88話 おいらの嫁
後書き修正
コルキスがフーラと話している間に、テリンダートとカエンがこっちに近付いて来た。
テリンダートは興味深々といった様子だけど、カエンは仕方なくって感じだ。
本来、空飛ぶ人魚と呼ばれるテリンダートは、器用に尾びれを使ってぴょんぴょん弾みながら移動している。
あ、よく見るとカエンはテリンダートの腰から伸びる透明な紐を握っている。まるで、言うこと聞かず動き回る犬を散歩させてるみたいじゃないか。
「ねえねえ、君って人形使いかと思ってたけど、本当は精霊使いだったの? 4体も精霊がいるところなんて初めて見たよ」
テリンダートが鼻息を荒くして聞いてくる。
うん、改めて思ったけどテリンダートが男で良かったよ。エテールメイドは服を着ない種族だもんな。
「え、ああ……いや何て言うかな……」
にしても困ったな。ロポリス達と契約しているのは母上だし、そもそも俺は人形使いですらない。敢えて言うなら卵使いかな、言わないけどね、秘密だし。
「ボク達は精霊じゃないんだぬーん。よく似てるけど、あっちでフーラが興奮しながら見てるハンマーと同じ擬似生命体だぬーん。アルフは凄腕の錬金術師なんだぬーん」
何だその雑なモノマネは。ミートボールウルフはもっと低くてくぐもった声でぬーんって鳴くんだよ。
ついさっきまで何かハアハア言いながら俺の耳やお尻を触っていたラズマは、今度は平民の子供がふざけているような感じだ。まあ、俺を触るのに飽きたっぽいからいいけど。
「錬金術師だって!?」
突然カエンが大声で俺に詰め寄って来た。
「それならコイツを大人しくさせる魔法薬とか魔道具を持ってないか!? もし無くても作ってくれ、金はいくらでも出す!」
目が怖い……こんな目をさせるなんて、テリンダートはいつもどんな迷惑をかけているんだよ。
「アルフが好きなミートボールウルフの真似をしたのに何の反応もしない……別の気分なのかな、そうなんだね?」
ウザい表情で俺を覗きこんでくるラズマは放っておこう。俺を触った後は暫く上機嫌だから大丈夫だろ。
「えー? 何でおいら?」
「黙れ、この非常識人魚が!」
おおお!!
凄い、あっという間にテリンダートが透明な紐でぐるぐる巻きにされた。
「勝手に領主の家で寝たり、商人を眠らせて品物を持ち帰ったり、他にも――」
「こらー、雷属性の子をイジメちゃだめだよー」
「あががが!」
ラズマが電撃でカエンを攻撃してしまい、バタンと倒れて動かなくなった。しまった!
「あー! カエンが怪我しちゃったじゃないか! おいらの嫁に何するんだよ!」
今度はテリンダートが俺に詰め寄ってきた。紐は自力で解いたみたいだ。
「や、やったのは俺じゃない。コイツだって」
俺の胸ぐらを掴んで前後に揺さぶってくるから、ラズマを指差して言ってやった。
「君が作った擬似生命体なんでしょ! だったら君のせいじゃないか! 早く回復してよ!」
何でそうなるんだ。つか、ラズマは俺を助けてくれないのか。どうして雷属性の他人は助けて、アルフは恋人とか言ってるのに俺の事は傍観なんだよ。
『ね、助けて欲しいグルニャ? あの時の続きをしてくれたら助けてもいいグルニャ?』
「断る!」
またも雑なモノマネをしながら提案してきたラズマだったけど、あの時の続きなんて断固拒否だ。
それと、キャットウルフの鳴き声は「グルニャ」じゃなくて「ぐっるにゃ」だ。もっと短くてあざとい感じなんだぞ。
「断るだって!?」
ち、違う、テリンダートに言ったんじゃない。だから激しく揺さぶらないでくれ。
『ちぇー、じゃあもう知らないもん』
ラズマはそう言うと鞄の中に入って行った。と、思ったら人形が手足をバタバタさせながら飛び出して、自分で自分を殴り始めた。1発1発が可愛らしい顔にめり込んでいる。
何の儀式か知らないけど、そんな事せずに助けてくれよ。
「止めろテリンダート、ちょっと痛かっただけだ。あと嫁じゃない」
カエンが起き上がってテリンダートを止めてくれる。はあ、苦しかっ……えーと、何だこのグロいのは。
カエンの全身に大小の茸が生えている、しかも大量に。
それを1つ1つもぎ取りながらカエンがテリンダートに「嫁じゃなくて夫だ」と呟くと、2人は言い合いを始めた。
止めようかどうか迷ったけど、だんだん聞いてられない痴話喧嘩になってきたので、俺はイアとロッシュが居るパパルの所へ行くことにした。
俺の足下で自分を殴り続ける人形の顔は、既に原型をとどめていない。とにかく、拾って鞄に入れようと人形に触ると、とたんに不快な表情に変わった。凄い、顔が治った……けど、何回見ても傷付く表情だな。
あ、右足に箒を突き刺したぞ。人形はビクンッと震えると、5つの鍵が現れ人形の左頬に凄まじい勢いで刺さった。一瞬動きが止まったけど、次の瞬間より一層激しく自分を殴り始めた。
まったく、大精霊組は何をやってるんだよ。押し込むように人形を仕舞うと、またすぐに飛び出してきた。
『表出ろゴラァ!』
『やだぷー』
人形はそのまま自分を殴りながら慈悲の部屋を出て行ってしまった。
ふとコルキスの方を見ると、目を丸くさせてこっちを見ているのに気付く……ま、いいか。
パパル達の所へ来ると、ロッシュが睨み付けてきた。
クランバイアで箱族狩りはしてないんだけどなあ。
「ごめん、あの2人が喧嘩を始めちゃったんだ」
俺はロッシュから目を反らしてイアに話しかけた。
艶々の髪と黒真珠みたいな肌が美しいな。これで耳と尻尾があれば最高なのに。
「てめぇ俺の女に色目使ってんじゃねぇぞコラ」
え……と?
ちょ、顔怖いんだけど。額で緑色に光ってるそれ何?
イアも照れて……え、もしかしてもうパパルとそういう関係になったの?
「チッ、向こう行くぞ」
ロッシュに腕を掴まれ引き摺られるように部屋の隅までやって来た。今日は引き摺られる日なのかな……。
「気を付けろって目で訴えただろ。なのに何でイアの尻をガン見するんだ。ったくよぉ」
ロッシュが面倒臭そうに文句を言ってきた。目で訴えたって言われても分かんないよ。
「飲め」
何も言わない俺を見たロッシュは、頭をガシガシ掻きむしったと思ったら、右腕を箱に変形させて中から飲み物を取り出すと俺にくれた。
「え!? 箱化ってそんな事できるの!?」
「かなり高度な技術なんだよ。大抵は習得する前に箱のまま固定されちまう」
へぇー、知らなかったな。普通は箱化を解除すると中身がそこら辺に散らばるって本に書いてあった。
ロッシュのそれってもうアイテムボックスと同じだと、飲み物を受け取りながら思った。
「ん、森の水だ。ありがとうロッシュ、これ大好きなんだよ俺」
「そうかよ。じゃあ、お礼に何か面白かった時の話をしろ」
んぐっ! ゲホッゲホッ……そうくるんだ。
「じゃあ、俺が風の精霊にされた時の――」
「却下だ。別の話」
「そしたら、闇の――」
「却下」
もしかして、これは遠回しの嫌がらせか何かか?
思ってたより話してくれるなって感じたのに、やっぱり箱族は他種族が嫌いなんだな。
「箱族の話をしろ」
箱族!? 俺の知る限り箱族ってキーワードで面白い話なんて1つもない。とんでもない無茶ブリじゃないか。やっぱりこれは嫌がらせだ。
「そうは言っても、初めて見た箱族ってロッシュだし……」
「なら俺の話をしろ」
ちょっと嬉しそうな顔している。困っている俺を見て楽しんでいるんだ。コイツ性格悪いな。
「いや、今日初めて会ったロッシュの事なんて分かんないよ」
「……そうか。じゃあこれは返せ」
ロッシュは森の水を俺から引ったくると、一気に飲み干してしまった。そして瓶を箱にした左胸の中へ仕舞う。
「まだ飲みたかったのに……あ、左胸はゴミ専用の箱なの?」
悪くなった空気を変えようと別の話題を振ってみた。
「うるせぇ! これでも飲んでろ!」
ロッシュはもう1度右腕から森の水を出してくれた。
ただ、その後は何も喋らず、ずっと俺を睨んでいた。
暫くして、コルキスがフーラとの話を終えて俺の所へやって来た。押し付けようにグルフナを返してくると、ウキウキした様子でカエンの所まで走って行った。
~入手情報~
【種族名】ミートボールウルフ
【形 状】丸狼型
【危険度】G
【進化率】☆
【変異率】☆☆☆☆
【先天属性】
必発:-
偶発:火/水/風/氷/雷
【適正魔法】
必発:-
偶発:火/水/風/氷/雷
【魔力結晶体】
人に懐く個体にのみ発生
【棲息地情報】
アゴ森林などの寒冷な森林地帯
【魔物図鑑抜粋】
丸い身体に短い手足と短い尾を持っている。肉食だが可愛らしい見た目で、群れを作ることはない。また、食べた物を消化する力がとても低く、ほぼ未消化のまま排泄してしまう。その排泄物は食べると体力回復の効果がある為、低ランク冒険者は排泄物を集め活用する者も居る。意外と採集依頼も多く、排泄物はミートボールの名で取引されている。
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【種族名】キャットウルフ
【形 状】猫狼型
【危険度】E
【進化率】☆
【変異率】☆☆
【先天属性】
必発:水
偶発:毒
【適正魔法】
必発:-
偶発:水/毒
【魔力結晶体】
人に懐く個体にのみ発生
【棲息地情報】
ビオラス湖など汚れた湖の周辺
【魔物図鑑抜粋】
猫の様な耳と目、伸縮する長い尾を持つ。鳴き声も猫に近い。毒を持った魔物でもあり、爪で引っ掛かれると呼吸や視界に影響を及ぼす。幼子でなければ死ぬ事はなく解毒も簡単だが、戦闘中に受けるのは避けたいところであろう。尾は鞭等に加工される事が多い。
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【名称】森の水
【分類】天然魔力水
【属性】水/植物
【希少】☆☆☆☆☆
【価格】クランバイア金貨1枚
【アルフのうろ覚え知識】
エデスタッツ樹海の奥深い場所にある湧水を瓶詰めにしており、一般にはエデスタッツウォーターの名で知られている。入手難度が高く植物の魔力を含んでいる為、大変高価な天然水である。湧水はエデスタッツ樹海の複数の場所で採集できるが、場所によって花や草といった様に含まれる魔力や味に違いがある。よくドリアードに連れられ採集に行っていたなぁ。




