150話 領主館とマトラ平原と酒場の喧騒
本文と後書き修正。
過酷な追いかけっこを何とか乗りきり、風呂も済ませた俺は、夕食を食べながらいくつかの疑問をロポリスにぶつけた。
まず、エシェック組のコラスホルトたち3人。何故かいる。ここ、マデイルナン公国なのに。
俺と同じ卓に座りニコニコ笑顔でこの国の西部地方の名物料理という鈍色泥団子のシチュー食べてるんだ。
ロポリスが言うには、コラスホルトたち3人は光魔法が使えるようになったことで晴れてエシェック組を卒業。一般クラスを飛び越えて研究生扱いとなる魔法学部希少属性学科の光魔法研究クラス、通称輝きの楽園へ移ったとか。
そもそも3人が落ちこぼれの集まりとされるエシェック組にいたのは、ランペルと反りの合わなかったカイメル王国の貴族が裏で金に汚い教諭に手を回して成績等を操作していたからだという。
話を聞けば聞くほど、コラスホルトとノシャが不憫だった。完全にランペルのとばっちり。ランペルの奴、貴族らしい陰湿さとか狡猾さとかなさそうだもんなぁ。
「なんだ? 俺の顔に何か付いてんのか?」
正面に座るランペルがシチューを口元に付けて首をかしげている。こんなところも侯爵家の子供らしくない。
「いや、なんでもない」
で、彼らの従順さをいたく気に入ったロポリスは、なんとこれからも支援すると決めたらしい。それってつまり大精霊の加護というんじゃないだろうか。
手始めとして例の教諭を処分……うん、確かに処分て聞こえた。殺したのか? ちょっと心配だ。
今後は秘匿されし大宮殿で寝泊まりさせ、お金に困ったら何でも屋アルコルトルをミュトリアーレや俺たちの滞在している町や村で臨時出店するらしい。
なんの相談もなくそんなことを……。
そういえば3人に渡した転移の鍵があればこことミュトリアーレは一瞬……え? ああ、それもドゥーマトラが調整した結果で普通は無理。ドリアードがドヤ顔で教えてくれる。
ちなみに3人への報酬やミュトリアーレに納める税金は、俺の懐から支払われるんだってさ。まあいいけど。
料理に夢中で話に参加しない3人はメイン料理の選択に頭を悩ませている。結局、ノシャは魚料理、コラスホルトとランペルは肉料理をメインにしたらしい。俺はルトルがお勧めする石料理をメインに選んだ。固いけど味はとても美味しい。ストーンゴーレムの形にしてあったのも面白かった。
そうそう、きっと誰かの魔法なんだろうけど、テーブルに運ばれる豪華な料理や飲み物、空いたお皿や使い終わったカトラリーもすべてフワフワと空中を移動していく様はけっこう壮観だった。魔法王国でもなかなか見ない光景だ。
次に勇者とプフヘネ。
また会おうって約束した次の日に俺たちが行方知れずって……ちょっと酷くない?
しかしロポリスは言う。
あの2人はアトス義母上の印が完全に消えたわけじゃないらしく、近くにいるべきではないと。
でもそれ建前だろ。本当に勇者が気に食わないから1秒でも早く離れたかったんじゃないのか? 俺としてはプフヘネと復縁の兆しが見えたからもうちょっと一緒にいたかったんだけどなぁ……。
そして、メファイザ義母上とシュナウザーとミラ兄上たち。
兄上たちとルトルが戦ったってことだったけど、その詳細を知りたかったんだ。でも話を聞くとコルキスが気の毒になった。
コルキスがルトルを殺す為に兄上たちを仕向けたんだということになってるけど、本当はロポリスが奴隷印を使ってそうさせたという。
ミラ兄上のジュースのこともあってコルキスは自分が決断したと思ってるらしいけど……今もまだ塞ぎ混んでて寝室から出てこないんだぞ。
酷すぎると抗議したら、ああしなければコルキスが近いうちに死んでしまうところだったんだと言われ、俺は口をつぐんだ。
ルトルもそんな事情があったなら仕方がない。と、むしろコルキスを気遣う発言をしていた。とても大人だ。但し、アドイードと俺の隣の席を巡って争っていなければ、だがな。
ちなみに今後、兄上たち2人と誰かを戦わせる計画だとかで、ラグスノートもその計画の為に放置しているとロポリスは言った。
なんか嘘臭い話だけど、でもあの2人が組んで戦うと本当に強いから……義母上たちも面倒臭いから疲れている時は戦いたくなって言うほど。そこにラグスノートが加わるなんて戦う相手に同情するよ。
そう考えるとルトルはよく無事でいたな。ロポリスが手助けしたんだろうか。チラッと左に目をやると、アドイードと決着が着きそうなルトルと目が合う。
「アルフ様、この後は家の中を案内させて下さい。私が住んでいた時と少し変わっていますが、どうしても見て欲しいんです」
え? 私が住んでいた?
「ここって 秘匿されし大宮殿じゃないのか?」
「4階からはそうです。3階まではアトゥール辺境伯家の領主館なんですよ。今は使われていないようですけどね」
左隣に座ったルトルはどこか懐かしむような、それでいて泣き出しそうな顔になった。
「リュ、リュトリュ君……アドイード負けない」
苦しそうな声の出所はアドイードで……ルトルに頭を押さえ付けられて床の方を向いていた。
短い手をパタパタさせて抵抗している……くっ、可愛い。
不思議と周りの空気が和やかな物になった気がする。皆の視線が集まったせいで、ルトルがなんだか恥ずかしそうにし始めた。助けてやるか。
「じゃあルトルが食べ終わったらお願いする。アドイードはこっちで食べろ。俺はもう食べ終わったから」
呼ばれたアドイードはあっさりルトルの手から離れて、立ち上がった俺の前に来る。同時に俺が使った食器等がササッと移動して片付けられていく。
「ほら」
「アドイード、アリュフ様のお膝の上がいいな」
抱っこして席にすわらせたら可愛いおねだり飛んできた。破壊力抜群の上目遣いとともに。
「しょ、しょうがないな~」
コルキスの異常スキンシップに慣れたせいで、実はちょっと人肌恋しかったんだよ。
「むふふふ~」
膝の上でアドイードが勝ち誇ったような顔をルトルに向けた。しかしルトルは澄ました顔で水を飲んでいる。
「アリュフ様、こりぇ美味しいね」
「よ、良かったな……」
アドイードに運ばれてくるのはどれもこれも有毒植物で作られた料理だった。俺には出されなくて良かったと思った。
あ? コラスホルトが自分の勝ちだとランペルとノシャから銀貨を巻き上げてるぞ……はは~ん、どうやら3人は俺たいで賭けをしてたようだな。
まったく、生活態度はエシェック組に相応しいじゃないか。これじゃロポリスの説明も本当かどうか疑わしいな。
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「領主様の館に明かりが灯ってるぞ!」
この町の冒険者ギルドに併設された酒場に中年の男が駆け込んで来た。
「なんだって!?」
「どういうことだ!?」
「まさかあの新しいクズ領主が住み始めたんじゃないだろうな!?」
「これ以上テティス様の物を奪われるなんて耐えられない!」
「ぶっ殺してやりてぇぜ!」
先程までの陽気な賑やかさから一変して、物騒なざわめきが店内に響いていく。主にこの辺り出身の冒険者たちが額に青筋をたてながら喚いているのだ。
「マトラ平原が突然様変わりしたことと関係あるのかな?」
「私たち依頼の帰りに少し見て来たんだけど、テティス様の館に近付けないようになっていたわ」
隣のテーブルで飲んでいた若い魔法使いの言葉に、向いのテーブルで飯を食っていたこの町を拠点にしているBランク冒険者パーティーに所属する女が続く。
「明日にも調査依頼がでるだろうよ」
「旧領主館とマトラ平原の調査――痛ぇな!」
中堅の斥候職らしき男の発言に腹を立てたんだろう、これまた中堅の前衛職らしき男が殴りかかった。
「旧とかいうんじゃねぇ! 俺たちの領主様は今でもテティス様だ! アトゥール家は……アトゥール家は永久に不滅なんだよぉぉ!」
なかなか良いことを言うじゃないか。だが、このやり取りを皮切りに、地元出身冒険者とそれ以外の冒険者に別れて殴り合いの喧嘩に発展していった。
注文カウンターの方は特に騒がしい。巻き込まれないよう一応警戒しておくか。
「まったく。気持ちは分かるが、無意味な争いは止めて欲しいよな」
飛び交うカップや皿を避けながら、精悍で整った顔の剣士がやって来た。野性味のある笑顔を見せると俺の隣にドカッと座る。
こいつはAランクパーティー巨人の刃のリーダー。確か名前はレアルだったか……。
「同感だね。ギルマス不在の今は誰もこの喧嘩を収められないだろうし、私も邪魔させてもらうよ」
もう1人、豪華な錫杖を携えた顔の良い男がやって来て、無遠慮に俺の隣へ腰かける。
こっちは巨人の刃と双璧を成す巨人の魔弾のリーダー、キリック。
「エールだけは死守してきたんだ」
人好きのする笑顔とエールを見せ、俺が注文したイワトカゲの唐揚げを摘まんでいく。
「お、じゃあ俺も……お、やっぱ旨いな。イワトカゲとエールは最高だぜ」
レアルは俺のエールと俺のイワトカゲジャーキーを掠め食べ始めた。これは面倒臭い。早々に立ち去ろう。
「離してくれ」
席を立とうとすると、両サイドから肩に手を置かれ阻止された。
「なに言ってんだよ。俺とお前の仲じゃないか」
「そうそう、私と君のなかじゃないか」
レアルとキリックは、互いに牽制するような笑顔で目を合わせると手に力を込めた。この2人は馬鹿みたいに力が強い。抵抗すると肩が無くなるかもしれない。
「今日は気分じゃない」
立ち去るのは諦め言葉で拒否する。
「なんだぁ? フードを目深にかぶって、今日はいつにも増して暗いじゃないか」
グビリとエールを飲み干したレアルが肩を組んできた。微かに香る汗の匂いが鼻孔をくすぐる。
「ほら、口を開けて。美味しいよ、この唐揚げ」
キリックは自分が齧っていた唐揚げを俺の口に捩じ込んできた。嫌々咀嚼する俺を見て目を細める。この目はあれだ、見ていると吸い込まれそうなそんな気持ちになるから不思議だ。
「ちょっとー? ウチのリーダーに絡むの、いい加減止めにしてくれません?」
追加注文をしに行っていたジャコモが戻って来てくれた。もう大丈夫だ。ドンッと音を立ててテーブルに料理とエールを置いたジャコモが2人を俺から引き離す。
ジャコモは小柄なのに力が強い。これまでも幾度となく助けられてきた。冒険中もこんな時も。
「助かったジャコモ」
「いいえ、いいえ。可愛いリーダーを助けるのは僕の役目ですから」
兎獣人特有の長い耳をピクピク動かして得意気なジャコモは、続いて引き離した2人を追い払おうと、シッシッと手を動かした。
「リーダーのお陰でこの大騒ぎでも楽に追加注文できました。魔法、ありがとうございます」
そう言って俺の膝に座りエールを煽り、イワトカゲジャーキーを咥え、「どーぞ」と俺にも同じ物を手渡してくれる。
ジャコモはハーフリングと兎獣人の混血という珍しい血筋で、成人しているのにまるで子供のようだ……あくまでも見た目だけは、なのだが。
「なあ、俺が逃がすわけないって分かってるだろ? さっさと諦めて巨人の刃に入れって。そうすりゃ、今のマトラ平原でも余裕綽々だ」
レアルが再び近寄ってくる。
「今のマトラ平原って巨人の刃でも危険なんですかー?」
ジャコモが興味を示してしまった。これはレアルの策略だろうか。なにせジャコモには危険な場所が大好きという困った一面がある。
「そうそう、巨人の魔弾でも危うい場所だったよ。私もね、君のような毒属性の補助職なんて激レア君を放って置く気はないよ。その気になればこの障壁から弾き出せるのに、そうしないんだし。期待してもいいよね?」
喧嘩に巻き込まれないよう展開した鈍色の障壁を、ピンっと指で弾いたキリックがウィンクしてくる。
「止ーめーてーくーだーさーい。僕、怒りますよ?」
それに苛ついたジャコモがひと睨みした。とたんに2人は顔を赤らめ前屈み気味になり、必死に耐えるようエールを飲んだり、手をつねったりし始める。
へぇ、顔が良いとこんな恥態でも見ていられるのだな。
「もういいよジャコモ。そろそろ帰ろう」
「じゃあ残りは持って帰りましょう」
ジャコモは食べかけの食事をアイテムボックスに仕舞い、膝から飛び降りた。
レアルもキリックも良い奴だ。よく知っている。だが、駄目なんだ。そろそろ潮時かもしれない。マトラ平原と旧アトゥール邸のことはかなり気になるが、明日にも別の町へ行こう。
俺がパーティーを組めるのは1人まで。それ以上はどう頑張っても色恋沙汰になってパーティーが崩壊してしまう。そして俺はジャコモ以外と組む気はない。まあここではそんなこと関係無いのだけれど……。
「ねぇリーダー、そろそろ首輪変えません?」
「ああ」
真っ暗な町外れに来たところでジャコモが首輪を差し出してきた。赤い首輪を付けて安心する。これで今夜も満足に眠れるだろう、と。
~入手情報~
【マトラ平原】
マデイルナン公国の旧アトゥール辺境伯領に存在する平原。
誰が見てもどこか懐かしさを覚える不思議な平原であり、たまにGランク~Fランクの魔物と遭遇する比較的安全な平原でもある。極々稀にマトラピンクドラゴンというカーバンクルによく似た小型ドラゴンと遭遇することもあるらしい。薬草や食用の石や土が今も採取できる。
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【石料理】
マデイルナン公国の伝統料理。
食用の石を使った料理である。食用石は基本的に肉や魚と同じように使用できる為、様々なヴァリエーションの料理が楽しめる。
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【種族名】イワトカゲ
【形 状】小蜥蜴型
【食 用】可
【危険度】G
【進化率】☆
【変異率】☆☆
【先天属性】
必発:土
偶発:氷/雷/水/火/風/植物
【適正魔法】
必発:無し
偶発:土/氷/雷/水/火/風
【魔力結晶体】
一部の変異種にのみ発生
【棲息地情報】
マトラ平原/ネダラケンガ地帯/乾燥地帯など
【魔物図鑑抜粋】
体長は60センチ~100センチで少し硬い皮膚を持つくらいで、たいして強くない。少々クセのある肉だが、旅人の食糧として重宝されている。マトラ平原のイワトカゲはクセがなく美味しい。
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【名称】鈍色泥団子のシチュー
【分類】土料理
【属性】土/水/金属
【希少】☆
【価格】セイアッド銅貨2枚/1杯
【ルトルのノスタルジック解説】
マデイルナン公国の西部でよく食べられる料理だ。食用の天然土を魔法で作り出した水と混ぜ丁寧にした処理すると、土が鈍色に変化する。捏ねると土はまるでミンチ肉のような粘りけと油分を出し成型しやすくなる。あとは丸くして、あらかじめ作っておいたシチューに入れて煮込めば完成。とても美味しい。庶民の料理と言われているが、母上の好物でアトゥール家ではよく食卓に並んでいた。
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【名称】イワトカゲの唐揚げ
【分類】揚げ物
【属性】土/火
【希少】☆
【価格】セイアッド木貨30枚/5個
【解説】
イワトカゲの肉を使った料理。
ジューシーでクセのないサッパリした味わい。ソースで味を変えるのが最近の流行。
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【名称】イワトカゲジャーキー
【分類】干肉
【属性】土/風
【希少】☆
【価格】セイアッド銅貨1枚/100g
【解説】
イワトカゲの干し肉。
保存よりも味を優先した干し肉で、かなり美味しい。香辛料をたっぷり使っているので他のイワトカゲ料理よりも少々お高めである。
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【巨人の刃】
マデイルナン公国アトゥール辺境伯領の冒険者パーティー。
メンバーの5人全員が前衛職というアンバランスさだが、短期間でAランクまで上り詰めた実力者揃いパーティーであり、かつては子供たちの憧れの的であった。
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【巨人の魔弾】
マデイルナン公国アトゥール辺境伯領の冒険者パーティー。
メンバーの7人全員が後衛職というアンバランスさながら短期間でAランクまで上り詰めた実力者揃いのパーティーであり、かつては子供的の憧れの的であった。