171話 歌い手のお礼は古代書とデニテバルテ金貨
本文ミス修正。
コルキスの頭越しに、どうしてエリンがいるのか聞くと、実家だものと返ってきた。
そしてエリン一家は皆、バトルシンガーなのだという。
「ま、立ち話もなんだから入って」
エリンに案内され通された部屋には案の定、雪原の輝きの面々がいた。
「コルキス君!!」
真っ先に近寄って来たのは蜥蜴獣人のダンテ。弾けるような笑顔でコルキスに抱きつこうとするのを、同じく蜥蜴獣人のマーティに止められている。
「よう、コルキス。久しぶりだな」
その隙に飛んで来たのはピポル。ピクシーだ。
ゴブリン族のアネットやエルフィンホースのブレイン、人間のレギオも挨拶してくれる。
一方、驚いてるのは、ルトルやコラスホルト達。
知り合いだったならどうして言わないんだと文句を言われるも、朝に挨拶したのはエリンの両親なんだから仕方がない。
両親とは初対面だったからな。
賑やかな歓迎ムードと、入れ替わり立ち替わりのスキンシップに思うところがあったのか、突然ルトルが自己紹介を始めた。
「皆さん初めまして。俺はルトルといいます」
なんだなんだと、視線を独り占めにしたルトルがスッと寄って来て俺の肩を抱いた。
「アルフの婚約者です」
そしてまさかのキ、キス……わざと濡れた音を何度か鳴らしてからルトルは離れた。そして皆に向かってにっこり微笑む。
と、と、と、突然のことに言葉が出ない。
一瞬の静けさのあと、驚きの声に包まれる室内。
詳しい経緯を聞かせろとソファに引っ張られ、なし崩し的にパーティーが始まっていった。
ちなみに、驚く皆の声に混じってノシャとエリン、そしてコラスホルトの声だけは黄色味を帯びていた。
「ま、シラフじゃ話せねぇよな。飲め飲め」
レギオとマーティが、それぞれ強そうなお酒を渡してくれる。
なにか食べてからでないと酔いが……俺の気持ちを察してくれたのか、少し顔の赤いコラスホルトが取り分けた料理を持ってきてくれた。
「気が利くな、坊主。お前はなんにするんだ?」
レギオが冗談混じりにお酒を見せて言う。
「オ、オイラはジュースで……」
大人の圧にやられたらしいコラスホルトは、たじたじになっている。
「カハハッ、若ぇなぁ! よし、坊主はここに座れ。今から大人の話を聞かせてやる!」
バンバンと自分の隣を叩いてコラスホルトを招くレギオ。
そんなこんなでコラスホルトも俺達の和に入ることになった。
開始早々、引っ越しパーティーは4つのグループに別れている。
まず俺達、呑んだくれ男衆プラス、コラスホルト。
次に、1番姦しいルトルのグループ。メンバーはノシャとエリン母子。
コルキスのグループは安定のピポルとダンテに加えて、ランペルとブレインが貴族流の挨拶を交わしている。
そして、最後は黙々と料理を貪るアネットと、使い魔のグループだ。エリンの父親がせっせと料理を運んだり食器を下げたりしている。
あ、モーブもあそこに紛れて食べてるな。
「余所見はよくないですよアルフさん」
「そうだぜ。じゃあ先ずは2人の出会いから聞かせてもらおうか」
ニヤニヤしたマーティとレギオは追加の酒を渡してくるし、コラスホルトも興味津々という顔で見てくる。
くそう、なんだこの羞恥プレイは。
「キャー、嘘ぉ!」
「ルトルさん、本当のところはアルフさんとどこまでいってるんですか?」
うわぁぁぁぁ!!!
止めてくれ! そんなこと聞かないでくれ!
「あっちはずいぶん盛り上がってるじゃねぇか。こっちも負けてられねぇぞ」
そう息巻いたレギオが次々に質問を飛ばしてきては、お酒を注いでいく。
だんだん酔いで頭が回らなくなってきた。
「うおぃ! マジかよ!」
「あんな顔してなかなかえげつないんですね彼」
「オ、オイラの知らない世界だ……」
え、なに? まって、俺……今なにを言ったんだ?
「なんの話!? ああ、まどろっこしいわ、塊るわよ!」
エリンの提案で、俺とルトルのグループが1つになって、より賑やかになっていく。
「大丈夫か? 顔が赤いぞ」
そういうルトルも顔が赤い。俺と同じで結構飲まされてるな。
「おでこまで真っ赤だ」
俺の前髪をかき上げて言ったルトルに、エリンがノックダウン寸前に追い込まれた。
「ちょ、ちょっと待って。1回落ち着かせて」
深呼吸するエリンに悪い笑顔のマーティとレギオがお酒を手渡す。
あいつら、呑んだくれでもあり呑ませ魔でもあるのか。質悪いな。
「ああ、尊い……」
ノシャはノシャで俺達を見てポワンとしている。
「ねぇノシャ、オイラも少しだけ尊いの意味が分かったかもしれないよ」
コラスホルトの発言を聞いて、ノシャがいっそう嬉しそうになった。
「っかぁ~! 見てらんねぇな!」
とか言いつつも、楽しいおもちゃを手離す気などさらさらないレギオ。マーティもずっとニヤついて飲んでいやがる。
「ねぇ? それで、2人はどっちが下なのかしら?」
ここまで常に微笑んで飲んでいたエリンの母が爆弾を放り投げてきた。
「キャー! もうママったら、それ聞いちゃう!?」
レギオ達に手渡されたお酒を一気飲みしたエリンが、母親をバシバシ叩いている。
「知りたいような知りたくないような……逆カプだったら、ああでもやっぱり知りたいかも」
ノシャが頭を抱えてブツブツ言い始めた。隣のコラスホルトは鼻息を荒くして俺の答えを待っているようだ。
コイツはもう駄目だな。沼にハマってしまったようだ。決して抜け出せない沼に。
「なんの話? ぼくも混ぜてよ」
ふわふわ飛んで来たコルキスが俺の膝に座る。それにつられて、ダンテ達もやって来た。
ナイスタイミングだ! これで別の話題に持っていける!
「ヴァン君は知ってるの!? お兄さんがどっちのポジションなのか!?」
この酔っぱらいスノーエルフめ! 弟になんてこと聞くんだ!
「コルキスだよ。う~んとね、知りたい?」
いちいち名前の訂正をいれるコルキス。そして勿体ぶってニヤリと笑ったコルキス。なにを言う気なんだコルキス!
それを見たマーティとレギオがなにかを察知し、人数分以上のお酒を注ぎ始める。
俺の記憶がハッキリしているのはそのお酒を飲んだところまで。
めちゃくちゃ恥ずかしい思いもしたけど、なんだかんだでパーティーは楽しかったし、ご近所であるエリンの家族とも仲良くなれた。
だから後悔はない。
この強烈な二日酔いでも、こ、後悔は……うぉえぇ。
重なる2人分の吐瀉音。俺よりルトルの方が辛そうだ。なのに俺の背中を擦ってくれる。
「あ~あぁ、情けないなぁ」
コルキスが鼻を摘まみながら言う。
「大人って、どうしてああなるって分かってるのに飲むんだろ」
「知らねぇ」
「今日のルトルさんはちょっとカッコ悪い。けど、苦しみながらもアルフさんを気づかってるのもいい。エリン先輩に報告しなくちゃ」
コラスホルト達はそれぞれ言いたいことを言って、ミュトリアーレへ転移していった。
「これ、エリンのお母さんからだよ。楽しい話のお礼だって」
コルキスが古びた本と硬貨を1枚見せてくる。
ああ、そういえばアラクネ族のシャドの話をしたら珍しい硬貨の話になって……デニテバルテ金貨って名前だったような………う、気持ち悪い。
「ぅおえぇぇ」
『まったく、私の分の料理を取っておかないなんてどういうことよ』
『さぁ、僕に言われても困るよ。アルフに聞いたら?』
ロポリスは機嫌が悪い。自分だけ楽しい席にいられなかったのが許せないらしい。
『今日もやるわよ、パーティー』
ロポリスがむちゃくちゃなことを言う。日常生活すら不可能な俺とルトルがパーティーとか馬鹿かよ。
ただ、グルフナは空気を読まずに大喜びだ。
『パーティーをするなら二日酔いを治してあげてもいいわよ。その代わり、昨日よりも盛大なパーティーにするのよ』
おお、神よ。ロポリスが神に見える。強がってはみたけど、やっぱり二日酔いは辛い。
俺もルトルもロポリスの提案を飲んだ。
##########
『ねぇ、モーブ。昨日のパーティーってそんなに凄かったの?』
ルギス外壁のテリリ地区に建つ1番背の高い民家の屋根で、聖光の大精霊が闇の大精霊に質問している。
夜なのに明るく賑やかなテリリ地区を見下ろして。
『いいや、普通のホームパーティーって感じだったよ』
周囲に浮かべた大量の料理とお酒を食しながら闇の大精霊は答えた。その間も決して自分の手を休めることはなく。
『私、盛大にとは言ったけど、別にここまでのを求めてたわけじゃないのよね』
同じく大量の料理を周囲に浮かべている聖光の大精霊。
『アルフもルトルも基準が壊れてるからじゃない? これでも規模が小さいかなって不安がってたよ』
『はぁ……先が思いやられるわね』
ため息混じりに首を振った聖光の大精霊は、もう何も言わず料理を食べ始めた。
その夜、テリリ地区は盛大なお祭りが催されていた。
商業ギルドを巻き込み、出店や目新しい移動式の遊具もあちこちに設置されている。
特に目を惹くのが魔石屋とるて駅の駅前広場に設置された、貴族のパーティーと見紛うほどの豪華絢爛な料理を提供する会場。
その費用はすべて、引っ越してきたジュエルランクの商人が持っているため料金は無料。
別の地区からも人が押し寄せ、大行列ができている。
中には皇帝がやって来たのかと勘違いする者もいた。
すべては聖光の大精霊の要望に応えんとした2人が張り切った結果だ。
大人も子供も目一杯楽しんでいる。もちろん仕掛けた当人達やその同居人達も。
彼等はまだ知らない。住人の期待と圧力によって、来年からも開催する未来が待っていることを。
いいなぁ、ぼくも今すぐ参加できたらよかったのに。あれに交ざれるのは1万年後か。
どうしようもないから、今はお母さんのお腹の中で我慢だな。
【デニテバルテ金貨】
パトロンケイプの魔物がくれた金貨。
エリンの母親がパトロンケイプで演奏した時に魔物が差し出してきた金貨である。現在発見されているのは7枚だけであり、とても希少なものである。 7枚のうち3枚はエリンの母親が所持していた。