192話 抗えば大惨事
ルトルを突き飛ばして屋台に走り、早口で注文した。じゅわじゅわと絶壁ディオスピュロスに火のとおる様が鼻と腹に響く。
「あいよ、お待たせ!」
テイマーらしき屋台の兄ちゃんが柿色の殻を皿に代わりにした絶壁ディオスピュロスの銅板サラマンダー焼きを手渡してくれる。一口食べて感動。久しぶりに食べたけど、相変わらず美味が天井知らずだ。
『ねぇねぇアリュフ様。アドイードもっと欲しいよ』
俺も同じことを考えてたぞ。
「すまないが、あと100個追加――」
「スタンピード警報! パトロケイプから魔物が大量に沸き出ています! スタンピード警報――」
おかわりの注文の途中、突如警報が鳴り響いた。その凄まじさは賑やかな人通りを一瞬にして悲鳴で染め上げるほどで、逃げ惑う人々の波、その中で転けて踏みつけられる者や蹴飛ばされる者の呻き声がさらなるパニックを誘発していた。
俺も危うく転けそうになったものの、もみくちゃになりながら腰袋から偽卵を出して空中に避難。一息つく間もなく救助に移った。見える範囲だが偽卵を散らして転けた人たちを空中に拾い上げるんだ。
あとはルトルに治癒魔法を……っていないじゃないか。あいつ、いつもウザいくらいベッタリなくせに肝心な時に側にいないとかなんなんだ。
『ふぇ? さっきアリュフ様が突き落としたんだよ?』
……ふむ、落下防止の柵がない。とにかく婚約者殿の位置を探ろう。
「ずいぶん下の方にいるな」
哀れ、不慮の落下事故に巻き込まれたらしいルトルのいる場所へ偽卵を飛ばしつつ、負傷者には復元の固有スキルを使うことにした。ついでに、変形させた偽卵で柵と足場も増やしておこう。
『アリュフ様、あっちかりゃ魔物が来りゅよ。いっぱい来りゅよ』
アドイードが教えてくれた方に目をやれば黒い塊が見える。とんでもない速さでこちらに向かっている。これはまずい。ただでさえパニックなのに魔物の大群に気付いたらさらにひどい状況になるのは明白だ。
復元しながら追加の偽卵を取り出して迎撃の準備を……げぇ!
「全部パトロンケージじゃないか!」
『はわわ、こっちにまっすぐだね』
「だな」
どう考えてもパトロンケイプの狙いは俺だ。最近特に強化された聴覚のお陰で、パトロンケージがプロモントリー様、プロモントリー様と呼んでいるのがわかる。
たぶんケージィみたいな緩い支配じゃなくてダンジョンマスターの膨大な魔力にものをいわせたガッチガチの支配だろう。
正直、これ以上大事になる前に素直に捕まった方がいいのかもしれない。でもなぁ、捕まると絶対面倒臭い。今度はいつ逃げ出せるかも分からないし……。
なら、気は進まないし賭けの要素もあるけど距離のあるうちにやるしかない。
「アドイード! お腹が空くけど自由のためだ、我慢してくれよ!」
すぐさまミステリーエッグを発動。俺のすぐ下を駆けて行こうとした羊駱駝獣人に触れて卵を1つ作った。強制的に魔力を奪われた羊駱駝獣人が昏倒し逃げ惑う人々に蹴飛ばされているが、後でどうにかするので許して欲しい。
作った卵を全速力で魔物の群れまで飛ばし、すかさずその卵を中心にミステリーエッグを発動。こうすることで有効射程を格段に拡げることができる……ような気がする。いや、できてる!
「よしっ!」
あとはケージィにしたようにパトロンケイプの魔力による支配を解除だ。そんで新たに作った卵も展開して有効射程を拡大していけば――ぐぅぅ、とんでもない量の魔力を持っていかれてクラクラする。けど、支配の消えたやつらはぴたりと動きを止めて虚空を見つめるようになった。
「かなりキツイな。でもルトルが来るまでならなんとかなりそうだ」
ん?
おかしい。支配を解いたはずのパトロンケージがまたもプロモントリー様と言いながら動き始めた。どうやら魔力以外でも支配されていたようだ。となると精神力か?
『アリュフ様アリュフ様。魔力の支配を解いたあとはアドイードに任せて。考えがありゅの』
言い終わると同時に、頭に生えたままの草を蔓に変え、枝分かれさせ、パトロンケージに向けてビュンビュン伸ばしていく。それは触手さなさながらに片っ端からパトロンケージたちを俺の中へ引きずり込んでいった。
「うう、俺の中に入っていくってこの感覚慣れないな」
『むむ、こりぇ難しいね。アドイードこっちに集中すりゅかりゃ、外のことはアリュフ様に任せりゅね』
そう言った後、アドイードの声が聞こえなくなり、頭の蔓も動かなくなった。
「え、この蔓も俺が?」
なかなか操作の難しい蔓に手こずりつつ、魔力支配を解いたパトロンケージたちをアドイードの元へ送っていく。
すると次第に魔力が回復するようになってきた。ミステリーエッグで消費している量に比べれば微々たるものだが、しないよりましだ。アドイードのお陰だろう。もう少しでルトルも戻ってくる。そうなれば皆に治癒魔法をかけながら逃げることもできるはず。
そう考えると多少は気持ちに余裕がでてきた。
もはや血塗れの物言わぬ羊駱駝獣人もなんとかギリギリで救えると思う。まあ、死んだら死んだで俺が食べてあげるから無駄にはしない。
「いやいや、なに考えてるんだ俺」
地面を担架よろしく平たい偽卵にして羊駱駝獣人を持ち上げる。
「死ぬ前に復元で怪我を治し――っ!?」
「おおおおお、プロモントリー!!」
羊駱駝獣人の鞄に描かれた絵からパトロンケイプの上半身が飛び出してきた。
「くそっ、離せ!」
「嫌じゃ嫌じゃ! まだまだか弱い我が子を放ってなどおけるものか!」
尋常でない抱きしめによる圧迫と引きずりに抗うことができない。
「アルフ!!」
ちょうど戻って来たルトルが手を伸ばしてくる。しかし、俺をその手を取ることができなかった。
~入手情報~
【種族名】銅板サラマンダー
【形 状】板トカゲ型
【危険度】F
【進化率】☆
【変異率】☆☆
【先天属性】
必発:火
偶発:雷・風・光・影・水
【適正魔法】
必発:火
偶発:雷・風・水
【魔力結晶体】
変異種のみに発生
【棲息地情報】
キッフォ鉱山・メアノ溶岩湖・火山地帯等
【魔物図鑑抜粋】
背中に板状の魔銅器官が露出している50センチ~3メートルほどの小型魔物。魔銅器官はある程度変形させることができ、攻守ともに活用している。仕止めた獲物をそこで焼いて食べる習性がある。また、焼くだけでなく微量の先天属性の魔素を添加しているらしく、味や風味に奥行きがでるらしい。性格は空腹時以外は穏やかである。
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【名称】絶壁ディオスピュロスの銅板サラマンダー焼き
【分類】高級屋台飯
【希少】☆☆☆
【価格】セイアッド銀貨50枚
【アドイードのおやつ手帳】
じゅわっと旨味たっぷりの果汁と、ふんわり上品な甘い風味に火の魔力の味が病みつきだよ。今日食べたのは雷と水と影の味もしたから、屋台で働いてた銅板サラマンダーは珍しい変異種だね。テイムできたあのお兄さんはラッキーだったね。