140話 アドイードはずっと見てた
本文と後書き修正。
目が覚めたら緑色のふかふかしたベッドにいた。
おそらくコルヌビコルヌの隠れ家とは違うどこかの部屋であろうここは、妖精や植物関係の種族が喜ぶこと間違いなしの作りだ。
前に岩窟の町アギルゲットで宿泊した大嫌いニベルの豪華版といったところだろうか。
天井は瑞々しい葉に遮られていて見えないし、薄ぼんやり光るモル色のラーレの灯りや、どう考えても絨毯にしか見えないさらさらした芝生。
それに丸い木の窓から外を見れば星空が広がっていた。
あ、奥の部屋にあるのはきっと泉山吹の花……いや、変異種の温泉山吹の花だな。温泉と花の匂いが混ざった独特の香りがちょっぴりする。
「アリュフ様起きたー」
突然、天井の葉っぱに埋もれた灯りからぼとりと緑色の物体が落ちてきた。
こいつは……
「確か、アドイードだっけ?」
「そう! アドイードだよ! アリュフ様が1番好きなアドイードだよ! 天井のお花に成りぃきって起きりゅのをずっと待ってたんだ、ずーっとね」
フンスフンスと鼻を鳴らしながら早口で告げてくる。相変わらずら行の発音が苦手らしい。
アドイードはドリアードとドリア一緒にいたはずだから……
「今ね、皆が叱りゃりぇてりゅからここにいた方がいいよ?」
ベッドから降りようとしたらアドイードが服の裾を掴んで止めた。
「叱られてる? 何で?」
「んっとねぇ、ドリィーアード様とドリィアが第7植物研究所に忍び込んだのとぉ……」
アドイードは指を折りながら教えてくれる。
「コリュキス様がリュトリュ君を殺そうとしたのとぉ――」
「なんだって!?」
「――うわっ!?」
俺が叫んだせいで驚いたアドイードがベッドから転げ落ちてしまった。
とりあえずアドイードを拾い上げて部屋を出る。
ここは……隠れ物置小屋の中だったのか。2階の1番端の部屋をドリアードかアドイードたちが改造したんだろう。
『だから……』
下からロポリスの偉そうな声が聞こえてきた。抱き抱えていたアドイードを降ろし、柵から身を乗り出して1階の様子を伺うってみる。
「ね、皆叱りゃりぇてりゅでしょ?」
それはそうなんだけど、どういうわけかコルキスとルトルが手を繋いでいて、それをディオスが嫌そうにじっと見つめている。
人形に入っているドリアードと、カウンターで何か飲んでいるドリアは叱られているのに我関せず。つまり無視を決め込んでいる。
ただ全員、ロポリスが入っている感じの悪い人形から伸びるロープで繋がれて……あれ?
「グルフナがいない……」
「あ、グリュフナ君はえしぇっく組の3人が持って行ったよ」
どうしてかと聞けば、あの3人は夜にしか採取できない貴重な薬草なんかを取りに行ったらしく、グルフナのスキルで魔物避けをするんだとか。
うーん……グルフナは俺の使い魔なんだけどなぁ。
『あら、アルフが起きたようね。下に来なさい』
ロポリスがこっちを見上げて声をかけてきた。
歩きだすとアドイードが手を繋ぎたそうにモジモジし始めたから手を差し出す。そのままにこにこのアドイードとロポリスたちの所へ向かった。
うわ、なんだよ。ルトルから放たれる他人感がすごいんだけど。コルキスからも刺さるような視線が……。
「えーっと、色々聞きたいんだけど……まずはコルキス、どうしてルトルを殺そうとしたんだ?」
コルキスは俺の質問にビクッとして、それからアドイードを睨み付けた。アドイードは繋いでいた手を離し、俺の足の後ろに隠れてしまった。
「こら、アドイードを威嚇するんじゃない。で、どうしてなんだ?」
怯えるアドイードの頭を撫でてから、コルキスと視線を合わせるためにしゃがむ。
そっぽを向いて口を尖らせていたコルキスは、俺がじっと見つめると小さく答え始めた。
「だってぼくの兄様を盗ろうとするんだもん……」
「だからって殺すことないだろ? 前にも言ったけど、俺はコルキスもルトルも大事なんだ」
コルキスはチラッと俺を見ただけで何も言わない。
そんな沈黙を破ったのはアドイードで、「アドイードは? ねぇアドイードは大事じゃないの?」と自分が大事かどうかを聞いてきた。お前のことはよく知らん、なんて言えるわけもなく、大事だよと言っておいた。
『いつか問題を起こすと思ってかけてた保険もドゥーマトラが無かったことにしちゃうし代わりも刻まれるし。まあ、こっちが本当の狙いだったのかもしれないけど? でもルトルを巻き込まないで欲しいわ。ルトルにいなくなられたら困っちゃうもの。ねぇアルフ?』
コルキスは下を向いて何も言わない。代わりに胸の前にあったネックレスを強く握っていた。
「あ、ああ。ルトルにいなくなられたら困る。もちろんコルキスにも」
「分かったよ……もうルトルを殺そうとしない。約束する」
絞り出すような小声でコルキスが言う。
「約束だぞ。えっと、じゃあルトル。詳しくは知らないけど、怪我が無くて良かった。本当にごめん」
「いえ、アルフ様が謝ることではありませんので」
おおお……こ、この目が合っているようで完全に合っていないこの感じ。間違いなく心の距離が離れてしまっている。
抱いて云々の件だけでも嫌な思いをさせているし……命を狙われるなんて王族や貴族なら日常茶飯事だからそこまで気にならないだろうけど、その犯人が親友の弟。さすがに厳しいか。
仕方ない、また時間をかけて友情を深めていこう。今はそっとしておくのが正解だろうから話を変えよう。
「で、ドリアードとドリアは第7植物研究所に忍び込んだんだって?」
『そうそう、そうなのよ。それなのにドリアードもドリアも全然反省してないのよ?』
それは良くないないな。
「見たから知ってると思うけど、第7植物研究所ってハイエルフの特別な植物魔法を研究してる所だろ? 危険な失敗作や呪いに近いものがあるから危ないんだぞ?」
『表向きはな。それに私がいればそうでもないぞ』
「不愉快だったけど勉強にはなった」
『確かにそうなんだけど違くて……あそこには、ほら、ハヴがいるでしょ? アンドロミカ家の』
ロポリスは後半ドリアードに近付いて耳打ちしていた。まあ、俺にはバッチリ聞こえていたけどな。
アンドロミカっていえばコルキスの死んだ祖母の家名だったっけ?
確かその祖母の屋敷の地下が、血を祀る闇の地底墓所っていう危険極まりないダンジョンなんだよな。コルキスはお気に入りの場所だから、いつか兄様も連れて行ってあげるねと言ってたけど……絶対に行きたくない。
俺と同じ思いかは知らないけど、ロポリスもほんの一瞬だけコルキスを見たような気がする。
『ちゃんとハヴが出払ってるのを確認してるさ。私はそんなヘマしない』
『ならいいけど……』
ドリアードとロポリスは話を止めて離れた。
ん? 今、お互いが入っている人形を入れ換えなかったか?
「ねぇ、ぼくたちはいつまでこうしてればいいの?」
しっかり人形を見ようとしたら、コルキスが不満そうな声を出した。
『ああ、もう離して良いわよ。ちなみに寝てる時からその状態なんだけど、ドゥーマトラだけが意地悪するなんて不公平でしょ? 私もちゃんと意地悪してあげたわよ。嬉しいでしょ、コルキス?』
にっこりと笑ったロポリスだけど、信じられないくらい恐かった。不満顔だったのにコルキスの顔が一瞬で真っ青だ。ゆっくりルトルから手を離し涙を堪えて震えている。
はあ……ロポリスが厳しく叱ったみたいだし、俺は優しくしてやるか。
「本当に、もうルトルの命を狙っちゃ駄目だからなコルキス」
もう1回コルキスと視線を合わせてぎゅっと抱き締めてやる。
「うん、ごめんなさい兄様」
コルキスもぎゅっと抱きかえしてくれた。震えは少し収まったみたいだな。
「俺だけにか?」
「ルトルも、ごめんなさい」
俺の胸に顔を埋めたままコルキスが謝る。もう完全に涙声だ。
「いえ、私の方こそ弁えておりませんでした。申し訳ございませんでした」
ああ、もう完全にできる執事みたいなルトルに戻ってしまった。むしろ前より遠く感じる。
『……コルキスはもう寝なさい。成長の真っ只中に起こして悪かったわね。あ、そうそう、今回もちゃんと固有スキルを選ぶのよ。きっと嬉しい結果になるはずだから』
ロポリスがちっとも悪いと思っていない声で言って、コルキスとディオスに繋がるロープを消した。
「はい。皆、ぼくもう寝るね。じゃあ、ディオス運……ん……で………」
ディオスに体を預けると同時にコルキスは寝たみたいだ。ディオスはそのままコルキスを大事そうに抱えて隠れ物置小屋から出て行く。
『ドリアードたちももういいわ。でも、これからも気を付けるのよ』
『分かってる。行くぞドリア。ほら、アドイードもだ。ここを寝泊まり出来るように改造するぞ。部屋を増やしたり階を増やしたり大変なんだ。こら暴れるんじゃない!』
「嫌だ、アドイードはアリュフ様と一緒にいりゅの!」
俺にくっついて離れないアドイードを引っ付かんで、というより根っこで雁字搦めにしてドリアードたちも行ってしまった。
『それからアルフ、コルキスのことだけど、本当はミラの用意したジュースでちょっとおかしくなってたのよ。私の刻んだ奴隷印を消すためにわざと飲んだんでしょうけど、運悪くっていうか、それが今一番我慢してる願望を喋るって効果だったらしいのよ。シュナウザーの添い寝で知性が駄々下がりしてたせいもあるんでしょうけど』
「え、ああ……うん。そうなんだ」
ミラ兄上のジュース……あっ、あれか。兄上の考えた効果を状態異常としてステータスに上塗りするっていう絵画のジュース。回りくどい効果になってるのはきっと絵の完成度が微妙だったんだろう。
てかシュナウザー兄上の添い寝とミラ兄上のジュースって嫌な組合せだな。そんなの毒だとわかってても絶対飲んじゃうだろ。
『あんなジュースごときでどうこうできるような奴隷印じゃないんだけど、ドゥーマトラがコルキスの時間を戻したから……いえ、正確には若返りかしら……とにかくコルキス的には結果オーライになっちゃたってわけ』
何ゆえ8歳の子供に若返りを? そもそもドゥーマトラが出てくる意味もわからないし。
「はあ……よく分からないけど、わざわざ話すってことはロポリスがまるく収めてくれたってことなんだろ? で、何が欲しいんだよ」
ロポリスがなんの対価もなくこんな面倒臭いことするはずがない。
『失礼ね。さすがに私もちょっと不味いことになったって思っただけよ』
本当かよ。
『でもそうね、お願いを聞いてくれるって言うなら、今からルトルと一緒にエシェック組の3人を迎えに行ってきてちょうだい。私が行こうかと思ってたけどもう寝たいし。何かあったらミステリーエッグを使ってもいいから』
「え、でも秘密にしなきゃいけないんだろ?」
『そうだったんだけど、今はもうただの変な固有スキルで誤魔化せそうなのよ。気付いてる? 偽卵って固有スキルが発現してるわ』
気付いてなかった。偽卵……俺、寝てただけなのにどうして固有スキルが発現するんだ?
『やれやれよね。アルフレッドったら懲りずにまたアルフにレベルアップを使っちゃって……そのせいで私たちが苦労してるっていうのに。本当面倒臭いわぁ』
父上が? え、待ってどういうこと?
「ちょっと――」
『ああ眠い! お休み!』
チッ、わざと答えなかったな。床に転がった人形を拾ってデコピンをお見舞いしてやる。すると酷い表情の人形の口から半分に折れた紙が出てきた。
どうやら偽卵の説明が書いてあるらしい。
「じゃあ俺支度してくるから待っ――」
「いえ、お支度は私が」
ルトルは無表情のままピシャリと遮り2階の部屋へ行ってしまった。
~入手情報~
【名 前】コルキス・ウィルベオ・クランバイア
【種 族】ヴァンパイアハーフ
【職 業】第15王子/冒険者
【年 齢】8歳
【レベル】50
【体 力】410
【攻撃力】733
【防御力】591
【素早さ】888
【精神力】399
【魔 力】4117
【通常スキル】
消費魔力減少/闇魔法威力増/体術/我儘/甘える
【固有スキル】
吸血/霧化↑/飛行/癇癪/長寿/魅了/不完全変身/聖光被ダメージ増/闇属性吸収/兄好き/ヒストリア/オーラ
【先天属性】
闇
【適正魔法】
闇魔法
【異常固定】
時の気まぐれ
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【名 前】アルフレッド・ジール・クランバイア
【種 族】人 間
【職 業】冒険者/王子
【年 齢】15歳
【レベル】46
【体 力】91
【攻撃力】10
【防御力】10
【素早さ】19000
【精神力】10
【魔 力】50050000
【通常スキル】
無し
【固有スキル】
孵化/托卵/偽卵(new)/復元/魔力成長率激増/hブースト/ミステリーエッグ
【先天属性】
無し
【適正魔法】
無し
【異常固定】
完全忘却
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【名称】泉山吹の花
【分類】香変木
【分布】パンジク島/フィラドナ地域/トレビ水山など
【原産】パンジク島
【属性】植物/水
【希少】☆☆☆☆
【価格】
魔力水:共通銅貨1枚/10ml
花:共通銀貨5枚/10g
樹液:共通銀貨7枚/10g
植樹:共通金貨2枚~/1本
【アルフのうろ覚え知識】
泉を作り出す花木。
主に東の島国とその他一部地域にしか自生していない珍しい植物で、山吹色の花を咲かせる。花の香りは空気に触れると大量の魔力水に変化し周囲を泉のようにしてしまう。この泉で産まれ育った生き物は、体の1部が花弁の枚数と同じ数になる場合がある。また、樹液には物が1重~8重に重なって見えるようになる効果がある。
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【名称】温泉山吹の花
【分類】香変木
【分布】パンジク島/フィラドナ地域/トレビ水山など
【原産】パンジク島
【属性】植物/水/火/土
【希少】☆☆☆☆☆
【価格】
花:共通銀貨6枚/10g
樹液:共通銀貨8枚/10g
温泉水:共通銀貨32枚/10ml
植樹:共通金貨10枚~/1本
【アルフのうろ覚え知識】
温泉を作り出す花木。
泉山吹の花の変異種であり、香りが魔力水ではなく山吹色の温泉に変化する。温泉には花のような独特の香りがあり、体力回復、魔力回復、美容、そして一時的な氷属性耐性付与の効果がある。樹液には体温上昇と防寒の効果がある。
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【名称】レベルアップ
【発現】アルフレッド・デロス・クランバイア
【属性】時
【分類】強制型/固有スキル
【希少】★
【ロポリスのこそこそ話】
寿命を消費して発動、あらゆるものをレベルアップさせることが可能。高確率で通常のレベルアップとは違う成長を促すわ。レベルアップさせるもののレベルが高いほど寿命の消費も激しくなるんだけど、アルフレッドなら抜け道も簡単でしょうね。
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【名称】血を祀る闇の地底墓所
【種別】コアダンジョン
【階級】★★★
【場所】アンドロミカ地方 フーラ神殿地下
【属性】闇/命
【外観】神殿型
【内部】カタコンベ迷宮
【生還率】1%
【探索率】13%
【踏破数】0回
【踏破者】-
【特記事項】
等級指定:探索禁止
固有変化:不明
特殊制限:歩行に際し血液を消費する/光・聖属性完全無効
帰還魔法:使用不可能
帰還装置:不明
最高到達:不明
安全地帯:不明
【ダンジョン大図鑑抜粋】
超高難度ダンジョン。
元々闇の魔力が大発生していた場所に、フーラ・アンドロミカの頭蓋骨を長年安置した事で現れたコアダンジョンである。アンドロミカ家の血を引く者以外には立ち入ることすら難しく詳細は不明。一般的には、1歩進む毎に血が少量(3滴ほど)必要で、第1階層から出現する魔物が大変強いという情報のみ知られている。あまりに危険ゆえ基本的に探索は禁止されているものの、入口にたどり着くだけでも経歴に箔がつくため、このダンジョンを目指す者が後をたたないらしい。