163話 いつかの景色と9人目のための歌
本文と後書き修正。
アルフはあの緑ちんちくりんのことがよほどショックだったんだろう、あの後からベッドに倒れこんで泣いている。
そんなアルフに優しく寄り添っていた小柄なタイタンだが、1人になりたいと言われ自室に戻って悩んでいた。
『そんなに責任感じなくてもいいのよ』
箒を持った人形の中から、ずいぶん偉くなった聖光の大精霊が声をかける。
「ありがとうございます。ですが、アドイードが死んでしまったのが私の固有スキルのせじゃないかと思うと、どうしても……」
『ああ、なんだ。そんなことで落ち込んでたんだ』
本を背負ったもう1つの人形の中から、闇の大精霊が明るい声を出す。
『君のせいじゃないから安心しなよ。アドイードがああなったのはアルフの秘密を知ったからだよ』
『ちょっとモーブ!?』
聖光の大精霊が驚きの声を上げた。しかし、闇の大精霊は構わず続ける。
『精霊より劣る存在で、アルフの秘密を知っていいのは5人だけなんだよ。アドイードは7人目になっちゃったから処分するはずだったんだけど、優しいドリアードがフェーリに頼んで力を与えちゃってね』
『待って! それ以上は許さないわ!』
人形が光り、もう一方の人形に箒を突き刺した。対して闇を纏ったは人形は背負った本を手に持ち変え箒を防いでいた。
『危ないなぁ。別にアルフの秘密を教えるわけじゃないんだからいいじゃないか』
『駄目よ、絶対駄目!!』
『でも彼が落ち込んだままでいいの? お気に入りなんでしょ?』
『そ、そうだけど……でも……』
狼狽える聖光の大精霊はブツブツ呟き始め、闇の大精霊は彼女を一瞥してから続けた。
『でね、ドリアードのお陰で特級精霊と同等の存在になったアドイードなんだけど、アルフが君に求婚したから結局ああやって……うーん、アルフの言葉を借りるならずっと一緒にいようってことなんだ。無邪気って怖いよね』
アルフを深く悲しませていつまでも覚えていてもらおうということなんだろうか。
「アルフの秘密……」
『詮索しては駄目よルトル。ことが済めばちゃんと教えてあげるから、それまでは我慢して』
『まあでもアルフの婚約者なら秘密を知っても死なないとは思うけどね』
『いい加減なこと言わないでよ。もしも秘密を知った後、万が一ルトルが婚約者でなくなった場合はどうするのよ』
聖光の大精霊は闇の大精霊のあっけらかんとした物言いにイラッとしたらしい。
『そりゃあ処分されるだろうね。でも君はどんなことがあってもアルフと結婚するんだろ?』
「もちろんです。アドイードの分も俺がアルフを幸せにします」
『良い顔だ。ならきっと大丈夫だよ。さ、アルフを元気づけに戻ろうか』
「はい」
闇の大精霊と小柄なタイタンが部屋を出ていく。
「今夜の風はどこか優しいな」
『……』
庭の横に差しかかった小柄なタイタンは立ち止まり呟いた。
しかし闇の大精霊は聞こえない振りをする。彼の目に庭はどこか生気の感じられないものとして写っていたからだ。その理由を知るからこそ、風に混ざる優しい音を邪魔したくなかったのだろう。
『白々しい。ルトルが本当のことを知れば、アルフとの結婚なんて反故するに決まってるのに……何が大丈夫よ。それにアドイードのことだって。本当は勇者を使う計画だったのに』
残された聖光の大精霊が囁いた言葉は、ぼく以外の誰にも届かなかったようだ。
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「アドイード消えちまったな」
ドリーが月影ぼっこしながら揺れている。きっと満月の夜風に揺れる草の踊りとやらだろう。もしかすると弔いのつもり……いや、無頓着なドリーのことだ。ただ踊りたくなっただけかもしれない。
「グズッ、寂しいよぉ」
「泣かないでよアリィア。私まで悲しくなっちゃう……うぅ、うえ~ん!」
アリアを慰めつつもらい泣きしたリイア。2人で抱き合いメソメソしている。
「煩さい。アドイードなんかいなくても平気だ」
本から目を離すことなく文句を垂れるドアだが、アリアとリイアの近くに生えた背の高い草を操作して、2人の頭を撫でていた。きっと、ああ見えてドアなりに悲しんでいるんだろう。
「元気だせよ! アドイードのために皆で歌おうぜ!」
そう言って揺れているドリーに肩を組んで歌いだしたのはドド。ドリーも陽気な声でドドにハモり揺れのリズムを変化させた。
「そんなことしなくてもいいわよ。アドイードの森が何か忘りぇたの?」
潤んだ目で歌う2人に声をかけたのは、平たい石の前で皆に背を向けてちょこんと座りエデスタッツ水を飲んでいるアリド。
素直じゃないな。アリドの正面にはもう1つ、エデスタッツ水を注いだカップが置いてあるじゃないか。
「アドイードの森? なになに? そりぇがどうしたの?」
アドイードのために作っていた花冠を放り投げ、興味津々でアリドに駆け寄ったアド。転がった作りかけの花冠から哀愁が漂っている。
その花冠を拾って空へ飛ばしたドリアが静かに口を開く。
「アドイードはきっと戻ってくりゅ。そうでしょ、ドリィーアード様」
私を真っ直ぐ見つめるドリアの目は不安でいっぱいだ。
「さあな。私、いや、フェーリが力を与えたとはいえ、相手はドゥーマトラとアルフレッドが作った本物の化け物だからな」
「そりぇでも、きっと――」
ドリアの言葉は、欠け始めた月の光と柔らかな夜風に吸い込まれ消えていった。
するとドリーとドドが歌うのを止めてしまい、アリアとリイアも俯いて黙り込んでしまった。植物が風に擦れる音と虫の鳴き声だけが辺りを支配する。
はぁ……あの馬鹿。ちゃんとアルフ以外のことも考えろってんだ。私は根を使い残されたドリィアド族を近くへ来させ、そして告げる。
「明日からヒュブクデールの仕事は全部無しだ。その代わり今夜は朝まで歌うぞ」
嬉しそうに寄り添った8人のドリィアド族は、私から挿し木受け取ると散らばって行く。それから、それぞれの森を解放して奏で始めたその美しい歌はきっと、アドイードにも届いているだろう。
「まったく、しょうがない奴だなアドイードは」
私も本来の姿に戻ってアドイードのために歌うことにした。
~入手情報~
【虹色の風】
空に浮かぶ小さな島を改造した乗り物。
セイアッド帝国に数多く存在する空に浮かぶ島、それに特種な封印用いて風精霊を閉じ込め動力機関と化し、運転可能にしている。基本的に空に吹く風を燃料としているが魔石を燃料にすることも可能。庭付きの大きな家がギリギリ収まるかどうかという広さであるが、豪華な家が建てられているため、快適な空の旅約束されている。速度はテラテキュラ連邦王国の騎獣よりも早く、廃棄物による爆撃も可能。稀にこの島の通った後が虹色に光ることが名前の由来。世界三大長距離飛行技術の1つである。
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~裏話:【マデイルナン大公と皇帝様】~
私の弁明を聞いた陛下が表情を崩さず頬杖をつく。
「いやはや、よもや古き言い伝えが真であったとは。驚きだなルカーシュカ」
「は、はい……」
「赤き月より不吉な鐘が鳴り響く時、ニアの名を継承する者の国が滅びる――でしたかな」
スズールという執事風の男がその言い伝えを述べた。仮面を被っているせいで確かなことはいえないが、声の感じからして老人であろう。
「となると、神殿の方もそろそろか」
「恐らくは」
神殿?
一瞬、詮索してしまいそうになったが、今の私はそのような立場にない。それに言い伝えというのも、私を見定める為の嘘かもしれないのだ。
「しかしあの場所は現在、大精霊様方が守護しておられます故、我らでは近付けませぬ。やはりジール様にお戻りいただく必要がございます」
ジール……クランバイア魔法王国の第1王妃の? いや、駄目だ。余計なことは考えるな。私の態度に生き残った皆の命がかかっているのだ。
「やはりそうなるか。ジール様のお手を煩わせるのは気が引ける」
なっ!? いったいどういうことだ!?
「どうした?」
しまった! 動揺が顔に出てしまったか。しかし、陛下が様づけするような人物なのかあの王妃は。
「いえ、少し傷が痛みましたので……」
「そうか。しばし待て」
陛下が小さく息を吐くと、私の足下に魔法陣が浮かび上がった。それは数秒かけて頭の天辺まで浮き上がり、全身の傷を癒やした。
「あ、ありがとう存じます」
「よい。してスズール、お前はどう考える?」
片時も崩れないその表情からは、何も読み取れない。
やはり私などとは格が違い過ぎる。少しでも陛下のようになりたかったなどと……烏滸がましかったと顔が熱くなる。
「勇者めに――失礼いたしました。ソウタ様に取り次いでいただくのがよろしいかと」
「婿殿か。弟を取り返してくるとクランバイアへ行ったきり音沙汰がないが、生きているのか?」
「ふふっ、お戯れを。今はミュトリアーレから旧直轄領へ向かっております」
これ以上反応してはいけない。我が国をそのような蔑まれた呼び方をされようとも平静を保つのだ。陛下とスズールは会話しながらも私の反応を伺っているのだから。
「そうか。ではジール様のことは婿殿に頼もう。虹色の風……いや、帝国ごと行こう。ただごとではないと思わせねばな。ではあとは任せたぞ」
虹色の風。改造した浮島に風精霊を封じ込めて操り、どこまでも空を進んでいく世界三大長距離飛行技術の1つ。それを使わず帝国ごと動かすなんて……。
「はい」
スズールは恭しく頭を垂れてから下がって行った。去り際、私を一瞥した彼は不気味な笑みを浮かべていた。仮面の隙間から見えた横顔は思ったより若そうだった。
「さて、待たせてしまったなルカーシュカ」
「そのようなことはありません」
私の、いや、私たちの運命を決定づける陛下のお言葉がこれから発せられる。
「奇跡的に生き残ったそなたらだが、受け入れてやってもよいぞ。ただし、全員平民としてだが。よいか?」
「感謝申し上げます」
最悪、私の命と引換えに子供らを助けてくれと懇願するつもりであったが、そうせずに済みそう……ふっ、安心するか私よ。大勢の民が死んだというのに。
「では孤児院が完成次第そこに移り住め。院長はお前だ。それと、くれぐれも問題を起こすなよ。余の帝国は人間の方が少ないのだ。せっかく拾った命、大事に扱え」
「はい。お心遣い痛み入ります、オルゲルタ陛下」
「では下がれ。余は忙しい」
「はい」
大切なものはほぼすべて失くしてしまった。だからせめて、生き残った我が国の子供たちだけは守ってやりたい。そこに嘘は無い。私たちを救ってくれた、母上の姿をした何かに報いるためにも。
マデイルナン大公ルカーシュカ・ニア・マデイルナンは、たった今からただのルカーシュカだ。犠牲となった民への贖罪は死後にする。何を言われようとも今は堂々と生きていこう。
先を行く騎士に続いて城の下層にある裏門から外に出た。
夜風は冷たい。しかし、不思議と美しい風の音は、これからの私を応援しているかのようだった。落ち着いたら、母上とルカーナの墓前に花を供えに行こう。
私は騎士に礼を言い、子供たちの待つ城の南側にある兵舎へと駆け出した。