176話 アルフとルトルと大精霊
本文ミス修正。
今日はお店をやろう。
久しぶりに何でも屋アルコルトルの開店だ。
でも、店舗がなぁ。秘匿されし大宮殿は家にくっ付けてる状態だから動かしたくない。
魔石屋とるてに間借り……無しだな。あのプッツン姉弟が易々と間借りなどさせてくれるはずがない。面倒臭いことになるのが目に見えてる。
なら駅前広場は……混雑すると迷惑か。下手したらウルム駅長に噛み付かれるかもだ。魔石屋とるて駅のウルムは、なめドラゴンばりに気合いが入ってるからな。
いっそのこと商業ギルドに買い取ってもらうってのも……いや、エモナさんのことだ。きっと凄まじい話術をもって買い叩かれるだろう。
うーん……まあアイテムは偽卵の中にたくさんあるんだし、散歩しながらいい場所を探すか。最悪税金は物納という手もあるらしいから。
「どこ行くんだ?」
出かけようとしたら呼び止められた。
はぁ、またか。このルトルってやつが常にくっついてくるんだよ。昨晩も当然のように俺のベッドに入ってきた。
コルキスとは好きな時に一緒に寝るって約束してるからいいんだけどルトルはなぁ。思いっきり他人だしなんか俺をヤラシイ目で見てくる。
やたらとキスしてくるのも俺が怒ってやっと止めてくれたんだよ。
まあ、マッサージは凄く上手で気持ちよかったけどさ。気付いたら寝てたし。
「ちょっと散歩にでも行こうかなって」
「じゃあ俺も行く」
え……さっきは掃除するって言ってなかったか?
「なんで?」
「早く俺のことを思い出して欲しいんだ。一緒にいれば思い出すかもしれないだろ? 俺達あんなに愛し合っていたんだから。正直、今の状態はとても辛い」
一緒にいれば思い出すって凄い自信だなおい。つか捨てられた子犬みたいな目をしやがって。こういうのは自分がカッコいいと思ってなきゃできない表情だ。
くそぅ、俺の罪悪感を刺激しようったって……刺激、しようったって………はぁ、分かってても抗いがたい子犬ルトルの目。もう魔眼認定してもいいんじゃないかこれ。
「分かったよ」
ぱあっと笑顔になったルトル。
チッ、その光の粒も狡いな。ただでさえとんでもない美形がさらに強調される。しかもタイタンの笑顔星は本気で嬉しい時にしか出てこないと俺は知っている。
自分の言葉がこの完璧な笑顔を引き出したのかと思うと、そりゃちょっとは絆されそうになるってもんだ。
「でもキスとかするなよ」
「うっ……ちょっとも駄目か? 記憶を失くす前はいつでも、皆の前でもしてたのに」
いやいや、はしたなすぎるだろ。
それってエースとかいう弟の気質なんじゃないか?
職業柄、色事なんかに興味はない……こともないけど、俺はもっと奥ゆかしいんだ。
「人前でキスなんてするもんじゃない。そういうのは、えと、あれだよ。二人でこっそりするもんだろ」
恥ずかしくてちょっと声が小さくなってしまったのが余計恥ずかしい。
「ああ、なるほど! 分かった!」
分かってくれた――かっ!?
こ、こいつ……キスはするなって言ったばかりなのに。
「プハッ! 何にも分かってないじゃないか!」
「今は二人きりだぞ。コルキスはランペルたちとミュトリアーレへ遊びに行ったし、大精霊様方も見てない」
そういうことじゃないっての。それにロポリス達は見てるだろ。感じの悪い人形に入って。
テーブルの上の果物入れの中、窓のカーテン横、最後はお前の真後ろにある棚に座ってるじゃないか。しかも全員ニヤニヤしてやがる。
然り気無くインテリアに溶け込む大精霊達のスキルくらい見破ってくれよ。隠れるとか気付かれないなんて下級精霊の時に習得するスキルなんだぞ。
「ルトル、俺に好かれたかったら一切の色事は禁――っ!?」
おい、ふっざけんな。なんでまたキスした!?
「記憶を失くしてから初めて名前を呼んでくれたなアルフ!」
いや、そうかもしれないけどキスする必要……はぁ、もういい。
ほんっと狡いなその光の粒。
「タイタンの笑顔星って卑怯だ」
喜んでいたルトルがキョトンとした。そして爆笑し始める。なんだコイツ。
「アハハハ! く、苦しい! 笑顔星だなんてずいぶん昔の呼び方だな。確か5000年くらい前の呼び方だぞ。歴史の勉強でしか見たことない」
な、な、な……それはつまり俺が遅れてるって言いたいのか?
「でもなんだかんだ言って、アルフも早く思い出そうとタイタンのこと調べてくれてたんだな。嬉しいよ」
いや、単純に母さんとか叔母さんがそう言ってたんだ。勉強とかじゃない。
「……ちなみに、今はなんて呼ぶんだよ」
「ハッピーティアーとかラブフォトンだな」
くっ、なんかお洒落じゃないか。特にラブフォトンとか、なんだよそれ。イケすぎてて悔しいな。
「俺の場合はアルフに見せるのがラブフォトンでアルフ以外に見せるのはハッピーティアーなんだぞ。愛する人の言葉で嬉しくなると特別な光の粒になるんだ」
言われてみれば俺の知っている笑顔……いや、ハッピーティアーと光り方が違ったような気がする。けど――
「よく分からなかったな」
「そうか。じゃあ俺を喜ばせてくれ。そしたらまた見られるから」
「別にそこまで見たいわけじゃないからいい」
「せっかくだから。な? アルフ?」
なんでそんなにキラキラした目をするんだ。期待したってお前の喜びそうなことなんか分からないよ。
「……ルトル」
「うん」
「だから、ルトル」
「うん。なに?」
なんだよ。さっきは名前を呼んだだけでキスするほど喜んだじゃないか。もう慣れやがったか。
「やっぱいいや。そのうちなんか出るだろ。じゃあ行くぞ」
「そのうち喜ばせてくれるのか。楽しみにしとく。準備してくるから待ってろ」
ルトルはうきうきしながら2階へ行った。
えっと、そういう意味じゃなかったんだけどなぁ……。
「はぁぁ。おい、モーブ! ロポリス! ナール! いつまでもニヤニヤしてないで出かける準備しろよ!」
ずっとニヤニヤしながら3人でコソコソ喋ってたの聞こえてたんだぞ。
『なによ~。なんだかんだ嫌がっててもキスされてんじゃないのよ~』
『だよねだよね。嫌なら避けるか防いじゃえばいいのに』
俺の頬を肘でウリウリしてくるロポリスとツンツンしてくるモーブ。俺に触るから、2人が入ってる感じの悪い人形の顔がどえらいことになっている。
声色と人形の表情が不一致すぎて気味が悪い。そしてナールは俺の目の前に浮かんでうっとりした顔をする。
『きっと記憶はなくても心と体はルトルを受け入れてるのね。素敵よアルフ。愛が育まれているのがニャソニャソ伝わってくるわ』
ニャソニャソ? それどういう伝わり方なんだ?
相変わらずナールの擬音は理解に苦しむ。
『ま、冗談は置いといて。昨日ドリアードから知らせがあったんだけど、ルトルに関する記憶はエースが持ってるみたいだよ』
モーブが真剣な声を出した。でもやっぱり俺に触れてるから尋常じゃない不愉顔の人形。違和感しかないな。
『アドイードの仕業なのかしら。どう? 1つになったアルフなら分かるんじゃない?』
俺の頭の上に寝転んだロポリスが聞いてくる。
「さぁ。アドイードはまだ寝てるんだよ。寝言とか寝息はずっと聞こえるんだけど……」
頭の中で。
『厄介事が起きる前にエースの記憶をどうにかした方がいいんじゃないかしら。月の大精霊としては愛する人を取り合うなんてのも盛り上がるからいいんだけれど……』
厄介事か。それは勘弁だな。
「どうしたらいいと思う?」
『『『知らない』』』
ったく、言うだけかよ。こういう時だけ不干渉を貫こうとするよなお前ら。
『まあアドイードが起きてから話を聞けばいいんじゃないかな。それまではエースとルトルの接触を避けてれば大丈夫だよ、きっと』
『そうね。ルトルのことは私が見張るから安心して。だからエースの見張りはどっちかが行って』
『私は嫌よ? アルフといたいもの。モーブが行ってきてくれないかしら』
『僕もアルフといたいな。まだちょっとしか一緒にいないし。そういえばこの中で1番アルフと長くいるのはロポリスだよね?』
『『『………』』』
無言の牽制が始まってしまったか。これを放置すると大喧嘩になるんだよなぁ。
現にロポリスの周りにはシュッシュッっと聖なる光が瞬いてるし、ナールの周りにも妖しい光が煌めいている。モーブは完全にやる気なのか背負っている本に手をかけている。
あれ?
「ごめん、ちょっといい? ナールのオーブはどうしたんだ?」
他の大精霊と同じように、ナールにも常に周囲に浮かんでいるものがある。それは13個のオーブなんだけど、人形のどこにもそれが見当たらない。
『オーブ? ああ、それならここよ』
ガバッと自分が入っている人形の服をずり下げたナール。
なんと大切な袋がパンパンに膨れ上がっていた!
「な、なんでそんな所に………」
『え? だって下界のオスって大抵ここの袋に大事な玉をしまってるんでしょ? それに倣ってみたんだけど何か変?』
何か変と問われれば変としか返せない。しかしだ、上品な俺の口からそんなことはとても言えない。
モーブかロポリスが言ってくれないかとチラ見するも、プルプルしてて無理そうだ。
「へ、変じゃないよ……タブン」
『そう、なら良かった』
俺のたぶんは聞こえなかったんだろう。何故かいそいそと服をもとの位置に戻しているナール。
『あ、あれ……くっ、確か光るんだよね。13色に』
『っ……馬鹿。止めてよモーブ』
ナールにバレないよう必死に笑いを堪えているモーブとロポリス。けど、すでにナールから変な目で見られている。
「俺……ちょ、ちょっとルトルを手伝ってくるよ」
ここにいては駄目だ。俺もいつ耐えられなくなるか分からない。
俺は駆け足で逃げ出した。
【なめドラゴン】
テイマーの間で短期間流行した、ツッパリ山賊やツッパリ海賊風の身なりをしたドラゴンのキャラクターである。テイムした本物のドラゴンに衣装を着せて座らせ、正面から描くことで直立して見えるようにしたものを最初に、数々の商品が作られた。迂闊に真似をしようとするテイマーが後を絶たず、ドラゴンをテイムすべく挑んだ多くのテイマーがその命を落としたという。
【笑顔星】
タイタンが心から喜び笑った時に現れる光の粒の古語。
約5000年前の呼び方でありすでに廃れた言葉である。当時は求婚の常套句で「君の笑顔星で常に僕を照らして欲しい」などと使われていた。現代では文献で見かける程度で、もし実際にこんなことを言おうものなら確実にお断りされるだろう。実はルトルが言ったハッピーティアー、ラブフォトンもあまり使われていない。最近のトレンドはこれを宝石に例えるもので「君のダイヤは~」など、歯の浮くような台詞になる。