37話 エテリ王妃は欲しがっている
時系列的に23話『死の女神アニタ』・30話『勇者は逃げ出した』辺りの話です。
後書き修正
私が領地の視察から帰ってくると、勇者ソウタがこの国に来ていた。
これはこれは……まさか、こんなチャンスが巡ってくるとは。
以前勇者が訪れた時、私は息子達と素材採取に出掛けていた為、彼の素材を手に入れることが出来なかった。
後から勇者が来ていたと聞かされ、どれほど悔しかった事か。今回は、何としても彼の素材を入手しようと私は心に決めた。
そんなある日、私が寝室で休んでいると息子の1人ジンジルが、真っ青な顔で飛び込んで来た。
「母上!! アルフレッドが!! く、首が……勇者が!!」
酷く動揺しているようで、何を言いたいのかが分からない。
「ジンジル、オチツク。ゼンゼン、ワカラナイ」
私は眷属を1体召喚して、心を鎮める魔法をジンジルに掛けさせた。
落ち着きを取り戻したジンジルは、今見てきた事を話し始める。
「アルフレッド、コロサレタ、デスカ?」
第13王子のアルフレッドは、何の能力も持っていない王子だが、見た目は良いので眺めているには丁度良い義息子であった。
1度だけ彼に強請まれて付与魔法を掛けてやった事がある。
含羞みながら礼を言ってきた彼は存外に愛らしかった。
それ以降、鑑賞用として眷属に彼を追加する程度には気に入っていたが……そうか、死んだのか。
「ユウシャ、ウゴケナイ、ソウネ?」
「はい、母上。使用人達が多重結界で捕縛しています」
アルフレッドの事は残念だが、目的の素材が手に入りそうだと聞いた今、彼の死などどうでも良い。
「ハイラル、ヨブ」
「分かりました!」
私はもう1人の息子ハイラルを呼びつける為、ジンジルを走らせた。
「……クロイ、カベ」
ジンジルが言っていた現場に向かうと、ジールが本気の時に使用する闇結界、黒い壁が見えてきた。という事は、勇者と戦っているのだろう。
黒い壁は内側と外側を完全に遮断する為、 中の様子は伺い知れない。
黒い壁の周りに使用人達がいる。彼らに聞けば少しは状況が分かるはずだ。私が壁に近付くと、それに気付いた使用人達が頭を下げる。
「ヨイ、ナカハ、ドウ、デスカ?」
「はっ! 現在ジール王妃と勇者ソウタが交戦中です! アルフレッド王子は首を切り落とされ、死亡したと思われます!」
この者は確か、パラミス専属の執事であったな。彼の傍には第6王子パラミスが横たわっている。足は骨折したのだろうか、あり得ない方向に曲がっている。
「ワカッタ、チリョウ、スル」
黒い壁が解除されるまではどうすることも出来ない。
一先ず、哀れな義息子を治してやるとしよう。
私は痛み無効の付与魔法を掛けてから足を正しい位置に戻して、治癒力大増進も付与してやった。
「ジキ、ナオル」
「有り難う存じますエテリ王妃!」
それにしても、この黒い壁は厄介な魔法……いや、私にはそうと判断できない。
闇の大精霊が変じているのだ。対抗手段など無いに等しい。おまけに対となる聖光の大精霊ともジールは契約している。まったく上手くやったものだ。
かつて私もこの中に捕らわれジールと戦ったが、はっきり言ってこの中で戦うジールは無敵に近い。
勇者を殺さないと良いのだが……
「母上!」
焦りにも似た気持ちを抑え、黒い壁の前で待機しているとジンジルとハイラルがやって来た。ハイラルはお気に入りの寝間着を着たまま駆け付けたようだ。22歳にもなってそのデザインはどうなんだと思うが、本人が良いのなら私からは何も言うまい。それよりも今は勇者だ。
「ハイラル、ハンタイ、イク、ユウシャ、ニゲル、ダメ」
「分かりました、母上」
ハイラルは少しは眠たそうに返事をして、反対側へ飛んで行った。
眷属をもう2体召喚しておこう。その内の1体を、最初に召喚した眷属の魔法で勇者の姿へと変身させた。
直ぐにバレるであろうが、多少の陽動には使えるかもしれない。そのまま暫く待っていると黒い壁が消え、泣き叫ぶジールの姿が見えた。
やはり王子アルフレッドは助からなかったか。
私は勇者を視界に捕らえると、眷属達に攻撃を開始させる。しかし、勇者は私を見るやいなや逃げに転じた。
勇者め、私の固有スキルを知っているな。鑑定魔法か?
だとするなら、ますます欲しいぞ。
だが、勇者が逃げた方にはハイラルがいるのだ。ハイラルは勝ちも負けもしないが、良い足止めになってくれるだろう。
「ジンジル、ジール、ソザイ、アト、ココ、ソザイ、ゼンブ」
「分かりました母上」
私は焦らずジンジルにはジールとこの場の全ての素材を回収するよう言い、勇者の後を追った。
思った通り勇者はハイラルに足止めされたいる。
私はストックしてある眷属を全て召喚し勇者に差し向けた。眷属の王子アルフレッドと勇者の姿に変身させた眷属は防御の為に傍に待機させる。
「ハイラル、ネル、ダメ」
今にも眠ってしまいそうなハイラルに不眠を付与し、眷属達にも幾つもの付与魔法を同時にかけてやる。
そんな眷属に対し勇者は徹底して多重防御結界を展開し続け、決して触れさせようとしない。やはり私の固有スキルを警戒している。Pローヤルゼリー対策というわけだ。
しかし、この状況でもそれを貫けるとは……そういえば勇者は王子アルフレッドと仲が良いと聞いたな。ならば試してみる価値はあるか。
「アルフレッド、イク、ユウシャ、トメル」
私は横に居た眷属の王子アルフレッドを勇者の死角へ差し向けた。しかし直ぐに気付かれ、勇者の魔法で下半身を吹き飛ばされてしまう。
失敗かと思ったが、勇者が痛みに苦しむ眷属の王子アルフレッドの顔を見て明らかに動揺した。
ほう、これは使えそうだ。
眷属の王子アルフレッドに痛覚激増と一時的な再生能力を付与し、とにかく勇者に接近する事だけを命じる。
怒りと憎悪の視線で私を睨む勇者だが、他の眷属やハイラルへの攻撃が緩むことはない。もちろん眷属の王子アルフレッドへの攻撃もだ。その度に辛そうな顔をしている。
解せぬ。出会って数日。何故そうまで王子アルフレッドの為に心を砕くのか。じっくり考察したいところだが、狩りの最中だ。後で覚えていたらにしよう。
しかし勇者という名は伊達ではないな。私に狙われてここまでもつものはそう多くない……ふむ、これといったい隙が作れている訳ではないが、心は消耗していくだろう。長期戦になれば綻びも生じよう。
だが、その予想は即座に裏切られた。
勇者が新たに防御結界を展開させると、どんな攻撃しても砕くことが出来なくなったのだ。ありったけの魔力で眷属達に付与魔法を重ねがけしたが、びくともしない。
このままでは逃げられる……仕方がないな。
私は特級マジックポーションで魔力を回復させ、固有スキルのメガララガルーダを発動する事にした。
大きさは――そうだな、小さ目にしておこう。
元来魔素濃度の高いクランバイア魔法王国だが、今はジールの大精霊や特級精霊が多く召喚されているせいで、異常ともいえる濃度になっている。
お陰で特別強い神蜂を作り出せるだろう。メガララガルーダ発動からの瞬く間に150万匹近い神蜂を生み出す。
「┓∴★◇∝┫5┛ ●A□┫⌒*◎」
私がそう命じると、神蜂達は勇者の所へ一斉に飛んで行く。
しかし、防御結界は何の影響も受けていないようみ見える。
「ダメカ、ナラバ、バイ、ノ、カズ」
掌に出したPローヤルゼリーを飲み込み、分裂体を作り出す。そしてすぐさま分裂体にメガララガルーダを発動させる。
同じく現れた150万匹の神蜂を勇者の元へ向かわせれば、勇者もさすがに不味いと思ったのか、捨て身の宛らにハイラルへ突進。凄まじい速度で結界ごとぶつかり、勢いそのままそに逃走していった。
「┳┏ ★◎4I┻Y◇∝∃■★┏⇔」
あれでは私では追い付けない。深追いは止め、後は神蜂達に勇者を追わせよう。じっくり後をつけ油断したところで仕留めるのも嫌いではない。
「母上、私はもう寝たいのです。私にかけた付与魔法を解いて下さい」
ほくそ笑んでいると勇者の突進を喰らったハイラルが、けろっとした顔で戻ってきた。
「ソザイ、ドウ?」
「無理でした。触れる事が出来なかったので」
ハイラルが勇者の素材を手に入れていればと思ったが、無理だったか。
「ソウ、イチド、モドル、カイジョ、アト」
私は先にジンジルから素材を受け取る事にした。
ハイラルは「寝たい、もう夜なのに」とグズグズいっているが、放置しよう。
城内に戻ると、我が夫アルフレッド王とジールが待っていた。
「エテリ、勇者は?」
「ニゲタ、ハチ、オッテル」
「そうか、良くやってくれた。ありがとうエテリよ」
ジールの問いに答えると、愛する夫は感謝の言葉と頬に温もりをくれた。私が2番目に好きな温もりだ。
「アルフ、ザンネン、ワタシ、ヘヤ、モドル、モシモ、アル、ヨブ」
2人にそう言い残し私は息子達と自室に引き返した。
念の為に朝まで待機していたが何も起こらず、ハイラルが不機嫌な態度のまま私のベッドで眠り始めた。
そして昼過ぎ、数を約100匹にまで減らした神蜂達が戻って来た。
「∠▽3∴●」
私は神蜂達を労い、再びPローヤルゼリーを掌に溜めてみせた。
~入手情報~
【名前】ハイラル・クランバイア
【種族】魔神蜂族
【職業】王子/神蜂の巫覡
【年齢】22歳
【レベル】77
【体 力】961
【攻撃力】31
【防御力】0
【素早さ】3100
【精神力】19090
【魔 力】7565
【スキル】
美声/歌唱/舞踏/祈祷/戦略/聖域/スキル効果増
【固有スキル】
神託/交信/飛行/常時治癒/常時魔力回復/状態異常抵抗/消費魔力5固定/被ダメージ3固定/トランスエフェクト/メガララポベドール/ドロームフラグメント
【先天属性】
夢/風
【適正魔法】
風魔法-特級/影魔法-中級(条件付き)/聖光魔法-中級(条件付き)
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【種族名】神蜂
【形 状】大雀蜂型/聖獣型
【危険度】A
【進化率】-
【変異率】☆☆☆☆
【魔力結晶体】
発生しない
【棲息地情報】
霊峰メガララルトベリエ
【先天属性】
作成者と同じ
【適正魔法】
作成者と同じ
【魔物図鑑抜粋】
厳密には魔物ではなく聖獣型の生物兵器。神蜂族の中でも限られた者しか作り出せない。単体でもそれなりの強さだが、本当の驚異は群れになった時である。神蜂特有の言語を話し、命令がなければ完璧なコンビネーションもって敵の駆逐を第一に行動する。加えて戦闘中に変異する確率も高めであり、敵対すればまず助からないだろう。
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【名 称】Pローヤルゼリー
【発 現】エテリ・クランバイア
【属 性】命
【分 類】複製分裂型/固有スキル
【希 少】★★
【効 果】
生き物の身体の一部にPローヤルゼリーを与え続けると、その身体の持ち主と全く同じステータスと外見を持つ眷属に育つ。素材が大いほど早く育つ。眷属は成長をせず、意思も無い為、エテリの命令がすべて。エテリは眷属のステータスをいつでも確認できる。ストックできる眷属数は自身のレベル1/20体。元になった生き物が死ぬと眷属は5日程で消滅する。また、エテリ自身がPローヤルゼリーを摂取すると、眷属のストック数とは別に自身のレベル1/100人だけエテリの分裂体を作れる。分裂体はそれ以上増えることは出来ない。分裂体のステータス値はエテリ本体から分け与らえ、それ以外は本体と同じである。万が一、分裂体を取り込まずに死なせた場合、分裂体に分け与えたステータス値は永久に失われる。
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【名 称】エガララガルーダ
【発 現】エテリ・クランバイア
【属 性】風/聖光/命
【分 類】創造型/固有スキル
【希 少】☆☆☆☆☆☆☆☆
【効 果】
周囲の魔素を材料に、エテリのレベル×最大魔力値×攻撃力の数だけ神蜂を作り出し敵を蹂躙する。神蜂の大きさは自由に決められ、エテリの神蜂は1体でAランクの魔物を殺す実力を持つ。しかし、周囲の魔素濃度が高ければ一概にそうとは言えず危険度は増すだろう。また、神蜂を聖光魔法や風魔法に変化させ敵を蹂躙する事も可能で、自らの魔力を消費して神蜂を作り出す事もできる。神蜂を付与魔法で強化することも可能。
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【名 称】フェロモン
【発 現】エテリ・クランバイア
【属 性】愛
【分 類】霧散型/固有スキル
【希 少】☆☆☆☆☆☆☆☆
【効 果】
┏∟8Q1∴*$╋▽□/◎9≡⌒∃∽
☆J●8*◇┫∮╋┏∟80╋8┫△◎$
2●1*◆$Q1━G▼F◆◎▽◎$
★7H■1┫⇔∝☆J∟◇$☆◇A1┏∟80⇔L$H◇◆⊿▼★○⇔$
┫▼★11∽┓◇捌%~╋$
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【名 称】お気に入りの寝間着
【分 類】古着
【属 性】夢
【希 少】★★
【価 格】クランバイア白金貨1枚
【効 果】
クランバイア魔法王国第4王子ハイラル・クランバイアのお気に入りでとても大切にしている寝間着。子供向けの絵が描かれており、とても22歳の大人が着る服とは思えない。
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【神蜂族】
霊峰メガララルトベリエに住まう一族。
神聖蜂という聖獣の血を受け継いでおり、蜂の獣人達の間では神の御使いとして崇められている。魔素を元にした神蜂と呼ばれる生物兵器を作り出せる個体も存在し、その神蜂が話す言語が母国語。また、個体によって羽根と胴体の色や模様が異なり、これ等が秀でて美しい者は神蜂の巫覡として育てられる。
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【眷属の王子アルフレッド】
エテリ・クランバイアがPローヤルゼリーを使って作り出した第13王子アルフレッド・ジール・クランバイア。含羞んだ笑顔でエテリ母様と言うよう命令される事が多い。




