166話 魔物鉄道
本文と後書き修正。
黒い。小さい。そしてやたら多い。
ドラゴンを見て感じたことだ。
乗降場に停車しているドラゴンは2人がけのソファくらいの大きさで、数は100体以上が連なってるんじゃないだろうか。噂に反してぱらぱらと利用客が乗っている……馬鹿みたいに分かりにくい駅なのに、案外利用客がいるんだな。
「おーい、何をそんなに驚いてたんだ?」
今も目を丸くしてワナワナ震えるコルキスの顔に手をひらひらさせているルトル。本当に2人の距離が縮まったと思う。あんなことされらた腕ごとバッサリ切り落としかねないのが、通常運転のコルキスなのに。
血の美味しさだけで人を判断するのはどうかと思うけど、今回はそれが功を奏したと思おう。
「あ、えと……ううん。なんでもないよ。知ってるドラゴンに似てただけ」
へぇ、コルキスにドラゴンの知り合いなんかいるんだな。知り合いってことは言葉を理解し、かつ友好的なドラゴンなんだろう。そうなるとSランク以上のドラゴンか。
「お客さん3名と、使い魔2体ですねー。カッコかわいいでお馴染みの第102ドゥーマ公園前駅の駅長、ウルムですよー。どこまで乗りますかー?」
これまた真っ黒でもっと小型のドラゴンがパタパタ飛んでやって来た。首からガマロサイフを下げて、駅長と書かれたブカブカの帽子を被っている。2本の角がボウシを突き破ってるけど、あれが正しい被りかたなんだろうか。
「ひっ!」
全く気配を感じなかったせいか、コルキスがとても怯えている。たいていのことはヒストリアで把握してるコルキスがここまで……珍しい。
パチッとウィンクした駅長ウルムに、コルキスはアドイードみたく、ささっと俺の後ろに隠れてしまった。ディオスも不思議がっている。
「えっと、魔石屋とるて駅まで」
「はーい、それじゃあ運賃は合計でソウタ銀貨1枚になりまーす」
目的地を告げると、カッコかわいいでお馴染みらしいウルム駅長はガマロサイフを開けて支払いの催促をしてくる。
「俺たちは生涯フリーパスを持ってるんだ」
「ああ! じゃあ、運賃は結構ですよー。どれでも好きな我に乗って下さいなー」
えらくフレンドリーな喋り方なのに、一人称は我なんだな。
ん、我?
「あ、あのね兄様、このドラゴン……さんは分裂してるだけで全部同一個体なんだよ」
「それはすごいな。ここにいるドラゴンを全部合わせると――」
「我はもっとたくさん分裂してますから、えーっと……ほぼ13番目のお兄さんの想像より大きいですよー。時都よりもちょっぴり大きいくらいかなー」
時都より大きいだって!?
それってもう絶対、普通のドラゴンじゃない……よくテイムできたもんだ。主は凄腕も凄腕のテイマーなんだな。
「さぁ、早く乗って乗って。今は少ないですけど、もうすぐ帰宅ラッシュの時間ですよー。混雑しちゃいますよー」
ウルムに急かされてドラゴンに乗った。するとその胴体が糸のようにほどけていき、跨いで座るのにちょうどいい幅に変化して、余った糸は俺の体に張り付いた。
「その影糸は落下防止の安全装置みたいなものなので気にしないでくださいねー」
す、すごい。座ったまま四方八方自由に動けるのに力を抜くと絶対元の位置まで戻ってくる。
「に、兄様……怖いから一緒に乗ってもいい?」
「そんなに怖いのか?」
やや青ざめた顔でこくりと頷くコルキスの不思議さよ。自分だってドラゴンに変身して飛び回ってたくせになにがそんなに怖いんだか。
そもそもこんな大都市の交通機関に採用されるんだから安全に決まってるじゃないか。そこまで怖がったらテイマーさんにもこのウルムにも失礼だぞ。
「ほら、怖くないから」
コルキスを俺の前に座らせて……っておい! お前ら、ちょっと群がりすぎだろ。ディオスとグルフナも一緒じゃ、圧迫感がある。
「仲良しさんですねー。じゃあこうしちゃいましょう」
ウルムの角が少し光ると、俺の乗っているドラゴンとルトルの乗っているドラゴンが1つに混ざりあってちょうどいい大きさになった。前にコルキスで後ろにルトル、両サイドにディオスとグルフナだ。
グルフナはなんか妙にカッコいい感じでドラゴンの胴体に刺さっている。なんていうか、こう、古代のすんごい武器がドラゴンの力で封印されてる、みたいな……本人(本鎚?)もまんざらでもなさそうなのがまた面白い。
「よかったなグルフナ。それからありがとうウルム」
「あ、あう……ごめんなさいウルムさ、ん。兄様の躾がなってなくて……ひっ!」
あん? 俺の躾ってなんだよ。
ガタガタ震えて謝るコルキスを特に気にすることもなく、ウルムは出発の咆哮をあげた。
コルキスは思いっきり耳を塞いで目もつぶっている。もしかしたらドラゴンが怖いのかもしれない。意外な弱点を発見してしまったな。いつか使おう。
咆哮が小さくなるにつれて、連なったドラゴンが羽ばたきはじめた。ニ度目の咆哮で浮かび上がると前から順番に進みはじめ、速度を増しながら駅を後にする。
「おおっ! 気持ちいいなー!」
魔物鉄道はそこそこの速さにもかかわらず、全身に当たる風はちょうど良い感じに調整されているようで、魔物鉄道にはない心踊る爽快さは病み付きになりそうだ。
ただ、ごみごみした建物の間やそれらの下を通り抜けて行くのはちょっと……スリルはあっても景色がいただけない。
何度目かの停止の時、大勢の人が駅で待っていた。ウルムが言っていた帰宅ラッシュなるものなんだろう。でもその大半は、上から下まで隙間なく家がくっついた強大円柱建造物の入り口、ノス外壁東-1駅で降りていった。
先へ行く俺たちは、それからすぐ壁の中へ続くトンネルに入る。その内部は意外にも崩れかけた古の洞窟神殿のようで、もはや縦穴とも呼べるほど少なくなった足場からもたらされる冷やりと響く風の音や、その微かな振動にさえ剥がれ落ちる青白に光る無数の結晶が死の女神様の神域を連想させる。
いくつかの分岐と忘れ去られらような駅舎も存在しており、それらはおそらく別の路線へ続くのだろう。
途中ルトルが耳元で、「今度は二人きりでここに来よう」なんて囁いて体を密着させるもんだから、腹の奥底がムズムズして仕方なかった。
トンネルを抜けると、目の前に広がった特種な景色に息を飲んだ。
「な、なんだこれ!」
「凄い……」
円柱だと思っていた建造物は、実は円筒形であり、その中心らしき場所に別の巨大円柱建造物が建っている。ばかデカイ塔の中に、もう1つ巨大な塔が聳えていると言えばいいだろうか。
おまけにどちらの壁面にもびっしりと家や通路がくっついていて、所々に互いを繋ぐ長い長い橋がかかっている。
俺たちはその中心の塔の中層に繋がっている橋を渡っているらしい。上も下も遠くをハッキリ見ることはできないけど、きっと同じような景色が続いているんだろう。下から吹き上げる風には、微かに花の香りが混ざっていた。
「すごいなぁ。俺もここは初めてだけど、こんなになってたんだな」
未だに怯えているコルキスをつついてヒストリアを使ってもらう。色々聞くと、中心の塔を螺旋の坂道ルギス、それをぐるっと囲んでいる俺たちが通ってきた円筒形の建造物を時の外壁ノスだと教えてくれた。
螺旋形の坂道なんてどこにも見当たらないと聞き返せば、内側にあるんだと返された。
ていうか、俺たちは時都の地上から入って来たのに、実は中層だなんて……俺が知らなかっただけで、時都には地下都市まであるんだな。
長すぎる橋を渡り終える直前、1列に連なったドラゴンがバ4列に隊列を変更した。どうやら2列はルギスの外壁、2列はルギスの内部に入りそれぞれが上と下に別れるようだ。
俺たちの乗るドラゴンはルギス内部へ続くトンネルには入らず、外壁に沿って上を目指していくらしく、外壁に近づくと家や通路、階段以外にも配管や植物なんかもけっこうあるんだと気付く。当たり前けど人も多い。いや、多過ぎる。
ちなみにルギスの内部へ入ると、ドラゴンは螺旋の坂道の下を通る決まりらしい。そうすることで歩行者の頭上を飛び進み事故を防げるとか。
俺はドラゴンが歩行者をはね飛ばしながら坂道を進む様子を想像して、その決まりに納得した。
俺たちの乗るドラゴンもそれと似たように、建物から少し距離を取って螺旋を描きながら進んでいる。そしてルギスの外壁にくっついた駅に寄るときは、スピードを落としてからゆっくり駅に進入していく。
上層に行くほど駅と乗客が少なくなり、浮かんでいる家が増えていった。そしてやっと目的の魔石屋とるて駅に着いた時には、乗客は6組だけになっていた。そのうち2組は一緒の駅でドラゴンを降りた。
「終着駅まであと3駅ってことだけど、まだまだ距離がありそうだな……あ、コルキス!?」
ドラゴンを見送り駅長が姿を見せた瞬間、コルキスが全力で走り出した。だけど駅を出た所でペタンと転けて動かなくなってしまった。
「おいしっかりしろ! どうしたんだ!?」
「に、兄様……怖かったよぉ、兄様ぁ……」
あまりにも怖かったらしく、俺にしがみついて泣き出す始末。疎らにいる通行人が何の騒ぎだと見てくる。なかなかに遠慮がない視線だ。
「抱っこしてやるから。ほら」
……悲しい。座り込んだコルキスを1人では持ち上げられなかった。本当、悲しい。
みかねたルトルがコルキスを抱っこしたけど、なにか気にくわなかったようで俺に飛びついてきた。そのままあやしながら、テリリ地区ZZB-W-64891を目指す。
途中で何度か行き止まりにぶつかったけど、その度に危険特区と機密エリアの立ち入り許可証をかざせば壁をすり抜けられた。幸いなことに、何が危険なのかは未だ謎に包まれている。
そしてエモナさんの言ったとおり歩き続けて15分、ついに到着した。
「……狭いな」
「……これがクランバイア白金貨7枚?」
コルキスを問いただしたい。なんたって目の前の土地はオルトロス小屋ほどの広さしかないのだから。しかしそれはぐっと堪えた。というより他に気を取られた。
狭い空き地には見慣れた人形が2つ、澄ました顔でちょこんと座っていた。
~入手情報~
【名称】ガマロサイフ
【分類】財布
【属性】植物/闇
【希少】☆☆☆☆☆☆
【価格】オルゲルタ金貨25枚
【ルトルのそわそわ解説】
ガマロで作られた財布だ。
ガマ口サイフではなくガマロサイフ。セイアッド帝国固有の植物である青いガマロを編んで作られており、所持すると魔法耐性が上昇する。ややこしいことにガマ口の財布である。
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【第102ドゥーマ公園】
時都ドゥーマの公園。
建物に囲まれて薄暗く大人3人分の広さしかないが、かつては緑に溢れた陽当たりの良い公園だった。周囲の建物に侵食された結果、今のようになった。子供がここで遊ぶと怒られる。
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【ソウタ銀貨】
セイアッド帝国の銀貨。
勇者ソウタが皇帝オルゲルタと結婚したことを祝し発行された記念硬貨であったが、その整った見た目や勇者という肩書きから爆発的な人気となり、国民の要望に応える形で通常の銀貨として5年前から流通し始めた。雷雲銀という特殊な金属で作られており、剣を持ったソウタが彫られている。雷の日に凛々しく輝く。
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【螺旋の坂道ルギス】
時都ドゥーマから時の大神殿へ続く螺旋状の坂道。
古から存在していた坂道が、近年の開発によってその姿を半径約30キロの巨大円柱建造物に変貌させた。時都ドゥーマと同じく移民の増加によって建造され、今も増改築を繰り返すそれはまさに迷宮であり、住民ですら迷ってしまうほど複雑怪奇。内部を内ルギスまたはルギス、外部をルギス外壁と呼び、それらすべてが住居や商店などでひしめきあっている。
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【時の守護壁ノス】
ルギスを囲う半径約50キロの巨大円筒建造物。
元々は螺旋の坂道ルギスを保護するために作られたが、人口増加によって壁面に住居や商店等が強引に建設された。また、厚さ5キロほどある壁の内部も改造されており、今では壁面と同じく恐ろしく入り組んだ町になっている。浮遊大陸の景色が楽しめる外側をノス外壁、ルギス外壁に面している内側をノス内壁と呼ぶ。