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探索


 ショッピングモールの外観は、まさしく廃墟だった。地面にはポスターやらチラシやらが散乱し、錆びたショッピングカートが幾重にも積み重ねられて建物の周囲を囲っている。


 マックと一緒にバリケードを迂回しながら建物の裏手に回り、業務用冷凍庫のような扉の前にやってきた。扉はすでに開いていおりマックが眉間に皺を寄せる。どうやらミッキーはここから中に入ったようだ。


「ここから先はまじでやべえぞ」


 つばを飲み込んだのかマックの喉が音を立てる。指先が震え、緊張した面持ちだ。ミッキーに出てくるようにと、外から銃を撃って音で知らせていた理由がこれか。マック自身がトラウマをこじらせている。怖い場所だと聞いているだけではない。実際に怖い目にも遭ったのだろう。でなければここまで怯えない。

 弟のミッキーは、運よくそんな目に遭わなかったのか、それとも、よっぽど勝気な性格をしているらしい。

 ちなみにミッキーはマックの弟で十三歳という話だ。彼らは三兄弟で、ミッキーがいなくなる直前までは、つい最近、行方不明になった長男の話をしていたらしい。町中をいくら探してもいなかったし、あと探してないのはショッピングモールの中ぐらいだと冗談半分に言ったのがまずかったとマックは語った。


「よ、よし行くぞ……」


 声を震わせながら建物内に足を踏み入れる。あらかじめ用意しておいた懐中電灯を二人で点け、通路の各所を照らしながら進む。職員が通っていたであろう廊下だ。かなり埃っぽいが、血の匂いもしなければ、壁や床にそれらしいものが付着した形跡もない。感染者の気配も皆無だった。


「ミッキーの奴、あんな馬鹿兄貴のために、後先考えないで……」


 確かに、かなり直情的な行動に見える。ほぼ考え無しであったのだろう。マックはそうでもないらしいが、少なくともミッキーという少年は、長男を敬愛していたのだろう。


「長男ってどんな人?」

「一言でいえばクズだな、ミッキーにもよく手をあげてた」

「なら、どうして?」

「母親に似たんだろう、いつも気丈に俺たちの世話ばかり焼きたがる、俺は兄貴がいなくなってせいせいしているってのに……ミッキーはあんな兄貴を心配してた」


 負い目を感じているようにマックは消えりそうな言葉を吐く。

 足音がやけに反響する廊下を慎重に進みながら上を見上げると、銀色のダクトが幾重にも走っている。

 次に見えてきたのは机や椅子なんかで作ったバリケードだ。バリケードが崩されている様子はない。バリケードの奥にある扉も、鎖と南京錠で厳重に施錠してあった。


 マックが倒れているスタンドから三枚に折り曲がったパンフレットを二つ抜き取り、一方を渡してきた。長期間放置されていたため黄ばんでいる。パンフレットを開いてみると、ショッピングモールの見取り図が書かれ、端に不気味なマスコットキャラが描かれている。

 文字は掠れて読みづらいが、どこになにがあるかはなんとなくわかる。

 案内所……商業施設にアトラクションコーナー、地下鉄の駅と直結しているのか……聞いていたよりも、もっと大掛かりな施設だったようだ。

 それにしても、パンフレットの端に描かれた二足歩行の、この不気味なキャラクターはいったいなんだ? 歯が生えそろった劣化ワニのような見た目をしている。


「なんだ、この不気味なマスコット」


 こんな着ぐるみを着た殺人鬼が昔いなかったかと考えてしまった。


「町の人気マスコットキャラクターだぞ、うちの店にも等身大パネルが飾ってある」


 こんな見た目をして、代々、この町で愛されてきたキャラクターだったらしい。だったというより今もそうなのか、不気味な町だ。こんなキャラクターをありがたがるなんて。


「まあ、愛嬌はあるんじゃないか……ちょっと不気味だけど……」

「……」


 マックが気を悪くしたらまずいと思って一応のフォローを入れておいた。マックは呆れた顔をしている。あからさま過ぎたようだ。


「あんまりびっくりするようなこと言うなよ、可愛い熊のマスコットキャラだろ」

「熊……」


 熊という衝撃の事実を胸に、ワニだと思ったなんて口が裂けても言えなかった。

 マスコットの隣には、さらに吹き出しで<ようこそハッピータウン>へと書かれている。地獄(ヘル)タウンへようこその吹き出しの方がよっぽど似合いそうな見た目だ。

 それにしても見取り図を見ただけで、広い複合施設だとわかる。人海戦術を使わなきゃ、こんなところを二人だけでは一日がかりの捜索だ。

 ミッキーがすぐに見つけられないと俺たちも危ない。


 マックが懐中電灯を向けながら積みあがったバリケードの中に入っていく。途中で血相を変えて戻ってきた。手になにか持っている。帽子だ。野球帽。帽子の前の部分に、どこかの野球チームの頭文字か、偶然にもミッキーの頭文字と同じMの文字が。


「ミッキーのだ、床に落ちてた」


 ということは、やはり、ここを潜っていったのか、ミッキーの体形はかなり小さいのだろう。バリケードも扉の隙間も、帽子を落とす程度で通り抜けたとみられる。


「よし、付いてきてくれ、ここから中に入れる」


 再びマックが屈み込んで積みあがったバリケードの中を進む。扉にたどり着き、鎖をがちゃがちゃと鳴らして隙間を作り、マックが先に中に入った。マックが鎖を引っ張り、隙間を作って今度は俺が。

 扉を越え、二人して窮屈な中を進み、広い空間に出ると、そこからまた廊下を進んだ。

 扉を開けると、ショッピングモールのメインフロアに出た。すぐ隣に案内所があり、物が散乱している受付がある。フロア内は熱気がすごかった。空調がこわれているというより、もはや熱帯雨林のようだ。どこかでスプリンクラーが作動しているか霧に覆われている。


 床にはいくつもの血痕が走り、死体を引きずったような跡が、前面の透明な自動扉には、べたべたと血の手形が付いていた。感染者はいったいどこに? 各所にいた形跡は確かにあるものの、本体がない。


 ショッピングモールの近くを通るだけで感染者の唸り声が聞こえると噂になるほどなのに、わけがわからなかった。


「感染者が一匹もいないぞ、どうなってる?」


 俺の感想をマックが代弁した。


「とりあえずミッキーを探すぞ」

「おお」


 二人して、パンフレットを見ながら、手分けして施設の隅々まで探す。探し忘れがないように。

 どこかにミッキーが潜んでいて探している片割れがマックだと気づけば出てくるかもしれないと思っていたが、ここにはどうやらいないようで出てくることはなかった。


 メインホール周辺にはいないことがわかったが、探す場所は地下もある。そっちにはいかにも感染者がいそうだ。いくらミッキーでも、いきなりそっちに向かうのは無茶だと思うはずだが、そもそもミッキーに何かあったと考えるならば、どこに向かうのが正解だ?


「次はどうする?」


 ミッキーの行動を一番、読めそうなマックが戻ってきたので聞いてみると、マックは無難に『二階からだな』と言った。少し気まずい顔をして『すまん、トイレに行きたくなった』と信じられないことを口にする。弟を心配する気持ちと生理現象は無関係とはいえ、緊張感の欠ける言葉にやれやれと首を振るしかなかった。


 二人して二階に上がり、トイレに到着。


「ちゃんと中の安全を確認しろよ、俺は外で見張ってるからな」

「わかってるって、うう、やばい」


 マックが用を足している間、外で見張っていると、十秒ぐらい経ったころ、視界の端で何かが動いた。今のは人影か? それが一瞬見えたのは二階廊下の先だった、いろいろなブースのある展示エリアだ。廊下の突き当りにはアトラクションコーナー。その手前のどこかのブースに人影が入り込んだのを見た気がした。俺の視線から逃げるようにだったので感染者ではない。感染者なら人間とみるや襲い掛かってくるはずだ。可能性があるとしたらミッキーか? 知らない人間を見かけたから隠れた可能性もある。


 マックを待つか? いや、マックを待っている間にまた逃げられたら、それこそ二度手間だ。どうにか説得して引き留めよう。近くに感染者はいないようだし見張りは切り上げてもよさそうだ。


 トイレの前から離れ、展示ブースが密集するエリアに駆ける。色んな展示品が飾られていた。当時は最先端技術だったものや、商品の紹介コーナー。町の歴史など。

 カタンと音がしたのでそっちに足を向ける。やはり、なにかいる。


 音が聞こえたのは視聴覚室のようだ。資料を映像で確認する場所らしく、部屋の中央にプロジェクターが置かれている、その前には椅子が並べられ、巨大なスクリーンも。

 プロジェクターはなぜか動いており、スクリーンに光が当たっている。映像は流れていない。

 椅子と椅子の間をゆっくり進む。どこから飛びかかってくるかわからないので油断はできない。柱に『映像の視聴は一人につき十五分程度にしてください、連続視聴はご遠慮を……』と書いた張り紙が張ってあった。


「ミッキーくん、かな……大丈夫、俺は怪しい者じゃないよ、君のお兄さんと一緒に来てるんだ。安心して出ておいで、一緒に帰ろう」


 自分で言っていて、なにやら怪しさ満点だなと思いながら、なるべく優しい口調で語りかけたつもりだったが反応はなかった。怪しんで出てこないのか、それとも、まったく見当違いの可能性も。


 ごくっと喉を鳴らしていつでも銃を撃てるように心の準備をする。わざわざ隠れたんだから感染者ではないと思いたいが、俺がアイラのような例外だった場合は、いきなり戦闘になるかもしれない。


 一番奥の椅子がガタっと動いた。

 身構えると、椅子の陰から何かが飛び出し、低い位置から俺に向かって駆け込んでくる。その人物の動線を予想すると、俺を突き飛ばして後ろのドアから逃げる気らしい。

 身体の大きさからいって子供ではない。軽くぶつかって、想定通り後ろのドアに走っていく。

 何か事情を知っているかもしれないし、逃がすわけにはいかない。俺はその男の背中、腰の部分に飛びついた。

 ちょうどタックルをしかける形となり、かなり危険な止め方だったが、相手が大人とあって容赦はしなかった。ただ俺を襲う気なら最初に攻撃してきただろうし、少なくとも危害を加える気はなさそうだったので、こっちも取り押さえるだけのつもりだった。

 しかし後々考えると、相手を確かめもせずに、よくそんなことができたと思う。

 無警戒過ぎた。ただ簡単に押し倒せはした。あまりにもあっさりと。


「くそっ!! 放せ!!」


 暴れても抵抗がないように感じた。違う、ただの人間なのだ。人間相手に感染者の自分が感染者としての力を使えば、こうなるのが必然なのかもしれない。俺はまだそのあたりの細かい調整に慣れていないのだろう。


「待て、とりあえず話を聞かせろ」

「お前はなんだ、なんでここにいる」

「それはこっちの台詞だ、だから暴れるなって、無駄だってどうしてわからない、くそ、いいかげん()()()ッ!」


 男を強引に抱え上げ、あおむけに下ろして押さえつける。男は驚愕に顔をひきつらせた。


「てめえ、人間じゃねえな!?」


 あっさりバレた。確かに人間の力は、その形態に左右されることがほとんどだ。筋肉がほとんどないように見える俺が大の大人を抱え上げ、また下ろすなんて芸当、気付かれるのが当然だった。しかし男は、それ以上の戸惑いは見せない。まるで俺みたいな感染者には慣れているみたいに、表情を引きつらせてはいるが、暴れたり、喚いたりといった様子はない。逆にそれが不自然ではあるのだが。


「大丈夫だ、なにもしない」

「まさか教団の? まってくれ、俺、いや、私はこの件には無関係だ」

「教団?」

「違うのか?」


 男は、ほっと胸を撫でおろしたのか、変わりかけた口調を元に戻した。


「くそっ」


 あきらめたように体の強張りを解く。感染者に抵抗する無意味さを嫌というほど知っているらしい。


 観念した男を座らせ、逃げ出さないように見張る。音が聞こえたのでマックを呼び、待つこと数分、ほどなくしてマックがやってきた。


 マックはなんだこいつと言って戸惑っている。俺は事前に示し合わせたようにマックに男を捕まえたことを報告する、男にはあらかじめ俺の正体を言わないよう言い含めておいた。

 事情を理解していない男は少し不満げだったが、感染者の俺を怒らせないために、告げ口などはせず、話しを合わせてくれる気らしい。


「で、他に何が聞きたいんだ。大方、もう話しただろう、俺はお前らの探している子供のことなんて知らない」


 男は貧乏ゆすりのように足を小刻みに揺らす。


「ちょっとは落ち着けよ」

「チッ、こんな状況で落ち着いてられるか、そっちはよく見たら人間だよな?」

「おい」

「……」


 変なことを口走りそうだったので口止めしておく。油断も隙もない。話を合わせるように見せかけて、それとなくマックに伝える気なのかと疑いたくなるほど口が軽い。


 そのとき、ズシンと重厚感のある音が響いた。少し廊下が揺れただろうか。

 途端に男の顔が真っ青になり、口の前に人差し指を立てて『シっ』と言って声を潜めた。マックが何か言いたげな顔をするが、その断続的な音に言葉を引っ込める。


『物陰に隠れて音を立てるな、変に音立てたら全員殺されるぞ』


 小声で言う、男の恐れるなにかがブース前の廊下を横切る。すりガラスなのでシルエットしかわからないが、かなり大きい。動きは一歩一歩、鈍足に進み、何かを引きずる音がした。


『なんだよ、あれは……』


 マックが囁き声を出す、廊下の前、そいつは立ち止まり、きょろきょろと辺りを見回した。やがて、再び歩き出し、廊下を横切っていく。


 少しして、巨大な何かがある程度、遠ざかってから男が口を開いた。


「旧世代のハンターだ」

「ハンター? あれが?」

「拠点防衛用だから馬鹿にでかい、対戦車ライフルも通さないボディって触れ込みだ」

「なんだよ、そのハンターってのは?」


 一人何のことかわからずマックが声をあげるが、俺たちは無視した。なんでこんなところにハンターが? もしかしてここにいた感染者たちはあいつにやられたのか。


「もしかしてここにいた感染者は……」

「まあな、感染者なんて相手になるかよ、あんな化け物相手じゃ赤子の手を捻るようなもんだ」


 しかしさきほどのハンターは、数日前に見たハンターとは大きさが違った。ハンターにもいろいろと種類があるようだ。しかもあれで旧型というのだから驚きだ。


「さっきのハンターはなにしてるんだ?」

「この辺りを見張ってるんだ」

「見張る?」

「ここにいるのは一体だけだが、地下にはもっといるぜ、たぶん守らせたいのはそっちだな、地下にはいかない方がいい」


 男は警告すると、ゆっくりと腰を浮かせる。


「そろそろ俺はいかせてもらうぜ、ま、せいぜい、あんたらも気を付けな」


 マックが引き留めようとするが俺は行かせてやれとマックを止める。この男がなにかを知っているとは思えない。それにミッキーを探すのが先決で、あんな化け物のいる場所からは、はやく逃げるべきだと思ったのだ。


「ああ、あと、どうやらあのハンターは襲う対象を再設定されているようでな、子供は襲わず捉えるように命令されているみたいだ」


 思い出したように立ち止まり、振り返った男から、意外な手掛かりが得られた。


「どういうことだ?」

「あとは自分で調べな、ただ思い出したってだけだ。俺を捕らえはしたが話を聞くだけだったしな、まあ、敵じゃないみたいだし、なんだ、お互い、生き残ろうや」


 男はそういうと、今度こそ部屋から出ていく。男なりに筋を通したってことか。


 男が出て行った部屋でマックと二人、顔を見合わせる。

 さっきから断続的に建物が揺れている気がする。


「この建物、崩れるんじゃねえか?」

「はやくミッキーを探さないと」


 ハンターが巡回していたということは、なにか重要な物がこの辺りにあるのかもしれない、もう少しこの辺を探してみよう。次に向かうのは、廊下の先、確かアトラクションコーナーがあったはずだ。




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