5話 目が覚めて
後書き修正
「……たの?」
「いや……の…………だ」
う、うーん……誰かの話し声が聞こえる。
「お、やっと起きたかアルフ」
ドリアードが俺の顔を覗きこんできた。
「ぅえ、何?」
頭がぼーっとしてて現状がよくわからない。確か母上の抱き付きが苦しくてそのまま意識を失って……
「アルフ、おーい分かるか。ちゃんと起きてるかー?」
「起きてるよ」
顔をぺしぺし叩いてくるドリアードの手が鬱陶しい。
「そうか。ならこれ飲んでちょっと待ってろ」
また紅茶か。やけにいい香りがする。
「ん、ありがとう」
ぼんやりしながらベッドから起き上がってドリアードがくれた紅茶を飲む。うげぇぇぇ。
「ちょ、何が入ってるんだよこれ」
一気に目が覚めたよ――あれ、ここ俺の部屋だな。
勢いよく顔をあげたら、今いるのが見慣れた俺の部屋だと気付いた。確か母上の部屋で倒れたはずなんだけど。
「あぁ、それはムルルの樹液を入れてある。爽やかな香りと震えるほどの不味さで目覚めに最適なやつだ」
確かに震えるほど不味いし目も覚めるたよ。でも、目覚めに最適というのは違う気がする。
「なぁ、ドリアードが運んでくれたのか?」
さっきからドリアードは部屋の隅でごそごそしてる。
「いや、運んだのは風の精霊シルフィだ。私はか弱いからな」
あぁ、シルフィ。風の精霊のイメージからかけ離れたムキムキの。
「アルフ、腹減ってるだろ? お前が起きたら食わせるようにジールから言われてるんだよ」
ドリアードがサラダとパンを持って来てくれた。
お、サラダ作ってたのか。ドリアードの作り方はグロいからなぁ、気を使ってくれたんだろう。にしても俺は夕飯を食べ損なったのか。父上と一緒に食べたかったのにな。
「ゆっくり食えよ。お前2週間も寝てたんだからな」
は? 2週間!?
「え、何で!? 何でそんなに経ってるの!?」
そう言われれば何か身体も動きにくいし、ちょっとふらふらする。
「いやぁ、たぶんマチョのせいだな。悪い悪い」
ハハハと笑いながら、ドリアードが指先に生やした赤い実をブチッっと千切ってサラダに付け加えてくれる。
「マチョって確かグールに寄生するっていう……やっぱりヤバいヤツだったんじゃないか」
ベッドに腰掛けたドリアードを睨みながらサラダを食べ始める。
「まさか人間には眠りの効果があるなんてなー。新発見だったよ」
どことなく嬉しそうな顔でドリアードが「これも食うか?」って掌に苺を実らせながら言ってきた。
「食べる。なぁ、もしかしてこれまでもマチョみたいなヤバい木の樹液を紅茶に入れてたのか?」
「ん んー、どうだったかな」
「おい、惚けるなよ」
「まぁまぁ、昔のことだ。気にしても仕方ないだろ。それより、昨日ジルが帰てきたぞ。しかも男を連れてだ」
なんだって!! ジル姉様が男を……ってどうせあの人だろ。
「どうせ勇者様だろ」
「ちっ! 引っかからないか。もっとわたわたするかと思ったのに」
「ジル姉様が男っていったら勇者様しかいないじゃないか」
「まぁな。去年勇者が初めてこの国へ来たとき、置き手紙をして勝手について行ったくらいだしな」
「大騒ぎになって半年で連れ戻されたけどね」
そう、ジル姉様は勇者様が大好きなんだ。一目惚れらしく、前から決まっていた婚約を一方的に破棄するくらい勇者様にぞっこんなんだよ。
「アルフはまだ会ったこと無いんだったよな」
「うん。去年勇者様が来たときは見合いでクルムシュ国へ行ってたから」
あれは最悪の見合いだったな。しかも帰って来たらジル姉様いなくなってたし。
「勇者は2日後に出発するらしいから、明日会ってみろよ。お礼も言わなきゃいけないしなアルフは」
「お礼? なんで?」
「フレアドラゴンを討伐したのが勇者だからだよ。食っただろ、フレアドラゴン」
そ、そうなんだ。やっぱり勇者様って凄いんだなー。
「なぁ、ドリアード。勇者様に教えてもらえば俺も魔法が使えるようになるかな?」
「無理だろ」
間髪いれず否定されたよ。
「聖光の大精霊と闇の大精霊でさえ、どうすることもできなかったんだぞ。変な期待はするな」
「そ、そっか……」
はぁ、もしかしてって思ったけどやっぱり駄目か。
「あ、そういえば俺が起きたとき誰かと喋ってたけど、誰と話してたんだ?」
「話? 誰とも話してないな。私はずっと1人でお前のそばにいたぞ」
あれー? 何か真剣に話し込んでるみたいだったけど。
「本当か? 絶対話してたと思うんだけど」
「夢でもみてたんじゃないのか? あ、それかマチョの樹液には幻聴の効果もあるのかもしれないな」
あ、忘れるとこだった。
「なぁ、ドリアード。昔のことでも気になるのが人間なんだよ。いったい何を飲まされたのか全部吐いてもらうからな」
「仕方ないな。いいぞ」
ドリアードが珍しく素直だ。くくく、さすがに悪いと思ってるんだな。
「いっくぞーー!」
「は? う、うわぁぁーー!!」
「げっぷ。よし、全部吐いたぞ。じゃあ私はジールにお前が起きたことを知らせてくる」
微かな緑色の光を残してドリアードは行ってしまった。
逃げられた。しかもこれ、このベタベタの樹液どーすんだよ!! ベッドも床もそして俺もベッタベタじゃないか……アーシャに掃除してもらおう。そんでその間に風呂にも入ろう。
「はぁぁぁぁ」
ベタベタのベッドから出て風呂場へ向かった。
~入手情報~
【名 称】マチョの木
【分 類】寄生植物
【分 布】タニアの神域
【原 産】不明
【属 性】命/植物
【希 少】☆☆☆☆☆☆
【特 徴】
グールに寄生するとても珍しい樹木。
グールに種が付着するとすぐに発芽する。そのまま月の光を浴びると一気に高さ5メートル近く成長し綿毛状の種子を大量に飛ばす。太陽の光を浴びるとグールと共に枯れてしまう。
~~~~~~~~
【名 称】マチョの樹液
【分 類】樹液
【希 少】☆☆☆☆☆☆
【属 性】命/植物
【特 徴】
どす黒い樹液。
人間が摂取した場合、いったん眠ると目覚めなくなる。
幻聴を引き起こすのかは不明。
~~~~~~~~~
【名 称】ムルルの木
【分 類】浄水植物
【分 布】世界中
【原 産】ムルル古神殿
【属 性】水/植物
【希 少】☆
【特 徴】
汚れた水中に生える樹木。
葉は水を浄化するが果実は汚れが凝縮している。果実は水棲の魔物の好物。
~~~~~~~~~
【名 称】ムルルの樹液
【分 類】樹液
【属 性】水/植物
【希 少】☆
【特 徴】
ゴミ汁色の樹液。
スペアミントのような香りがするが味は震えるほどの不味さ。特別な効果は無し。