遠い月
だいっきらい。
そう呟いた口を、大嫌いな相手のそれに重ねる。間に流れる空気に甘さなんてない。事務作業のようなそれにたっぷり十秒ほど費やしたあと、私はようやく顔を離した。
照れる様子も、悪びれる素振りもない。いつものお返しにと思ってやったことも無駄だったと分かって、腹が立って仕方なかった。
手を伸ばしたのは私、手を取ったのは貴方。
いけないことなのは分かっている。心に描くのは別のひと。
手に入らないから求めるの。駄目だと思うからのめり込むの。
だいっきらいよ、貴方なんて。
そう呟いた口が、大嫌いな相手にふさがれた。
一瞬だけ目をとじて、ゆっくりとあける。恋人でもない、友人でもない、この関係に名前をつけるならば、それは共犯者。だれにも言えない、ふたりだけの秘密を抱えて、罰が下るのに怯えて生きる。それを倖せと呼ぶには、私たちは幼すぎた。
愛も恋も知らなかったころ、無邪気に交わした左薬指の約束。あれほどうつくしいものはこの世にないだろうと思いながら、私は流されるままに再びそっと目をとじた。