64話 隠れよう
後書き修正
コルキスは嘘をついているわね。
今まで私に隠し事をしたり、嘘をつくなんて一度も無かったのに。おやつを食べながら楽しそうに話すコルキスは時折、私に叱られて謝る時と同じ顔をするからすぐにわかった。
「ずっと1人でぼく寂しかったんだよ」
「ディオスはメネメス国の森で見付けたんだ」
「闇の大精霊様の居場所はヒストリアを使って見付けたよ」
「ジール義母様やジル姉様は元気になった?」
少なくともこれは嘘。
ジールたちの心配をするのが嘘というのがよく分からないけれど、きっと何か意味があるはずね。
話の途中から、こっそり感覚共有を使用したら、コルキスは私に対して「ごめんね」と「嬉しい」や「大好き」という気持ちを感じているのが分かった。
残念なながら不死関係については何も分からなかった。けれど、おやつにヒストリアを使っている時は特に「嬉しい」「大好き」と感じているのは可愛かったわね。
「ねぇ母様、ぼくもっと強くなりたいんだ。お稽古して」
そろそろコルキスが寝る頃かと思っていたら、むしろ目が爛々として元気になっていた。
8歳と少し早いけれど、ヴァンパイアの性質が人間の性質を上回ってきたのかしら。だとすると成長期が長くなるわね、嬉しいわ。
ディオスとのコンビネーションは中々のものだったけれど、コルキスがディオスの足を引っ張っていたわ。そこを指摘するとコルキスが癇癪を起こして攻撃してきた。
眠らないドラゴンやアレに不完全変身して無茶苦茶な戦い方をしていたけれど、ディオスの素晴らしいサポートでそれなりの物にはなっていたわ。私も使い魔にできないかしら。こんどあの聖属性のリキッドマナストーンがいた地域に行くのもいいわね。
それと闇の欠片で強化されたコルキスの固有スキルは霧化らしく、通常の霧化とは違う性質を持っていたわ。どう成長するか楽しみだわ。
コルキスの稽古に使った地域は、しばらく闇属性以外近付けなくなってしまったでしょうね。丁度いいから上位のヴァンパイアにでも管理させようかしら。
「母様、おやすみなさい」
稽古の後、私と夜間飛行を楽しんだコルキスは、いつものように私の胸を枕代わりに眠る。ぐっすり眠ったのを確認して、私は分身にコルキスを任せ、到着した時にいた蜥蜴獣人の受付嬢を探す事にした。
ディオスが不思議そうに私を見ているような気がしたから、コルキスを喜ばせる為に出かけてくるとだけ言っておいた。
蜥蜴獣人はすぐに見つかったわ。てっきり帰宅したのかと思っていたけれど、受付の奥で仮眠をとっていたの。
「コルキスったら、まだまだね」
首に歯形がうっすらと残っている。
受付嬢はコルキスに吸血されて支配下にあった。恐らく1回の吸血では支配時間が足りず、何回か吸血したのね。
どうりで用を足しに行く回数が多いと思ったわ。
「起きろ。コルキスについて知っていることを全て話せ」
私の吸血はコルキスより遥かに強力なもの。この蜥蜴獣人には悪いけれどコルキスの吸血を打ち消し、完全な私の操り人形になってもらった。
「――でございます」
なるほど。コルキスは半分になった人形と、ハンマーを持った兄様と呼ばれる青髪の若い男と一緒だったのね。
随分懐いていたという話だけれど、どの子かしら。
しばらくクランバイア城にいなかったのは、ハイラルとジンジル、シュナウザーとミラ。あとはガルダンね。ハイラルとジンジルは勇者討伐の為で、ガルダンはウルユルト群島国へ行っている。
では、シュナウザーとミラのどちらかかしら。
2人とも1年の半分は独立学園都市ミュトリアーレに滞在している。王子アルフレッドの送魂祭に出てはいけないと知らされると、次の週には城を出発していた……そういえば闇の大精霊様はミュトリアーレに行けと仰っていたわね。
「でも時間的に合わないし、髪の色も違うのよね……」
シュナウザーは赤髪、ミラは黒髪。
青髪の王子といえばアルファスとウルファスだけれど、ずっと城に居たわ。そもそも、あの双子とコルキスはあまり仲が良くなかったはずだし、それにハンマーなんて誰も武器にしていないわ。
「マルニ、あなたは先にここへ来ていたわよね。何も見なかったのかしら?」
呼べばマルニが音も無く現れる。
「はい、申し訳ありません。私にはコルキス様が見えず、お声も聞こえません。今でもコルキス様がお側にいらっしゃるとは信じられないほどです」
思った通りマルニはコルキスに気付いていなかった。超感知を持っているのにも関わらずよ。
コルキスにマルニのことを聞くと、レデルトリーン大雪原で存在に気付いたと言っていた。ただ、コルキスもこの場にマルニがいることに気付いていない。互いに認識できなくなっているのよ。
やはり、闇の大精霊様のお力かしらね。コルキスの誓いと関係あるのかしら。マルニは処分するつもりだったけれど、しばらく様子見ね。
当然、青髪の男のこともマルニは知らなかった。
コルキスと一緒にいれば青髪の男に会えるかもしれないけれど、先にミュトリアーレへ行って色々調べてみるのもいいかしら。
でもまあ、朝まではこの町で青髪の男を探してみようかしらね。
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「あ、おいグルフナ?」
グルフナは俺から離れると、興味津々といった感じで近くの壁をコンコン叩き始めた。まあ気持ちは分かる。確かに不思議だよな。
俺たちは今、地中深くにいる。
コルキスと別れた後、マクルリアの町からこっそり抜け出して、少し離れた丘陵地帯まで戻った。
俺が寒いけどここで夜を明かそうと言うと、ティザーが土の中なら比較的暖かいと魔法を使ってくれたんだ。
地下20メートルくらいまで潜ると確にちょっと暖かかった。念のためさらに800メートルほど進んだ辺りでティザーが何かに気付いた。そして地下を進んで行くと、だだっ広い空間に辿り着いた。
そこはマクルリアの町の様に暖かく明かりも灯ってる不思議な場所。
『これは……よし。ここは魔物もおらんし暖かい、丁度良いの』
「いや、よしじゃなくてさ。何ここ、明らかに誰かが作った場所だよね?」
地面や壁には奇妙な模様が描いてあるし、光沢のある薄紫色の液体が空間の中心から涌き出て地面に落ちていく。そしてそれは、不規則な水路みたいに地面に広がって流れている。
『その液体には触れるでないぞ。ラヴェトラと言ってな、恐ろしく冷たい液体金属じゃからの』
「ラヴェトラ? 液体金属なのに冷たいの?」
知らない金属だな。それに液体金属って高温でどろっどろに溶けた金属のことじゃないのかな。
『そうじゃ。珍しい金属でな、高温に晒されると固まってしまい二度と液体にはならん』
「へー」
グルフナがリクレイムグルキエスを使ってるって事は氷属性の金属なのか。てことは……
「これ魔法金属じゃないか! この量、鉱脈なんじゃないのか?大発見だぞ!」
『ここのラヴェトラには手を出さん方が良いぞ。ヴォルキリオの封印になっておるみたいじゃからの』
……ヴォルキリオ!?
「え、ちょっと待ってよ。ヴォルキリオってあのヴォルキリオ?」
『そうじゃ』
そうじゃ、じゃない!!
そんな厄災と同義のものの近くに居るなんて嫌だよ!!
「今すぐ逃げよう」
グルフナもパッと俺の側に寄って来た。
『厄災とはこれまた……じゃが心配せんでもよい。この封印はまず解けんし、魔物も近付いて来んから安全じゃぞ。それに強大な力で隠匿の魔法がかかっておる。ここならメファイザにも見付かるまいて』
そ、それはとっても嬉しいけどさ、ヴォルキリオがどうしても気になる。もう1回抗議しようとした時、アクネアが戻って来た。
『あー、悪いアルフ。モーブ様はコルキスを助けないってさ。これも不死になる為の試練だってよ』
「え!?」
アクネアはそれだけ言ってティザーと一緒に大量にお酒を出し始める。
『つか、ここってよ――あ、ティザー! てめっそれは俺のだろ!』
アクネアは何か言いかけたけど、ティザーがちょろまかそうとしたお酒を奪い頬擦りし始めた。
にしてもモーブが手助けしてくれないなんて、コルキス大丈夫かな。しっかりしてるようだけどまだ8歳だし、何よりコルキスはメファイザ義母上が1番なとこがあるんだよな。
『そんなに心配な顔をせんでもよいじゃろ。あやつは今やアルフにべったりなんじゃからな』
でも今はヴォルキリオの方が心配だ。安全っていわれても、歴史の勉強で何度か出てきた、灼熱の魔鳥の異名を持つヴォルキリオ。怖すぎる。
ティザーは感じの悪い人形から出て、アクネアと共に物凄い勢いでお酒を煽っていく。これ、もう絶対移動する気ないじゃないか……つか、お爺ちゃんが不良の孫に飲み比べを挑まれたみたいな絵面だな。
『そうだぜアルフ。たぶんもう逃げられないぞ』
不良の孫が不可解なことを言う。
「いや、今なら逃げられるだろ。ヴォルキリオは封印されてるんだから。ああ、俺は明日無事にコルキスと再開できるんだろうか」
『ん? できるんじゃね?』
『しかしこれからがのぉ』
『だよなー』
『そのうち……ぬほほほほ』
あ、駄目だ。2人共酔っぱらった。
もう今日は地上に帰れないな。諦めに支配された俺は溜め息をついてしまう。グルフナも同じ気持ちになったのか、俺から離れて壁を叩き始める。
「あ、おいグルフナ?」
グルフナは何かが気になっているのか、壁の同じ場所を何度も叩いている。
「これ、不思議な金属だよな。何なんだろ」
『それはラヴェトラが固まった物じゃぞ、ヒック』
「へぇ、流れてるのとは全然違うんだな」
壁はすべてラヴェトラが固まった物らしく、やや緑がかった青色をしている。よく見ると、液体のラヴェトラは壁の下に流れ込んでいた。
『ラヴェトラはかへ、くぉり、みぃずの魔力と相性がいいんだろ』
怪しい呂律でアクネアが教えてくれる。
『そうじゃアルフ、ミステリーエッグは使ってはいかんぞ。封印が弱まるかもしれんからの』
『それはめんろくさいら。アルフはもう寝ろー』
「絶対使わないよ。ていうかさ、あの天井の穴はだい――え?」
俺達が入って来た天井を見上げていると、何かが崩れる音が聞こえた。
音がした方を見ると、グルフナが崩れた壁を前におろおろしていた。瓦礫が邪魔でよく見えないけど、壁の向こうは通路のようにも見える。
「グルフナがやったのか?」
グルフナは謝るような雰囲気を纏って俺の側にやって来た。
これは封印が解けるんじゃないかと、血の気が引いてしまったけど、ティザーもアクネアも笑い転げながらお酒を飲み続けている。
崩れた壁を見ただけであんなに笑えるなんて、お酒に変な薬でも混じってたか?
「な、なあ、大丈夫……なんだよな?」
『心配ないわい。封印の要は流れておるラヴェトラで、壁も天井も封印には何の関係も無いぞ。下手くそな精霊文字が無意味に書いてあるだけじゃ』
『うんおらって、うんおらっれー!!』
アクネアは崩れた壁を指差してまだ笑っている。
「うんお?」
『そうじゃ、崩れた壁の両端の文字を繋げると、精霊の排泄物という意味になっとるんじゃ』
なんだそれ。アクネアって見た目よりもっと大人な感じがしてたけど、酔っぱらうとそうでもないのな。
『壁の向こうはマクルリアの遺跡じゃろうな。まあ、儂等には関係無い。ほれ、もう寝い』
遺跡!?
何だかわくわくするじゃないか、なんて思っていたらティザーに眠りの魔法をかけられてしまった。
『あえ? なにあを忘れてりるうおぅな……ま、いっか。飲むろー!』
それはきっと、ミステリーエッグで美味しいお酒を出すことなんじゃないかな、と思いながら俺は意識を手放した。
~入手情報~
【名称】マクルリアの遺跡
【種別】コアダンジョン
【階級】☆☆☆☆☆☆
【場所】メネメス国北東部 マクルリアの町
【属性】火
【外観】地下遺跡型
【内部】飛び地型変形迷宮/マグマ神殿迷宮
【生還率】10%
【探索率】2%
【踏破数】0回
【踏破者】-
【特記事項】
探索等級:-
固有変化:気温急上昇/マグマ増減
特殊制限:氷属性ステータス1/10化
帰還魔法:使用不可
帰還装置:氷る祈りのベレーザ像
最高到達:-
安全地帯:部分的に癒着している遺跡すべて
【ダンジョン大図鑑抜粋】
氷精霊が多いこの地で、火精霊が快適に過ごす為に作り上げた遺跡。部分的にダンジョン化している。一般には存在自体が噂話レベルの眉唾物として知られているが、本当に存在している。ベレーザの祈り亭の地下深くに入り口があるが、そこまでは小さな変形型ダンジョンとなっており、辿り着く事は困難である。また、遺跡とマグマ神殿型ダンジョンが入り交じっている為に迷うと二度と太陽を拝むことはできないだろう。
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【名 称】ラヴェトラ
【分 類】魔法金属
【属 性】氷
【希 少】☆☆☆☆☆☆
【価 格】クランバイア金貨27枚/1g
【アルフの聞きかじり知識】
とてつもなく冷たい薄紫色の液体金属で、特定の温度までならすべての熱を一瞬で奪い氷の魔力に変換できる。風や水の魔力を流すと氷の魔力と混ぜ合わせ3属性魔石を作る場合がある。しかし、特定の温度を越えると変色して固まり脆くなるうえ、魔力変換などもおきなくなる。ほとんど知られていない幻の金属と言っても過言ではなく、上級以上の氷精霊の力を借りなければ加工が難しい為、ラヴェトラを利用できる者は多くないだろう。魔法王国にはいラヴェトラを用いた特殊な氷鞭の作成記録が残っているらしい。
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【名 称】感覚共有
【発 現】メファイザ・オ・クランバイア
【属 性】闇
【分 類】共有型/固有スキル
【希 少】☆☆☆☆☆☆☆
【効 果】
触れた者の感覚を自分も共有でき、ある程度の感情も知ることができる。また、共有するのが自身の眷属だった場合は離れていても問題なく効果を発揮する。メファイザの感覚を共有させることも可能。
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【名 称】吸血
【発 現】メファイザ・オ・クランバイア
【属 性】闇
【分 類】万能型/固有スキル
【希 少】★★
【効 果】
血を吸った相手を意のままに操る事ができる。また、吸血する事によって自身を恐ろしいまでに強化できるだけでなく、体力や魔力の全快、怪我の治癒も可能。吸血する相手が強ければ強いほど、すべての効果が高くなる。他のヴァンパイアの吸血や眷属化を無効化し、自らの傀儡にする事もできる。
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【名 称】癇癪
【発 現】コルキス・ウィルベオ・クランバイア
【属 性】影
【分 類】感情型/固有スキル
【希 少】☆☆
【効 果】
ちょっとした事にでも怒りやすくなってしまうが、怒っている間はすべてが強化される。癇癪中は多少、理性が失われるが、怒りをコントロールできるくらいにはまともでいられる。成長すると更に強力な固有スキルとなるだろう。
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【ヴォルキリオ】
灼熱の魔鳥の異名を持つ火の精霊。
過去に何度も国を滅ぼし、大地を焼き払い、空を焦がしたという。メネメス国のマクルリア地方に封印されたとされるが、精霊達の間では今も力が増大しているともっぱらの噂。




