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62話 王妃メファイザ

後書き修正

 まったく、コルキスには困ったものだわ。


 第13王子のアルフレッドが死んで1週間と経っていないのに、遊びに行ってくると書き残して姿を消してしまった。専属メイドのマルニが後を追ったようだから心配いらないけれど、兄が死んだというのに気儘すぎるわ。


 私もまさか子供が出来ると思わなかったから、つい甘やかしてしまうのよね。ヴァンパイアが子を産む事は極めて稀であり、私が知っているのは1500年前に子を産んだ彼女だけだった。


 そういえばあの時は大騒ぎになったのよね。ヴァンパイアと月神族の子供というせいで、本当に大変だったわ。揉めに揉めた挙げ句、月神族として育てられる事になったあの子は元気にしているかしら。


 コルキスを見守っているマルニからの連絡によると、コルキスはシャドーバットを使い何かを探しているらしい。


 そうそう王子アルフレッドの墓に立ち寄ったと聞いた時は驚いたわ。


 コルキスは彼が死ぬまで、彼の存在を認識しているかも疑わしいほどだったのに、あの子も兄弟の死に思うところがあったのかしら。


 ジールの息子は本当に役立たずだったけれど、最後にコルキスの情操教育を担ってくれたのなら感謝するわ。命日に祈るくらいはしてあげようかしら。


 そう、のんきに構えていたらコルキスが遊びに出掛けてから1ヶ月ほど経った。


 さすがに長過ぎる。迎えに行くべきか考えていると、日が沈む頃にマルニからコルキスを見失ったと連絡があった。テラテキュラ王国の中央都市に入った途端、何も感知できなくなったらしい。


 やれやれね。事が終ればマルニは処分だわ。優秀だと思っていたのにガッカリ。私は急いでテラテキュラに向うことにした。


「待て」


 緋衣草の離宮を飛び出し、国境結界の切れ目がある上空まで飛行した所で精霊に呼び止められた。


「悪いけれど急いでいるのよ」


 恐らくかなり上位の闇精霊だろう。そんな精霊に出会えるなんて奇跡だけれど、今はコルキスの方が優先なのよ。


「息子を探しているのだろう? お前の息子コルキスは闇の大精霊様と契約を交わし、不死になる為の試練に挑戦する事となった。後程、闇の大精霊様が直々に御説明して下さる。メファイザよ、お前は此処で待っていろ」


「それはどういう――」


 闇の精霊は自分の言いたい事だけ言うと消えてしまった。


 不死になるための試練ですって?


 そんな物があるなんて聞いたことないわ。闇の大精霊様はジールの契約精霊、これはジールが仕掛けた罠かもしれない。


 けれど、私達は闇の眷属。闇の大精霊様は眷属を大切にして下さるお方だというし……ああ、もどかしい!


 日が沈み私達闇の眷属の時間が訪れた頃、闇の大精霊様が現れた。


「メファイザよ、待たせたな」


「いえ、そのような事はありません。クランバイア城で何度かお会いしましたが改めまして、私は闇の眷属ヴァンパイアの王にしてクランバイア魔法王国の王妃、メファイザ・オ・クランバイアでございます」


「ああ。早速だがメファイザよ、コルキスが不死になりたいと私の所まで押し掛けてきた」


 コルキス、なんて畏れ多いことをしでかしたのよ。


「申し訳ございません」


「よい。私も退屈していたところだったしな。コルキスはヴァンパイアハーフなのに不死ではない事に相当劣等感を抱いていたようだぞ。話を聞いて居たたまれなくなってしまった」


 そんなまさか!?


 あの子がそんな劣等感を感じていたなんて。


 確かに「ぼくが不死なら母様とずっと一緒にいられるのに」なんて可愛らしい事をよく言っていたけれど、そんなに深刻な素振りは一切見せなかった。


「私もアルフと接し過ぎたせいか、生き物に愛着を抱いてしまうようになってしまってな。コルキスが不憫に思えてきたのだ。そこで、コルキスが試練を乗り越えた暁には、命の女神様とコルキスを引き合わせる事にしたのだ」


 命の女神様……成る程、それで不死になるというわけね。しかし、そう簡単に命の女神様が祝福して下さるものかしら。


「懐疑的だなメファイザ」


「いえ、そのような事は……」


「確かに命の女神様はそう簡単に祝福して下さるとは限らない。だが、コルキスが試練に成功すれば私からも不死になれるようお願いするつもりだ」


「それは、ありがとうございます」


 闇の大精霊様がお願いして下さるなら十中八九コルキスは不死になれるだろう。しかし気になる。


「2つ、よろしいでしょうか?」


 闇の大精霊様は静に頷いた。


「これはジールが関係していますか?」


「直接はしていない」


 微妙な返事だけれど、罠ではなさそうね。


「試練とはどのようものでしょうか?」


 闇の大精霊様が課す試練、きっと厳しく辛い物に違いない。コルキスに耐えられるだろうか。


「ある誓いを永遠に守ることだ。10年守れたら命の女神様と引き合わせる」


 誓いを永遠に守る? その程度の事で不死になれるというのかしら。質問を3つにしておけば良かったわね。


「ありがとうございます」


「もっと知りたそうな顔だな。だが、そう心配しなくても良い。300年もすれば全て教えてやってもいい」


 300年?


 コルキスが永遠に誓いを守る事が試練だと言うが、たった10年で不死になれるチャンスを与えてくれる。そして私には300年程度で全てを話すと……これは何かがおかしい。


 いや、しかし闇の大精霊様がこんな見え透いた事をするだろうか。むしろ私に探らせようとしている気さえするわ。


「申し訳ありませんが、もう1つだけ良いでしょうか?」


「構わない」


 闇の大精霊様は面白そうに笑っている様にも見える。


「私がコルキスに会う事は許されるのでしょうか?」


「好きにすればいい」


 やはり、私の考えが正しいのではないかしら。


「分かりました。ありがとうございます」


「では、私はもう行く。コルキスに会いたいならメネメス国のマクルリア経由でミュトリアーレに行けば何処かで会えるだろう。いや、メファイザには言わなくても分かる事か」


 私が闇の眷属の中でも上位の者しか知らない仕草をすると、闇の大精霊様は闇の欠片を残して消えた。


「コルキスに会ってもよい、か……」


 コルキスは今、テラテキュラの中央都市に居るのを感じる。


 目的は分からないけれど、独立学園都市ミュトリアーレへ行くのに何故マクルリアの町を経由する必要があるのかしら。私は位置関係を思い描き考える。


 恐らくコルキスはテラテキュラの中央都市から騎獣を使い、メネメス国のメネメッサへ行くつもりね。だとすると、レデルトリーン大雪原を北に突っ切ってヒウロイト王国を経由し、ミュトリアーレへ行くのが最短距離のはず。


 例えトロジーと遭遇しても、コルキスなら不完全変身であれになれば怪我はしても負けないでしょうし……マクルリアの町を経由するなら東回りだから、ヒウロイト王国のダンジョン、絶望の階段アグアテスにでも寄るのかしら。


 駄目ね、考えても分からないわ。情報が少な過ぎる。


 一度クランバイア城に帰ってからコルキスの所へ行く事にするわ。ジールに探りを入れてみたいし、何よりコルキスの好きなおやつを用意しなければいけない。


 5日かけて城で準備を済ませた私は、一先ずマクルリアの町を目指した。全力で飛べば2日程で着ける。


 コルキスが辿るであろう道筋をマルニに伝え情報収集させているけれど、収穫は無い。私が感じるコルキスの位置を伝えても全く見つからないらしいわ。


 きっとコルキスが見つからないのは闇の大精霊様のお力ね。恐らく許しが出た私以外の関係者には姿が見えなくなっているのかもしれない。


 甘えん坊で寂しがり屋のコルキスは泣いていそうだわ。そう考えるとコルキスにとっては試練と言えるのかしら。早く抱きしめてあげなくては。


 はやる気持ちそのままにマクルリアの町へ近付いた頃、コルキスの位置を確かめると私が宿泊するベレーザの祈り亭にいると分かった。ベレーザの祈り亭の者には子供のヴァンパイアが訪れたら、私が宿泊すると教えてよいとしていたのが見事に成功したわね。


 ベレーザの祈り亭に入ると、私を見たコルキスが駆け寄って来た。


「母様!!」


「母様がここに来るって聞いたから待ってたんだよ。ねえ母様、抱っこして」


 久しぶりに会うコルキスは相変わらず甘えてくるけれど、少し背が伸びている。体重も増えたかしら。


「久しぶりね。勝手に遊びに出るから母様は寂しかったわよ」


 コルキスと額を合わせながら少しだけ叱る。


「ごめんなさい母様。でもね、ぼく使い魔が出来たんだよ。あと新しい固有スキルも増えたんだ」


 得意気な顔で私を見てくるコルキスは信じられないほど可愛らしい。自分の子供というのが、こんなにも愛しい存在だと知れた私は幸せなヴァンパイアだわ。


「良かったわねコルキス。あなたの好きなおやつも沢山持ってきているわ。お部屋へ行きましょう」


「うん、でもその前にぼくの使い魔を紹介するね。出ておいでディオス!」


 コルキスにディオスと呼ばれた使い魔は隠れていた受付から出てくる。ぐにゅぐにゅしていてとても可愛いわ。受付の蜥蜴獣人が引き攣った顔をしているけれど、どうしたのかしら。


「可愛らしいわね」


「でしょ母様。それにディオスはリキッドマナストーンっていう魔物で凄く強いんだよ」


 リキッドマナストーンですって!?


 コルキスは幸運ね。私は2000年近く生きているけれど、289歳の時に1回見かけた事がある。危うく餌にされかけたのを覚えているわ……色が違うからディオスは聖属性ではないわね。


「まあ! なんて珍しい魔物を使い魔にしたのこの子ったら。属性は何かしら?」


「えー、どうしよっかなぁ……くふふふ」


 悪戯っぽく笑うコルキスは勿体振って教えてくれない。


「母様のおやつを食べたらきっと黙っていられないわよ。さあコルキス、ディオスも連れてお部屋でお話しましょう」


「うん、行くよディオス。母様のおやつはすっごく美味しいんから半分こしようね。そうだ母様、今日はぼくと一緒に寝てね」


 そう言って私の頬に頬擦りするコルキスを連れて、私は最上階の部屋へと飛んだ。


 コルキスからどれだけの情報が引き出せるか楽しみね。

~入手情報~


【名称】絶望の階段アグアテス

【種別】マスターダンジョン

【階級】☆☆☆☆☆☆☆☆

【場所】ヒウロイト王国東部地方 岩窟の町アギルゲット

【属性】-

【外観】塔型

【内部】階段迷宮


【生還率】62%

【探索率】71%

【踏破数】0回

【踏破者】-


【特記事項】

 等級指定:冒険者Bランク相当以上

 固有変化:階段が動く

 特殊制限:空中に浮かぶ行為

 帰還魔法:使用可能

 帰還装置:-

 最高到達:上層下部『十二信徒の吊り橋』

 安全地帯:上層下部『反逆の聖堂』/中層『身投げの竜翼』/下層『双子の兵舎』等


【ダンジョン大図鑑抜粋】

ヒウロイト王国に存在する未踏破のダンジョン。

ヒウロイト王国では東のダンジョンと呼ばれる事が多い。ダンジョンマスターが存在するマスターダンジョンであり、巨大な黒蛇が絡み付いた天高く聳える赤い塔。内部はほとんど階段で構成されており、慈悲の部屋と呼ばれる魔物が入る事のできない場所がとても少ない。また、非常に複雑な作りになっている他、魔物は強く、探索者は飛行等の空中に浮かぶ魔法やスキルがほぼ無効化される為、探索が困難を極めている。フロアボスなどは現在まで確認されていない。なお、アグアテスとはダンジョンマスターが名乗ったとされる名前である。


~~~~~~~~~


【名 称】闇の欠片

【分 類】大精霊石片

【属 性】闇

【希 少】★★★★★★★★

【価 格】クランバイア魔神貨80枚

【効 果】

闇の大精霊モーブがある仕草をした闇の眷属に気紛れで与える特別な黒い塊。先天属性が影か闇の者が吸収するとステータスと固有スキルがランダムで大強化される。他属性の者が触ると死んでしまう。また、この塊を吸収しなかった場合10日程で消滅する。


~~~~~~~~~


【月神族】

遥か昔、月神が自分の為に作った種族。

他を圧倒する魔力を持ち、独自の強力な魔法を扱う。基本的に月神の為に生きているが、中には自由に憧れ月神の神域から逃げ出す者も居る。月神族は神域を出ると寿命が極端に短くなってしまう。また、多くは白髪でハイエルフ以上に美しい容姿をしているが、稀に黒髪や赤髪の者も産まれる。


~~~~~~~~~


【ベレーザの祈り亭】

マクルリアの町で1番高級な宿屋。

ベレーザとはかつて自らの命と引き替えに、この場所に火の精霊を召喚した蜥蜴獣人の名前。入り口には、うっすらと赤く光る火の精霊と祈るベレーザの大きな石像が立っている。噂では、地下に遺跡が在るのではないかと囁かれている。

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