144話 アドイードの魔法
本文と後書き修正。
コロコロ転がっていたアドイードがピタッと止まって立ち上がった。
「アリュフ様、こりぇ全然楽しくないよ」
楽しさが心底理解できないといった表情で俺の前までやって来る。
「ありぇ? アリュフ様怪我してる、大変だっ!」
わたわた慌てだしたアドイードがそこら辺の草を引っこ抜き始めた。
「アリュフさ~ま~の~、お怪我~、ふんふん~ふ~んふん」
最初は必死な様子のアドイードだったのに、途中から楽しげな歌を口ずさみ始めた。なんか怪我を治してくれるっぽいからやりたいようにさせてみよう。
「そういえばさっき作った偽卵は……お、来た来た」
少し意識したら偽卵はあっという間に俺の元まで引き寄せることができた。いつでも操作可能ってのは便利だな。そういやロポリスのメモによると、偽卵は孵化させると元に戻るんだったよな。あの糸は……元に戻るとどうなるんだろう。
試してみると偽卵がパカッと割れて、本当に中から材料となったあの糸が出てきた。
「うおぉ!?」
糸がモゾモゾ動いて移動し始める……あの芋虫の所へ行くんだろうか。
「あ! い~もの見っけ! こりぇを~こうしてぇ~」
アドイードがむんずと糸を掴んで、引っこ抜いた草と一緒に捏ね始めた。まるでパンを作っているみたいに。
「最後の~仕上げに~、ヴォェェェェ」
……嘘だろ。楽しげな声から一変して苦しそうに嘔吐したぞ。もしかして元気そうに見えて実は病気なのか?
思わず駆け寄って背中を撫でてやる。
「大丈夫か!?」
「オエェ……ふぅ、大丈夫だよ、アドイード元気。そりぇよりぃ、見て見てアリュフ様――グッ!?」
どうだと言わんばかりの表情で、捏ねていた草を叩いたアドイードは、いきなり現れた草でできた手に首を絞められ、持ち上げられた。
ジタバタするアドイードに当たらぬよう、偽卵で草の手を攻撃。すると草の手はバラバラになって地面に広がりガサガサと揺れ、アドイードが捏ねていた物体に集まっていく。
「うへぇ、びっくりぃした。アドイード、アリュフ様のお怪我を治す草を作ろうと思ってたのに、うっかりぃ呪わりぇた草の手を作っちゃったみたい」
尻餅をついて、てへへと含羞んだアドイードは立ち上がり、「こりぇがいけなかったのかなぁ」と言って、呪われた草の手とやらを踏んづけた。
ずずずっと葉が消えていく。あ、いや吸い込まれていったのか?
「もう大丈夫。次は失敗しないよ」
そうにっこりしてからアドイードはまた草を引っこ抜き始めた。
「いや、アドイードって植物魔法が使えるよな? それで傷を治してくれると嬉しいんだけど……」
「あぁ! そうだね、アドイードうっかりぃしてた。じゃあいくよ~。癒しの葉っぱ、黒き治癒の花、新緑の露、戻し宿り木」
アドイードは詠唱することなく次々に植物属性の治癒魔法を発動させる。
コ、コイツ……俺に恨みでもあるのかよ。
治癒魔法や回復魔法は過剰に重ねがけすると、細胞が癌化したり壊死したり、破裂してしまう等の副作用がある。それなのにこんなバカスカと治癒魔法を使ってくるなんて、俺を殺すつもりか?
キュアフラワー辺りで俺の怪我は完治していたので、残りはミステリーエッグで防御、もとい武器を作成させてもらった。
「もういいよ。ていうか治癒魔法をかけすぎだ。俺じゃなかったら死んでたぞ」
いまだに治癒魔法を使い続けるアドイードを諌める。
「ふぇ? でもアリュフ様の心臓が……」
心臓? 胸に手を当ててみたけど特に異常はない。
「なんの違和感もないし平気だよ」
「そうかなぁ、アドイード心配だなぁ。寝てたときだって……もっかい戻し宿り木」
もういいって言っているのに。それにこの魔法はたくさんの蔓が襲いかかってくるから攻撃魔法みたいで怖い。うっかりと言ってたし、本当に治癒魔法なのかも怪しいとこだな。
「そんなに心配なら後でロポリスに聞いてみるから。今な、実は大変なんだよ」
「大変なの?」
「大きくて気持ち悪い芋虫みたいな――」
「芋虫!!?」
芋虫と聞いたとたんアドイードの様子がおかしくなった。
「アドイード青虫嫌りゃい! アドイード芋虫も嫌りゃい!!」
まるで子供が癇癪を起こしたようにアドイードは涙目に、そして叫ぶ。なんだか魔力……いや、これはなんだろう。森全体がアドイードに呼応しているみたいだ。それはどんどんアドイードに集まっていく。
「お、落ちつけって」
取り乱すアドイードの回りに緑色に光る粒子がぽつぽつ浮かんできた。これはどう見ても何かが起こる前兆だ。必死にアドイードを宥めたけど、まるで意味がない。
『あーあー、これはもう駄目ね。ちょっと上に行くわよ。ミステリーエッグ解除して』
鞄の中で寝ていたロポリスがもぞもぞ出て来て、俺を夜の空へ浮かせていく。ちなみに抜け目ないロポリスはミステリーエッグで作った卵を自分のものにしていた。
「アドイード青虫嫌りゃい!! アドイード芋虫嫌りゃい!! アドイード、芋虫、なんか、いりゃなーーい!!!」
森を見渡せるくらいの高さまで来た時、アドイードが今日1番の大声で叫んだ。あまりの大声で空気がビリビリ振動している。こんなに離れてるのに……あのまま近くにいたら俺の耳がパチコンいって使い物にならなくなるところだった。
さっきとは逆で今度はアドイードがいた辺りを中心に、緑色の光が凄まじい速さで森全体を駆け抜けていく。ちょっとした違和感に目を擦っていたら、森の至る所で光る大きな植物が発生し始めた。
「なんか全部、食虫植物っぽいけど……」
『芋虫いらないって言ってたからじゃない? あ、見てアルフ』
と、ロポリスの指差す方見ると一際大きな食虫植物が発生した。それは巨大なウツボカズラで、袋の部分がやたらぼこぼこ動いていた。
暢気にお菓子を頬張り始めたロポリスがまた指を差した。それはウツボカズラが破けて中からあの気持ち悪い芋虫が現れるところ。溶解液と共に落ちていく芋虫をすぐさま別の食虫植物が捕食しようとする。
激しい争奪戦を勝ち抜き、次に芋虫を捕らえたのはモウセンゴケによく似た巨大植物で、芋虫の身体にある無数の顔を徐々に溶かしていった。芋虫から老若男女の悲鳴が上がる。そのあまりの多さと、溶けていく人の顔。うう、ちょっと気分が……。
『思ってたのと違うけど、ま、結果オーライね。ルトルたちは……いたわ。良い子ね。ちゃんと教えた魔法で防御してるわ。あれならしばらく平気ね』
そう言うロポリスだが、何かしらの防御魔法の中にいるルトルたちはかなり焦った顔をしてるじゃないか。助けないのかよ。
『それにしてもアドイードったら、よっぽどアノアアオムシのことがトラウマになってるのね』
アノアアオムシといえば草人たちを食べまくってた魔物で、ドリィアド族になるきっかけの。
「……え、おいちょっとロポリス? なんで芋虫に近付いて行くんだよ」
ロポリスの魔法で浮かんでいる俺は、空中での自由を握られている。抵抗も虚しく、モウセンゴケに絡み付かれた芋虫の前まで連れてこられてしまった。
『アドイードのこの魔法はアドイードが芋虫だと思っているものにしか効果がないの。そろそろ芋虫は体内のレイスを解放――したわね。ほら、さっさと偽卵で卵にしちゃいなさい』
モウセンゴケの隙間からレイスがどんどん飛び出してくる。
吃驚な状況で身体が固まりかけたけど 1秒でも早く偽卵でレイスの数を減らさなきゃ危険だ。
「あ、ロポリスもっと早く! 次は向こうへ!」
一定範囲内にいなきゃ偽卵にできないから、ロポリスに指示してあっちこっち飛び回ってもらう。お陰で酔いそうだ。
「数が多過ぎてとてもじゃないけど処理しきれないよ!」
作った偽卵を放っとくのはもったいない。あれも使って攻撃しよう。
『ちょっとなにやってんのよ。偽卵での攻撃は物理ダメージになるからレイスには効かないよ』
チッ、為になる助言ありがとよ。なら――
「ロポリスが魔法で片付ければいいじゃないか!」
『嫌よ、面倒臭い。私はアルフの運搬で忙しいんだから。ほらほら集中しないと、レイスが偽卵の射程から出て行っちゃうわよ』
「くっそーー!」
なんなんだよ。気色悪い芋虫に襲われた次はレイスの大群だなんて。やってらんないよ。
『もう、仕方ないわねぇ。あー、あー、ルトル? 聞こえる?』
怒りが通じたのか、ロポリスが溜め息混じりで発光しながらレイスに体当たりしていくと、光に触れたレイスは次々に悲鳴を上げて消滅していった。
『そう、その光よ。ルトルは私たちから離れていくレイスを狙って。光魔法のシャイニングアローがいいと思うわ。じゃ、よろしく~』
すぐに地上から光る矢が放たれ始めた。でも魔力は俺持ち……別にいいけどね! 楽になるんだし!
『ほら、これならもう平気でしょ。私は中でおやつを食べてるから終わったら教えて』
光を俺の胸にくっ付けたロポリスがいそいそと鞄の中に戻る。その瞬間、俺は落下し始めた。
「うおぁっ!?」
大慌てで偽卵を足元に集めて空中に足場を作り事なきを得たけど、ドキドキが止まらない。
「魔法を消すならそう言ってくれもいいだろ、まったく」
鞄を軽く叩いてもロポリスからの返事はない。そうだよな、お前はそういうヤツだよな。きっと今も、俺の驚きが少なくてつまらないとか思ってるんだろうさ。
はぁ……今はレイスに集中しよう。
あ、そうだ。ミステリーエッグも使おう。ルトルの魔法を卵にしてレイスを攻撃するんだ。ミステリーエッグで作った卵ならレイスにも効果があるはずだもんな。
#########
あれからどれくらい時間が経っだろう、遂にレイスが出てこなくなった。いったい何人分のレイスなんだというほど、俺の回りには偽卵が浮かんでいる。
「ちょっと疲れた」
1人ごちって空中に固定した偽卵に座る。森の光はすっかり消えて夜の暗闇に戻ってるのに、アドイードが発生させた大きな食虫植物はそのままで、どうやらすっかり根付いてしまったようだ。
あれは魔物になるのか、魔法植物になるのか……まあミュトリアーレの研究者が決めるだろう。きっと研究対象が増えて喜ぶはずだ。
アドイードの方を見れば、なにやらキョロキョロしている。そして勢いよく木々が生い茂る方へ走って行った。もしかしたら俺を探してるのかもだけど、まだ落ち着いてなさそうだからあのままにしとこう。
「なあロポリス。この偽卵どうしよう」
『え? ああ……小さくして仕舞っておばいいんじゃない? そしたらいつでも卵で移動したり物理攻撃ができるじゃない』
今度はちゃんと鞄から出てきたロポリス。その助言はナイスなものだった。
「小さく、小さくか……おお、砂粒くらいまで小さくできるじゃないか」
ちょっと感動だ。全部同じ大きさにして皮の袋に入れとこう。
『なんだかそれじゃ砂使いみたいね』
さらさらと皮の袋に入っていった卵を見てロポリスが小さく笑った。
ほほう、そういうカムフラージュもできるのか。ことが済んだらミステリーエッグと合わせて偽卵について色々考えてみよう。
それにしても、ただコラスホルトたちを迎えに来ただけなのに大変な目に遭ったな。疲れたし、早くルトルたちと合流して、隠れ物置小屋に帰ろりたい。
で、ルトルと合流したあとまた一仕事だ。失神したままのコラスホルトとノシャは変形させた偽卵で運ぶことになったんだ。なんかランペルが俺をチラチラ盗み見てるようだったけど、心底疲れてた俺にはどうでもよかった。
~入手情報~
【名称】癒しの葉っぱ
【分類】初級植物魔法
【効果】☆
【詠唱】ドリアドル基礎魔法言語/乱文不可
【アルフうろ覚え知識】
癒しの効果を持った緑色の葉を使って怪我の治癒を促進する魔法。初級魔法なのにけっこう難しい魔法で使い手は少ないらしい。
~~~~~~~~~
【名称】黒き治癒の花
【分類】中級植物魔法
【効果】☆☆☆☆
【詠唱】ドリアドルⅡ型応用魔法言語/乱文不可
【アルフのうろ覚え知識】
傷口に黒い花を咲かせ怪我を治癒させる。花の密は失われた血液の変わりとして体内に吸収され、ついでに解毒もしてくれる便利魔法だ。中級魔法の中でも効果の高い魔法だぞ。
~~~~~~~~~
【名称】新緑の露
【分類】上級植物魔法
【効果】☆☆☆☆☆☆
【詠唱】ドリアクネルナⅥ型魔法言語/乱文不可
【アルフのうろ覚え知識】
治癒効果と体力回復効果のある美しい緑色の露を作り出す魔法。基本的に経口摂取することで効果を発揮するが、大量に作って浴びせる場合もある。入浴に使う手練れもいるとかいないとか。複雑骨折や重度の外傷もたちどころに治癒するすごい魔法。
~~~~~~~~~
【名称】戻し宿り木
【分類】極級植物魔法
【効果】★★★
【詠唱】無し
【アドイードの心配話】
アドイードのオリジナル植物魔法だよ。アドイードの固有スキルを流用してて、誰かに寄生して成長する宿り木を作り出すんだ。成長するまでは宿主の魔力を吸うだけなんだけど、成長しきると宿主の身体や魂をあるべき状態に戻したあとで、静かに枯れちゃうの。アリュフ様には会うたんびにこっそり使ってりゅんだよ。心配だかりゃね。
~~~~~~~~~
【名称】喰らい尽くす緑の脅威
【分類】複合魔法-極級植物魔法+極級植物魔法+極級植物魔法
【効果】★★★★★★★
【詠唱】心の底から「アドイード芋虫なんかいりゃない!」
【ロポリスのパッと見解説】
アドイードのオリジナル複合魔法ね。極級植物魔法を3つも組み合わせた頭のおかしな魔法よ。まず詠唱代わりの常軌を逸した叫び声で芋虫の居場所を把握と蝶々の保護をする。次に芋虫を魂ごと消滅させる植物を作り出すみたいね。把握した芋虫や途中で増えた芋虫が消滅しきるまで魔法は発動し続けるっぽいわ。おまけに、その土地を植物属性優位の環境に作りかえるの。そうやって半永久的に対芋虫植物を根付かせちゃうのよ。ちなみにその植物からは蝶々が大量発生するようになるわ。ちょっと矛盾してるようだけど、アドイードは芋虫と蝶々を別の生物として捉えてるから成り立っちゃうのよね。これからあの土地は毎年地獄のマッチポンプが繰り返されるのね……。
~~~~~~~~~
【名称】植物愛
【発現】ドリィアド族
【属性】植物/命/愛
【分類】愛情型/固有スキル
【希少】★★★★★★★
【ドリアードのドリィアド族解説】
すべてのドリィアド族に発現する固有スキルであり、植物を愛し植物からも愛されるようになるぞ。さらに植物との会話やある程度までの改造も可能になる。魔力を使えば過去に触れたことのある植物を自らの身体から発生させることも可能だ。厄介なことに魔物もその範囲内だ。
~~~~~~~~~
【種族名】砂使い
【形 状】痩せドワーフ型
【食 用】可
【危険度】B
【進化率】☆☆
【変異率】☆
【先天属性】
必発:砂
偶発:全属性
【適正魔法】
必発:砂魔法
偶発:土魔法
【魔力結晶体】
通常体は大きなものが、変異体は小さいものが複数発生
【棲息地情報】
波打つ紫紺砂漠/イール岩石地帯/ヘイノキャニオン など
【魔物図鑑抜粋】
袋に入れた砂を自在に操り獲物を捕食する魔物。見た目は獲物そっくりの姿に擬態することがほとんどだが、本来の姿はガリガリに痩せたドワーフのようである。砂属性という珍しい土の亜属性を有しており、中級魔法や上級魔法と砂による物理攻撃のコンボが驚異である。砂使いの砂は水属性や植物属性と相性が悪いが、変異体のものは別である。なお、砂を好んで操る土魔法使いや冒険者のことも砂使い呼ばれている。
~~~~~~~~~
~裏話【翌日のお知らせ】~
翌朝ミュトリアーレは騒然としていた。
なんと昨晩、第7植物研究者が何者かに襲撃され、研究に関するすべてが葬り去られてしまったらしい。
何故か第7植物研究所の内部は、特殊な食虫植物と手の形をした草で溢れかえっていたそうだ。
休みでその場にいなかった数人の研究者以外は皆、行方不明だという。