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159話 月に隠された魔法

本文と後書き修正。

 あれほど吹き付けていた風がピタリと止み、不気味な静けさが辺りを支配している。


 あの赤い魔法陣は間違いなく大規模殲滅魔法のものだった。ただ、それにしては爆発の規模がやや小さい気がした。大爆発は大爆発なのだが、それは廃墟を覆っていた薄霧の範囲外には広がらなかったのだ。


『死んでいた、何年も前の今夜』


 ロポリスの言っていたルカーナが巻き込まれた大規模殲滅魔法とはあれのことだったのだろう。妙な確信が胸を貫く。そして問題なのは――


「次の満月で滅びる……」


 まさか今日だったのかよ。


「なぁ今何て?」


「え? ああ、次の満月で滅びるって」


「違う、その前だ」


 お、おおぅ……もしかして爆音にかき消されて聞こえてなかったのか? 咄嗟に出たさっきとは違って、2回目の求婚はとても恥ずかしいんだけど。


「え、あ、いや……その……だから………結婚……しよう……って…………言った」


「―――――――――――」


 今度は俺がルトルの言葉を聞き取れなかった。なぜなら凄まじい鐘の音が鳴り響いてきたからだ。それは大神殿の鐘の音に似ているのに、一切の温もりが感じられず、どこか残酷で無慈悲な響きだった。


 その音に呼応するように地上から赤黒い光が立ち上った。縦横無尽に彼方まで走っていくその光は、まるで大地を切り刻む亀裂のように思われる。


 さらに続く鐘の音に、月から輝く環が続々と放たれ始めた。それはみるみる厚さを増していき、側面には古の魔法陣を形作る複雑な古代神聖文字を浮かび上がらせたあと、ゆっくり回転し始めた。


 高所といっても月から見れば地上とあまり変わりない位置にいる俺たちにもハッキリ見えるそれは、言わずもがな恐ろしく巨大なのだろう。


「うわっ!?」


 偽卵の一部が勝手に袋から出てきた。砂粒の大きさから作成時の大きさに戻った偽卵がガタガタと震えている。


 これはまずい気がする。今浮かんでるのは、すべてミュトリアーレでレイスを材料に作った偽卵だ。なんとか革袋に戻そうとするもまったく制御できず、偽卵は砕け散り無数のレイスが現れてしまった。が、レイスたちは俺とルトルになど見向きもせず地上目掛けて飛んで行く。


「良かっ――え、なんだよあれ」


 大地を走っていた赤黒い光はいつの間にか青白く変色し、照らされた大地には、人間ほどの大きさをした花の蕾が地平線の向こうまでもぎっしり生えていた。


 続々と鳴り響く鐘の音が次第に重なり、不協和音のみを奏でるカリヨンようで堪らなく怖い。耳をつんざくまでになった頃、回転していた月の環が勢いよく弾け飛散し始めた。同時に地上の蕾がゆっくりと花開いていく。


「っ!?」


 それはまるでミリツィナの花が咲くように優雅で美しい。けれど花びら1枚1枚が儚い雰囲気の美女で、そのどれもが同じ姿をしていた。レイスはそれらの花びらに入っていく。


 そして上空――月の両極からも信じられない数のレイスやスペクターが現れ、地上の()を目掛けて下降して行く。


「ユーリャ!! リステル!! ゴデロ!!」


 俺は慌ててルトルにしがみついた。ルトルが外壁に設けられた狭いスペースから飛び出して行きそうになったからだ。


「離せアルフ! 彼らは幼馴染なんだ!」


「悪いが無理だ!」


 耳が慣れたのか、鐘の音の中でも声が聞こえる。そこへ騒ぎに気付いたグルフナが部屋から出てきて、触手を使い協力してくれる。良かった。俺だけじゃ危なかった。


「レアル! ビーニル! タイナ! ああ、リンガムとピッチまでいる!」


 ルトルがまさかの名前を叫んだ。空に顔をやると、スペクターと化した巨人の刃(ティタンブレード)の5人がいた。他にも大勢の名前をルトルが叫ぶ。


 それから領主館(ルトルの家)からもレイスが姿を見せ始めた。


「ミーシャ! メリル! ドルバ! エリザベータ! シクル! ザザット!」


 あの6体、いや、6人は給仕をしてくれた人たちかもしれない。そのあとも、ルトルは領主館から続々と現れるレイスの名前を叫んでいた。


「なんでレイスに……魔法はかけてたはずなのに」


 俺の魔力が急激に減少し始めた。強制連結を発動したルトルが常軌を逸した速さで聖光魔法を連発し始めたのだ。ゴーストやレイスやスペクターといったの幽霊型の魔物をただの幽霊(ファントム)に戻す魔法と、決して成功しない禁断の蘇生魔法を。


「ちょ、ルトル!」


 前者の魔法は効果を発揮しているようで、幽霊(ファントム)に戻った人々は花に向かうのを止め、おぼろ気にルトルを眺めている。だけど――


「ルトル、駄目だ! 蘇生魔法は駄目だって!」


 理論上は可能とされる蘇生魔法だが決して成功しない。それどころか使えば使うほど、使用者は万死の呪いに蝕まれていく。


 この世界の揺るがない絶対のルール。死者を完璧に蘇らせることができる存在は、唯一、死の女神(アニタ)様だけだと決まっている。そんなことルトルだって知ってるだろうに。


 そもそもなぜルトルは聖光魔法が使えるんだ。ああもう、とにかく今は止めさせないと。


「なんで!? どうして!?」


 ルトルの悲痛な叫び声は未だ鳴り響く鐘の音にも負けていない。


「父上!!! 母上!!!」


 マズいマズいマズい!


 ルトル、気持ちは分かるがやり過ぎだ! 一気に呪いの侵食が……このままじゃ数分ともたない! 何だ、俺にできることは何だ!


 結婚を申し込んだ相手が泣いてる。なのにどうして俺は……ルトルのそんな顔、見たくないのに――


「ルトル!!」


「っ!?」


 痛い……のは仕方がない、初めてなんだ。これが失敗だと心底自覚している。ごめんとしか言いようがない。ガチッとぶつかった勢いで血が出ている。きっと2人共だ。


 おまけにかなり強引に俺の方へ向かせたから、勢い余って左目もぶつけたかもしれない。すごく痛い。それに間違いなく腕の筋も痛めた。でも、魔力の消費は止まった。目的は達成だ。


 今、ルトルは俺だけを見ている。俺もそう。不思議だ。時間の感覚が失われていく。目が合うって本当はこういうことをいうんだろう。


 ゆっくりと聞こえる鐘の音がうるさい。けれど酷く熱を帯びた俺たちの、脈打ち血の滴る音の方が、世界に響き渡る鐘の音よりずいぶん大きく感じられる。


 どれくらいた経ったか……絶え間なく鳴り響くその音に、微かな温もりの変化が生じた。と、同時に抱き締められる。正確には抱き締められたような感触。


 だが大気を揺さぶるひときわ大きな鐘の音で、失われていた時間の感覚が戻った。するとその優しい感触は、すっと離れてしまった。


 俺もルトルもそれを引き止めたくて体を動かせば、飛び去って行く大勢の透けた人たちが見えた。それはルトルが大声で呼び、必死に幽霊(ファントム)まで戻した人たち。


 彼らはいつの間にか第5の幽霊(デュミナスファントム)に進化していた。その事実は生前の彼らが高潔で美徳を有していた証。


「待って……」


 皆、ルトルの呼びかけに振り返ることなく地上へ降りていき、同じくして歩き始めた地上の花びらに紛れて見えなくなった。


 その夜、月より響く鐘の音は朝まで鳴り止まなかった。

~入手情報~


幽霊(ファントム)

何らかの理由で現世に留まった死者の魂。

おぼろ気で儚い存在のため、基本的には何の影響力も持っていない。しかし、中には自分が死んでいると気付いていないものがおり、それに遭遇した場合は注意が必要である。


~~~~~~~~~


【種族名】

 第5の幽霊(デュミナスファントム)

【形 状】

 聖霊型

【食 用】

 不可

【危険度】

 SS

【進化率】

 ☆

【変異率】

 -

【先天属性】

 必発:生前の先天属性/聖光/月/愛/死

 偶発:無し

【適正魔法】

 必発:無し

 偶発:無し

【魔力結晶体】

 不明

【棲息地情報】

 不明

【魔物図鑑抜粋】

幽霊の魔物。生前、高潔で美徳のあった幽霊(ファントム)が極稀に進化する魔物。ただし、いくら高潔で美徳があっても、無実の罪で処刑されれば大抵は恨みや憎しみでゴーストやスペクターになってしまうだろう。SSランクの魔物でがあるが、生前の性質を有しているためとても優しい。奇跡の正体とも言われているが真実は不明。

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