57話 心が勝手に動く時もある
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何だか息苦しくて起きると、コルキスが俺の上で眠っていた。
どうりで苦しい訳だよ。
なんとなくコルキスの頭を撫でると、枕元にいたディオスとグルフナが浮かび上がり恨めしそうな雰囲気で俺を見た……ような気がする。
「おはようグルフナ、ディオスも」
2人に声を掛けるとグルフナは俺の顔に頭部を擦りつけ、ディオスはコルキスの頬を優しく突ついた。
「ん……おはようディオス」
コルキスが目を覚ましてディオスを撫でる。
「おはようコルキス」
「おはよう兄様」
俺をチラッと見て眠そうにおはようとは言ったものの、コルキスは直ぐ俺の胸に顔を落としてまた眠ろうとした。
「起きるから退いてくれないか?」
「ヤダ、もっとこうしてるの」
コルキスはそう言って俺の服を掴んだ。
ヤダって言われてもなあ……帰り支度をしないといけない。コルキスを退かそうとしてみるけど、コルキスは頑なに動こうとしない。
「おーい、兄弟愛を育んでるとこ悪いんだけど、もう昼前だぞ。そろそろ帰ろうぜ」
声の方に視線を向けるとグレスが呆れたような顔をしていた。
「ほら、グレスもああ言ってるし起きるぞ」
再度起きようを促しても、コルキスは無言でゆっくり首を振るだけだった。こんなコルキスも可愛いとは思うけど、本当に苦しいから早く退いて欲しい。
「俺にはツンツンしてんのに、アルファドには甘えたなんだなコルキスは」
近くに来たグレスがにやにやしながらコルキスを揶揄うと、俺の可愛い弟はのそのそ体を起こしてから浮かび上がった。
「うるさい」
コルキス少し舌ったらずな喋り方でそう言うと、目を擦りながらグレスを軽く殴った。なるほど。浮かんだのはこの為か。当の殴られたグレスはニカッと笑ってコルキスの頭をぽんぽん叩く。
「ディオス、運んでー」
運ぶって何だと俺が不思議に思っていると、ディオスが蝙蝠の羽だけを残してコルキスに絡みつき、ぱたぱた飛びながらコルキスを家の外に運んで行った。
「使い魔っていいよなー。コルキスのはニュクテリススライムだろ? 強いし便利だろうなあ」
俺もベッドから降りて身支度を始めると、窓からコルキス達を見ていたグレスが聞いてきた。
ニュク? 聞いた事ないスライムだな。
本当はリキッドマナストーンなんだけど、あんまり言わない方が良いだろうし、もうそれでいっか。
「あ、悪い。ニュクテリスじゃ分かんないよな。バットスライムの上位種の事だ。滅多にいないのによく使い魔にできたよな。すげぇよ」
バットスライムも知らない。メネメス国にはそんな魔物がいるのか。
「違うのか?」
「いや、たぶんそうだと思う。コルキスって色々秘密にしたがるから、あんまり知らないんだよ」
とりあえず、すっとぼけておこう。
「へー、アルファドにはベタ甘って感じだから何でも話しそうなのに意外だな。そういやアルファドは人形使いなのに使い魔もいるじゃん。グルフナだっけ? そいつは何ができるんだ?」
グレス見詰められたグルフナは居心地が悪そうにしている。
何ができるって聞かれても、自己修復ができるくらいで他には特にないんだよな。
「すまないけど、それは臨時パーティーのグレスには言えない」
「何だ何だ、そんなにすげぇのかそいつ?」
ディオスと比較されるとグルフナが嫌な思いをするかと思ってテキトーにはぐらかしたら、妙な勘違いをされてしまった。
「さあな。それより、トロジー対策で作ったここはどうしようか?」
グルフナが余計に居心地悪そうな様子で俺にすり寄るもんだから、申し訳なくなる。これ以上グルフナに関して何も言わない為に、俺は強引に話題を変えた。
「このままでいいんじゃないか? さっき外を見て回ったけど、すげぇじゃんここ。絶対このままでいい」
「勝手に作ったから文句言われたりしないか?」
後でうだうだ言われるのは面倒臭い。
「文句なんて言うわけ無いじゃん。レデルトリーン大雪原で夜を明かすのは大変なんだ。昨日みたいに急に吹雪いた時も助かるし。高い壁もあってむしろ大助かりさ」
グレスは尻尾を振りながら笑った。尻尾……めちゃくちゃモフりたい。
「お、おい。尻尾はメネメッサに帰ってからだからな」
俺の視線が尻尾にいっている事に気付いたグレスは、尻尾を隠して外に行ってしまった。きっとコルキスの前でモフるとコルキスの機嫌が悪くなりそうだから今がよかったんだけどなぁ。
『アルフ、このままにして行くなら保存の魔法を掛けなきゃいけないぜ』
『そうじゃな』
テーブルに転がっていたアクネアとティザーが急に話し始めた。
「頼んでいいか?」
『どうしよっかなー』
『儂は面倒臭いからやらんぞ』
アクネアが勿体振って俺の周りを飛び始める。昨日の後半は酔い潰れて役立たずだったくせになんて態度だ。ティザーはティザーで絨毯と薪以外のアイテムを仕舞うと、鞄の中に入っていくし。
『アルフー、後で旨い酒が出るまで卵作ってくれよ。そしたらここに保存の魔法をかけてもいいぜ。ついでに凍らない泉もオマケするぞ』
泉は別にいらないんじゃないかな。まあアクネアがやるって言うんだから別にいいか。
「今日はコルキスに付き合うから寝る前とかになるけどいいか?」
『いいぜー!』
アクネアは上機嫌で外に出て行った。しかしあれだな。不良少年のような見た目のアクネアが酒酒って言うのは教育上よろしくないな。
「コルキスにはアクネアの見た目についてよくよく言い聞かせておこう」
忘れ物がないか確認してから俺も外に出た。ちなみに薪や絨毯はここを使う人達の為に残しておくことにした……って、泉小っさ。しかも何故壁面に?
「あ、小川みたいにするのか」
地面が凹み水路が作られていく。なんだかんだ言いながらティザーも魔法使ってくれるんじゃないか。いや、でもこれは保存の魔法じゃないから遊んでるだけだ。感謝するのは違う気がしてきた。
泉から溢れた水が……まあ土管でも埋ってんのかってくらい壁面に泉があるんだから当たり前か。とにかく勢いよく水路を通って土塊の村を進んでいく。村の中心で十字になるよう3方向に別れ、それぞれ向かった先の壁まで辿り着くと、水は螺旋階段に形を変えて壁を越えていった。目をキラキラさせて見ていたコルキスとグレスが早速、水の階段を目指して駆けていく。
『これで壁に穴を空けず出入りできるぜ』
なるほど。出入りのとこなにも考えてなかった。
「でもさ、どうせなら泉を真ん中にして四ヶ所に階段を作ればよかったんじゃないか?」
『わかってねぇな~、こうするんだよ』
アクネアが仕上げとばかりに手をあげる。すると壁面の泉から左右の螺旋階段の上まで水の直線がつながりそのさらに上で水球を作った。そこから角度を変えて残りの螺旋階段の上まで水の直線がつながり、また水球を作った。
「ああ! 特殊略式カイト図ミューレⅧ型立体魔法円の三方螺旋飾り浮遊水球付き! そもそも消費魔力を抑えようって試みで超複雑なⅧ型のしかも立体を無理くり省略したのにトチ狂って装飾を付けたから、結果、魔力がアホみたいに必要なやつ! いや、普通こんなの見なきゃ気付かないって」
『出た出た! きっもちわりぃ~』
『普通は見ても気付かんけどの。魔法円ヲタクの名は伊達じゃないの~』
魔法円オタクけっこうじゃないか。少しでも魔法が使えるようになろうと、呪文や魔法円とかを狂ったように勉強した成果なんだ。
それこそ偏屈な研究者くらいしか使わない特殊略式とか、実用性皆無の装飾過多大魔法円指南書とか、本当に頭おかしいで有名な現代応用多図形連結複合圧縮重複魔法陣123とか、眉唾でギャクと馬鹿にされた論文だけを集めた空想魔法円読本シリーズとか……挙げればきりがない。
それにそういったことの先生は精霊たちじゃないか。可愛い可愛い教え子が立派にヲタク魔法円を1発で言い当てて嬉しいだろ?
そんな軽口を叩きながら帰路についた。
途中、何度かキャモンやブリザードヴォルペ等の魔物と遭遇したものの、アクネア、コルキスとディオス、グレスがあっさり倒してくれたことと、幸い今日は吹雪いたりしなかったので日が暮れる前にはメネメッサに着いた。
今思えば水の螺旋階段でもっと遊びたいと駄々をこねたコルキスを宥めるのが一番大変だったかもしれない。
「なに? ぼくの顔に何かついてる?」
「いや、なんでもないよ」
そっとコルキスから目をそらし、やや活気付いた冒険者ギルドの戸をくぐる。納品受付で依頼達成基準より多くのアイスブックを出し、土塊の村の報告も済ませる。
村の確認に時間がかかったけど、感謝され特別報酬なるものもくれた。採集依頼と合わせるとクランバイア金貨321枚だ。内訳でいうとほぼ特別報酬だけど、俺が見つけた氷の魔書として使えるアイスブックの状態が最高だと評価されたのが1番嬉しかった。
報酬はきっちり3等分に。グレスは危ない目に合わせたしそんなに貰えないと言ったけど、臨時だけど仲間だ。対等でないといけない。押し通した。
つまり、なんだかんだあったけれど初めての依頼は大成功と言っていいだろう。夕食がてらギルド酒場での打ち上げに盛り上がる。グレスは太っ腹で皆を巻き込んでいた。フル回転で届く料理やジュースにコルキスも満足気だ。ディオスやグルフナも嬉しそうにしている。
ふと騒がしいギルド内を見渡せば、その原因の大半が明日への希望や将来の夢を語らう若い声だと気付く。
ほとんどが今後も関わることのない他人だとわかっているし、中にはあの笑顔を絶望に固める者もいると知っている。なのにどうしても、今、この時がキラキラした宝物に感じられてならない。すべては色褪せず、いつまでも心の奥で煌めくのだろう。きっと……どんなことがあっても…………。
「本当に助かった、ありがとな! 正式なパーティーは無理でも、また臨時パーティーを組んでくれ! 今度は俺の仲間も一緒に! じゃあな!」
お開きまでずいぶん飲んでいたのにグレスはぴんぴんしている。ニカっと笑って耳をピクピク、尻尾をブンブンさせながら仲間の元へ帰って行った。全員に奢っても金貨は100枚以上残っているらしいからああもなるか。
あ、尻尾……はぁ、まあいいか。尻尾をモフるのは泣く泣く諦めよう。別にコルキスの視線が恐くて言い出せなかったとかではない。決して違う。
「もう夜になっちゃったな。コルキスのやりたい事に付き合うって約束したのにごめんな」
「ん~ん。ぼく今日は寝るまで兄様と遊ぶんだ」
わくわくした表情でコルキスが俺を見上げ、手を繋いでくる。
「何して遊ぶんだ?」
「内緒、くふふふ」
内緒か。ちょっと怖い気もするけど、コルキスが楽しそうだから頑張るか。
「じゃあ宿屋に行こう兄様。ぼくが選んであげるね」
コルキスは俺の手を引いて足早に歩き始めた。陽気な鼻歌と時たまふわりと浮かぶ様子が寒い夜によく映える。
『あーあー、こりゃ大変だな』
『そうじゃの……』
途中でアクネアとティザーがなにか囁いたけど、夜風に紛れたのか俺にはよく聞こえなかった。
~入手情報~
【種族名】バットスライム
【形 状】軟体蝙蝠型
【危険度】E
【進化率】☆☆☆☆☆☆☆
【変異率】☆☆☆☆☆
【魔力結晶体】
進化や変異直前にのみ発生
【棲息地情報】
イダブ洞窟/レデルル洞窟/ネダラウィチ洞窟
【先天属性】
必発:影
偶発:植物/氷
【適正魔法】
必発:-
偶発:植物/水/風/土/氷/影
【魔物図鑑抜粋】
スライムの性質と蝙蝠の性質を併せ持つ魔物。
洞窟の内部に生息しており夜行性で、どちらかというと蝙蝠寄りの魔物。50センチほどの体と超音波を使った攻撃や仲間とのコンビネーションに加え、スライムの様に粘液や酸を飛ばしてくる。限られた条件下のみで発生するレアな魔物の為あまり知られていない。
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【種族名】ニュクテリススライム
【形 状】液状大蝙蝠型
【危険度】B
【進化率】☆☆
【変異率】☆☆☆☆☆☆☆
【魔力結晶体】
進化や変異の数日前に発生
【棲息地情報】
イダブ洞窟/レデルル洞窟/ネダラウィチ洞窟
【先天属性】
必発:影
偶発:土/氷/雷/毒/光/闇
【適正魔法】
必発:影/水/風/植物
偶発:土/氷/雷/光
【魔物図鑑抜粋】
バットスライムの上位種。
体長は3メートル程とバットスライムより遥に大きく獰猛。超音波、毒爪、毒牙、吸血と合わせて先天属性と同じ中級魔法を使用する。バットスライムを配下にしている場合が多い。また、スライムの様に身体を不定形にできる。物理攻撃が効きにくいのも特徴の1つ。
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【種族名】キャモン
【形 状】氷型
【危険度】D
【進化率】☆
【変異率】☆☆
【魔力結晶体】
すべての個体に発生
【棲息地情報】
レデルトリーン大雪原/パツェル洞窟等
【先天属性】
必発:氷
偶発:水/雷/光
【適正魔法】
必発:氷
偶発:水/雷
【魔物図鑑抜粋】
普段は地面や洞窟等に転がっており、獲物が寄ってくると寒さを暖かさに錯覚させる固有スキルを使う。絶妙な錯覚具合で気付くのが難しい。また、素早く大変硬い氷の為、体当たりされると致命傷を負ってしまうだろう。
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【種族名】ブリザードヴォルペ
【形 状】白狐型
【危険度】C
【進化率】☆☆☆☆☆
【変異率】☆☆☆☆☆☆☆☆
【魔力結晶体】
偶発先天属性有りの個体に発生
【棲息地情報】
レデルトリーン大雪原/極寒地帯等
【先天属性】
必発:氷
偶発:毒/光/影
【適正魔法】
必発:氷
偶発:水/雷/風/土/光/影/火
【魔物図鑑抜粋】
真っ白な身体を持っており雪に同化している為、近付くまで気付かない事もしばしばある。下級氷魔法を多用してくるが、個体によっては中級氷魔法も使用するため要注意である。また非常に変異種が多く、偶発の先天属性をもつ個体や同じく偶発の適正魔法を中級以上で使用する個体は間違いなく上位種に進化するとされている。
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【種族名】グリンホーンフェンリル
【形 状】フェンリル型
【危険度】A
【進化率】☆
【変異率】☆
【魔力結晶体】
変異種のみに発生
【棲息地情報】
レデルトリーン大雪原
【先天属性】
必発:氷/風
偶発:雷/水/聖
【適正魔法】
必発:氷/風/雷
偶発:水/土/聖
【魔物図鑑抜粋】
大変美しく極めて良質な純白の毛並みを持っている魔物。非常に獰猛かつ残忍な魔物で大きな口が特徴的。爪や牙による攻撃や上級魔法を使用する。殆どの個体は3属性の適正魔法を持つが、適正魔法が氷のみの変異種であった場合、特級魔法を使用する可能性が極めて高い。名前は未熟なフェンリルという意味だが、比較対象のフェンリルが桁違いに強い魔物なので、未熟という言葉を鵜呑みにしてはいけない。
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【名 称】保存の魔法
【分 類】特級魔法の1種
【効 果】☆☆☆☆☆☆☆☆
【詠 唱】魔法円または魔方陣にて構築が現実的
【アルフのうろ覚え知識】
基本的に魔法で作り出したものは完全な物質ではなく、魔法現象の結果だ。それら全てが魔法で作り出したものであった場合、魔法の持続時間経過後、徐々に魔素へと分解され消失する。もともと自然にあるもの、特に土、水、氷、植物を材料に魔法でなにかを作り出すまたは変化させたものの場合、持続時間が切れた時点で崩壊する。必要以上の魔力を効率的に使用したり、無理な変化をさせなければ元に戻る場合もなくはない。こういった現象を防ぐ為には、完全物質化や内部構造の変化、魔力固定と経過分散など高度な手直しがいくつも必要になる。それらを同時に済ませ数百年は維持できるようにするのがこの魔法。どの属性で保存したかによって、その特徴や雰囲気が大きく変わる。基本的に上級以上の精霊が使用する場合、略式魔法円使用してようやく効果が半減する。それでもヒトが完璧に構築した魔法円と比較すれば規格外の効果である。
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【世界狼モフモフ大図鑑】
狼の特徴を持つすべての種のモフモフ具合が事細かに記載された図鑑。狼型の魔物に魅せられた冒険者のラヴラ・ループスが一生を捧げて書き上げたのだが、評価され売れ始めたのは彼女死後。世界中に愛読者がいる反面、狼獣人からは廃刊を求める声が多い。図鑑の挿絵は彼女の固有スキルのお陰で本物そっくりである。アルフが大金を費やしラヴラ・ループス財団を立ち上げたのは7歳の頃。財団はアルフの理解者であり、新種項目の追加やモフを行う側の種族におけるモフモフ度の細分化、猫や羊など別種のモフモフ大図鑑の作成等に努めている。
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【裏話『メネメッサの宿屋にて』】
コルキスが選んだのは上級貴族が泊まるような高級宿屋だった。諸々の手続きを済ませ部屋に行くとコルキスが目を瞑るように言ってきた。
「ぼくがいいよって言うまで絶対目を開けちゃダメだよ」
「わかった」
これは怖い。可愛い弟の顔と平気で他人をボコり残酷な提案をするコルキスを見ている俺は、何をされるのかとドキドキだ。
「じゃあディオス、やっちゃおうか」
コルキスの楽しそうな声が聞こえる。やっちゃうって……身構えているとふさふさした物が顔に当たる。
「まだだからねー」
今度は同じ物が手の甲を掠る。一体さっきから何が当たってるんだ。
「じゃあ問題です。今兄様に当たったのは何でしょーか?」
あ、そういう遊びなのか、安心した。うーん、ふさふさしてたけど何だろう?
「ディオスの身体を糸状にした物、かな」
「ぶっぶー」
「じゃあ、コルキスの髪の毛?」
「それも違うよー」
困ったな、もう何も思いつかない。俺の記憶に無いかなり気持ちいい感触だったからな。
「くふふ、兄様分からないのー?」
「分からない。難しいな」
何とか答えを捻り出してみたけど全部不正解。答えを教えてくれと言ってもなかなか教えてくれず、1時間近く同じようなやり取りをした。
コルキスはよっぽど楽しかったのか、何度も笑ったりディオスとはしゃでいた。
「しょうがないなー。兄様の大好きな物なのに」
大好きな物?
「じゃあ、もう目を開けていいよ」
ようやくコルキスのお許しがでたから目を開ける。ずっと目を瞑っていたせいで少し眩しい。しかし勝手に目が見開いていく。
「な!? ど、どうしたんだそれ!?」
「狼獣人だぞー。がおー、ぐるるる!」
まばゆい純白の毛に覆われた狼耳と大きな3つの尻尾の生えたコルキスが指を曲げ、両手を挙げて狼獣人の真似をする。
いや、真似のつもりなんだろうけど全然なってない。グレスを見ていただろ、1度でもそんなポーズとったか? そんな鳴き方だったか?
つい、狼獣人の真似にダメ出しをしそうになったけどグッと堪える。
「コルキス、一体どうなってるんだ?」
生意気さが滲み出ているものの、もともと整った顔で可愛らしいコルキスが、狼獣人みたいになってて可愛さが極まりない。
「驚いた? 昨日ガイラカンを倒した時にね、グリンホーンフェンリルが通りかかったんだよ。なんか瀕死だったから隙を突いて吸血したんだ」
グリンホーンフェンリル!?
嘘だろ、レデルトリーン大雪原ってトロジーだけじゃなくてそんなヤバい魔物まで生息してるのかよ。
「瀕死って言ったってグリンホーンフェンリルだぞ!? 何ともなかったのか!?」
「大丈夫だよ兄様。ぼくヒストリアがあるもん。ディオスだっていたし」
ヒストリアか……そう言われると妙に納得してしまう。
「それよりどう? 兄様は狼獣人が変態的に大好きだよね。さっきもすっごく我慢してたし。だから不完全変身したぼくで思いっきりモフモフしていいよ」
「コ、コルキス!?」
3つの尻尾を俺の目の前に動かしてふりふりしているコルキス。なんて……なんて良い弟なんだ!! いやでも待て落ち着け俺!
確かにグリンホーンフェンリルの尻尾は最上級クラスの気持ちよさだって世界狼モフモフ大図鑑にも載っていた。だけど、幼い弟にくっ付いている尻尾をモフモフだなんてそんな倫理に反するような……あぉぁぁぁなんて最高の肌触り。
『心は葛藤してたみたいだけどよー』
『体は迷いもせんかったようじゃの』
アクネアとティザーは溜め息混じりにどうでもいい事を言っている。この尻尾に比べたら世界の9割はどうでもいい事だろう。
「兄様気持ちわるーい。くふふふ」
俺はもう何も考えられず、ただただコルキスの尻尾に翻弄され続けてしまった。




