135話 抱くのは身体に負担がある
本文と後書き修正。
さて、俺とルトルはコルヌビコルヌにある部屋へ戻って来た。ルトルは部屋に着いたとたん、お風呂の準備をすると言って荷物を持ったまま浴室へ駆け込んだ。
実は途中でクランバイア城にも来ていた魔法陣学の先生とすれ違ったけど、苔テラリウムのネックレスが良い仕事をしてくれた。そろそろ恥ずかしい悪戯に気付いてキーキーわめいてる頃だろう。
「ていうかまた1人になったし。仕方ないから紅茶でも飲んでようか」
あ、しまった。
淹れた紅茶を飲もうとしてはたと気が付く。ルトルに抱いて云々は勘違いだと伝えてなかったことを。きっとルトルのことだ、今頃お風呂をきれいに掃除して雰囲気も良い感じにしてるんだろうな。
「言いに行かなきゃ」
案の定お風呂はピカピカだった。いや、ピッッカピカだった。しかも狭い脱衣場に土魔法で雰囲気のある調度品まで作られている。
「こ、これはまずい……」
急いで浴場へ入ると楽しそうなルトルの鼻歌が耳に入ってきた。湯気でよく見えないけど、きっとすごいことになってるんだろう。
「ル、ルトル? ちょっと話があるんだけど……」
「アルフ様? やっぱり待ちきれなくなったんですか?」
下着1枚のルトルが汗を拭いながら湯気の中から現れた。汗なのか湿気のせいなのか、下着が肌にピッタリくっついて透けている。相変わらず惚れ惚れする筋肉だな。シルフィみたいなゴリゴリな感じではなくて、ほどよい格好いい筋肉。羨ましい。
「でも、もう少し待っていて下さい。その代わり初めては最高の思い出になりますよ」
「あ、いや、その……ん?」
微笑むルトルの背後、湯けむりの向こうで何かが蠢いたように見える……けっこう大きい何かが。
「見ては駄目です。あとで分かりますから、お楽しみですよ」
ルトルがサッと身体を動かして俺の視界を遮る。
「あ、えっとそのことなんだけど……うわっ!?」
ルトルに勘違いだと伝えようと思ったら、謎の物体がお湯を飛ばしてきた。俺もルトルもびしょ濡れだ。
ルトルはニコッと笑って湯けむりに消えて行く。
「こら、駄目じゃないか。もう少しだから大人しくしてるんだぞ」
い、生き物なのか?
いったいどういう使用目的なんだろうか。そういえばロポリスがルトルは上級者がどうとかって言ってたけど、もしかして俺には想像もつかない遥か天空の上級者なんじゃ……。
「濡れてしまいましたねアルフ様。申し訳ありません。着替えましょう」
戻って来たルトルにパパっと服を脱がされ、ふかふかのタオルで全身を拭かれる。
う~ん、やっぱり城の浴室係りよりも上手だ。何気にルトルはすべてにおいて技術が高い。アグアテスでしてもらった足のマッサージも凄く気持ちよかったし。
「すぐに脱ことになりますし寝間着を用意しますね」
俺の腰にタオルを巻き、自分の体も手早く拭き終えたルトルにエスコートされてお風呂から出る。
勘違いだってのはリビングで伝えればいいか。俺はされるがままの状態でそう考えていた。
「とりあえず寝間着はあとで良いからちょっと座って」
リビングに着くとすぐ、ルトルから少し離れてさっき淹れた紅茶をルトルの分もカップに注ぐ。
「風邪を引いてしまいますよ」
「大丈夫大丈夫」
ルトルは少し顔をしかめたものの、「いただきます」と言って俺の横に来る。で、ものすごく自然な仕草で腰に手を回してきた。
「うん? 座って飲も――」
ルトルを座らせようとした時、ドアの隙間から黒い霧が入り込んできた。
「はぁ、疲れたぁ」
それは可愛い可愛い弟のシルエットを形作り弱々しい声を出した。
「コルキス?」
「あれ? 兄様……」
真っ黒なシルエットからコルキスに戻るまでは一瞬で、あれ?」から「兄様」までの声の変化も一瞬。
「ぼくは母様やシュナ兄様たちにバレないよう一生懸命なのに、兄様はルトルと何してたの?」
コルキスの声はとてつもなく不機嫌で、射殺さんばかりに睨んでくる。
「な、なにもしてない! ルトルに夜だけ名前を呼んでって言ったのは特に深い意味があったわけじゃないって説明しようとしてただけだ!」
「っ!? そ……そうか、片付けてくる……いや、きます」
ルトルが腰からそっと手を離し、走ってお風呂へ行ってしまった。その勢いで少し水滴が飛んできた。
「兄様って最低だよね。信じらんないよ」
ヒストリアで過去を見たらしいコルキスが俺に近寄りながら責めてくる。
「ぼくルトルを慰めてきてあげようっと」
コルキスは当たり前のように吸血してルトルを追った……ん、全然痛くなかった。ついに吸血の痛みに慣れてしまったのか?
いや今はそんなことどうでもいい。
「やってしまった……」
追いかけて弁解してもだぶんルトルは傷付くだけだろう。きっと嫌々な思いで俺を抱こうと決心したに違いない。奴隷の立場というのをなかなか忘れてくれないから、俺のうっかり発言を断りきれなかったんだ。
そんな思いで準備していたのに、勘違いでしたとか言われたら……ひとまずコルキスに任せよう。いやでも今すぐ……うううう。
「出てきたらしっかり謝る。そうだ、そうしよう」
紅茶、淹れなおそうかな。寂しげな2つのカップを見てそう思った。
『復――度―常―』
ん? なんだ?
今、ロポリスたちが使う念話のような感じで声が聞こえた。信じられないくらい無機質な声で。
「熱っ!?」
胸が……熱い。
奥から火の玉でも出てくるかのようで胸を押さえる――だめだ、立ってられない。息を吸うと一瞬だけ視界に違う景色が写る……氷の中?
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」
でも胸の奥からブチブチと肉が千切れる感覚がして、そんなことはどうでもよくなった。
痛みの元を取り出したくて胸を掻き毟る。自分で自分の肉を引き千切る痛みは感じない。とにかく胸の奥だけが熱く痛い。無我夢中で肉を千切り邪魔な骨も砕いて、ようやく手が届いたのは石の破片のような固いものだった。
それは手が触れると光り始めた。
「なんだよこれ……」
怖い。けど不思議とどこかで見たことがある光だ。
『――と―が不適合』
『大――と――力で強――癒―』
『――不足の―響―ZからM―修正』
『幾つ―の―――キル及―既存―――ス―――元不可』
無機質な声は矢継ぎ早に言葉を発していく。
「何事ですかアルフ様!?」
叫び声を聞いたルトルが戻ってきてくれた。さっき傷つけたってのにいい奴だ。これが友達、いや親友か。
「心配しなくても大丈夫だよルトル」
コルキスも戻ってきた。
が、ルトルと違って呑気な雰囲気で俺が淹れた紅茶を飲み、顔をしかめている。珍しく口がへの字になってるじゃないか。
「甘くない。そうだ兄様、ロポリスとキャンディ作ったんでしょ? それもらうね」
コルキスは蹲っている俺を尻目に、机に放っていた鞄のポケットを漁って取り出したアルフキャンディを頬張る。そしてまた紅茶を1口飲むと今度はご満悦に笑う。
『――――――元率58パ――ン――限界』
「しっかりしろアルフ!」
ルトルが抱きしめて回復や治癒、状態異常解除の魔法を使ってくれる。
『聖――大――を感知』
『強制―リ――モ―ド』
そのお陰か無機質な声が聞こえなくなった。同時に熱さや痛み、光も消えて何事もなかったかのようにいつもの感じになった。
「な、なんだったんだ?」
「それはこっちのセリフだ!!」
よく見たらルトルは涙目になっていた。
泣いてたのか。そういえばお風呂に戻る時に水滴が飛んできたよな。
「ごめんなルトル。俺、種族特有の言い回しってよく分からないんだ…-」
「は?」
「ほらね大丈夫だったでしょ? ルトルは心配しすぎなんだよ。じゃあぼく少し寝るから。月が出たら起こしてね。珍しいクハムクロがいそうな場所見つけたから虫取りするんだ」
コルキスは、「わくわくする」と言って紅茶のセットごと霧になり、上の方に作った光が一切入らない寝室へ飛んで行った。
クハムクロか……メファイザ義母上たちにバレないようにとかって言ってたくせに、夜遊びに出かけるのかよ。
「アルフも休んだ方がいい」
きょとんとしていたルトルが真剣な顔に変わり俺を運び始める。
「……おんぶがいいんだけど」
「駄目だ」
突然のお姫さま抱っこから逃れようと頑張ったけど、ルトルの腕は力強かった。
俺をとても丁寧にベッドへ寝かせたルトルは、寝付くまでずっと頭を撫で続けてくれた。そして意識が無くなる寸前、何か柔らかくて気持ちいいものが口に当たったような気がした。
~入手情報~
【名称】復元
【発現】アルフレッド・ジール・クランバイア
【属性】時
【分類】逆行型/固有スキル
【希少】★★★★★
【効果】
壊れたものを元に戻すことができる。ただし自身が壊したものには無効であり、1つのものを復元し終わるまで別のものを復元することもできない。また、最大魔力の8割を消費すれば部分的に消滅したものにも効果を発揮する。
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【種族名】クハムクロ
【形 状】奇形・寄生虫型
【食 用】不可
【危険度】G
【進化率】☆☆☆☆
【変異率】☆☆☆☆☆☆☆☆
【先天属性】
必発:氷
偶発:全属性
【適正魔法】
必発:-
偶発:全属性
【魔力結晶体】
一部の変異体にのみ発生
【棲息地情報】
学園都市実験用森林/エデスタッツ樹海/キュルス地底林 など
【魔物図鑑抜粋】
日の光に当たると溶けて死んでしまうほど繊細で弱い。進化しても危険度は変わらずGのままという珍しい虫。大きさは10センチ~30センチほどで、クハの木を模した若いトレントの体内に侵入、体を食い破りながら成長する。また、トレンドを自分好みの巣に変えていく。個体によって見た目が大きく異なるが、総じて機能性や生存競争を無視した無駄に格好いい見た目をしており、愛好家も多く、毎年品評会も開かれる。一昨年の品評会で魔法王国の王子が出品した個体が長年該当無しであった最高賞を受賞し、それがきっかけで子供人気が大爆発したという。