24話 神域にて
後書き修正
気が付くと俺は誰かに膝枕をしてもらっていた。少し硬さもあるけど、程よく柔らかくて気持ちいいなぁ。頭を撫でてくれてるのも心地いい。
まだぼんやりする頭で太ももを堪能していると上から優しい声が降ってきた。
「起きた?」
ん?
聞き慣れた声だな。
この声はまさか……恐る恐る気持ち良い太ももの持ち主を確認すると、暑苦しいイケメン顔が目に入った。
「やっぱりシルフィだったか」
ムキムキの太ももに頬擦りしていたなんて。
俺の心がひび割れそうだ。
俺は太ももとさっさとおさらばして座り直した。
「起きたかしら?」
「はい、アニタ様」
「う、ん……あれ、君はロポリスとラズマが親しげにしていた精霊だよね」
背後から声をかけられ振り向くと、見知った精霊が立っていた。
物凄く綺麗な女の人の姿だったから良く覚えている。頬っぺにキスもされたしね。
「えぇ。ただ、私は精霊ではないわ。名をアニタ、契約を果たす為に貴方を殺し、此処へ招待した者よ」
「え、俺を殺したの!?」
全然実感がない。
だって今俺生きてるじゃん?
アニタさんは静かに頷くと俺を立ち上がらせた。
「きちんと生き返ることが出来るから安心していいわ。本当は滅多な事では許可しないのよ? そして此処は私の神域の1つ。魂の貴方には暫く此処にいて貰う事になっているんだけど――」
「神域?」
そういえば、ここは城じゃないな。
果てが見えないけど、辺り一面夜の湖みたいな感じだ。
それなのにさっきまで寝転がっていた俺は全然濡れていない。
暑くも寒くもなく、俺達の会話以外に全く音がしない。黙っていると怖いくらいの静寂だ。
ふと上を見上げると星……なんだろうか、数え切れない大小の光が煌めいていたり、少し高い場所を何かが幾つも流れていっている。
「あの、アニタ……様はもしかして死の女神様ですか?」
そういえば勇者が死の女神アニタの指輪をどうこうって言ってたな。
「えぇ、そうよ。貴方に寵愛を授けられて嬉しく思うわ」
アニタ様が心底嬉しそうに微笑んでいる。
とても優しい笑顔だしめちゃくちゃ綺麗なんだけど、背筋が凍っていく様な気がする。
本当に死んだんだな、俺。
「ただね、少し困った事になっているのよ。本当なら、セイアッド帝国で貴方の骨を使って肉体を復元した後に蘇生させる筈だったんだけど……」
ふむふむ。
「既に貴方の肉体が復元し始めてるのよね」
頬に手を当て「面倒だわぁ」とか「ありがた迷惑だわぁ」なんて言いながらアニタ様が手を水面に翳すと、そこから水鏡が浮かび上がってきた。
仕草がいちいち美しいな。
「見て。今、貴方の埋葬が終わったところよ」
母上が俺の墓にしがみついて泣いている。何だか窶れてしまってるな母上。
そんな母上に父上やジル姉様が優しく何かを語りかけているけど、母上は首を振ってただ泣き続けている。
「凄いわよね。あれが演技だなんて信じられないわ」
「そうなの!? あ、いや、そうなんですか?」
つい、砕けた喋り方になってしまった。神様相手なのに失礼だったな。
「ふふっ、いいのよ。私を召喚したのは彼女なの。ソウタ・オトムラと契約した時も側にいたから全部知っているはずよ」
「そうなんですか」
それは凄いな母上。いや、もしかしたら何かを召喚してるのかな。
「まぁその辺りはどうでもいいの。問題なのは……此れよ」
「うげっ!?」
アニタ様が水鏡を撫でると、何ともグロテスクなモノが浮かび上がった。
「これが俺……」
「まだ復元の途中だけれど此れが一応、貴方の肉体よ」
げぇぇ、何か凄くショックだな。
自分で言うのも何だけど、俺って見た目はかなり良かったんだよ。まぁハイエルフ兄妹には敵わないけどさ。
「それでね、蘇生するには肉体が復元したら直ぐに魂を戻さないといけないのよ。タイミングを逃すとゾンビやグールになってしまうから」
「ちょっとそれは困ります」
安全に生きていく為の作戦だったのにゾンビになりました、じゃあ笑えないよ。
「うーん、貴方……あれいる?」
「い、いるに決まってます!!」
「いるの? 貴方って変わってるわねぇ。ねぇ、いっそこのまま此処で私の祝福を受けない? 今ならまだ完全に死ねるわよ?」
自分の身体なんだからいるよ、当たり前じゃないか。
「折角ですがお断りさせて下さい」
丁重にお断りさせて頂こう。頭も下げて恭しく。
「ふふふっ、冗談よ。暫く貴方の死は許可しない契約だもの。ちなみにソウタ・オトムラは今、クランバイア魔法王国の刺客を回避しつつセイアッド帝国に向かっているから、貴方をどうこうできないわ。厄介なスキル持ちの王妃が刺客に名乗りを挙げたせいで骨の回収が出来なかったみたいだし」
義母上が刺客に?
意外だな、俺の為にそんな事してくれる義母上がいるなんて。
「あの、どの義母上が刺客になったんですか?」
「確かエテリとかいう王妃じゃなかったかしら。ま、あの国の王妃なら誰が刺客になっても厄介でしょうねぇ」
エテリ義母上とは意外過ぎる。絶対に何か裏があるんだろうなぁ。
「それと、俺の肉体が完全に復元されるのはいつ頃かわかりますか?」
「明日の夜ってところじゃないかしら」
てことは、送魂祭の真っ最中に蘇生する事になるのか。
「埋められた棺桶の中で蘇生するんですね、俺」
大丈夫なのかな。棺桶中ってだんだん息ができなくなるって聞いたことがあるんだけど……。
「こういう不測の事態の為に僕がここにいるんだよ」
急にシルフィが声を発した。
そういえば居たんだっけ。
「どうするのさシルフィ」
「簡単だよ。僕がアルフと一緒に空間移動するんだ。魂が無ければ契約者じゃなくても少しの距離を一緒に移動出来るんだよ」
へぇそうなんだ、知らなかった。
「肉体が完全に復元する少し前にアルフを棺桶から移動させるだろ? そして、復元したら直ぐアニタ様に魂を入れてもらえばいいんだよ」
言い終わると同時に胸の筋肉をピクピクさせるのが鬱陶しい。
「それがいいわよねぇ。蘇生したらシルフィと一緒にセイアッド帝国を目指してね。私がもっと協力出来ればいいんだけれど、あまり下界に干渉し過ぎると、他の神に怒られちゃうから。それに、対価がキツくなるから最小限の手助けでっていう契約なのよ。ごめんなさいね」
そうか、この計画の為に勇者はアニタ様に対価を支払うのか。
「アニタ様、俺もその対価を請け負えますか?」
俺の事なのに勇者にばかり負担を強いてる気がして申し訳ない。
「残念だけど、それは出来ないわ。そういう契約なの」
「そうですか……」
「あれ、もしかして勇者のことを気にしてるの? だったら止めた方がいいよ。勇者は好きでやってるんだから。僕知ってるよ、勇者って結構腹黒いんだ。アルフを助ける……ん? うーん、ちょっと違うかもだけど、とにかく勇者にも利益があるんだよ」
「そうかなぁ」
「そうだよ! だってラ――」
「シルフィ、お喋りは程ほどにね」
シルフィが得意気な顔で話し始めたらアニタ様が微笑みながらシルフィの顔を撫でた。
「は、はい!」
だってら? 何だろう……気になるけど、後で勇者本人に聞けばいいか。
「復元が終わるまで時間があるし、貴方はもう暫く休んでいなさい。そんな状態の魂だと、蘇生した後に肉体との不具合が強まって辛いわよ」
俺の方を見てアニタ様が言う。
確かに言われてみれば、何だか首や胸の辺りに違和感があるな。
「分かりました。それじゃあ、休ませて頂きます」
俺がそう言うと、シルフィが正座して満面の笑顔で太ももをポンポン叩き始めた。
「何してんのシルフィ」
俺はジト目でシルフィを見てから、その場で横になり始めた。
あと少しで頭が水面に着きそうだったのに、シルフィが凄い速さで太ももを捩じ込んできた。
「何やってるんだよアルフ! 此処で頭を水面に着けたらどんな者でも消滅しちゃうんだよ!!」
そうなの!?
「そういうのは先に言ってよ……はぁ、筋肉男の膝枕か」
そういうことなら仕方ない。
アニタ様の膝枕だと嬉しかったんだけどな。
「ちぇっ何だよ。ちょっと前までは筋肉凄い、筋肉格好いいって僕にべったりっだったじゃないか。筋肉にむぎゅってされるの好きーなんて言ってたのにさ」
「そうだっけ? まるで記憶にないんだけど」
「あー、あの頃のアルフは可愛かったなー」
一体いつの頃の話だろう。
「そういうのは蘇生してからにしてはどうかしら。早くお休みなさい」
アニタ様に呆れ顔で言われてしまった。呆れ顔でも本当に綺麗だよな。
あ、シルフィが頭を撫でてきた。悔しいけど心地よさが凄い。
俺は直ぐに眠ってしまった。
~入手情報~
【神域】
神が宿るとされる場所。
神の感覚ではただのお気に入りの場所であるが、その神の力が色濃く反映されている事が多い。
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【シルフィの太もも】
風の特級精霊シルフィの太もも。
アルフレッド・ジール・クランバイアが最も気持ち良いと感じるよう、硬さや肌触りが調節されている。幸か不幸か彼の膝枕の基準はこの太ももとなるだろう。
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【送魂祭】
クランバイア魔法王国で行われている葬儀の1種。
亡くなった者を埋葬した翌日、魂が迷うことなく成仏出来るよう願いを込めてお祭り騒ぎをする。元々は粛々と執り行なわれていたが、ある人物の死を切っ掛けに現在の形へと変わった。




