197話 2人きりは大事だよ
あれだけの騒ぎだったのに、パリリ地区ZZA-Wは混雑こそしているものの平穏そのものだった。
「もしかしてあれから何日も経ってるんじゃて……」
「いえ、18時間ほどしか経過しておりません」
スッと耳打ちしてくるオリオは出来る執事そのものだ。でも俺はあまり信用してない。だってベッドの下から出てきたんだぞこいつ。
「時にアルフ様、あそこで大量の甘味を浮かべてほくほくしているのはケージィでは?」
本当だ。コルキスやランペルたちと一緒にキャッキャウフフしてやがる。
「あ、あいつら……俺がいなくなって心配してるかと思いきやあんな楽しそうに………」
『いいなぁ。アドイードも食べたいなぁ』
うおぉぉっ!!?
ずっと俺の中で寝ていたアドイードが突然声を出すもんだから心臓が飛び出るかと思った。
『起きてたなら教えてくれよ』
『えへへ。びっくりぃしちゃったね』
くっ、可愛い……俺にだけ仕草や表情がわかるってのも謎の優越感がある。
『あ、行っちゃったよ』
この言い表せぬモヤモヤよ。いっそのことあいつらを放っておいてパトロンケイプに戻ろうか……。
『ふぁっ、そうなりゅとアリュフ様と二人っきりぃ……いいね、そうしようアリュフ様』
『アドイードもそう思うか? じゃあ家に置き手紙だけして戻ろう』
俺たちはパリリ地区ZZA-Wでありったけの買い物をしてから家に向かった。
家に到着すると少し決心が鈍りそうになる。いや、駄目だ。俺を放置してあんな楽しそうにするなんて許せん。
『うんうん、許せないよね』
嬉しそうなアドイードに背を押されドアを開ける。すると勢いよくぶつかってくるものがあった。グルフナだ。
「げじぃ! がごぉ!」
まるで捕食でもせんばかりに触手を振り乱し、ペタペタと全身に絡み付いてくる。
「おお、おお………グルフナは寂しくて堪らなかったんだな。さすが俺の使い魔だ! よしよしお前は一緒に行こうな」
抱きしめて撫で回してや――ふぁっ?
なんとグルフナが消えてしまった。アドイードがどこかに転移させたのだ。
「え、なんで……?」
『だってグリュフナ君いりゅとアリュフ様と二人っきりぃになりゃないでしょ』
お、おう……それはそうなんだけど、なんていうかさ………。
「入らないんですか?」
言葉を選んでいると美味しそうな香りをまとったオリオが耳打ちしてきた。こいつもこいつで道中しっかり楽しんでいて、俺たちが買ったもの以外にも、宙に浮かべた無数の小さな檻に串焼きやらスープやらクレープやらを大量に閉じ込めている。
「は、入るよ。それよりそれ、そんなスカスカの檻に入れて汚れないんだろうな」
「ご安心を。虫はもちろん塵芥やゴーストからも守ってみせますよ」
自信満々だが、さっきからちょいちょいアドイードに盗み食いされてるの気づいてないじゃないか。
『美味しいねアリュフ様』
味覚を共有してくれるアドイードに『そうだな』と伝える。とりあえずグルフナのことはあとで話し合うとことにしよう。今はあの裏切り者どもが帰ってくる前にことを済まさねば。
「オリオはテーブルの上に魔石球と調度品を置いてくれ。俺は紙とペンを持ってくる」
『アドイードが出してあげりゅよ』
言うないなや床から丁度良い大きさのお手紙サボテンが生えてきた。これは鳥の羽状の刺を抜けばペンの代用となり、刺の生えていない部分が紙の代用になる大人しい魔物だ。
「プロモントリー様、今のは?」
オリオの食い付きがすごい。魔法の気配が感じないとかで、どうやったんだとか、そういうスキルなのかと質問攻めだ。
「な、内緒」
説明が面倒だし俺とアドイードのことはあまり知られたくない。
『えへへ、二人だけの秘密だね』
嬉しそうなアドイードに小さく賛同して、じっくりねっとり恨み言たっぷりの手紙を書き終えた。そして気が付いた。魔力が尋常じゃない速さで消費されていることに。
『なにやってるんだよ』
『ぐぬぬぬ、手強い。アリュフ様も手伝って』
あそこだよ、と示された場所は鉢植えの置かれた小さな飾り棚で、人形が2体、隠れるように座っていた。
『や、やるじゃないアドイード』
『僕ちょっと本気出そうかな』
どちらも、そんな顔するくらいなら諦めればいいのにってくらい真っ赤な顔で鉢植えを掴み踏ん張っている。
『どういう状況?』
『それはアドイードに聞いてくれるっ!?』
俺の中のアドイードを思い浮かべてみると、人形たちに負けないくらい酷い顔で、ぐぬぬぬしていた。
『ア、アリュフ様と二人っきりぃだもんーー!!』
はいはいなるほど。よ~くわかった。
『アドイードや、そんな無理やり転移魔法でどこかへぶっ飛ばそうとしなくても、2人ならお願いすればちゃんと聞いてくれると思うぞ。がめついロポリスと違うんだがら』
『ふぇ? そうなの?』
アドイードはパッといつもの何も考えてなさそうな顔に戻った。
しかしそれがよくなかった。
強制転移魔法の超高速連続がけが突然止まったせいで、けっこうな力でその場に留まろうと対抗していたナールとモーブが、鉢植えもろともめしゃっと潰れてしまったのだ。
空間の狭間にめり込んだようだ、という表現が正しいのかはわからないが、あまりに異様な潰れっぷり。特に本気を出そうとか言ってたモーブはその異様さが極まりない。どうなってんのそれ。
『助けられるか?』
『う、ぬぬぬぬ……わかんない』
そっか、わかんないか。じゃあどうしようもない。放って帰ろう。どっちも大精霊なんだし、たぶん平気だろ。
『ごめんな2人とも。どうすりゃいいかわかんないから自力でどうにかしてくれ』
『---!!』
『--!!!!』
なにか訴えかけてくる人形たちを背に、俺たちはさっさと自宅を後にした。
~入手情報~
【種族名】お手紙サボテン
【形 状】ウチワサボテン型
【食 用】可
【危険度】E
【進化率】☆
【変異率】☆
【先天属性】
必発:植物/火/水
偶発:土/風/毒/影/聖
【適正魔法】
必発:植物
偶発:火/水/土/風/毒/氷/雷/影/聖
【魔力結晶体】
すべての個体に発生
【棲息地情報】
波打つ紫紺砂漠/ゾフン地帯/ツタンカ大砂河 など
【魔物図鑑抜粋】
鳥の羽のような刺をもつサボテンの魔物で、体内に魔力を微量に含んだ水を蓄えている。大きさは1メートル~5メートルほど。鈍いのか大人しいのか、刺を抜かれても体をもがれてもボケッとしているが、数十分~数時間後に突如ぶちギレて大暴れする。自らの刺と体を用いて筆談するという独特なコミュニケーション方法をもっており、遠くの仲間めがけて体をぶん投げる様子もしばしば見られる。読み終わったり何らか理由で相手に届かなかったそれらは種となり、新たな魔物として発芽する。地域によって言語や文法の違いがあるものの、それらは簡易な魔法言語であるため、魔法使いや魔術師なら解読できるだろう。また、意外な有益情報が記載されている場合もあり、魔物発生の防止、水分確保の観点からも、体は積極的に拾うことが推奨される。