169話 短気な弟と鬼蜘蛛がいっぱい
本文と後書き修正。
とりあえず来い、とおっかないお姉さんに引っ掴まれて連れ込まれたのは、駅名にもなっていたあの魔石屋とるて。
それはよく物語に出てくる、魔女を殺そうとする理不尽な聖騎士が住まう館ような店構えで、壁も屋根も十字の模様がびっしり……微妙にそれらが蠢いて見えるのが不気味だ。
だけど中は全然違って、薬屋を兼ねた魔女の工房みたいな作りで、装飾品のように細工された魔石から、そのまんまの魔石まで品よく陳列されている。数は少ないけど魔石の嵌め込まれた武具なんかもあった。
「有るだけ出して」
お姉さんが大きなテーブルを指差して言う。
「えと、何を?」
「魔石に決まってるでしょ!!」
どうやら魔石屋とるてのシマを荒らした罰としてカツアゲされるようだ。
「確かに悪いことしたけど、いくらなんでも――」
「早く!」
げっ、ヤバい。この人アラクネ族だったんだ。再び声を荒げたお姉さんの下半身が2~3メートルくらいの蜘蛛のそれと同じに変化したのを見て、悟った。絶対に逆らわない方がいいと。怪力だし神経毒を持ってる人が多いって話だし、一昔前まではどんな種族も食料にしてたっていうし……素直に魔石を渡す他ない。
「す、すみませんでした」
魔石も含め荷物は偽卵に変化させて保管してある。だからそれを入れてる皮袋がアイテムボックスだと見えるよう、慎重に魔石を取り出してテーブルに並べていく。
うーん、テーブルが足りない。仕方ないから、ショーケースの上に並べるか。ふかふかした布でも敷けば傷がつくなんて怒られないだろうし。
「ちょ、ちょ、ちょっと!」
すべてのショーケースの上に魔石を並べ終えて、次は床かななんて考えていたら肩を掴まれた。迫力がすごい。このまま食べられるなんてことないだろうな……。
「あんたどれだけ持ってるのよ!?」
「質を問わなければあと500個くらいは……」
本当はその10倍はあるけど、言わないでおこう。
「も、もういいわ」
そう言ってアラクネ族のお姉さんは、並べられた魔石を1つずつじっくり観察し始めた。
あ、もう帰ってもいいかな。一応謝ったし。魔石に夢中な今ならこっそり出て行っても気付かれないかもだ。これ以上アラクネ族と関わるのはちょっと避けたい。
「どこ行こうってのよ?」
ドアに手をかけた瞬間、お姉さんの威圧的な声と共にえげつない粘着力の糸が飛んできた。
「か、帰ろうかなぁって……」
くそっ、この糸、全然とれないぞ。
「駄目よ。聞きたいことが山ほどあるもの」
魔石を持った姉さんが目を爛々とさせて近寄ってくる。
「す、すみません! もうしませんから、帰してください!」
「駄目」
怖くて咄嗟に逃げようとしたものの、あっという間に糸でぐるぐる巻きにされてしまった。しかもそのまま天井から吊り下げられる。
やっぱ喰われるのか?
あぁぁ、なんで魔石なんか贈り物にしてしまったんだろう。
「なによその顔。べつにとって喰うわけじゃないわよ」
「あ、そうなんだ」
「ったく、私たちが他種族を食べてたのは大昔の話なのに。それよりこの魔石、どこで手に入れたの?」
ズイっと顔を近付けてきたお姉さん。ずいぶん整った顔をしてるけどルトルの方が上だな。全然ドキドキしないや。
「えっと、色んなダンジョンで。世界中を旅してきたんだ」
俺の固有スキルで、なんてこと口が裂けても言わない。ひっそりと安全に暮らすために、わざわざ死んだことにしてセイアッド帝国まで来たんだから。
「ふ~ん、ダンジョンね。あなた、魔石の専門家を騙せると思ってるの?」
ほぇ?
「これはダンジョン産の魔石じゃないわ。だってダンジョン産独特の匂いが無いもの」
へぇ、魔石にそんな特徴があるなんて知らなかった。
「さっきと違ってずいぶん落ち着いてるじゃない。生意気ね、やっぱり食べようかしら」
……それは困る。
まあ、こんなに落ち着いてるのは、よく考えたらいつでも自由になれるって気付いたからだ。こんな風に――
「なっ!?」
俺を拘束している糸をすべて偽卵にした。
「私の糸をこうも簡単に……それにその大量の卵はなによ」
「魔法みたいなもんです」
俺の答えが気に食わなかったのか、スッと目を細めたお姉さんが、足で床をトントンした。すると床板が抜けて足がはまって――
「うわぁぁぁぁ!!!!」
違った。床板なんて元から存在せず、それだと思っていたのは鬼蜘蛛の集合体だったらしい。おびただしい数の鬼蜘蛛が蠢いて、どんどん這い上がってくる。
偽卵で潰さないように払うけど数が多過ぎて――ひぃぃぃ!!
服の中に入ってきた。ワサワサ、チクチクした感触がゆっくり上がってくる。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!!
おまけに上からも落ちてきた。なんてこった。床だけじゃなくてこの家丸ごと鬼蜘蛛でできてたんだ。天井のそれらは足元のそれより大きくて耳、首、頬を我が物顔で移動していく。
叫びたい。けど絶対駄目だ。口に入ったらと思うと……あぁぁあぁ! 太ももまで来てる!
「この魔石は全部買うわ。そしてこれからも同じものが手に入ったら私に売りなさい。最優先で。受け入れるなら、それ消してあげるわ」
そう言ってサディスティックな笑みを浮かべるくそったれアラクネ族をぶっ飛ばしてやりたけど、とにかく頷きまくるしかない。
「交渉成立ね。私は魔石屋とるての店主、ウパニ・トルテ。見ての通りアラクネ族よ。これからもよろしくね」
語尾にハートでも付きそうなウィンクをしやがるウパニは、条件を飲んだのに蜘蛛を消さない。ふっざけんな!
「う~ん、消そうかと思ったんだけど、嘘つき君にはお仕置きが必要だと思わない?」
こいつ……もう知らん! 眷属か使い魔かなんかだと思って手を出さないでやってたのに、このくそったれ蜘蛛どもを全部拘束してやる!
ははっ、俺に群がるすべての鬼蜘蛛を偽卵にしてやったぞ。ほんの少し魔力を消費したけど、余裕も余裕だ。このままウパニもぼこぼこにしてやる。お陰様で武器は大量にあるからな!
「きゃっ!?」
偽卵に吹っ飛ばされてショーケースに激突したウパニは動かなくなった。店内はめちゃくちゃになってしまったけどそんなの知るか。全部調子に乗ったこいつが悪い。
「ううっ、感触がまだ……」
「姉さん、帰ってるの? 今の音なに?」
蜘蛛の這いずっていた感触に身震いしていたら、店の奥から俺と同い年くらいの男が出てきた。
「姉さん!?」
男はウパニに駆け寄って抱き起こし、手の平から糸を出して傷をふさいでいく。
「シ、シャド……」
ウパニが俺を指差して気を失った。これはまずい。
「お前! 姉さんになんてことを!」
ですよね。思った通りシャドと呼ばれた男も下半身を蜘蛛にして襲いかかってきた。店の床や壁も再び蜘蛛となって押し寄せてくる。たださっきと違うのは、その蜘蛛に明確な殺意があることだ。
「悪いのはウパニだ!」
行く手を阻む蜘蛛や、シャドが飛ばしてくる糸をすべて偽卵にしながら逃げ出した。しかしシャドの勢いは収まらない。
「いやぁー!」
「ギャー!」
「誰か、警報を!」
魔石屋とるては蜘蛛の巣だけとなり、そこで家のふりをしていたすべての蜘蛛が無差別に通行人や近所の人々に襲いかかっていく。
「逃がすな!」
シャドの指示でいっそう激しさを増した蜘蛛が手当たり次第に糸で人を捕らえていく。
こ、こんなつもりじゃなかったのに。ただご近所さんと良好な関係を築きたくて、質の良い魔石を手土産にしたんだ。なのに今、テリリ地区は地獄そのもの。
物陰からシャドの様子を窺うと、すごい形相で俺を探してる。額に6つの目が出ており、胴体も紫色に変色していた。あれはアラクネ族が激怒している証……話し合いは無理か。
「とるて警報発令! とるて警報発令! 住民はただちに避難または蜘蛛の殲滅を! 繰り返す! とるて警報発令!」
そこへ大きな音声が響き渡った。
ていうか殲滅していいんだ。なんだ、じゃあ手加減する必要なかったじゃないか。さっさと片付けよう……いやでも一応、今度も魔力を消費してやるか。殺そうかと思ったけど、そうするとお店が無くなるだろうし、少しは俺の責任でもあるわけだし………本当、少しだけな。
ただシャドに見つかっては面倒だから、とにかく隠れて蜘蛛を偽卵にしまくろう。ついでに捕らわれた人たちも助ける。すると皆、お礼を言って魔物鉄道の駅に駆け込んで行った。
ほう、あそこだけ蜘蛛が近寄ってない。なんでだ?
「あ、あんた! 助けてくれ!」
声をかけてきたのは、蜘蛛の糸で捕らわれただけでなく卵まで産み付けられたおじさん。丸い卵がびっしり並んでいてとても気持ち悪い。
「うわぁ、今助けるから――っ!?」
ぐっ……くそっ、やられた。おじさんははシャドが擬態した姿だった。
噛み付かれたと同時に注入された毒のせいで意識が朦朧とする。その隙にシャドの大きな8本の足で地面に拘束されてしまった。
「はらわたブチ撒けてやる!」
振り下ろされるシャドの手が、やけにゆっくり迫って見えて、音もぼあぼあと渦を巻くように反響している。
『――――い!』
誰かが叫んでいる。
頭が痛くて気持ち悪い。それに胸も熱いし変な臭いが……あ?
我にかえると、周囲は黒紫色の花で溢れていた。おまけにシャドがもがき苦しんでいる……そうか、魔眼が発動したのか。
よくよく見てみれば、黒紫色の花は鬼蜘蛛を苗床にしているようだ。
シャドの呪詛を解く前に足を折っておこうか。また襲いかかられても困るし。
「ちょっと我慢な」
「うがぁぁぁ!!」
よし、こんなもんか。8本の足とついでに腕も偽卵でへし折って安全を確保。次は慎重に魔眼を操作してシャドの呪詛を解いてやろう。それが完了すると黒紫色の花も鬼蜘蛛と共に消えていった。
「はぁ、はぁ……」
「いきなり襲ってくるなんて危ないだろ。ウパニをぶっ飛ばしたのには訳があるんだ。もう襲ってこないって約束するなら許してやるぞ」
「このクソ野郎!」
8つの目が睨み付けてくる。
「あのな、きちんと謝罪した俺を拘束して鬼蜘蛛まみれにしたのはウパニだ。しかも理不尽な交換条件を飲んでやったってのに、鬼蜘蛛を消さなかったんだぞ」
「……」
「どっちが悪いかわかったか?」
シャドは少し落ち着いてきたようだ。額の目が消え、胴体の色も通常のそれになっている。
「どうなんだ? わかったのか? おい、返事くらいしろよ」
「わかった」
「じゃあ言うことあるだろ? 勘違いで襲ってすみませんでした、愚かな自分を許して下さいって」
「なっ……」
なんだこいつ。俺がせっかく謝罪のチャンスをやってるってのにムカつく顔しやがって。
「チッ、もういい。お前、死んどけ――あだっ!」
後頭部にとんでもない衝撃が走った。
『どっかの輩みたいだよアルフ。落ち着きなよ』
『本当よ。もとはといえばアルフが悪いのに』
振り向くと呆れた様子の2つの人形、モーブとロポリスがいた。
衝撃の原因はモーブのグルフナか。後頭部がジンジンする……うわ、たんこぶになってるじゃないか。酷いことするなぁもう。
「でもありがとう。助けてくれて。あんな大量の鬼蜘蛛なんて俺じゃどうしようもできなかったよ。それにアラクネ族の相手も」
なんか知らんがシャドの手足がバッキバキに折られてる。いくらなんでも、やり過ぎじゃないか?
『え? 違うけど……』
『なに言ってるのよ……はぁ、本当に面倒臭い』
なんだろう。2人がげんなりしてるぞ。
『まあそれはいいから、このアラクネ族を治してあげなよ。今のアルフの復元なら簡単でしょ? それから家もね』
言いながらモーブがグルフナを渡してくる。
「わかった」
俺はシャドの手足を復元させて、魔石屋とるてだった場所へ向かった。
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アラクネ族の後ろで2人の大精霊が秘密の話をしている。
『ねぇ、本当に復元してよかったのかしら』
『ええ? 君が言い出したんじゃないか。ジールのために頑張ろうって』
『そうなんだけど、やっぱりオルゲルタが正しかったのかなって思えてきて』
『そうかもしれないけど、もう引き返せないよ。見ただろ? あのアラクネ族にアルフの復元が使えたんだ』
『そう……よね、今さらよね。アルフが復元を使えたんだから弟の方ももう………』
『あとはアルフと同化したダンジョンコアの復元が終われば計画も大詰めだけど……』
『分かってるわよ、それまでにちゃんと処分するわ。ちょうど皇帝に拾われたところみたいだし』
『良かった。じゃあそれが終わったらとりあえずの仕上げだね』
『無理だろうけど、仕上げのあとのことナールに聞いてくるわ。アルフたちをお願い』
『うん。行ってらっしゃい』
嘘つきな聖なる光を放つ大精霊は大神殿へ戻って行った。
『さてと、僕はどうやってジールを説得するか考えないと』
可哀想な闇を纏った大精霊の呟きは、ぼくだけに聞こえた。
~入手情報~
【アラクネ族】
下半身が蜘蛛の種族。
正確には、中型の蜘蛛の頭部が人間の上半身になっている。怪力で神経毒をもつ個体が多く、サディスティックな者やすぐに怒るものが多い。また、アラクネ族の糸は魔石の加工に適しており、高度な魔石加工技術を有している。400年ほど前までは他種族を捕食していた。
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【魔石屋とるて】
ルギス外壁のテリリ地区にあるお店。
双子のアラクネ族が経営しており、非常に高度な魔石加工を売りにしている。店主の性格にやや難有りだが確かな技術で顧客を満足させている。また、2人の魔石加工技術はセイアッド帝国の機密情報に指定されている。
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【とるて警報】
ルギス外壁のテリリ地区に関する警報。
魔石屋とるての双子店主が問題行動を起こしたさいに発令される。過去に何度もテリリ地区を鬼蜘蛛で溢れさたため用意された。2人の存在が危険特区の一因でもある。
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【名 前】アルファド・アルフレッド・クランバイア
【種 族】迷宮型魔人靈キメラ
【職 業】眠れる者/王子/冒険者/商人
【性 別】男
【年 齢】15歳
【レベル】50
【体 力】100
【攻撃力】10
【防御力】10
【素早さ】50000
【精神力】103
【魔 力】200000000
【通常スキル】
無し
【固有スキル】
魔力成長率爆増/孵化/托卵/偽卵/復元/クロユリの魔眼/トスーブh/グッエーリテスミ/トーゲトーハ
【先天属性】
無し
【適正魔法】
無し
【異常固定】
不完全忘却