198話 パトロンケイプのダンジョン教育
パトロンケイプに戻ると、大大食堂と題された絵の中に通された。
それは3人がけのテーブルと地平線の向こうまで料理が並べられた絵で、材料はともかく超豪華な晩御飯が尋常じゃないほど用意してあった。
外で食べたからお腹は空いてない。が、とてもじゃないけどそんなこと言い出せる雰囲気じゃない。
でかでかと掲げられたアーティスティックな横断幕には、「お帰りプロモントリー」の飾り文字が踊り狂っており、その他豪華絢爛な芸術作品も料理に負けないほど大量に並べられている。
妙によそよそしく席を勧めるパトロンケイプだが、その声や仕草からは隠しきれない喜びが見てとれた。
席につくや否や真っ先に首枷をはめられるも、それを外せるようになればダンジョン教育は終わるらしく、先ずは楽しめと盛大な乾杯で始まった饗宴のような夕食……だが、それはすぐに一変した。なんと既にダンジョン教育が始まっていたのだ。
若者は腹がはち切れようが窒息しようが喰ってなんぼという気合いの入った思想のもと、料理を片っ端から口にぶちこまれた。横断幕も芸術作品もすべて料理だったらしく、吐こうが喚こうがただひたすら喰わされ続けた。
何日経とうと終わらない詰め込み教育はまさに地獄。食いしん坊のアドイードでさえ、吐瀉りながらのたうち回るのだ。俺が喰えばアドイードにも反映されるから……。
ただ、アドイードが吐瀉するのはルトルやロポリスが言っていた、異様にだだっ広いらしい俺の中なので、前のようにゲロの激流で被害を生むことはなかった。吐瀉する苦しみだけは何度も、何度もっ 何度も!! 味わったけどな。
逃げ出したくて首枷の破壊を試みるも上手くいかず、ミステリーエッグや偽卵でさえ何の影響も与えられなかった。
さらにこの地獄の詰め込み教育と平行してやらされていたのが侵食の鍛練。ダンジョンの拡大に必須であるこの特殊なスキルで、パトロンケイプの領域を自分の領域として奪い取れというものだ。
これがとんでもなく高難度だった。
なにをどう頑張ってもさっぱり侵食できない。おまけに信じられないほど疲れる。侵食を維持するには体力を消費し続けないければならないからだ。慣れてくれば体力以外で代用できるらしいが、そんな日がくるとは到底思えなかった。
なにがあろうと常に侵食し続けていろと言うパトロンケイプは、やはりスパルタだった。侵食が上手くいかないのは食が細いからだと……いやいや、喰ってるけど?
しかしパトロンケイプの教育がすごいのか俺たちすごいのか、1年後にはもう、永遠に喰い続けられるのではというほどの大喰らいに変貌していた。だからといって侵食が上手くなったわけじゃないから、食の細さは関係なかったと断言できる。
『喰う』から『食べる』に変更されたのもその時期からだ。元々、魔力の美味しさには感動していたが、喰うと食べるでは大違い。何百倍も美味しく感じるのだ。
でもってアドイードが体内の外に出られるようになったのもその頃。但し、俺と入れ替わりなら、だ。
いつからかことあるごとに「もう少しでお外に出られりゅよ」と言っていたアドイードは、「やっと2人っきりぃになれりゅね」とか「そしたらまた手が繋げるね」とか「お風呂も一緒だし寝るのも一緒だね」なんて楽しみにしてたから、その落胆っぷりはすさまじかった。
ちなみに俺はその時初めて自分の体内を見たのだが、ただ広いだけなんじゃなくて、たまたまそういう場所が入口で出口だっただけだ。マデイルナン諸島を丸ごと取り込んだのに、ボロクソな言われようでおかしいと思ってたんだよ。
ところでアドイードと対面したパトロンケイプだが、「もう1人の愛しき息子よ!」と叫んで抱きついていた。
アドイードのことは既に把握済みだったらしい。初めて俺を監禁して胸に顔を突っ込んだあの時に、寝ている姿を見ていたそうだ。大いびきで寝てるのに正体不明の植物を撒き散らしながら、あっちこっち転がっていく様子にたいそう驚いたのだという。
それから次に始まったのは、美味しいご飯の捕まえ方と魔物作りについて。
ダンジョン作りは簡単だし楽しかった。そもそもマデイルナン公国を滅ぼしたあの魔法で、既に俺好みの文明崩壊後の世界感まる出しにしてたから、あとはアドイードとキャッキャ言いなが手直しただけだ。
結果、荒廃した建造物の密集とそれを呑み込もうとする植物で構成されたでっかい歪な塔みたくなった。国を丸ごと縦に積み上げたわけだから、そのデカさは相当なものだ。
自信満々でパトロンケイプに報告すると、ありきたりな発想で面白味に欠けると不合格を言い渡された。これなら時都ドゥーマの方が無秩序さも探検したくなるワクワク感もずっと上だ、と。
それなら時都ドゥーマの上位互換にしてやろうと思い立ち、歪な塔を分割して塔の中にもっと歪な塔を作り、吊り橋や植物で行き来できるようにした。
他にも隠し通路まみれにしたし、塔と塔の間に小さな島や岩を浮かべたし、そこかしこにミステリーエッグの卵をばらまき各所にそれとは分からぬよう孵卵機を設置したり、隠された交通手段や昇降機を用意した。さらに観光名所になりそうな風光明媚な場所や、やけに印象深い無機質な場所なんかも作った。
が、それでも全然だめで、助言を請うて調整を繰り返すこといく年月、やっとギリギリ及第点に達した。今後もちょくちょく改良して、ご飯が自ら訪れる魅力的なダンジョンにしろとのことだ。
一方、魔物作りは侵食と同じく果てしなく難解だった。魔核の問題はあるものの、ダンジョン外の魔物を住まわせてもかまわないそうだから、もうそれで良いと思っている。最終手段もあるわけだし。
そして最もキツかったのが先輩ダンジョンへの挨拶と戦闘教育。
外に出られないダンジョンマスターとダンジョンコアのために、ダンジョンネットという独自のネットワークが存在している。そこの仮想ダンジョンにアバターとやらを作って交流するのだが、どいつもこいつも俺がなにしたってんだってくらいすこぶる印象が悪かったし、理不尽な言いがかりを吹っ掛けられることも少なくなかった。
ネットワークはこれを作り出したダンジョンに認められれば、遮断できるらようになるらしいので頑張るつもりだ。
対して嬉しい誤算だったのは戦闘教育。
パトロンケイプは芸術系のダンジョンマスターのくせにやたらと強かった。つまり俺も強くなれるはず。しかも魔物作りがセンスの塊で、ポンポン描きだす凶悪な魔物たちが格好いいのなんの。おまけに強い。まあめっちゃくちゃひどい目にあわされたけども……。
特にアドイードと俺が1つになったことで、死んでも一瞬で復活すると判明したあとからは容赦なかった。いったい何度死と復活を繰り返したことか。
お陰で死の女神様とも頻繁に対面することになった。死ぬといつのまにかアドイードと一緒に死の女神様の前に立ってるんだ。
初めはペコペコしてたけど、会うたんびに、「お茶でも飲んで行きなさいよ」とか、「黒のスゴロクで一緒に遊ばせろ」とか言うし、なにより大の酒好きで、不本意な逢瀬を重ねるうちにいつの間にか仲良くなっていた。アドイードなんて、ちゃん付けで呼ぶくらいだぞ。
まあ元からけっこう気さくな神様だし、不死とは違い何度もきちんと死ぬ俺たちを気に入ってくれてるらしいから、ちょっと怖いけど仲の良い先輩くらいに思うことにした。
この先、俺たちに完全な死は永久に訪れないらしいが、死の女神様はそれでもいいと言う。だからか気が付けばステータスに死の眷属なんてえらく物騒なものが増えていた。
他にもパトロンケイプにはウザイ異世界人のボコり方や芸術のなんたるかを叩き込まれた。物理的に。
ためになることはたくさんあったけど、嫌なこと苦しいことと差し引きすれば……ふっ、言わずもがなである。俺たちは誓った。いつか必ずパトロンケイプに仕返ししてやると。
初めてケージィに捕らえられた俺好みのあの白いエリアを奪ってやるとか、ここの魔物をすべて俺たちのものにしてやるとか、いつも話し合っていたさ。
だが、今となってはそんなこともうどうだっていい。もっとあり得ない連中がいるのだから。
「おかしいだろ! 100年だぞ!! なんで誰も会いに来ないんだよ!!!」
置き手紙をしたあの日から100年だ。どんだけ薄情なんだよ。
「あんな恨み言たっぷりの手紙なんか書くからじゃん。ていうか夢中になりすぎて時間の感覚が麻痺してた坊っちゃんだって悪い。つか100年てw」
ソファに寝転んでオリハルコンワインとダマスカスチーズを楽しむオリオが、自業自得だろと笑った。この100年ですっかり本性を露にしたこいつは思ったとおりケージィの同類、いやそれ以上のダメ魔物だった。
俺たちのお目付け役という最高のポジションを手に入れたこいつは、本当になにもしないのだ。
「知るか! もう我慢できない! 俺は出ていくぞ! あいつらを取っ捕まえて、それから泣いて謝るまで説教してやる!」
『……アドイードはこのままでもいいよ。アリュフ様と2人っきりぃだもん』
「いいや行くったら行くんだ! ドリアやドアたちに文句を言いたくないのか!? 交信さえ寄越さなかったじゃないか!」
『はっ……ぬぬぬぬ、本当だ。アドイードを放ったりゃかし………そうだね、行かなくちゃだねっ!』
100年で秘密も遠慮もなくなった俺たちだが、それゆえに普段は寝る時以外思考の共有を絶っている。『知らない』とは『楽しい』が多いのだ。まあ、『しまった』も増えるがな。
「そうは言ってもまだ首枷壊せてないじゃん。それ壊さなきゃ主様は独り立ちを認めてくれないんでしょ?」
「こんなガラクタがなんだってんだ。今すぐぶっ壊してやる!」
『アドイードやりぇばできりゅもん!』
無理なことはするなという失礼な眼差しに、余計背中を押される。体から生やした俺たちの蔓を使い全力で首枷を破壊にかかる。
「ぬぉぉぉぉ!!」
『うぬぬぬぬ!!』
く、くそっ。びくともしやしない……考えろ、考えるんだ………はっ、そうだ! 首枷を壊す必要なんてないじゃないか。ケイプ母さんは「外せるようになればいい」と言っていた。なら壊すのは俺自身だ!
「あらいらっしゃい。今日は飲み比べ――は、やめた方がよさそうね」
「すみません、急いでるんでまた今度!」
『またねアニタちゃん』
もっと早く気付けばよかった。自分の首をはね飛ばすと同時に首枷を体から遠ざければいいだけじゃないか。なんでこんな簡単なこと……。
「さ、行くぞアドイード!」
『うん! アリュフ様!』
復活の直前、アニタ様が「親離れ記念よ」みたいなことを言ってたけど、ほとんど聞こえなかった。
復活してみればぽかんとするオリオと目が合う。
「え……あ、なにその方法」
無視して秘密裏にコツコツ開発していた緊急用対時空歪曲絵画反転及び侵食型脱出用立体魔法円を描いていく。
「ちょちょちょ、待って待って! それ1回も試したことないって言ってたやつじゃん、危ないって! それに坊っちゃんがいなくなると俺、働かされるんだよ!」
「知るか!」
慌てて俺たちを捕らえようとしたオリオだったが、100年間ごろ寝と突っ立ってただけの木偶の棒に捕まるわけがない。
「ケイプ母さんにはお前から出てったことを伝とけ!」
『伝えとけ~』
諦め悪く泣き落とそうとすがり付いてきたオリオを俺がぶっ飛ばし、魔法円の起動をアドイードやってのける。
それは首枷が外れたと気付いただろうパトロンケイプがやって来たのとほぼ同時で、刹那に見た「あっ………」という表情にやや罪悪感を覚えたが、俺たちはようやく逃げ出すことに成功した。
~入手情報~
【名 前】アルファド・プロモントリー・ロシティヌア(New)
【種 族】幼迷宮/復活の森/フェグナリア(Regain)
【職 業】大神官/復活の森
【序 列】☆
【年 齢】-
【レベル】10
【体 力】日替り
【攻撃力】日替り
【防御力】日替り
【素早さ】日替り
【精神力】日替り
〖大魔力〗日替り+5000000
【通常スキル】
大神官++/魂割(Regain)/魂融(Regain)/光合成(New)/お祈り+/狼しっぽ(Regain)/日向ぼっこ(Regain)/夕焼けぼっこ(Regain)/月影ぼっこ(Regain)/ソウルコア(Regain)/ホーライアンモス++/ミックスケージ(New)
【固有スキル】
孵化++/托卵+/偽卵++/魂卵(Regain)/盗卵(New)/復元++/偽純潔(Regain)/イエローアイリスの魔眼(Regain)/復活の森/サングイスコヌル(Regain)/ブラックリリー++/ミステリーエッグ++/クォーターオルゲルタコア(Regain)/ハーフアルフレッドコア(New)/クロノスゴロク(Regain)
【迷宮スキル】
浸食+/侵食(New)/不滅/迷宮管理(Rank↑)/魔物彫刻(Rank↑)/魔力咆哮(Rank↑)/凝視/能力値喰い(Rank↑)/食道楽(New)/魔物飼育(Rank↑)/自然界魔素吸収(New)/撒き餌生成/お留守番(New)/お出かけ(New)/ハートゲート/Gブースト(Rank↑)/ポスト・アポカリプス(New)/アドイルファードヴァイン(New)/アドイード++
【先天属性】
時空/植物/月/死(New)
【適正魔法】
無し
〖変異固定〗
対なる眼球/死の眷属(New)
【異常固定】
ルトル足らず(New)
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【名 前】アドイード・プロモントリー・ロシティヌア(New)
【種 族】幼迷宮/復活の森/フェグナリア(New)
【職 業】復活の森/大神官
【序 列】☆
【年 齢】-
【レベル】日替り+アルファドのレベル
【体 力】日替り
【攻撃力】日替り
【防御力】日替り
【素早さ】日替り
【精神力】日替り
〖大魔力〗日替り+5000000
【通常スキル】
歌う++/踊り++/交信-/お祈り(New)/浮遊/感知+/状態異常反射(Rank↑)/無限攻撃/時縛り+/魔法威力激増+/ありゅふ様草(New)/日向ぼっこ(New)/夕焼けぼっこ(New)/月影ぼっこ(New)/ミックスケージ(New)
【固有スキル】
復活の森++/大神官/光合成+/植物愛/無邪気/微臭気/殲滅/同族超越/同化+/すり抜け/魔眼の種/大蝶々畑(Rank↑)/お留守番++/お出かけ(New)/うっかり/自然界魔素吸収++/吸収魔素ステータス化+/フォレストアアル+/オシリスプラント+/トゥールスチャムーン+/クォーターオルゲルタコア(New)/ハーフアルフレッドコア(New)/クレプシドラ+
【迷宮スキル】
浸食+/侵食(New)/日々成長/魔物お絵描き(Rank↑)/魔物飼育(Rank↑)/撒き餌生成/凝視/能力値喰い(Rank↑)/食道楽(New)/不滅/被ダメージ0.1固定(Rank↑)/迷宮管理(Rank↑)/大森林(New)/キラキラ星/ナノディミニッシュ(New)/アドイルファードヴァイン(New)/アルファド++
【先天属性】
植物/時空/月/死(New)
【適正魔法】
植物-極級/時空-極級/月-特級
〖変異固定〗
対なる香気/死の眷属(New)
【異常固定】
ルトル足らず(New)
~~~~~~~~~
【名称】オリハルコンワイン
【分類】貴金属酒
【属性】貴金属
【希少】☆☆☆☆☆☆☆
【価格】-
【アルフの盗み食い解説】
オリオがオリハルコンから作った特別ワインだ。
はっきり言ってくぞ不味い。貴重なオリハルコンをこんなものに使うなんて頭おかしいと思う。しかし金属の体を持つものや一部の魔物には熱狂的なファンがいる。一定時間だけオリハルコンを含んだものからのダメージを回復に転じることができるが、飲もうとは思わない。
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【名称】ダマスカスチーズ
【分類】貴金属チーズ
【属性】貴金属
【希少】☆☆☆☆☆
【価格】-
【アルフの盗み食い解説】
オリオがダマスカスから作ったチーズだ。
金属がチーズになるってどんな現象だよ。でもこれはオリハルコンワインと違って美味しい。ややダマスカスの金属臭さがあるものの、絶妙な塩加減、木目状の模様部分がパキパキしてて楽しい食感、確かな旨味が最高だ。一定時間だけダマスカスを含んだものからの攻撃を無効化する効果もある。オリオから頻繁に盗んでいたため、最近は警戒されている。