153話 ルカには秘密があった模様
本文と後書き修正。
アドイードは未だにめそめそと泣いている。今日で3日目だ。俺の胸の中で服を握りしめ……というより蔓を使って俺に巻き付き小さな声で「ありゅふ様のばか」を何度も繰り返す。
俺がどんな言葉をかけてもグルフナが触手で慰めても、首を左右に振って嫌と呟くだけ。仕方がないから気の済むまでこのままにしておこうと決めた。
『やっぱりアドイードは過激ね』
裏路地の宿を出て、夜明け前の道を行く俺の頭上で、ロポリスが楽しそうにしている。
『お仕置きは勘弁してやるか。相当傷付いたようだしな』
ドリアードも同じく頭の上に座ってカラカラ笑う。今日もロポリスとドリアードは感じの悪い人形に入っている。つまり人形の表情は酷く歪んでて……たまにすれ違う人がギョっとしていた。ロポリスがわざわざうっすら光ってるから余計目立つんだ。
「変人の噂が流れるから鞄に入ってくれ」
放った言葉は白煙となり、静かな朝の闇に紛れていく。見送るように空を見上げたら『落ちるじゃないか』とキックとパンチをする精霊たちを無言で鞄の中に押し込んだ。
溜め息をつけば、白煙は先ほどよりもやや長くその色を保ち消えていった。
この寒さ、クランバイアではもうすぐ氷の祭典が行われる頃だろうか。去年みたいにヴァロミシアが氷精霊を集めて春まで大雪を降らせなきゃいいけど。
雪の処理に追われた宮廷魔法師をはじめとする各組織の新人火魔法使いが泣きながら雪を溶かしていたのは印象的だった。しかも悪質な精霊と名高い氷精霊たちは、そういった人たちを見つけては雪や氷をぶつけて笑っていた。
逆に氷魔法使いや水魔法使いたちは狂喜乱舞して魔法をぶっ放していた。その処理もやっぱり火魔法使いに押し付けられてたから、毎日可哀想なくらいぐったりしてたよなぁ。
俺はそれをアルファス兄上とウルファス兄上に首から下を氷漬けにされ、妹のリリアンの氷魔法の的にされながら見てたっけ。今となっては良い思い出……ということにしておこう。
なんとなく目を閉じ立ち止まるち、時おりバサッバサッと鳥の羽ばたく音や魔法の練習をしている若い声、遠くを歩く靴音なんかが聞こえてくる。こういう早朝の音はどこの国でも似てるんだな。
『変人とか今さらだろ』
『そうよね。今さらよね』
ヴァロミシアを真似たロポリスとドリアードの声で目を開く。雰囲気が台無しだ。
クスクス笑っているロポリスは、騒動を面白がって町の様子を見に来たんだ。そして話を聞くたびに笑っている。
本当なら笑い事じゃないんだろうけど、人間至上主義のマデイルナン公国にあって、多くの種族が暮らすここテティスの住人は寛容だった。さらに言うなら悪ノリが過ぎた。
なんと巨大目玉植物にレアルのお仕置き係と名付けその存在を許したのだ。
そうなった経緯はこうだ。
あの日、目玉だらけの巨大植物を目撃した冒険者たちは植物の討伐を試みた。けれど植物は無傷かつ無反応。但し、レアルを発見した時のみ執拗に痛め付けようとする。そしてレアルを見失うと盛大な舌打ちをかまして大人しくなるのだ。目玉だけはギョロギョロさせるけど。
彼らは何度か同じことをするうちに、レアルが苦労するだけで特に被害が出るわけではないと理解した。「なら別にいいか」が、大多数の出した結論だった。
この町のレアルに対する共通認識は、『底抜けに良い奴だけど女癖男癖共に最悪』だという。その共通認識は成り立つのか? という疑問のとおりレアルのお仕置き係に好意的な人物が続々と現れたらしい。
テティスの冒険者ギルドのギルマスもレアルの犠牲者の1人だったらしく、嫌われ者の現領主にこのことは通達はぜず冒険者ギルドで管理すると高笑いしてたとかしないとか。
実質的な被害が冒険者ギルド直営の宿だけだった事も大きかった。宿には訓練所や模擬戦闘場といった施設もありそこそこの敷地面積があったお陰で近隣の建物は無傷だったのだ。
もちろん俺からの報告を受けての判断でもある。
酷い二日酔い状態のまま冒険者ギルドへ連れて行かれ、長々と原因を報告。そして嘔吐しながらの謝罪。結果、破壊した宿の再建費用と当面の宿泊場所の確保を受け持つだけで許された。当たり前だが、宿の再建が終わるまでテティスに留まることもそれに含まれる。
思ったより軽い処罰で助かった。幸いにしてあの特大の魔石で稼いだクランバイア白金貨1枚であっさり解決したのだから。むしろお釣がくるだろうとまで言われた。
きっと吐瀉物製造機とそれまみれの俺。おまけにくっついてるせいで、同じく吐瀉にまみれる面倒臭い受け答えしかしないアドイードをさっさと追い出したかったんだと思う。皆、物凄く迷惑そうな顔をしてたもん。
宿泊場所は秘匿されし大宮殿を使おうと考えてたんだけど、この騒動の顛末に爆笑したバクラが固有スキルで助けてやると言ってくれた。
小瓶のお宿という固有スキルは、小瓶さえあればその内部を高級宿泊施設にできるという。まさにさっき俺が出てきた宿だ。泊まり心地はとても良い。
とはいえ、失われた冒険者ギルドの宿と同じ規模を維持するにはけっこうな魔力を消費し続けるらしいので、中くらいの雷の魔石を大量に渡しておいた。余った魔石はあげるからと言うと、バクラはいいことはするもんだとまた笑っていた。
ちなみにあの時、朝っぱらから全裸で逃げ回っていたレアルは、不名誉なあだ名を付けられて冒険者仲間から連日、祝福の宴に招かれている。
そろそろ目的の場所に着きそうだ。
遠目に、金色に光る煙で書かれた「毎日、朝イチでレアルを連れてきた者に共通銅貨10枚進呈。冒険者ギルドより」の文字がデカデカと浮かんでいるのが見える。
もう一度アドイードに依頼された内容を伝えてみたけど、やっぱり首を振って嫌と言うだけだった。
実はというか当たり前だろというか、レアルのお仕置き係を冒険者ギルドで管理するのはいいが、大きさをどうにしてくれとの声が多数寄せられたらしい。
それで昨夜、どうにかできないかと話が回ってきたんだ。
アドイードは非協力的。だけど俺の予想ではミステリーエッグでどうにかできると思った。もし無理でもドリアードにお願いすればいいしな。
「はは……やっぱでかいな」
レアルのお仕置き係の前に立つと、その大きさと気持ち悪さに改めて圧倒される。
「……よし。じゃあいっちょやってみるか」
予想通りミステリーエッグを使っても小さくなっただけで消えることはなかった。アドイードの魔法に加えて固有スキルを流用してるからだろう。まあ小さくなったとはいっても、2メートルくらいあるんだけど。
ドリアード曰く、この植物は悪魔の指の木と血塗銀竜草と錯乱人形の目玉を材料にプリンスキラープラントを改造したんだろうとのことだ。
プリンスってところに、怒ってたアドイードの良心が伺える。もしこれがプリンセスキラープラントやクイーンキラープラントを改造したものだったら、無秩序に巨大目玉植物が増殖してたかもしれない。
「なんだか可愛い大きさになってしまったな」
隣で残念そうにしているのは個人的感情を優先した、かの冒険者ギルドマスター、シャコーキ。土偶族だ。
依頼完了の報告を聞いて現場までやって来たのだ。ようやく日が昇り始めた時間帯だというのに、ピシッとした格好で決めている。
「本当にご迷惑をおかけしました」
念のためもう一度謝っておこう。
「いや、気にしなくていい。前より豪華な宿にしてくれるってことだし俺の気持ちも晴れるんだ。あとここだけの話だがな、宿は近いうちに建て直す予定だったんだよ。予算を別のことに回せるしで良いこと尽くめだ」
ハッハッハと笑ったシャコーキは、急に真面目な顔で俺を見てきた。
「ところでマトラ平原の異変について本当はどう考えてるんだ? 植物を操るお前たちならあの調査報告に疑問を感じたりしたんじゃないのか? 例えば犯人についてとか」
おっと、ここでその話を持ってくるか……まあ、当然と言えば当然だよな。
「特には。マトラ平原のことは俺もびっくりしてます。アドイードは植物をある程度改造できますけど、あそこまで無茶苦茶な植物のワニとかを作るのは無理ですし」
「ほう?」
「レアルが感じた精霊の気配ってのが植物の精霊だっていうのも頷けます。犯人もきっとその精霊で間違いないかと。ただ、文句を付けるとしたら、前領主様がスペクターになって館に戻って来た可能性という部分でしょうか」
『クククッ、嘘を言わず質問をすり抜けて論点を変えるなんて……本当に詐欺師になったらどうだ?』
『ジュエルランク商人の詐欺師なんて質が悪いわぁ』
人形の中のドリアードとロポリスが笑っている。ロポリスはともかく、ドリアードは笑っていい立場じゃないだろ。お前がその植物の精霊の癖に。
「どうしてだ?」
「だって前領主のテティス様がスペクターになったとしても、ここには来ないはずです。恨みを晴らすなら公都ニアで暴れ回るのが普通じゃないですか。それにスペクターは命有るものを無差別に攻撃する存在。植物なんてあっという間に枯れてしまいますよ。正しく報告するならスペクターじゃなくてゴーストにすべきでしたね」
ピクリと眉毛を動かしたシャコーキが、右手にはめた透き通った黒い腕輪を見る。
「ふむ、なるほどね。嘘は言っていないようだし、悪意もない。まあいいだろう。君も俺と同じレアルの被害者だ。多少甘い判断だが許されるだろ」
笑顔に戻ったシャコーキはレアルのお仕置き係を撫でると帰って行った。
いや……俺とレアルが一緒に寝てたのは、ジャンディが酔い潰れた俺たちを一緒に寝かせただけで、別にそういう関係になったわけじゃない。妙な仲間意識を持たれてるようだけど、あえて否定しなくてもいいか。
ちなみにミステリーエッグでできあがった卵は、陽気に歩く子供柄とでも言えばいいのか、とても変わった柄だった。周りに誰もいないし、ついでに卵を孵化させようか。
「ちょっといいか?」
振り向くとそこにいたのは兎と猛毒のリーダーのルカ。いつも一緒にいるジャコモはいないし、フードも外している。
ドキリとした。それは卵を孵化させる直前だったのと、ルカの首に赤くぼんやりと光る首輪をはめられていたからだ。
首輪は兎の耳でできていた。
~入手情報~
【氷の祭典】
クランバイア魔法王国のお祭り。
寒い季節になり、氷精霊たちのソワソワが高まった頃に突如開催される。1週間、氷精霊に感謝してとにかく氷魔法を使いまくる。その中で氷精霊が気に入った魔法は祭典終了まで保存され表彰審査の対象となる。水魔法を放ち、それが即座に凍り付く場合も同様。表彰審査は上級以上の氷精霊が行い、運が良ければ表彰と同時に氷精霊と契約できる可能性がある。
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【土偶族】
特殊な土の身体を持った古代種族。
原初のゴーレムとも囁かれているが確かな事は分かっていない。不死や超長寿の固有スキルを持っている者が多い。数百年毎に自動で記憶が整理されるため、年齢の割に知識量は少な目である。
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【兎と猛毒】
Aランク冒険者パーティー。
メンバーはリーダーのルカとハーフラビットのジャコモのみ。前衛で戦うジャコモをルカが支援、補助するのがお決まりの戦闘スタイル。しかし、実際は前衛と後衛を逆転させた方が遥に強いと噂されている。
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【名称】小瓶のお宿
【発現】バクラ
【属性】雷/無
【分類】空間改築型/固有スキル
【希少】☆☆☆☆☆☆
【アルフ聞きかじり情報】
何でもない小瓶の内部を高級宿泊施設にできる。消費魔力は使うたび上下するが、広い施設にするほど多くの魔力を消費する可能性が高い。また、この固有スキルで作った宿に泊まると最大体力値が増加する可能性があるらしい。最高じゃないか。どれくらい増えるかな~。
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【名称】悪魔の指の木
【分類】茸樹
【分布】マトラ平原/メトフィース森林/ソーン球森 など
【原産】メトフィース森林
【属性】茸/植物
【希少】☆
【価格】
葉:世界銅貨1枚/100g
実:世界銅貨5枚/1個
樹液:世界銅貨8枚/100g
丸太:世界銅貨25枚/1kg
【アルフの内緒話】
悪魔の指のような茸が生る樹木。
樹木であるにも関わらず、その実は茸という変わった樹木だ。実は異臭を放つ赤く反り返った指状の子実体で、それに浮かぶ黒く汚い模様が特徴的。樹液には一定期間指を鋭くする効果がある。実は食用。これはほとんど知られてないんだけど、魔法円用のインクにすり潰した実と樹液を混ぜると、魔法円発動後に、本来の効果とは別でその時期もっとも美味しい茸が魔法円に沿って生えてくるんだ。でも美味しい=無毒って訳じゃないから注意が必要だ。
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【名称】血塗銀竜草
【分類】魔法植物
【分布】フアドルア竜穴/ワジャム骨城跡/ソーデリマ断崖 など
【原産】フアドルア竜穴
【属性】植物/竜/霊/呪
【希少】☆☆☆☆☆☆☆
【価格】世界金貨225枚/1本
【ドリアードの暇潰し解説】
生き物を呪う植物だ。
白い竜鱗状の茎を持ち、花も白くランプシェードのような形をしている。花の中には血走った目玉のような物がある。地面から抜かずにそれを見ると呪われるからな。全身の穴から血が吹き出て場合によっては死ぬこともある。これ単体でも自分の血と混ぜれば、数分間だけレアな竜属性を獲得できる魔法薬になるぞ。ドラゴンに関係する特殊な薬には欠かせない植物でもある。
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【名称】錯乱人形の目玉
【分類】目玉草
【分布】ドルパペーテ廃教会/オネット谷/ギュフィアの塔 など
【原産】マトラ平原 モラプルデ河周辺
【属性】植物/毒/愛/霊
【希少】☆☆☆☆☆☆
【価格】
実:世界金貨80枚/100g
【ロポリスの暇潰し解説】
猛毒の実をつける植物。
花束状の赤い茎の先端に目玉そっくりの甘い実を付けるの。実は1つの茎に対して1つだけ実のるんだけど、密集してるからとっても気味が悪いわ。実の瞳部分は黒く、長時間見続けると錯乱してしまうし、食べると猛毒によって数秒で心臓発作を起こし、まもなく死亡するわ。生き人形に食べさせると愛らしさと魔力が増加するのよ。旧テティス領に来る前からは、私もドリアードもたくさん食べさせてるわ。
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【種族名】キラープラント
【形 状】ツル植物型
【食 用】不可
【危険度】B
【進化率】☆☆☆
【変異率】☆☆☆☆
【先天属性】
必発:植物/土
偶発:水/氷/雷/毒/影/闇
【適正魔法】
必発:植物
偶発:土/水/氷/雷/毒/影/火/風
【魔力結晶体】
花が咲いている期間のみ発生
【棲息地情報】
マトラ平原東部/エデスタッツ樹海/蔓草岬 など
【魔物図鑑抜粋】
5メートル~20メートルの植物型魔物で、醜い巨大な花を1輪咲かせる。肉食で獰猛、蔦や蔓を使った攻撃や花粉や毒蜜の状態異常系攻撃が厄介である。加えて中級植物魔法を使用する場合も多々ある。
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【種族名】プリンスキラープラント
【形 状】王子型
【食 用】可
【危険度】A
【進化率】☆☆☆☆☆☆
【変異率】☆☆☆
【先天属性】
必発:植物
偶発:土/水/雷/毒/光/風
【適正魔法】
必発:植物
偶発:土/水/雷/光
【魔力結晶体】
冠をかぶった個体にのみ発生
【棲息地情報】
エデスタッツ樹海/蔓草岬/アンドロミカ地方南部
【魔物図鑑抜粋】
キラープラントの上位種であり、他種族の女を孕ませその母体を苗床に植物系の様々な魔物を発生させる。自身もそのうち植物系の上位魔物に進化する。空腹時は上級植物魔法や先天属性の中級魔法を使用し暴れ回り、蔦や蔓、花粉を使い獲物を食らう。花は眉目秀麗な王子のような見た目をしている。
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【種族名】プリンセスキラープラント
【形 状】王女型
【食 用】可
【危険度】A
【進化率】☆☆☆☆☆
【変異率】☆
【先天属性】
必発:植物/命
偶発:火/氷/風/土/水/雷/毒/影
【適正魔法】
必発:植物
偶発:火/風/毒/影
【魔力結晶体】
ティアラを付けた個体にのみ発生
【棲息地情報】
エデスタッツ樹海/エノミネント高地/ブレム古城 など
【魔物図鑑抜粋】
キラープラントの上位種であり、クイーンキラープラントに進化する。中級植物魔法と先天属性の初級魔法を使用する他に、蔦や蔓、根や葉といった全身を使い襲いかかってくる。花は少女が憧れるようなプリンスのような見た目をしている。他種族の男を捉え摂食交尾すると、種をばら蒔きキラープラントを増やすようになる。
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【種族名】クイーンキラープラント
【形 状】女王型
【食 用】可
【危険度】S
【進化率】☆
【変異率】☆☆☆☆☆
【先天属性】
必発:植物/命
偶発:毒/土/風/雷/氷/水/火/影/光/聖/霊
【適正魔法】
必発:植物/土/水
偶発:毒/風/雷/氷/火/影/光
【魔力結晶体】
すべての個体に発生
【棲息地情報】
エノミネント高地/ブレム古城/モロロワ翼島
【魔物図鑑抜粋】
プリンセスキラープラントの上位種であり、マザープラントに進化する場合がある。知能もすこぶる高く、特級植物魔法、上級の土魔法と水魔法に加え先天属性の上級魔法も使用する。また、全身を使った物理攻撃も驚異である。種をばら蒔きプリンセスキラープラントを増やしていく。花は冠を被ったクイーンのような見た目をしており、時々喋る。