131話 涎にまみれたお菓子
本文と後書き修正。
昼食時になり、多くの人が建物から出てき始めた。と思ったのもつかの間、人通りのまばらだったミュトリアーレの商店エリアはあっという間に賑やかになった。
特に目立つのが、全力疾走している大勢の女の子と数人の男集団。なにやら1つの屋台に向かっている。
「いいな。何の屋台だろ……」
ま、羨んでも仕方ない。俺たちがいる所にそんな人たちが押し寄せるはずはないのだ。なぜならここは、コヌルビコルヌの西側に聳える時計塔、その文字盤の真横。こんな所で昼食を食べる人はまずいないし、それ以外の時間でも人は皆無。そう、皆無!
ついでに言えば、店舗は隠れ物置小屋を使い、宙に浮かべるのではなくルトルの土魔法で時計塔とがっちり繋げてある。土魔法でできた繋ぎの部分は頑丈な魔法硝子にしてあって安定感は抜群。おまけに遠くからは見え難くい。
でもってここへは時計塔の機関部を通り抜け、文字盤から外に出て時計の針を伝い歩いて来る必要がある。そこまで来てようやく俺たちがうっすら透けて見えるよう、隠れ物置小屋を調節している。あとは魔法硝子の部分を歩いて来ればいい。念のため、一見してお店だと分かるようにテラスにも商品を並べてみた。
時間によっては針を伝うことができないから、そういう場合はルトルが土魔法で迂回路を作る予定だったんだけど……まあ誰も来ないし気にしなくていいか。
「うわっ、さっきの屋台もう売り切れか。女の子たちがすごい顔で文句を言ってる」
不思議なもんで自分が遥か遠くまで見えることに何の疑問も抱かなくなったな。きっとそういう固有スキルでも発現したんだろう。
そうそう、不思議といえばルトルだ。土魔法だけで魔法硝子が作れるてことは上級土魔法が使えるはずだ。なのにどうして簡単な土魔法なら使えるなんて言ったのか。理由は聞かない方がいいかな。
『ねぇ、ルトルはまだかしら。私お腹空いちゃったわ』
「ギィ」
何回目か分からないお菓子の味見をしながら、ロポリスとグルフナが溜め息をつく……子供みたいに1口噛ってペロペロするのは大精霊としてどうなんだろう。こら、グルフナも真似するんじゃない。
ったく、お菓子はコルキスやルトルにあげるんじゃなかったのかよ。けっこうな量食べてるけど……実はあげるってのは口実で、本当は自分が食べたかっただけじゃないのか?
「……ロポリスならあり得る」
『なに? アルフも欲しいの?』
ロポリスが食べかけの血錦玉を差し出してきた。
「いらない」
自分の血が材料だってのも嫌だし、ロポリスの食べかけってのもちょっと……。
『そう。私の食べかけを断るなんて変わってるわね』
どこがだよ。他人の涎にまみれた物なんか食べたくないだろ普通。
『失礼なこと考えてるみたいだけど、大精霊の食べかけのものって、先天属性が増えたり魔法の威力が上がったりするかもしれない、ありがた~い食べ物なのよ?』
そんな嘘に騙されるわけないだろ。俺やジル姉上が今まで何回、ロポリスやモーブから食べかけのものをもらったと思ってるんだ。
「先天属性なんか増えたことないけどな」
『それはアルフたちに運がなかっただけじゃないの~? ま、2人とも運の悪さは昔っからよね』
「そ――モガッ!?」
そんなことないと反論しようと口を開けた俺に、ロポリスがアルフキャンディを放り込んできた。それが喉の奥につっかえてしまい咳が止まらない。
『ほら、運が悪い』
クスクス笑うロポリスが背中を叩いてくれる。いや、これは運がどうのじゃくてロポリスが狙い済まして口に放り込んだからだろ。
「っ……はぁはぁ。死ぬかと思った。てか今のは――」
「あの!!」
ロポリスに文句を言おうと思ったら大きな声で遮られた。
『あら、お客さんかしら? 物好きもいるものね』
文字盤の向こうで顔を赤くしている声の主は、小柄な男の子だった。種族はたぶん人間……かな。
「い、いらっしゃい! どんな物が欲しいの!?」
声をかけると男の子は困り顔になった。はは~ん、俺が信じられないくらいの格好よさで驚いてるんだな。
『なに馬鹿なこと考えてるのか知らないけど、まずこっちまで連れて来てあげなさいよ』
そうか、今は12時10分だから針を伝って来られないのか。
「それはロポリス仕事だろ。今はルトルがいないんだから」
『は? なにそれ、聞いてないわ』
「今聞いただろ?」
『……まったく、こんな面倒臭い場所にお店なんか出すからよ。昼ご飯はオムライスにしなさいよね』
数秒だけ目を細めたロポリスが手に持った血錦玉を置いて手を動かした。すると男の子の前に魔法陣が現れる……うわ、思った以上に俺の魔力が持ってかれたな。
『あれに乗ればこっちに来れるわ』
「ありがとう。お待たせ! それに乗ったらこっちへ来れるから!」
「わ、わかりました!」
男の子は片足でトントンと魔法陣の固さを確かめている。そして恐る恐る魔法陣に乗ると安心したように息を吐いた。もう1歩進んで魔法陣の中心に立つと――下に落ちて行った。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
「えぇなんで!? 失敗!?」
ロポリスを掴んで締め上げる。
『失礼ね、そんなわけないでしょ』
「ぁぁぁああ!!」
ん? 叫び声が……上から?
見上げると同時に男の子がテラスに落ちてきて、フワッと止まった。男の子顔は涙と鼻水でグシャグシャになっている。
可哀想に、言葉もでないほど怖かったんだな。分かるぞ。俺もヒュブクデール近くの空でコルキスに足場を奪われたときに同じ思いをしたからな。妙な親近感を覚えてしまう。
「なんでこんな酷い仕掛けにしたんだよ」
『私が精霊だからよ。精霊がイタズラ好きなのは当然じゃない』
おっと、急に仕事を頼んだから少しムクれているっぽい。だからってあんな恐怖体験をお客さんにさせて良いものかどうか……。
『言っとくけど魔法陣の修正はしないからね。ふんっ』
そうかよ。じゃあもうどうするかはあとで考えよう。それより最初のお客さんをしっかり接客しなきゃだ。
「い、いらっしゃい」
「え……えぐっ……ひぐっ……」
これは駄目だ。とりあえずお菓子をあげよう。あと何か顔を拭くものも。
『ちょっと、そのお菓子は私のなのに……まあいいわ。たくさんあるもの』
やっぱりか。やっと本音を漏らしたな。隙をみて残りのお菓子を取り上げてやる。
「びっくりさせてごめん。ほら、これで顔を拭いて」
「ぐずっ……」
男の子はお菓子を横に置いて顔を拭き始めた。
「来てくれてありがとう。俺はアルフっていうんだ。君が何でも屋アルコルトル、ミュトリアーレ支店のお客さん第1号だよ」
頭を撫でながらゆっくり声をかける。
「カバンに変な紙が入ってたから。皆は滑ってて気持ち悪いって捨ててたけど、魔力に反応して文字が浮かび上がってきたからオイラどうしても気になって……ぐずっ。あ、オイラはコラスホルトだよ」
まだ涙目だけど落ち着いてきたようだな。滑ってて気持ち悪かったのは、たぶんグルフナの涎かラグスノートの粘液だろう。
「それにオイラはエシェック組だから、1限だで授業が終わるし、暗号もそんなに難しいものじゃなかったし……」
『あら良かったわね。あの駄文が暗号だって認識してもらえて』
なんだよ、難しすぎず簡単すぎず良い暗号じゃないか。
《偉大な魔法王が見下ろす横で待つ。対価を持参し欲せよ宝を。ジュエルに等しき我等の名はアルコルトル》
「オイラ、魔法王国の冒険譚が大好きなんだ。だからすぐに時計塔のことだって分かったよ」
父上や母上の冒険話は有名だもんな。斯く言う俺も幼いときはワクワクしながら聞いていた。
「そうかそうか。よし、怖い思いもさせちゃったしサービスするよ。早くこれも食べちゃいな」
「あ、これ食べられるんだ」
食べ物とすら認識されてなかったのか……コラスホルトがお菓子を摘まんでしげしげと見ている。
「綺麗だな……持って帰って友達と分けてもいい?」
「ああ、それならもっとあるから――」
『駄目よ! これ以上お菓子はあげられないわ!』
「ケチ臭いこと言うなよロポリス」
手を伸ばすとロポリスはお菓子を消してしまった。なんてヤツだ。お菓子をドゥーマトラの所へ送りやがったな。
「はあ……じゃあ、コラスホルト。お店は自由に見て回っていいから。精算するときに声をかけてくれ」
「見て回る?」
首を傾げたコラスホルトの背を押して隠れ物置小屋の中へ連れて行く。
「うわぁ、凄い! これ全部売り物なの? え、安い!」
コラスホルトが驚くのも無理はない隠れ物置小屋は限界まで大きくしてあるし、値段も今日は学生価格にしてある。
「そうだよ。あとで紅茶を淹れるからゆっくりしてってよ」
「う、うん!」
コラスホルトは籠をひっ掴むと、目を輝かせながら店内を行き来し始めた。小走り姿が少しだけアドイードに似ている。手の伸ばし方はコルキスっぽいな。
俺は良い茶葉を使おうと決めた。
~入手情報~
【名称】魔法硝子
【分類】魔法操作系物質
【属性】土
【希少】☆☆
【価格】共通銅貨50~
【アルフうろ覚え知識】
自然界の砂を魔法で硝子にしたもの。
方法はいくつかあるが、通常は土魔法と火魔法に加え水魔法か氷魔法を使って作り出す……はず。ルトルのように土魔法のみで作り出した魔法硝子は強度や美しさが段違いに高く、上級魔法を扱える実力が必要といわれている。
~~~~~~~~~~
【名 前】コラスホルト
【種 族】人間
【職 業】学生
【年 齢】10歳
【レベル】13
【体 力】101
【攻撃力】21
【防御力】33
【素早さ】28
【精神力】10
【魔 力】11
【通常スキル】
狩り/薪割り/集中強化/素人剣術/毒の知識
【固有スキル】
震える瞳/実直な涙/チープポイズン
【先天属性】
毒
【適正魔法】
毒魔法-初級/風魔法-初級