129話 聖女と勇者
本文と後書き修正。
地下牢へ続く扉には強い隠蔽の闇魔法がかけられていた。
きっと私が聖女魔法を使えなければ気付くことさえできなかったでしょうね。
「気味が悪いわ」
隠蔽の闇魔法を打ち消すのではなく、中和してすり抜けた先はおどろおどろしい雰囲気だった。
聖女魔法で明かりを確保しながら慎重に階段を降りていく。
徐々に闇の気配が濃くなって……確かあのクランバイアの第2王妃はヴァンパイアロードだったわよね。大丈夫、属性の相性では私に分があるもの。今月は闇属性より聖光属性の方が強い月だし。
それに聖女魔法には闇を消し去るものもあるわ。もし駄目でもホーリーワルツで……。
ねっとりと絡み付くような恐怖に負けないよう、自分を鼓舞しながら進み、ようやく階段を降りきった。
「今降りてきた階段に比べれて、ここから先はそこまで闇の気配はしないわね」
少し安心して地下牢の地図を取り出す。以前、簡単にだけどこの地下牢を調べておいて良かったわ。
「有能か、私。ふふっ」
このミュトリアーレの地下牢は蟻の巣状に広がっている。というよりまさに蟻の巣。
昔、タイラントキラーアントがミュトリアーレ地下に巣を作ったのを、討伐後に再利用しているから……にしても広すぎるわよ。
歩いて探し回るより、固有スキルでさっさと済ませようかしら。魔法でも探索はできるけど、もしまだ第2王妃がいたら勘づかれるかもしれないし。
「この地下牢くらいの範囲なら魔力使わなくてもイケるはず」
アナザーリンクを発動……ん、意外と人がいるのね。使われていないのは表向きだけなのかしら。それとも隠れ住んでいるとか…………あ、この人あの男と同じでやたらと先天属性が多いわね。ちょっと妙な感じ、ステータスに違和感を感じるけど……やった、当たりだわ!
『誰だ?』
っ!?
気付かれた……この男、ただ者じゃない。でも、その方が私にとっては都合が良いわ。
『初めまして。私は聖女よ。あなた、昨夜クランバイア魔法王国の第2王妃に連れられていた男でしょ? 話したいことがあるの』
『聖女とは、これはまた胡散臭いな』
まあ、そうでしょうね。私だっていきなりテレパシーみたいなのが聞こえて聖女ですなんて言われたらね。でもこれなら……
『今から私を少しだけ見せてあげるわ』
私が一方的に見るだけでなく、この男……えっと、蒼汰っていうのね。蒼汰に私の心と記憶を少し見せてあげる。
『…………お前の方は気楽そうで羨ましいよ』
なによコイツ。気楽なわけないでしょ。
『今からそっちへ行くわ』
『そうか、ちょうど周りには誰もいない。早くしてくれると助かる』
あら? 思ったより弱ってるのね。えっと……やだ、随分とグロテスクなことになってるじゃない。
『分かった、急ぐわ。それと安心して。私は聖女だから手足や眼球くらいパパっと再生してあげるわ。はみ出てる内臓もあっと言う間に元通りによ。だから、死ぬんじゃないわよ!』
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聖女とやらの声が聞こえなくなってどれくらい時間が経っただろうか。
数分かもしれないし、数時間かもしれない。
もしかするとあの声は俺の妄想だったのかと思うほど、意識がぼんやりしてきた。
だが、肩と足の付け根や腹から血が少量ずつ流れていく感覚は、妙にはっきりしている。
「はっ……メファイザの奴、良い趣味してやがるぜ」
ゆっくり血を抜いて殺すだけじゃなく、右目だけを潰して、はみ出た内臓が見えるようにしてある。
訳も分からずこも世界に召喚されて、どうして俺がこんな目に。もしかしたら、このまま死ねばユウタと両親の所へ行けるかもいれない。それも悪くないかもな。
「残念だけど、ここで死んだらそれは無理よ?」
聖女と同じ声がする。
顔をあげるとドラゴニュートの女が立っていた……美人だな。
「それはどうも。ねぇ、この牢屋だけやけに厳重な結界が張られてるけど、あなたあの王妃とどういう関係なのよ。もしかしてこれって浮気したお仕置きだったりするの?」
軽口を叩きながらメファイザが施した結界を中和していく。
打ち消したりバレないように解除するよりもよっぽど高度な技術だ。聖女というのもあながち嘘じゃないのかもな。
「なに? まだ信じてなかったわけ? じゃあ、今から身体を再生してあげるから見てなさいよ」
不貞腐れたように言った聖女が詠唱を始める。
傷口に魔方陣が展開され……
「フルゴルリッテラ=レナトゥス」
魔方陣の文字が手足を形作り、そのまま実体化していく。狭かった視界も元に戻り、内臓ももうはみ出ていない。
「どう? これで信じたかしら?」
額の汗を拭いながら聖女が手を差し出してくる。
「ああ信じるよ、聖女様」
俺はその手を取り、地下牢から脱出した。
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「うーん、思ってたのと違うのが釣れたわね」
映像の中でメファイザが意外そうにしている。
「そうですの?」
さきほどのドラゴニュートはメゴゼック王国の上級貴族でしたかしら。聖女、と勇者が呼んでましたわね。
「ええ、てっきり死人でも来るのかと思ってたわ」
死人……ですか。なかなかに興味深いお話ですわ。
「メファイザさん、笑っていないで分かるように教えて下さらない?」
「後でね。楽しみはとっておかないと。でしょ、アトス?」
「狡いですわ」
私の印の効果で勇者を見張ることができましたのに。
「それはお互い様でじゃない? あ、コルキスが動き始めたから行くわ。あれは眷属に運ばせるって伝えておいて」
「もし? もし? ふぅ、勝手ですわね」
映像を一方的に切られてしまいましたわ。さきほどの映像はミラの固有スキルですから、こちらからは連絡が取れないではないですか。
「┏┗8○2△━●┏┗◆2*」
一緒に映像を見ていたエテリの神蜂が、そう言い残して飛んで行く。
「きっと彼女、泣いて喜びますわね」
メファイザの言葉は気になりますが、私も目的は果たしましたし、一旦帰るとしましょうか。
「イステさん、私の用事は済みま――」
言い終わる前にイステが固有スキルで私をクランバイア城まで戻して――あら?
ここは……風蝶草の広間。
戻って来た私に、王妃7人分の微笑んだ視線が注がれる。なるほど、これは珍しいですわね。
異様な雰囲気に包まれた広間、気合いを入れて笑顔を作らなくてはなりませんね。これから2年ぶりに王妃だけのお茶会が始まるのですから。
「あらあら、皆さんでお出迎えだなんて嬉しいですわ。珍しい方もいらっしゃるようですし」
「当然だわ。皆あなたが大好きですもの。さ、席についてアトス」
アシピルペアが目を細め――くっ、さっそく仕掛けてきますのね。
「ああ、そうそう。残念だけど今回のお茶会、エテリとメファイザは不参加よ」
「それは残念ですわね」
うふふふ……受けてたちますわ。王妃同士、本気の探り合い。久方ぶりに腕が鳴りましてよ。
~入手情報~
【名称】アナザーリンク
【発現】プフヘネ・シエヌワトラ
【属性】聖光
【分類】共有型/固有スキル
【希少】☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
【効果】
自分ではない他の何か1つと、心や思考を始めとした全てをリンクさせることができる。一定範囲に限り魔力は不要だが、その範囲外のものとリンクする場合、距離に応じた魔力が必要になる。リンクを維持するには体力を消費しなければならいない。また、リンクするものを探す際の副産物として探索魔法のような使い方もできる。種族や職業が唯一無二のものや特定の存在とはリンクできない。
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【種族名】タイラントキラーアント
【形 状】蟻型
【食 用】可
【危険度】C
【進化率】☆☆
【変異率】☆☆☆☆☆
【先天属性】
必発:土/毒
偶発:火/水/雷/氷/影/光/死/竜
【適正魔法】
必発:土
偶発:火/水/雷/氷/毒/影/光/竜
【魔力結晶体】
一部の変異種にのみ発生
【棲息地情報】
クイ平原/ジガル岩床/禁足地レトンガーデン など
【魔物図鑑抜粋】
非常に凶暴な蟻型の魔物。
数百匹~数万匹の群れを作り、巣の周囲を食い荒らしてしまう。単体ではCランク、しかし規模にもよるが群れの場合はSランク扱いされることもある。主に顎、毒針、酸を使った攻撃してくる。個体によっては前足が凶器のようになっていたり魔法を使うものもいる。女王を殺すと制御を失い大暴走する。数百年前にドラゴン種以外での発現が極めて珍しい竜属性を持つ個体が確認されたこともあり、その地域は未だ禁足地とされている。
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【王妃だけのお茶会】
クランバイア魔法王国の王妃だけが参加できるお茶会。
3人以上に気付かれなければ何をしても良いお茶会であり、壮絶な腹の探り合いが行われる。ただし別の王妃を殺す場合、お茶会中の攻撃で致命傷負わせ、お茶会終了後に死ぬようにしなければならない。また、笑顔で楽しそうに振る舞わなければならない決まりもあるため、毎回異様な雰囲気に包まれる。
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【風蝶草の広間】
クランバイア城に存在する広間。
王妃以外には秘密にされている部屋であり、特殊な魔法がかけられている。微笑みを2秒以上絶やしたり自分以外を殺した場合、また、広間の魔法に干渉しようとすると、魂が風蝶草に吸い込まれ死んでしまう。悪事が3人以上にバレた場合は数秒~数分、知性を失う。代々、王妃だけのお茶会は必ずこの広間で開かれている。