29話 シルフィに叱られた
後書き修正
トイレを出て部屋に戻る途中に、何やら言い争っている声が聞こえてきた。
「ふざけんじゃないわよ! もうアンタなんかとやってらんないわ解散よ!!」
「待ってくれよ、話合おうよ」
どうやら俺の隣の部屋から聞こえていたようだ。
一体何をそんなに怒っているんだろう。このまま続くと迷惑だな、なんて思いつつ俺は自室のドアに手をかけた。
「出てって!」
するとガタンガタンと大きな音を立ててドアが開き、誰かが追い出されたみたいだ。
いけないとは思いつつもそっちを見ると、妙に首の長い少年が荷物と一緒に転がっていた。
しまった、目が合ってしまった。どうしよう……軽く会釈でもしておくか。
その判断が間違いだったのか、少年が話しかけてきた。
「やぁ、君は人間だね。随分と平凡な見た目だけど僕は気にしないよ。そんなに熱い眼差しで誘われて断るのは男の恥さ」
は?
どうしたどうした、何言ってるんだこの人。
すくっと立ち上がり荷物を拾い上げたその少年は、やたらスラッとした体型だった。
「さぁ君の部屋へ入れておくれ。ちょうどパーティーも解散されたし、これから宜しく頼むよ」
少年は馴れ馴れしく肩を組んで俺の部屋に入り込もうとする。
「ちょ、え?」
怖くなって抵抗してみたけど悲しいかな、俺の力ではびくともぜす、そのまま押しきられてしまった。
『あーぁ、言ったそばから何やってるんだよアルフ』
シルフィが念話で話しかけてきた。どうやら咄嗟に感じの悪い人形の中に入ったみたいだ。
いや、でもそんな事言われても目が合っただけで急にこんな展開になったんだよ。不可抗力ってやつだ。
『そいつ、さっき注意した麒麟獣人だからね。アルフが誘ったんなら文句は言わないけどさ……』
何の話だ?
後半は適当に聞き流してたからなんの話かさっぱり分からない。
とりあえず状況を整理しようと考えていたら、麒麟獣人は部屋の鍵を閉めベッドの前で服を脱ぎ始めた。
「ちょっと!? 何しての、ねぇ何してんの!?」
「何って、これから熱い一夜を共にするんじゃないか。さ、早く君もこっちに来なよ」
熱い一夜……とは?
「俺はそんなつもりはないよ!!」
とにかく怖くて叫んでしまった。
「恥ずかしながらなくてもいいよ、さあこっちに」
麒麟獣人がそう言うと、部屋の外でドアが開く音が聞こえた。そして直ぐ俺の部屋のドアノブが、ガチャガチャ鳴り始めた。
「あんったねぇ! 私と別れて直ぐに別の男に手を出してんじゃないわよ! 開けろ、開けなさい!!」
ドアをドンドン叩きながら女の人が叫んでいる。
「悪いけどキャリン、僕はもう新しい相手を見つけたんだ。君のような乱暴者とは違う、上品で情熱的な相手をね。君も早く次に進みなよ」
既にベッドに寝転がっている麒麟獣人がキャリンとやらに冷たく返す。
俺は一瞬呆気にとられていたけど、直ぐに部屋の鍵を開けて彼女を招き入れた。キャリンはエルフなのか。
「何をやってるんだい、君とこれか――」
麒麟獣人が言い終わる前にはキャリンが彼の鳩尾に一撃を喰らわせる。
そのままベッドから引き摺り出すと「このクズが迷惑かけたわね」と言って麒麟獣人を連れて行ってくれた。
「どうして、何で?僕を好きになってくれたんじゃないの?」
と、悲しそうな声が聞こえてきたけど、俺は黙って彼の荷物を部屋の外に放る事にした。
「何だったんだ一体」
「アルフがあの麒麟獣人を誘ったんでしょ。麒麟獣人の男は誘われたら即応じるって有名なんだから」
シルフィが人形から出てきて教えてくれた。
「いや、誘ってなんかないから。目が合って気まずかったから会釈しただけだよ」
俺の言葉を聞いたシルフィは、おでこに手を当てて首を振った。
「麒麟獣人の間ではね、見つめ合って首を縦に動かすと誘ってるって合図なんだよ。それも熱烈に一目惚れなんだってね。それをあんな風にされたら悲しくもなるよ」
そんなの知らないよ!
「麒麟獣人の風習なら麒麟獣人だけでやって欲しいよまったく」
「あのさアルフ、ここはもう獣人とエルフの国なんだよ。この国で今のは常識なんだ。クランバイアで魔神様を悪く言ったらリンチにされるのと同じだよ。知らなかったじゃ済まない事もあるんだから気を付けなきゃ」
シルフィに叱られてしまった。
でも確かにそうだよな。俺も魔神様を貶められたら絶対許せないし、知らないじゃないよってなるな。
「分かった、気を付けるよ」
「それならいいよ! じゃあ寝よっか」
シルフィはあっさりいつものシルフィに戻った。
俺はシルフィに清浄の風という魔法をかけてもらった後、ベッドに入ろうとして一瞬躊躇ったけれど、そのままベッドで寝る事にした。
翌朝、朝食を食べに宿屋の食堂へ行くと昨夜の2人が食事をしていた。俺はキャリンにお礼を言い、麒麟獣人には知らなかったとはいえ悪かったと謝った。麒麟獣人は悲しそうな顔をしていたけど、許してくれた。
朝食の後はイシトウォーリの朝市で草の瓶詰め、トトルデの枝の干し肉風、テンネリスのドライフルーツを中心に食料品を買い、お昼前には街を後にした。
夜になり街道から離れた辺りで俺の姿を元に戻した頃、フラテムがやって来た。
「アルフ、無事蘇生出来たのですね。よかったわ。では、ここからはシルフィに代わって私が散歩のお供をしますからね」
また散歩って言われた。それより、交代するのか?
「もしかして、精霊達が順番にやって来るの?」
「そうだよー。本当は僕がセイアッド帝国まで付いて行きたかったけど、皆同じ気持ちだからね。しょうがないから僕はここまで」
そうなのか、じゃあしばらくシルフィには会えなくなるんだな。そう思うとなんだか寂しいな。
「シルフィ、ここまでありがとう。また会えるよな?」
「たぶんね。セイアッド帝国は面倒臭いのがいるから気乗りしないけど、アルフがいるならたまーにだけなら行ってもいいかもね」
いつもの暑苦しい笑顔でシルフィが言う。
「それじゃあ、もう僕は行かなくちゃ。じゃーねー」
「あっ……」
もう少し話していたかったけど、シルフィは行ってしまった。
「私が居るのにそんな寂しそうな顔をされると、シルフィに嫉妬してしまいそうね」
フラテムが柔らかく笑いながら頭を撫でてくれた。
~入手情報~
【エルフ】
森の民と呼ばれる長命な一族。
かつては皆、豊な森に住み閉じたコロニーで活動していたが、現在は都会派と森派に別れている。別段仲が悪いわけではなく、単に好き嫌いの問題。成人すると1度は都会で暮らすようコロニーを追い出される。また、ハイエルフには強い憧れを抱いている。
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【名 称】草の瓶詰め
【分 類】保存食
【属 性】植物
【希 少】-
【価 格】クランバイア木貨40枚
【特 徴】
美味しい草を味付けし瓶詰めにしてある。
様々な種族用に別れており、色々な味がある。多く人間は人間用の瓶詰めが1番美味しい感じるが、中には別の種族用が1番という者もいる。
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【名 称】トトルデの枝の干し肉風
【分 類】保存食
【属 性】植物/命
【希 少】☆
【価 格】クランバイア銅貨5枚/1kg
【特 徴】
トトルデという木の枝を干し肉の様に加工してある。
トトルデの木はテラテキュラ連邦王国原産の大木。枝は動物の足肉の様な形と食感でそのままでも割と美味しい。干し肉風に加工することでほぼ肉と遜色ない物になる。
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【名 称】テンネリスのドライフルーツ
【分 類】保存食
【属 性】植物/土
【希 少】-
【価 格】クランバイア木貨10枚
【効 果】
テンネリスの実を乾燥させてある。
テンネリスの木は主に崖に自生しており、地面に向かって成長していく。1度に甘酸っぱい実を大量につけるので安く出回っている。大きさは拳程度。ちなみに、樹液は魔力は少し回復する。
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【名 称】清浄の風
【分 類】中級風魔法
【効 果】☆☆☆☆
【詠 唱】ゲジャ型基礎言語/乱文可
【現 象】
元々は物を清める魔法。現在ではそれを応用して身体を清潔にする為に使われる方が多い。魔法は属性毎に似たような効果があるものも存在するが、属性の性質から得て不得手があり、同じ効果でもその程度や分類が異なる場合が多々ある。




