160話 想い出の朝、最後のしあわせ
本文と後書き修正。
目が覚めて最初に確認したのは隣。
誰もいない。
代わりにその先の窓のカーテンが目に写る。爽やかな風にヒラヒラなびいている。
「今何時だろ……うっ!?」
体を起こそうとして腰と背中に痛みが走った。いや、やっぱそこだけじゃなくて全身にだ……昨夜のルトルは凄かったもんなぁ。
状況が状況だっただけに仕方ないのかもしれないけど、その……婚約者を乱暴に扱いすぎだろ。もっと優しい配慮があってもよかったと思う。今日はもうベッドから出られないかもしれない。
昨夜、地上の花が歩き始めたあたりで、ドリアードのものだと思われる巨大な根が領主館と隠されし大宮殿を覆い隠した。
そのお陰で外部からの影響はなかったが、俺たちが外に出ることもできなかった。
始めはルトルも自力で外に出ようとしていたけど、最終的には諦めて無言で俺にもたれ掛かってきた。俺もかなり頑張ったんだけど、ルトルのペースに付いていけなくなって明け方に意識を手放すはめになった。
いったいルトルの体力はどうなってんだ?
俺と同じでそこまで体力があるわけじゃないのに、あのドラゴンじみた無限とも思える体力。聖光魔法を使ってたことも含めて、改めて強制連結の詳細を聞かせてもらおう。
「痛てて、こりゃだめだな……」
起き上がるのを諦めて二度寝しようとした時、部屋の扉が開いた。
「お、おは……よう……。ちょ、調子はどうだ?」
「う、うん……全身が痛くて動けない」
敬語ではないのにどこかよそよそしいルトルにつられてしまう。互いにチラリと様子を伺っては視線をさ迷わせる。昨夜は平気だったのに、今は目を合わせるのが心底恥ずかしい。
「「昨夜は」」
うぅ、被ってしまった。
「あ、いや……」
「えと……」
なんて気まずいんだ。誰か助けてくれ。どうしてこういう時にロポリスもドリアードもいないんだよ。
「……」
「……」
気恥ずかしい沈黙に満ちた部屋を、ふわりとした風が通り抜けていく。カーテンの隙間から外の景色が見えた。
「えと……木の根、なくなったんだな」
「ん、ああ。日の出と共に消えていった」
少し俺に近付いたルトル。やっぱり顔を直視できない。再び訪れ沈黙を、窓からそよぐ柔な風に救いを求める。
「アルフさん大丈夫?」
願いが叶ったのか、コラスホルトたちがやって来た……ん、なんだ? コラスホルトの様子がちょっとおかしい。
3人は巨大な根が家を覆った後に帰って来て、俺とルトルの様子に目を丸くしていたが、理由は聞かずにすぐ自室へ引っ込んでくれた。
「夕べは2人がうるさくてなかなか眠れなかったんだぜ。勘弁してくれよ」
「居候の身なんであれでけど、ほどほどにしてくれるとウチらも助かります」
ランペルはやれやれと大袈裟に欠伸をして見せ、ノシャが顔を赤らめる。
各部屋の防音はしっかりしてると思ってたけど……申し訳ない。
「今日オイラたちお休みなんだ。だからアルフさんはゆっくりしててね」
「朝ごはんはどうしますか? 一応とってありますよ」
「つっても、もうすぐ昼飯だけどな。まあ食えるだろ」
視線をさ迷わせながらのコラスホルトに、どこか気まずそうなノシャ。ランペルだけはカラカラ笑っている。
「うん、両方食べるよ。すごくお腹が空いてるんだ」
3人は俺の返事に用意してくると答え、部屋を出て行った。またルトルと2人きりになってしまった。
「さ、昨夜はすまなかった。余裕がなくてつい……」
やや沈黙続いたあとでルトルが謝りながら体を起こしてくれた。体は痛いけど、俺を労ってくれるのが分かる。ただ目が合うとそっぽを向いて恥ずかしそうにするんだ。だから俺も余計恥ずかしい。
「い、いや、いいって。あんなことがあったんだから仕方ない」
「アルフがいてくれて本当に良かった。ありがとう」
朱に染まったルトルの顔がすぐ迫ってくる。少しずつ、少しずつ……これはつまりそういうこと、だよな。
目を瞑った方がいいんだっけ? それともこのまま? えと、えっと……
「ううう、疲りぇたぁ。アリュフ様ぁ~」
突然ベッド横の床からアドイードが生えてきた。パッと離れるルトル俺。
「ありぇ? アリュフ様もリュトリュ君も顔が真っ赤だよ。どうしたの? あ、もしかして病気!? 大変!」
空気を読まずバタバタし始めたアドイードから光る小さな葉が舞い落ちる。
そういえばドリィアド族って大きく動くとこうなるんだよな。見慣れすぎててなんとも思わなくなっていたけど……今日は特別すごい綺麗に感じる。なんだかルトルが心から笑った時みたいだ。
「森の活力!」
動きを止めたアドイードの体から、ターコイズブルーに光る小さな粒が出て、俺とルトルの体に溶けていく――おお! 体の痛みが消えた!
「戻し宿り木!」
げっ、この魔法もかよ。
たくさんの蔦が俺とルトルに襲いかかり、カッコいい感じに絡み付くと透き通って薄くなる。やっぱこれは攻撃系か状態異常系の魔法に見える。
「ふぅ。ちょっと時間がかかりゅけど、こりぇでどんな病気も治りゅよ」
満足気なアドイードがニコニコ顔で見てくる。これは褒めて欲しいんだろう。
「ありがとうアドイード。それと、お疲れ様だったな。またドリアードに働かさせられたんだろ?」
「えへへ。アドイード頑張ったよ。でもちょっと疲りぇたかりゃ、アリュフ様のベッドで寝りゅね」
一瞬迷ったけど、ルトルが小さく頷いたからアドイードをベッドに上げた。
もぞもぞ動いて例の枕と水の入った小瓶を取り出したアドイードは、枕にそれを振りかけて横になるとすぐにピスピス寝息を立ててしまった。
手に持ったままの小瓶をそっと取り、毛布をかけてやる。
「あの魔法のこと聞きたかったんだけどなぁ」
「アドイードがアルフに危害を加えるわけないさ。きっと自分の魔力で治癒や回復を促すんだろう。俺はもう取れたみたいだ、ほら」
ルトルの手には枯れた蔦が握られていた。
「それもそうか」
「じゃあ食堂に行こう」
ルトルが手を差し出す。俺はちょっと嬉しく思いながらその手を取った。
少しだけ、気恥ずかしさは無くなっていた。
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『やっと行ったわね』
『なんだありゃ。キスしたくらいで照れすぎだろ。それもキスとも呼べないヘッタクソなやつで』
人形が2つ、隠れていたベッドの下から這い出てきた。
『ルトルったら案外ウブだったのね。アルフがそういう方面でお子ちゃまなのは分かってたけど、初めてでもないでしょうに……あ、でも自分からしたのは初めてかしら。それに男の癖にあれをしたことないし……知ってるでしょ?』
『ああ、それは勇者も驚いてたな』
パスッパスッと体を叩いて乱れた服を元に戻す人形たち。
『驚いたといえば、残ったゴーストがいないか一晩中この館を駆けずり回って探してたことよね』
『外に出るのを諦めたルトルに、アルフが変な慰めを言うから……ったくゴーストが残ってるわけないだろ。アルフも知ってるくせに。あ、今は忘れてるのか』
片方の人形がやれやれといった仕草をして浮かび上がる。
『そうそう。面倒な効果よねまったく。それはそうと、アドイードのさっきの魔法すごいじゃない』
もう片方の人形も同じように浮かび上がった。
『だろ? ついでにコアの復元が完了でき次第、効果を発揮するように細工しといたぞ』
『自分の魔力であるべき状態に戻すってのがちょうどいいわね』
『おまけにあの蔦、寄生した後はアドイードの魔力は消えて宿主の魔力で存在を維持するんだ。つまり、寄生された後はミステリーエッグで卵にできない』
『なんだか怖いくらい帳尻があってくるわね……もしかしてアルフレッドの暴走や勇者の邪魔、私たちの計画変更なんかも全部ひっくるめて思惑通りなんじゃない?』
『うーん……そういやドゥーマトラが思ったよりいい子なんて言ってたし、あの魔眼て元々はもっと持続時間も精度も高いんだろ? 有り得そうだな』
「ギ……ギョジィ………」
変わった頭部のハンマーがベッドの下から伺うように声を出した。
『ああ、もういいわよグルフナ。アルフの所へ行ってらっしゃい』
「ゲボォ!!」
部屋を後にしたハンマーは奇声を発していたが意外に悪くない声だった。
『とにかく、王妃たちが本格的に動き出す前にことを済ませましょう』
『……本当にここをコアに喰わせて問題ないのか?』
『ナールがそう言ってるんだからやるしかないのよ。それに私としても存在を消したいのよ。もう盗られたくないんだもの』
『まあ、同感だ。そうそうコアの復元は近いうちに完了するってちゃんとアニタ様に伝えとけよ』
『もう伝えてあるわよ。んん~、これで一先ず肩の荷が下りるのね。長かったわぁ』
人形は大きく伸びをすると、清らかな光を放ちながらベッドの上にポテッと寝転がった。
『本当、お疲れだったな。じゃあ私はアルフに魔眼の使い方を教えに行くか』
そしてもう片方の人形は、緑色の光を放ちながら部屋を出て行った。
~入手情報~
【名称】森の活力
【分類】極級植物魔法
【効果】★★
【詠唱】不要
【アドイードのお休み解説】
アドイードたちだけが使えりゅ特別な魔法だよ。森の力をわけてあげりゅんだ。回復と~治癒と~状態異常消しちゃうのと~、ほかにもたくさんできりゅよ。でも1回使うと眠たくなっちゃうんだよね。アリュフ様がちゃんと元気になりゅといいな。