161話 おはよう、またね
本文と後書き修正。
遅めの朝食を食べていたらドリアードがやって来た。
なんと、いつの間にか俺のレベルが50になっていて新しい固有スキルが発現しているという。
「でも俺、50の祝福で何も選んでないんだけど……」
50の祝福とは、簡単にいうとレベルが50上がるごとにステータスを強化できるみたいなことだ。
『それはな、婚約者になっただろ? ルトルが』
「ええ!?」
「婚約者だって!?」
「詳しく! ねぇ、それ詳しく!!」
近くで駄弁っていたコラスホルトたちが詰め寄って来た。ノシャとコラスホルト妙に前のりでちょっと怖い。
「ル、ルトルに! ルトルに聞いてくれ!」
「なっ、アルフ!?」
すまんルトル。俺に説明は無理だ。自分の婚約話を、しかもいきなりキスまでしたなんて恥ずかしくて言えない。
『お前らうるさいから向こうで話せ』
ドリアードに言われた3人はルトルを引っ付かんで部屋の端へ行った。覚えてろよとでも言いたげなルトルの視線はスルーしておく。
ただ、そんな表情を見せてくれるようになったんだと思うと、胸の辺りがムズムズする。
『でだ、今後はどちらかのレベルが上がればもう一方もそれに合わせてレベルアップする。今回はルトルが先に固有スキルを選択したから、アルフも自動でそうなったんだ』
「そうなのか……」
新しい固有スキルはハートゲート、そして信じられないことに魔眼が開花したらしい。ジルとお揃いだ。あいつみたいにずば抜けて強力な魔眼とは言わないから、使える魔眼であって欲しい。
『ハートゲートはまだ使うな。そうだな……セイアッド帝国に行ってから1年は使用禁止だ。そうそう使いこなせる固有スキルじゃないからな。下手に使うと自我が崩壊して廃人だぞ』
後でこっそり使ってみようと思っていたのを見透かされたようだ。
『リユロクの魔眼も危険だ。なんせ呪詛を扱う魔眼だからな。こっちも慎重に使わないと後悔するぞ。じゃあ早速だが、今から魔眼の使い方を説明する。1回しか言わないから聞き漏らすなよ』
ドリアードは俺とっ掴んで魔物が放ってあるエリアに移動させ、つらつらと説明し始めた。
時おり実践も交えての説明は、とても分かりやすかった。犠牲になった魔物がとんでもなく哀れだったけど……まさかあんな死に方をするなんて。
しかしそんな思いなどすぐに消え去った。終わりの見えない『もう1回』が辛すぎたのだ。結局ドリアードの指導が終わる頃には夕方になっていた。
『本当なら呪詛にまみれたルトルを解呪をさせようと思ったんだが、アドイードが解いちまったかな。その気があるなら呪森林で特訓するのもお勧めだ』
「そんな物騒な名前の森林になんて行くわけない」
『いや、絶対行っといた方がいいぞ。アルフは馬鹿だから心配んだ。間違っても自分に呪詛を刻むなんてことするなよ』
空っぽの頭でもそれくらいなら覚えられるだろ。とか言うドリアードを小突いてや――痛たたた!
くそっ、反撃されてしまった。鞭みたいな植物で腕を捻り上げられたんだ。
『いいか? 魔眼はその名と同じ植物がある場所だと威力が跳ね上がる。アルフの場合はリスクもだ。特にその魔眼はジルと似た部分があるからな。何度も言うが、慎重に使えよ』
忠告するドリアードの表情が、今まで見たことのない真剣さだ。こりゃ相当気を付けなきゃだ。でも――
『とりあえず痛いので、これどうにかしてください!」
『ったく、本当に分かってるのかよ。おまけにいつまでたってもひ弱で頼りない。しっかりしろ馬鹿……はぁ、なんでこんなやつがいいんだか』
腕の植物が崩れて土みたくなった。
『私はもう行くからな。アドイードももういなくなるんだし、笛の効果が完全に消えるまではちゃんとロポリスやモーブの言うこと聞くんだぞ。その残骸は餞別だ、大事にしろよ。じゃあな!』
「え、ちょ――」
ドリアードらしいというかなんというか、悪口からのあっさりしたお別れだったな……たぶん照れ隠しだ。つか、アドイードも一緒に連れて行ったのか。
かなり寂しい。きっとグルフナも寂しがるだろう。
あんな無邪気に懐いてくれた存在は今までいなかった。多少コルキスに似ている部分もあったし、弟みたいで嬉しかったんだけどなぁ。まあでもヒュブクデールに行けば会えるか。もしかしたら、また脱走して押し掛けてくるかもだし。
「それにしても俺の魔眼……厄介だな」
呪詛とか俺向きじゃないよ。
救いなのは常時発動の効果が恋の誘発ってことだ。これについては特に注意しなくてもいいだろう。どうせ抑えようもないんだ。ドリアードもどうこう言わなかったし。
なんか……お腹が空いた。朝食が半分くらいしか食べられなかったのにぶっ通しだったもんなぁ。
「アルフ! 夕飯できたぞ!」
おお! なんて丁度いいタイミングなんだ。しかも迎えに来てくれるとかルトルの嫁力……夫力? は半端ないな。
「今行く!」
「ずいぶん長いこと練習してたんだな」
並んで歩くルトルは一段と凛々しく見える。婚約者になったからか?
「ちょっと厄介な魔眼が開花したんだ。呪詛を操るものらしくて……せっかくの魔眼だけどあんまり嬉しくない」
「そうか。もしかして俺の呪詛もアルフが?」
「いや、それはアドイードの魔法だってさ」
「じゃあお礼を言わないとな」
「あー、でもドリアードと一緒に行っちゃったみたいだから今度会った時に、かな」
「ドリアード様と? そうなのか……寂しくなるな」
やっぱりルトルも寂しいか。たまに競いあってたけど仲良かったもんな。
「ヒュブクデールにいると思うから落ち着いたら会いに行こう」
「そうしよう。それはそうとアルフ、結婚を決めていきなりで、はしたないとは思うんだが……こ、今夜……その、いいか?」
おっと、凛々しさから一転して恥じらいで真っ赤な顔のルトル。俺も一気に恥ずかしくなってきた。
「え、えと……つまり………そういう、こと?」
「駄目か?」
うおぉぉ、なんだこの捨てられた仔犬のような目は! この方がよっぽど魔眼らしいじゃないか!
「だ、だ……駄目じゃ、ない」
「そうか! やった!」
ああ、笑顔から光の粒がこれでもかってくらい出ている。
心臓が、心臓が破裂しそうなほどバクバクしだした。落ち着け、落ち着くんだ俺。こういう時は余裕を見せないと格好がつかない。深呼吸でもして――
「駄目だよ」
「っ!?」
こ、この声は……痛てっ!
「けぷっ。うん、美味しい。しかも前よりも」
容赦ないこの吸血。どう考えても――
「コルキス!」
「ねぇ兄様、ぼくが寝てる間にずいぶんルトルと仲良くなったみたいだね。婚約者? ふーん……」
背後から宙を舞って正面に来たコルキスはえらく不機嫌だ。
「いつ起きたんだ? 長い間、寝っぱなしだったから心配したんだぞ」
おや? ルトルがコルキスにも敬語を使ってない。
「ルトルも馴れ馴れしくなったね。兄様の婚約者になったからってムグムグ」
なんだ? 言葉の途中に我慢できなくなるほど、ルトルにも吸血したくなったのか?
「はっ!? ぼく、今なにを……」
「なにって、ルトルを吸血してたじゃないか」
「首は腕よりも数倍痛いな」
「あり得ない。ルトルの血も格段に美味しくなってる、どうして……」
あ、落ちたな。
一緒に行動するようになって知ったことだが、コルキスは美味しい血の人に懐く癖がある。ただでさえ、ルトルの血を甘くて美味しいって気に入ってたんだ。それが更に美味しくなったということは、ということは……俺の吸血回数が減る!! 万歳!
「ルトル、もう1回吸血させて。いいよね?」
「うっ」
返事も聞かず首に齧りついたコルキス顔が、みるみるふやけていく。
「けっぷ……ああ、そういうことか」
吸血中とはうって変わって、真剣な表情に戻ったコルキスは何かに納得したようだ。
「まぁまぁだよルトル。でも兄様と違ってちょっとしか吸血できないから減点。もっと頑張って造血して」
無茶苦茶な要求だなおい。
「分かった。コルキスが喜ぶならそうする」
できるの!? すごいなルトル。
「ふ、ふん! だからって兄様との閨はもちろん結婚だって認めないからね! ……でもその喋り方は許してあげる」
ほ~ら思った通りだ。最後のはかなり小声だったが、完全にルトルに懐いたな。
「じゃあ行くよ兄様! ルトルも! もう遅いけどアドイードにお礼言わなきゃだよ!」
コルキスが俺とルトルの手を取って急発進した。連れて来られたのは俺のベッド。
「あら、遅かったじゃない。てっきりドリアードが帰ったらすぐ来るもんだと思ってたわ」
感じの悪い人形から出て、ベッドの半分に寝転がって優しく歌っていたロポリスが浮かび上がる。
もう半分のアドイードが寝ていた場所には……何故か枯れた1枚の大きな葉があった。
「これは?」
「これ? これはアドイードだったものよ」
「アドイード、だった?」
嫌だ。この後ロポリスが言う言葉を聞きたくない。
「そう、もういないのよ。アルフとルトルに魔法をかけた後ですぐ力尽きたの。残念ね」
「力尽きたって、どうして……」
ちょっと疲れたから寝るんだって、そう言ってたじゃないか。
「アルフがルトルに結婚しようって言ったのをアドイードも見てたのよ。そのあとは泣くのを必死に我慢して仕事をこなしてたわ。ドリアードが一緒に行こうって言ったのに、最後までアルフと一緒にいるんだって聞かなくてね。健気だったわぁ」
乾いた茶色い葉からアリュフ様と聞こえたような気がする。あんなに鮮やかな緑だったのに……さっきまで呑気にまた会えるとか思っていた自分を絞め殺してやりたい。
そう思った瞬間、黒紫色の花が部屋を埋め尽くした。
~入手情報~
【魔眼】
特殊な力を宿した眼球。固有スキルとして発現する。
通常、魔眼は常時発動効果と開花という2種類の力を宿す。前者は何も消費しない代わりに自身で制御することもできない。後者は体力を消費し続ける事で魔眼本来の力を使用できる。同じ魔眼は2つと存在しないが、条件を満たせば他者に移植可能である。
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【名称】リユロクの魔眼
【発現】アルファド・アルフレッド・クランバイア
【属性】呪
【分類】呪詛操作型/固有スキル
【等級】★★★★★
【ドリアードの簡単魔眼解説】
あらゆる呪詛に干渉することができる魔眼。下級精霊以下のすべての存在に呪詛を刻むことできるぞ。この魔眼で刻まれた呪詛はこの魔眼でしか解呪できない。ただし、自分自身に刻んだ呪詛は解呪不可である。常時発動効果は恋の誘発。
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【名称】レミニセンスヘイズ
【発現】コルキス・ウィルベオ・クランバイア
【属性】闇/時
【分類】過去再現型/固有スキル
【希少】☆☆☆☆☆☆☆☆☆
【アルフのぼんやり解説】
一定の範囲に極薄い霧、いわゆる霞みのようなものを発生させその範囲内に起こった過去を再現するらしい。今を生きるものが、再現された過去から与えられた影響は霞みを出てもそのまま残る。また、自分がいた過去の場合、それは再現されない。再現された過去は、今のものによって過程が変化させられたとしても、最終的な結果は決して変わらない。使用中コルキスはすこぶる眠たくなる。