145話 やり過ぎドリアード
本文後書き修正。
肌寒い早朝、騒がしいミュトリアーレを尻目に俺は偽卵に乗って空中散歩に出掛けた。
まだ眠くて現実と夢の間を彷徨っているような感覚だ。くぁっと欠伸をすると冷たい空気が肺を満たしていく……どうやら夢じゃなさそうだ。
「おはようございます、アルフ様」
「ゲギャ!」
目的地というわけじゃないけど、辿り着いたそこにはグルフナを持ったルトルがいた。
「おはようルトル、グルフナ」
「今日はやけに寒いですね」
「そうだな。でもお陰で目は完全に覚めたよ。うん、夢じゃなかった」
「ハハハ……隠れ物置小屋はずいぶん様変わりしましたね」
ルトルの乾いた笑いはきっと俺と同じ気持ちの表れだろう。
『ドリアードとドリアが頑張ってくれたけど……もうこれ、隠れ物置小屋じゃなくて秘匿されし大宮殿よね』
俺にくっついて来ていたロポリスも会話に交ざってきた。
「ドリアード様の話では、空気を最大まで入れた状態がこれらしいです。段階的に形状が変化していくんだとか……」
「絶対やり過ぎだと思うんだ」
『この感じ、ドゥーマトラも1枚噛んでいそうね。じゃなきゃおかしいわ、普通こんなの成立しないもの』
聖光の大精霊さえも驚く非常識、ということかこれは。
さっきロポリスの言う秘匿されし大宮殿から外に出て衝撃の景色に困惑した俺は、これを確めるため偽卵に乗って遥か上空まで来たんだ。たぶんルトルもそうで、グルフナに浮遊を使ってもらってここに来たんだろう。
ここまで来てやっと全貌が見渡せる異常さ。
時計塔に絡み付く巨大な根。そこから続く巨木に支えられも、浸食もされた巨大宮殿……時計塔が崩れないのが不思議なくらいのアンバランスさだ。
「何て言うかさ、ツリーハウスってあるじゃん。あれの最上級を頭悪い人が作るとこうなるのかなって」
『どうかしらね。逆に頭が良すぎるからかもしれないわよ。でもこんな馬鹿デカイ建造物があるってのに誰も気付かないなんて、思ってた以上にあれの隠蔽性は凄いみたいね』
ロポリスは呆れながらも感心している。
「それはそうと大騒ぎになってますね。第7植物研究所」
こんな非常識な光景を目の当たりにして、それはそうとで流せるだなんてルトルはすごいな。
『アドイードったら見かけによらず過激よね』
ロポリスもさっさと話題の変化に乗っかった。じゃあ、俺もそうしよう。
「そんなこと言って、俺はドリアードから聞いたぞ。全部ロポリスが仕組んだことなんだろ?」
『アドイードのこと以外はね。まあ第7植物研究所はアドイードが乗り込まなくっても爆破させる予定だったから手間が省けたて良かったわ』
アドイードが俺たちよりもだいぶ遅く帰って来たのは皆が知っている。だから、この騒ぎの原因が誰かも簡単に予想がついていた。第7植物研究所の方へ走り去っていくアドイードを俺は見たしな。
つか、爆破だなんて過激なのはどっちだよ。
『でもドリアードは心が狭いわ。余計なことをしたとか、仕事を放っぽりだしたとかでアドイードを叱ってるのよ』
ああ、だからか。
隠れ物置小屋――いや、秘匿されし大宮殿の宮殿広場で、アドイードが逆さに吊るされていたのは。
本当に吃驚したんだよ。
宮殿広場の中心は穴を空けたように足場が円状に切り取られていて、その真ん中には神秘的なオベリスクが浮かんでいた。そこから地上に向かってアドイードが細っそい糸で吊るされてたんだ。
落ちたら死ぬぞって高さなのに。
むがむが踠くアドイードを助けようとしたらドリアードに止められて意味が分からなかったけど、そうか、あれはお仕置きだったのか。
でも――
「心の狭さで言ったらロポリスの圧勝だろ」
『は? なに? 今ここでアルフを全裸にしてから、煌々と輝かせながら地上へ落としてもいいのよ?』
「ほら。今の聞いたかルトル?」
「え、ええ……」
『ちょっと、今日はやけに生意気じゃない』
「ふっ、今日は俺の誕生日だろ? 誕生日は俺の我が儘が許される日だ」
ロポリスを始めとした母上の契約精霊たちとの約束。それは誕生日の日は俺の我が儘にとことん付き合ってくれるというものだ。しかも決して怒らずに。
『何言ってるのよ。アルフの誕生日はまだまだ先じゃない。今日が何の季節で何日なのか言ってみなさいよ』
「え? 季節は上無だろ……ん、あれ?」
『アルフの誕生日は鸞鏡の季節でしょ。まだ寝惚けてるんじゃないの? とはいえ、私に生意気な口聞いたからお仕置きよ。アドイードに付き合ってあげないさい』
「何でだよぉぉぁぁぁぁぁ!?」
俺はクスクス笑うロポリスに吹っ飛ばされた。きりもみ状態が終わったと思ったら、俺もアドイードの横で逆さ吊りにされていた。
「むぐむぐ、むぐぐ」
アドイードは口を塞がれているけれど、目が合った俺に向かって「アリュフ様いりゃっしゃい」と嬉しそうに言っているのが分かった。
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昨日は酷い目にあった。まさか1日中あのままだとは思わなかった。俺を見たドリアードが悪い笑みを浮かべて何処かへ行きやがったんだ。
偽卵を使って体勢を変えたりしなければ、死んでたかもしれない。覚えてろよ2人とも。
「ねぇアリュフ様、今日はどこ行くの?」
いつの間にかアドイードが並んで歩いていた。さてはドリアードが割り振った仕事から逃げ出して来たな。懲りないヤツだ。きっと何処かから見張っているであろうドリアードに、後でこってり搾られるんだろう。昨日のように。
「店だよ。今日はルトルがコラスホルトたちを魔法関連ギルドへ連れて行くから店番がいないんだ」
羨ましいことに、コラスホルトたち3人は光魔法が使えるようになっている。命懸けの囮をこなしたご褒美だとロポリスは言っていた。
光魔法が使えるなら、魔法関連ギルドに所属すれば無条件で補助金が支給される。
俺としては周りに何人も使える人がいるから、光魔法に珍しさはあんまり感じないんだけど、やっぱり世界的に見るととても希少な部類に入るらしく、囲い込んでおきたい存在なんだろう。
ヒウロイト王国が冒険者ギルドの本部であるように、魔法関連ギルドの本部はクランバイア魔法王国である。あくまでも顧問という形で。
やってることは冒険者ギルドとよく似てる。が、魔法関連ギルドに年会費や登録費、最低受注回数なんかの厳しめの資格停止制度も存在しない。唯一の所属資格はステータスの適正魔法に何かしらがあることだ。
所属すれば各国に点在する魔法学校への入学を奨学金つきで許可されるし、卒業後も魔法の修練や研究の補助をしてくれて、仕事の斡旋もしてくれる。
魔法使いや魔法剣士など、魔法に関する職業を名乗る為には必ず魔法関連ギルドの課す試験に合格しなければならないけど、合格すればほとんどの国の入国税等が免除されるし、それらの国での宿泊や買い物も割引されるんだ。
いつかの繰り返しになるけど、通貨だって魔法関連ギルドの発行する世界系貨幣は、冒険者ギルド発行の共通系貨幣より若干価値が高い。どちらも仮想通貨で、滅多に使われないやつもあるけど、それぞれにちなんだ俗称なんかもある。まあ俗称はギルド職員しか使わないんだけど……。ちなみに貨幣の名前はこんな感じだ。
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魔法関連ギルド(世界系貨幣 魔物名等は俗称)
・世界木貨
・世界銅貨
・世界銀貨
・世界金貨
・世界白金貨
・世界魔石貨
・世界魔核貨
・世界迷宮核貨
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冒険者ギルド(共通系貨幣 魔物名等は俗称)
・共通水貨
・共通木貨
・共通銅貨
・共通銀貨
・共通金貨
・共通白金貨
・共通英雄貨
・共通大英雄貨
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とまあ、良いことばかりのような気もするが、絶対に守らなければならない規則もある。それは身に付けた魔法や、魔法に関する知識や技術は必ずギルドに開示しなければならない。一般に公開するしないは選択できるけど、ギルドに秘匿は許されないのだ。
なぜなら、魔法の恩恵を平等にという謳い文句で冒険者ギルドと同じような組織を装っているが、本当は国を越えた独立組織などではなく完全にクランバイア魔法王国の利益のために存在しているからだ。
きっと皆、物理系職業か魔法系職業かで所属が違うんだくらいの認識だろう。冒険者は魔法関連ギルドの依頼を請け負うことも可能だし、その逆も然りだ。登録証だって互換性がある。ギルドを越えてパーティーを組むなんてのは常識も常識だ。
でも俺は知ってるんだ。王族だから。諜報活動とか侵略まがいの行為、そういった諸々の悪事もゴリゴリにやってる。それ魔法関連ギルド。
国の要人の中には気付いてる人もいるだろう。それでも冒険者ギルドと同じように、ほぼすべての国に魔法関連ギルドは存在している。魔法はどの国でも必須技術だからだ。
「じゃあアドイードお店を手伝うね」
うすら暗い事実を思い出していたら、アドイードが手を差し出してきた。なんと汚れのない笑顔だろうか。汚れきった自分の色々が浄化されるようだ。
「ああ、頼りにしてる」
きっとすぐドリアードに連れて行かれるんだろうな、と思いながら俺はアドイードの小さな手を取った。
が、秘匿されし大宮殿が広すぎて、迷いに迷った俺たちが店舗に到着したのは夕方前だった。
店舗で待っていたドリアードによると、お客さんは0人だったらしい。
項垂れたまま俺はアドイードと一緒に風呂に入ることにした。秘匿されし大宮殿になって良かったことは、きちんと寝泊まりできるようになったことだ。
風呂には森の水やジュース、お酒なんかも用意されてて良い感じ……|ドゥーマトラの私物とおぼしき《いくつか見たこと無い》ものも交じってるけど。
「アドイード、すぐ行くから先に入っててくれ」
脱衣場であっという間に入浴準備を済ませたアドイードが、早く入りたくてウズウズしてる様子だったからそう声をかけた。
「すぐ来てね!」
思ったとおり、アドイードは我慢できなとばかりに森の水を引っ付かんで浴室へ消えていった。
俺は……いや、俺も森の水でいいか。
風呂も宮殿の名に相応しく、豪華で無駄に広い。湯けむりも手伝ってアドイードがどこにいるのかわからない。
「い、い、芋虫ーー!! アドイード芋虫嫌りゃい!!」
湯けむりを進んでいたらアドイードの叫び声が聞こえてきた。芋虫を嫌がり走り回っているらしく、トタトタパシャパシャと足音が聞こえる。
芋虫が入り込んでいたのか。可哀想に、不運だったな。やっぱり広すぎて管理が行き届かないな。
「あ痛! ん、あ、アリュ……ああ! アリュフ様大変! アリュフ様に大きな芋虫がついてりゅ!」
ボスっと俺にぶつかったアドイードが目を見開いて、ガシッと握って引っぱり始めた。
「痛ぁ!!」
「うぅぅ、取りぇない! 待ててアリュフ様、アドイードがすぐ退治すりゅかりゃね!」
アドイードが上下左右に斜めにと、力一杯引っ張り回す。
か、勘弁してくれよ。これ、このままだと魔法を使ってちょん切られるんじゃ……冗談じゃない。
「ア、アドイード! それは芋虫じゃない! 手を離してくれ!」
「ふぇ? こりぇ芋虫じゃないの? じゃあなに?」
不思議がる顔でアドイードが聞いてくる。今度は顔を近付けてふにふにと感触を確めている。
「えっと……う~ん、雄しべかな」
他に良い言葉が思い浮かばなかった。
「ああ、雄しべかぁ。アリュフ様の雄しべ、つりゅつりゅしてりゅね。花粉は? 花粉はどこについてりゅの? それに雌しべはどこ?」
……。
俺はアドイードに植物と人間の違いを教える羽目になった。
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今日の秘匿されし大宮殿は常識的な大きさに戻してある。
昨日だけで身に染みて分かった。広すぎると生活しづらい。
しかも、夜にロポリスが魔物を放ってダンジョンごっこをしようとか言い出すし。
そしてアドイードは今日、昨日サボった罰を粛々とこなしていた。花を咲かせては枯らし、枯らしては咲かせるといった無意味のループ。
俺なら耐えられないだろうが、アドイードは楽しそうだった。さっきも「見て見てアリュフ様! 今度はトケイソウの仲間を咲かせたよ!」とミステリーエッグで作った卵を孵化させてる俺に笑いかけてきたんだ。
でもそれを見たドリアードはイラッとしたようで、今はアドイードをスカイシャーク釣りの餌にしている。
今日は曇りだからスカイシャークがよく釣れるかもしれない。ただ、釣竿は放置されているからアドイードの齧られ損になりそうだ。
そうそう、コルキスはあれからずっと眠り続けているらしい。シュナウザー兄上とミラ兄上が付きっきりで世話をしてるんだとさ。
それとラグスノートが行方不明だと気付いたのは昨夜の寝る直前。ルトルは頻繁に寂しそうな顔で腕を擦ってたからだ。
ドリアードは気にしなくてもいいって言ってたけど……。
湿った風が吹いてきた。このあと雨が降るかもしれないな。そろそろ午前中の授業を終えたコラスホルトたちが来る時間だし、卵を孵化し終えたらテラスに並べた商品は片付けておこう。
昨日、魔法関連ギルドから帰って来た3人は、光魔法を使って担当教諭の度肝を抜いてやるんだと言っていた。思いどおりにいってればいいけど。
お、卵から植物の模型みたいなのがでてきたぞ。次で最後の卵か。何が出てくるかなっと。
「ん、あれ? 今時計塔の機関室から出てきたのって……」
最後の卵を孵化させて顔をあげたら人影が2人分見えた。
え、もしかして――
「きゃぁぁぁぁぁ!!!」
あの落下する転移の魔法陣に乗った2人のうち、片方の悲鳴が聞こえてくる。
え、嘘? 本当に?
「ゃぁぁぁあああ!!」
よく見覚えのある2人が落ちてきた。
「勇者! プフヘネ!!」
「え……アルフ? え、えぇ!?」
混乱しているプフヘネの腰に手を回した勇者が近付いて来る。
「お、なんだ? ボケッとした間抜け面してるなアルフ」
そう言って勇者はデコピンしてきた。
~入手情報~
【名称】秘匿されし大宮殿
【分類】精霊の隠れ家
【属性】風/植物/雷/聖光/闇/時
【希少】☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
【価格】-
【ドリアードのこそこそ話】
隠れ物置小屋の改造版。
ドリアードとドリア、それにアドイードの代わりに引っ張り出されたドゥーマトラが隠れ物置小屋を寝泊まりできるようにと改造し、巨大な宮殿まで大きくなるようにした。アルフ曰く、ツリーハウスの最上級を頭が悪い人が作ったらこうなるという出来だが、まさにそのとおりで無駄に広く慣れないと迷子になる。先日、アルフがアドイードと仲良く吊るされていた間に、悪のりしたラズマ、モーブ、ロポリスがさらに手を加えた結果、とんでもない代物が出来上がってしまった。知~らねっ。
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【魔法関連ギルド】
クランバイア魔法王国が運営するギルド。
魔法に関連する全てを独占していると言っても過言ではないギルドであり、クランバイア魔法王国諜報活動の要でもある。また、ギルドマスターはクランバイア魔法王国の領主引退者や大臣引退者といった非常に優秀な者が多く、老獪さを遺憾なく発揮し各国で政治的に暗躍している。
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【魔法学校】
魔法の学校。
どの学校も名前や母体が異なり、それぞれが独自に運営しているように見せかけているが、実はすべてクランバイア魔法王国にあるクランバイア魔法学校の分校であり、諜報施設。クランバイア以外の国では基本的に王都や主要な都市にしか存在していない。毎年クランバイア王族武闘会の時期に、各学校から選ばれた代表者がクランバイア王都で魔法対抗試合を行っており、付き添いの先生や理事長などが情報を持ち帰っている。
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【種族名】スカイシャーク
【形 状】鮫型
【食 用】可
【危険度】C
【進化率】☆
【変異率】☆☆☆
【先天属性】
必発:水/風/雷
偶発:氷/火/光/影/毒/血
【適正魔法】
必発:水/風/雷
偶発:氷/火/光/影/毒/血
【魔力結晶体】
食事中に限り発生
【棲息地情報】
セイアッド帝国西部/ジゲイム空域/パバラオファ島 など
【魔物図鑑抜粋】
大きな雲の中に棲息しいる空飛ぶ鮫である。先天属性の初級魔法や中級水魔法を使用してくる。鋭い歯や虚ろな目といったその怖そうな見た目に反して雲食であり、人を襲うことはあまり無い。ヒレや肝油は高値で取り引きされている。




