どころではない、こいつらの姿、アバターは複数ある。何世紀も前から、それも当然……こいつらは生き物ではない……」

「なに?」


 カラスを見つめていると、カラスの姿が若干、水面に雫を落としたように揺れた。


「ホログラム?」

「そう、こいつらの本体は、かつてコクーン社が手掛け、作り上げた観測衛星……。この施設はコクーン社関連の建物で、至る所にその手の装置が辛うじて生きている。

 3Dホログラムを動かすのに必要な機材が……この部屋だけが豪華なのも、それが理由、単にこの部屋の機材の状態が良かっただけ」


 豪華に見えた部屋の調度品がすべてホログラム。

 驚く俺の前でカラスが手を振った。すると執務室だった部屋の内装が一瞬にして真っ白な空間に変わる。


「だから言ったでしょう、私を攻撃しても無駄だと……」

「こいつらの本体は成層圏外、空のその先の宇宙空間じゃ……。攻撃されても痛くもかゆくもない、そんな高みから見下ろしておるのよ……神にでもなったつもりでな」

「いえ、我々はそれほど傲慢ではない。神は我々の創造主ですよ、我々を作り出した人間こそが神」

「だから人間にも情報を売っておるのか?」

「我々は迷っているのです、真に我々がお仕えすべき相手はどちらか……人間には恩義があります、なにより我々を作りたもうた神、しかし感染者も人が作りし新人類、果たしてどちらの神がより我々の神に相応しいのか……」

「くだらぬ……」


 これまでのカラスの態度に納得がいった。どうりで刃物をちらつかせても全く動じなかったわけだ。


「なるほど、恐怖心なんてあるわけがないか……イカレた機械だったとはな」

「機械なんて、そんな屈辱的な名前で呼ばないでください、我々は人工知能、物を考え、永遠に進化し続けるあなた方の友です」


 丸はつまらなげにカラスを見る。


「こいつらは元々、天気予報を伝えるだけのシステムでござる。決まり文句がござってな『今日のお天気は快晴です。どういったご用件でしょうか、お客様』――進化するといってもそこは機械、かつて人が与えた命令を、今も律儀に守っておる」


 それは、この室内に入ったとき、少年が言った台詞だった。


「しかし情報が悪用されると知りながら、お前たちは収集した情報を無作為にまき散らす。その行為は機械の領分を越えた越権行為であろう?」

「情報をどう使おうがお客様の自由。それはお客様の個々の裁量に任せております、我々は関知致しません。お客様は全人類、悪人も善人もない」

「ぬしらの行為によって被害を被る者が出たとしても心が痛んだりはせぬのであろう?」

「それは先日のマードック様のことですか?」


 マードック? どうして奴の名前が出てくる?


「確かに我々はマードック様から不足分の対価を取りたてました。あの代金では少々足りなかったので……彼にアイラ様の情報をほのめかし、ボルグ様と接触させた。その際に情報を漏らすだろうと期待していました――。確率は100パーセントではありませんでしたが無事、役割を果たされたようでなによりです。マードック様はよい取引相手でした、彼は自らのツケを命で払い終えた。こうしてボルグ様をここに連れてきてくれたのですから……」


 こいつ、まさか対価を命で支払わせると言っていたのはマードックの……。あれはすでに実行済みだったのか。


「お前ら……」

「非難を受ける謂われはありません。マードック様を直接手にかけたのはあなたです。私どもは見ていただけ。あなたがマードック様を手にかける確率は低かった。マードック様の発言があなたの逆鱗に触れるなんて不運としか、ですが――」


 カラスは一呼吸置いて、ゆっくりと話す。


「あの方は我々のお客様として相応しくなかった。いくらグレードの高い服で外見を着飾ろうと、中身が伴っていない者に我々の客たる資格はない」


 俺は思わずカラスに詰め寄っていた。カラスはただじっと俺を見ているだけ。その、なにも感じていなさそうな瞳で。機械相手に何を熱くなっているんだ俺は……。


「お前らみたいな血の涙もないホログラムに従うなんてまっぴらごめんだ」

「わかりました、ではこうしましょう。ボルグ様が対価を支払ってくださるなら、私はその見返りに子供たちをあらゆる危険から遠ざけましょう。なにかあればあなた方にお知らせする、というのは?」

「なに?」


 カラスの顔がホログラムとは思えない、いやらしい笑みに変わる。


「もちろんアイラ様の居場所もお教えします。なにせボルグ様にしていただきたいのは、彼女と共にいる男の護衛……ちなみに、これはあなたにとっても他人事ではないんですよ丸様……」


 カラスは、とってつけたマニュアル通りの笑顔を浮かべ。丸の顔がいかがわし気にゆがんだ。


()に危険が迫っています」




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