142話 帰り道で
後書きに裏話を追加。
さっきとはうって変わってルトルはご機嫌だ。鼻歌交じりに俺の前を歩いて行く。出くわす魔物もオーバーキルな魔法でバッタバッタと瞬殺だ。
新たに発現したという固有スキルの強制連結とやらで俺の魔力を使い放題。その結果、奴隷になったせいでステータスの能力値が激減して使えなくなっていた上級魔法や特級魔法を使い放題らしい。
ルトルは簡単な魔法しか使えないって言ってたのに、いきなり上級魔法をぶっ放なすもんだから、驚いて聞いたらそう答えた。使いまくって勘を取り戻すんだとも。
そりゃ、今の俺からしたら魔力の3000や5000くらい何度消費されようとって感じだけどさ。不思議と魔力の回復も早いし。
でもなんか複雑だ。俺は魔法を使えないけど、他人が俺の魔力を使って魔法を発動する行為……精霊たちもそうだけど、なんていうかルトルの場合はこう、口では言い表せない気持ちになる。
「少し休みましょうか」
しばらくして2回目の休憩をとることになった。ちょうど、小さな空地に出たこともあり、俺が歩き疲れたこともあり……。
そういや忘れてたけど、あのこと聞いてみようかな。
「なぁ、俺、いつ着替えたんだ?」
あの妙な木の実を食べてからの記憶が少し抜け落ちている……ような気がする。
「それは、その……木の実を食べたアルフ様が服を汚してしまったので、私が着替えを」
隣に座るルトルが一瞬目を泳がせた。
「汚した? 何で?」
「なんと言えばいいのか。木の実の影響で、男なら全員――」
「ゲビャー! ギュギー!」
「うわっ」
突如、会話を遮ってグルフナが現れた。
ルトルも驚いている。が、どこか安堵しているようにも見える。これは俺への回答を放棄するつもりだな。
誤魔化すためか、ルトルは立ち上がって辺りを探るようにキョロキョロし始めた。
当のグルフナはそんなことは気にせず、甘えているにしては汚なすぎる声で鳴き、すりすりと頭部を頬に擦り付けてくる。
とりあえず周囲のことはルトルに任せよう。どうやらグルフナはお腹が空いているらしいからな。さっきから卵を食べたいと汚い声と蠢く触手でおねだりしてくる……可愛い。そう、これは可愛いんだ。
そう自分に言い聞かせてから新しい固有スキルの偽卵を使って、足元の湿った土から卵を作ってあげた。
「ヴォ、ゲォジィィ」
美味しいがミステリーエッグで作った卵に比べると微妙だと言われた。
「あ!」
「なんだ!?」
「うわっ!?」
驚いたルトルと誰かが転ける音がした。
「アルフさんとルトルさん……よかったぁ」
ノシャが音を立てず降りてきた。さすが木菟族。気配すら感じなかった。
「痛たた……」
「大丈夫かコラスホルト」
転けたらしいコラスホルトの元へルトルが駆け寄る。
「うん、平気。ちょっと擦りむいちゃっただけ」
「もう、情けないわね」
ノシャがコラスホルトを立たせルトルが治癒魔法を唱える。
「ノシャ、アルフさんたちを見つけたなら教えてくれよ。何も言わずに方向転換したら危ないだろ」
「悪かったわよ。急にグルフナが離れて行ったんだもの。ウチも焦っちゃって」
「でもよかったね。追い付かれずにアルフさんたちと合流できて」
……ん?
「俺たちが来てるって分かってたのか?」
「うん、出掛ける時にロポリス様がアルフさんを迎えに寄越すって言ってたから」
てことは今の状況はロポリスが仕組んだことなんだろうか。ところで3人はやけに安心した様子なんだけど、狼にでも追いかけられらたんだろうか。
「なにがあった?」
ルトルも疑問に思ったようで、残りの2人にも治癒魔法をかけつつ聞いている。そして俺も疑問に思う。3人には素の喋り方なのにどうして俺には、と……グルフナが慰めるように頬をぺちぺちしてくれる。
「ギョアイ、ヴェゲアァァ」
「えぇ? 変な物に追いかけられた?」
「え、アルフさんってグルフナが言ってること分かるの?」
「なんとなくな」
「すごいね……」
そうか? コルキスだって使い魔のディオスとよく会話して
るぞ。ディオスの言葉は俺にはさっぱり分からないけど、主と使い魔の関係なんてこんな感じじゃないのかな。
「とにかく助かったぜ」
ずいぶんホッとした声でそう言ったあと、ランペルは魔法で大量に水を作り出して自分にぶつけ始めた。
「くぅ~! 走ったあとはやっぱこれだな!」
ランペルは気持ち良さそうにしているけど、巻き添えでびしょ濡れになったコラスホルトが不憫でならない。俺には分かる。いつもああなんだろう。コラスホルトのあの顔は、諦めの境地に達した表情だ。
「追いかけられて逃げてきたんだよな? 安心しすぎじゃないか?」
唯一辺りを警戒していたルトルが、ランペルから離れて羽繕いをしていたノシャに尋ねる。
「え? だってアルフさんって凄く強いんでしょ? あのピンボールウィザードを1人で討伐したってルトルさん晩御飯のときに言ってたじゃない」
ちょっとまて。
確かに以前の俺よりは強くなった自覚はある。だけど、凄く強いかって言われると……ピンボールウィザードだって満身創痍でやっと倒したんだし。
「追いかけて来てたのは1体で、たぶんAランクの魔物……だと思う。だからアルフさんがいればもう安心、でしょ?」
ノシャ、そしてコラスホルトが俺を見てくる。うう、無責任な信頼とはこんなにも居心地が悪いのか。水浴びに夢中なランペルに交ざりたい。
「そ、そうだな……」
でもここで変に否定して不安にさせるよりは、強いということにしておこう。グルフナもいるんだ。静光のスキルを使ってもらえば滅多なことでは魔物なんか近寄ってこないだろうし。
「とにかく早く帰ろう。夜の森はどうしたって危険なんだ」
ルトルがランペルの水浴びを止めさせ、全員にハイアースヒールを使って体力を回復させる。また上級相当の魔法だ。しかも複合魔法……コラスホルトたちも驚いている。
ミュトリアーレへ向かって歩き始めると、コラスホルトたちはあの薬草はあそこに、この薬草はシェムナさんに、などと楽しそうに売り先を相談し始めた。
ちょっと興味が湧いてどんな薬草が採れたのか聞いてみる。
「あれ!? 俺の厨二吟遊詩人草と漆黒竪琴烏瓜がない! 嘘だろ、落としたのか!?」
見せてやるよ、と得意気だったランペルがこの世の終わりのような顔で叫ぶといったハプニングの後、コラスホルトやノシャからそれはもう珍しい薬草の名前が次から次へと出てきた。
もしかして3人とグルフナは第7研究所の近くで採集してたんじゃ……ものすごく嫌な予感がする。
「もう少し急ごう」
夜に染まった木々も疎らになってきて、もうそろそろ森を抜けそうだ。ここまで来たら一気に走り抜けた方がいいかもしれない。
「なぁなぁ、明日の晩飯はなんだと思う? またバーミリオンブルウッドのステーキにならねぇかな」
「オイラはオムライスがいいなぁ」
「ウチは晩御飯前に食べたお菓子の詰め合わせがいい」
3人はそれぞれが今日食べた美味しい物を想像してうっとりしている。暢気なもんだと思ったけど、バーミリオンブルウッドならしかたない。俺が寝ている間に良いものを食べたんだな。
「グルフナは何が食べたい?」
「ビゲァ」
ははは。そうか、グルフナはミステリーエッグで作った卵か。
「ルトルは?」
「オムライスは少し飽きてきたので――新鮮な肉が食べたい」
「肉か。肉もいいよな……ん?」
あれ、なんかルトルにしては声が低すぎる気がする。それに声が下の方から聞こえてきたような……
状況を確認する間もなく、ずざぁっと地中から巨大な芋虫が現れた。身体中に人の顔が付いていてとんでもなく気持ち悪い。
「追~いつ~いたぁ」
正面の年老いた男の顔がねっとり絡み付くような声を出し、他の顔はそれを山彦のように繰り返す。そしてそれらが一斉に糸を吐き出し俺たちを拘束すると、けたけたケタケタ笑いだすのだった。
~入手情報~
【名称】ハイアースヒール
【分類】複合魔法-上級土魔法+中級光魔法+初級聖魔法
【効果】☆☆☆☆☆
【詠唱】アススロッドナルル型魔法言語/乱文不可
【ロポリスのこそこそ話】
アースヒールの強化版魔法よ。美しい癒しの砂を作り出して体力の大回復と広範囲の状態異常を解除できるの。肌を寄せあって使用すれば効果はとっても増大。強い浄化効果と魂に作用するわずかな魅了効果も加わるわ。
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【名称】バーミリオンブルウッド
【分類】肉の木
【分布】エシェレ火山/フランテル火霊山/ガゾトロイデ など
【原産】フランテル火霊山
【属性】火/植物
【希少】☆☆☆☆☆☆
【価格】
樹皮:クランバイア銅貨8枚/1g
樹液:クランバイア銀貨10枚/1g
丸太:クランバイア銀貨35枚/1g
【アルフのうろ覚え知識】
食用樹木の1種。
樹皮を剥がすと出てくる朱色の部分が食用で牛肉の味に酷似している。年輪が多いほどジューシーで、高級な牛肉をも凌ぐ味になっていくらしい。火山地帯の限られた高度にしか自生しておらず、とても高価な樹木だ。樹皮は耐火素材としても価値がある。樹液は火の風味を帯びた肉汁のようで美味、さらに摂取すれば一定時間火属性ダメージを軽減する効果がある。
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~裏話【ドリアードのお1人様会議】~
「はぁ……アリュフ様、アドイードがいなくて寂しくないかなぁ」
「平気よ」
「はぁ……アリュフ様、アドイードがいなくて泣いてないかなぁ」
「泣かないよ」
「はぁ……アリュフ様、アドイードがいなくて――」
「もうっ、喋ってないで手を動かしてよアドイード。ほりゃ、ドリアード様が睨んでる」
「うぅ、ドリィアのいじわりゅ」
アルフとルトルがコラスホルトたちを迎えに行ってからというもの、アドイードはずっとこうだ。少し作業をしては手を止めてアルフのいる方角に顔を向け溜め息と謎の心配。
困ったもんだ。またアルフに執着するものが増えてしまった。
私が草人を進化させてドリィアド族にしたわけだが……アルフがゲロなんか吐くからだ。ゲロを取り込んだアドイードだけ予想外の進化をしてしまったじゃないか。
ドリィアド族には私の仕事を手伝わせようと思ったのに、ヒュブクデールで50年縛られることになるし、アルフはますます不安定になっていくし。
ラズマの努力が報われないな。
おまけに、ここへきてロポリスが面倒な提案をしてきたんだぞ。ドリアとミュトリアーレの第7植物研究所に忍び込んだと知ったロポリスが、あそこで開発中の芋虫を消そうとか言い出したんだよ。
しかも自分を慕っているお世話係を囮にしてだ。相変わらず残酷なやつだ。
いちおう手伝いはしたが、そもそも闇の眷属、最古の血筋と言われるアンドロミカ家の傍迷惑な悲願を邪魔してやろうだなんて、今さらな気もするんだよ。
面倒なアイツが甥を消滅させ時から、アンドロミカ家の悲願は成就しない運命じゃないか。
まあ面倒なアイツはいい仕事をしたとも言えるが、そのせいで私たちが苦労させられているとも言える。
苦労といえばアルフレッドだぜ。余計なことしかしないな、あの愚王。
そうだそうだ。せっかく私が血を流して固有スキルを誤魔化てやったのに。
そういえばあの後、勇者まで余計なことをしてくれたな。
今勇者はプフヘネと共にアトスの印を消そうと躍起になっているみたいだぞ。ざまぁだな。
さっさと召喚主に頼めばいいものを……あぁ、でも無理か。先日アトスが壊した魔笛、あれでジールたちの記憶を改竄していたのだったな。
それでは頼めぬはずだな。憐れで馬鹿な男だよ。
アルフレッドがジールを元に戻さないのは、今のままのジールの方が幸せだと思っているからかしら。
いや、それはない。
あのジジィは中々のタヌキじゃんね。
そうだな。ある程度信用してもいいが、信頼はできない。
「……様……アード様………ドリィアード様」
私を呼ぶドリアのか細い声でハッと我にかえった。
「お話中にごめんね。でもボーッとしてりゅかりゃアドイード行っちゃったよ」
「そうか、わかった」
はぁぁぁ、しょうがない奴だよまったく。