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170話 魔石屋とるてにて

後書きミス修正。

 魔石屋とるては酷いありさまだった。


 建物はすっかりなくなって、散乱した商品や倒れているウパニの上に、日用品や家具なんかが降り積もっている。


「姉さん!」


 シャドが駆け出してウパニを掘り起こしていく。


 目の前にシャドが放り投げた布が飛んできた。なんとなく掴み取ってみたら、それは女物の下着だった。


 へぇ、下着は人間と同じなんだ。そういえばウパニもシャドも下半身が蜘蛛になったら服がはち切れてたけど、今のあの状態は丸出しってことなんじゃ……。


「どう思う?」


『離れて行ったロポリスより、アラクネ族の下着に興味津々だなんてロポリスが不憫だと思う』


 モーブに下着を見せたら予想外の答えが返ってきた。


「はい? ロポリスに気付かなかったのは認める。でも、俺がこの下着に欲情してるみたいな言い方はやめろよ」


『違うの?』


 断じて違う。俺はウパニとシャドが大事な部分をわざと見せびらかしているんじゃないかって疑問に思っただけだ。


「お、お前……姉さんの下着でなにしてるんだ! 殺されたいのかこのド変態が!!」


 俺がモーブに説明しているとシャドが下着を取り上げて蔑んだ目で見てくる。お前が俺に投げて寄越したようなもんなのに、なんて理不尽な。


「ウパニの下着に興味なんかないって」


「は!? それは姉さんに魅力がないってことか!?」


 シャドの額に数個だけ目が現れた。


 こいつは面倒臭いシスコン決定だ。つか、またキレるんじゃないだろうな。勘弁してほしい。


 何を言っても話が進まないし拗れそうだから話題を変えよう。


「お店なくなっちゃったけど、どうするんだ?」


 まだウパニに関して何か言いたげなシャドだったけど、下着を丁寧に糸で包むと話し始めた。


 鬼蜘蛛は自分達の眷属だから呼べば、適当にどかからやって来ると。


 集まってくる蜘蛛の集団を想像して途中で止めた。是非、俺が見ていない時にやってくれ。


「一応、殺さずに捕獲してるのがいるんだけど……」


 なるほど、それは返せ、と。


 じゃあ偽卵の固さを最低にして地面にぶつけていこう……思ったより数が多くて、結局さっき想像したような光景を目の当たりにしてしまった。


 夢に出てきたら嫌だな。


 その鬼蜘蛛達にシャドが指示を出すと、それらは物を何ヵ所かに運んだあとで、互いを糸で繋ぎ合わせて家を形作った。


 凄いけど今すぐ出て行きたい。どうして俺が立っている場所まで屋内にしたんだよ。


『壊れたものも復元してあげればどうかな? そもそもアルフが引き起こした騒動なんだし』


 え、そういうことになるの?


「確かに俺も悪いけど、ウパニにも責任はあるんじゃ……」


『情けは人のためならずってね』


 ……はて。どういう意味なんだろう。


『あ、これは勇者の世界の言い回しか。誰かに優しくすると、回り回ってアルフに返ってくるって意味らしいよ』


 ふーん、じゃあやるか。


 騒動の前より狭くなったとはいえ、まぁまぁ広い魔石家とるて。ものがごちゃごちゃしている。


 糸に包まれたものや用途不明のものも多い。俺はとにかく壊れたものを1つずつ復元していった。


 そうこうしているとウパニが目を覚ました。


 ちゃんと仲直りしたぞ……表面上は。だってウパニの目はいつか俺の嫌がることをしようと考えてる目だったから。


 改めて自己紹介もした。


 ウパニとシャドは孤児院出身で両親はおらず、1代で魔石屋とるてを大きくしたらしい。でも、なにより驚いたのは2人が双子で25歳だということ。


 同い年かと思ったのに10歳も上だったなんて。ウパニはともかくシャドはえらく童顔だな。


『アラクネ族って1回の出産で100人くらい子供を産むんだよ。で、2歳までに共食いをして、だいだい1~5人に落ち着くんだ』


 だから双子でも似てないことが多いとモーブは教えてくれた。


 生存競争の激しい種族なんだな。もし、生まれ変わってもアラクネ族だけは遠慮したい。


「約束通り魔石は全部買うわ。代金は全部でオルゲルタ金貨2万枚でいいかしら?」


 やや不機嫌なウパニがお茶を飲みながら言う。


 いいかしら? って言われても……それ以上出す気なんてないんだろ。


 さらっと提示した金額が相場よりも1割ほど安いってちゃんと気付いてるからな。


 まあそれくらいでウパニの気が済むならいいけど。


「いいよ」


 機嫌をなおしたウパニがアイテムボックスからお金を取り出して数えていく。凄まじい速さだ。


 2万枚を数え終わるのに数分とか凄い。


『わ、懐かしい顔がいっぱいだね。ほらアルフ、これなんか初代セイアッド皇帝だよ』


 ひょいっと金貨の山から1枚とって手渡してくるモーブ。


「初代セイアッド皇帝……」


「初代!? やっぱりそれは駄目だ。こっちと取り換える」


 目の色を変えたシャドが糸を上手に操って俺の持っていた古びた金貨を奪う。


 それを見たウパニは何故かうんざりした顔をした。


『残念。初代皇帝のオルゲルタ金貨は数が少ないからレア硬貨なんだよ。口に出さなきゃいい儲けだったのに。馬鹿だなぁアルフは』


 なんてことだ。


 それならそうと先に言ってくれたらよかったじゃないか。それにあれ、前にミシアが変身した若い母上にちょっぴり似てた。これからずっと母上と離れて暮らすんだし、お守りとして持っておきたい。


「なぁシャド、俺その金貨が欲しいんだけど」


 そう言うと、金貨を大事そうに糸で包んで嬉しそうに撫でていたシャドが俺に鋭い目を向けて一言。


「絶対駄目だ」


 そんな頑なな感じだと余計欲しくなってくる。


「魔石の代金、それだけでいいから」


「いいわよ」


「姉さん!?」


 ウパニはサッとシャドから金貨の入った糸の塊を奪って俺に投げて寄越した。


 シャドは涙目でウパニを睨んでいる。どうやらキレやすいシャドもウパニには逆らえないようだ。


「1枚同じの持ってるんだからいいじゃないの。じゃ、残りの金貨は返してもらうわ。後でやっぱり、とか言うのはなしよアルフ」


「そんなこと言わないって」


「約束よ。破ったらお仕置きするからね」


 冗談でもなんでもなく本気でするんだろうな。ある種のイッちゃってる笑顔が恐ろしい。


 ウパニは鼻歌を奏でながら積み上げられた金貨を糸で包んでいく。


 そしてそれを眷属の鬼蜘蛛達に運ばせアイテムボックスへしまう。


「珍しい硬貨は何枚あってもいいんだ。姉さんは全然わかってない」


 不貞腐れた顔でボソッと吐き出したシャドの言葉は、コインコレクターがよく言う台詞だ。


 ウパニは完全無視。


 なるほどなるほど、今度シャドがキレたら珍しい硬貨をチラつかせよう。俺も1枚だけ持ってるからそれで……あ、あれはクランバイア城に置きっぱなしか。


『アハハ、やっぱりアルフは馬鹿だなぁ。その金貨は確かにレア硬貨だけど、さすがにオルゲルタ金貨2万枚にはならないよ』


 よっぽどおかしかったのかモーブが笑いまくっている。


 別にいいんだよ、これはお守りなんだから。


「さっきから気にはなってたんだけど、その人形なんなの? 急に笑いだす動きするとか怖いんだけど」


 ウパニのお言葉はごもっともだ。澄まし顔で宙をふわふわしてたと思ったら、いきなり声もなく爆笑……おい、今すぐ笑うの止めろよモーブ。


「ま、いいわ。大儲けできたわけだし。あ、それ契約書ね。よく読んでサインしといてちょうだい」


 契約書……隅々まで読み込もう。俺はエモナさんで学んだんだ。


「あとは宜しくねシャド。なんだか創作意欲が湧いてきたわ。明日はパトロンケイプで、もう一儲けできそうね」


 ウパニはそう言って、拷問器具が集められていた部屋へ姿を消した。


 俺はモーブにも契約書を確認してもらう。契約書は要約すると、むこう3年間は手に入れた魔石を魔石屋とるてに優先的に卸すという内容だった。


 問題なしということでサインする。そしてさよならを言って店から出ようとした。


「……え、なに?」


「アルフ、その硬貨を売ってくれ。言い値で買うから、いいだろ?」


 俺の腰に糸をくっつけたシャドが、俺を手繰り寄せながら荒い息づかいで喋る。


 ああ、やっぱりこいつもウパニの姉弟なんだな。このシャドの目はさっきのイッちゃってるウパニの目と同じだ。


 俺は糸を偽卵にして全力で逃げた。






 ##########






 俺がルトル達に追い付いたのは夕方前だった。


 魔石屋とるてから逃げ出して心と体を落ち着かせたあと、ルトルの居場所を感じ取ってみたら少し下のルギス外壁にいることが分かった。


 分かったんだけど……とてつもなく入り組んでいるルギス外壁は、新参者に厳しい洗礼を浴びせてきた。


 俺はルギス外壁を舐めていたと、人知れずルギス外壁に謝ってみたけど効果なし。


 どこをどう進んでもルトルの居場所に辿り着けない。人に聞こうにも地区の名前やらが分からないから、ルギス外壁のあの辺とかいう聞き方になってお互い混乱……。


 しかもルギス外壁の周辺を個人が飛ぶには許可証が必要とかで、卵を使っての移動ができなかった。


 なんど建物や壁を破壊して進もうと考えたことか。


 完全に迷った俺は、道行く人に無理を言って近くの商業ギルドまで連れて行ってもらった。


 そこでも無理を言って講習と実技試験を受けさせてもらい、飛行許可証を発行、ようやくルトルの元へ辿り着いた。


「兄様って本当に頭が悪いよね。勉強は得意なのにどうしてなんだろ」


 大量のジュースやお菓子をディオスの分裂体に持たせ、子供心をくすぐりそうな仮面や玩具を身に付けたコルキスが言う。


「障害物を偽卵にしてもいいし、モーブ様に壊してもらって通ったあとで復元するでもいいのに。だいたい飛行許可証ってのは大型の使い魔に乗ってルギス外壁やノス内壁周辺を飛行移動するのに必要なだけで、自力で飛べるぼくや兄様には必要ないんだよ」


 苦労した俺の時間はいったいなんだったんだよ……膝から崩れた俺をルトルが慰めてくれる。


「元気出せって。このあとは引っ越しパーティーなんだぜ、そこで楽しめばいいじゃねぇか」


 ランペル達も慰めてくれる


 でも、それらが俺に響くことはなかった。


 だって、ルトルもランペル達もコルキスと同じようにしっかり楽しんだ様子が見てとれる。


 ランペルは外壁スルメを齧りながら、コラスホルトはぺろぺろルギスを咥えて、ノシャは外壁やきネズミを頬張りながら。


 なによりルトルがひょうきんな仮面を斜めにして、頭に乗せているのが腹立つ。


 こいつら、鬼蜘蛛の大群に襲われることもなかったんだろうよ。


 くそぅ……。


「グヂィ、ギギギ」


 グルフナが狡いと言っている。俺の味方はお前だけだグルフ――な!?


 俺は気付いてしまった。味方だと思っていたグルフナの持ち手に小さなドラゴンの仮面が付いていることに。


 こいつも途中まで一緒に楽しんでいたのか……裏切り者め。


「ギ? ゲガァウ……」


 もっと文句を言ってやろうと息巻いていたグルフナが俺の視線に気付いたようだ。


 グルフナは、へへへとでもいうような雰囲気でルトルの後ろに隠れた。


「もう、いつまでもそうしてたってツマんないでしょ。行くよ! 兄様はルトルとノシャをお願いね!」


 コルキスはそう言ってディオスをコラスホルトとランペルに絡ませ飛び上がった。


 俺も仕方なく偽卵を使って付いて行くことにした。


 到着したのはスノーエルフ夫妻の家。ちょっとくらい俺のために寄り道してくれたってよかったのに。


 コルキスがドアをノックすると若い女の子の声が聞こえてくる。


「はーい。いらっしゃ――えぇ!? ヴァン君!?」


 ドアを開けて出てきたスノーエルフが驚いている。


「コルキスだよ」


 少しムッとしたコルキスにそうだったわねと謝ったのは、マクルリアの町で出会った冒険者パーティー、雪原の輝きのエリンだった。


【初代セイアッド皇帝】

セイアッド帝国の初代皇帝。

もともとはセイアッド帝国の前身にあたる神聖国ニアの大神官であり、帝国を興してすぐに死亡したと伝えられている。大人気物語、オルゲルタ戦記のモデルでもある。


【飛行許可証】

時都ドゥーマの許可証。

大型の使い魔による、ルギス外壁とノス内壁周辺の飛行許可が証明されている。


【外壁スルメ】

ルギス外壁の名物。

ルギス外壁の最下層で採れる花スルメを塩辛い調味料で香ばしく焼き上げた屋台料理の1つ。


【外壁やきネズミ】

ルギス外壁の名物。

ルギス外壁の最下層で採れる花ネズミを甘辛い調味料で香ばしく焼き上げた屋台料理の1つ。


【ぺろぺろルギス】

ルギス外壁のお菓子。

ルギス外壁を模した細長いキャンディー。上層、中層、下層で味が異なる。ルギス内部では同じ名前の螺旋の坂道形のキャンディーが売られている。

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