127話 2つめの秘密基地
本文と後書き修正。
俺たちは昨日、独立学園都市ミュトリアーレに到着した。ここで勇者の到着を待つ。
宿屋には泊まっていない。知り合いや1年の半分はここにいる2人の兄上、未だ滞在中のメファイザ義母上に見つかる可能性があるためだ。
色々考えたけど、そうそう人が訪れないだろうということで、ミュトリアーレを象徴する隣接する2つの研究棟、それらの屋上を呑み込むように根を下ろしたぶっ太い2本の樹木、通称コルヌビコルヌの中に居を構えた。
例によってドリアードが樹木を改造し、快適なツリーハウスのようになっている。木のベッドやらかい弾力で気持ちいいし、風呂だって幹や枝から細い水が束になって出てくるんだぞ。もちろん隠蔽も完璧で、温度や湿度管理も文句無しだ。
コルキス曰く、「2つ目の秘密基地だね」らしい。
そして一緒に移動してきたヒュブクデールはというと、ミュトリアーレから20キロほど離れた平原を新たな定住場所とし、4年~5年はそこで魔力を蓄えるらしい。昨日のうちにヒュブクデール401世がミュトリアーレの代表者と話し合い、許可を得たと聞いている。
「あの赤ん坊に交渉ができるとは思えないんだよなぁ……」
「見た目で判断するのやめなよ。兄様よりよっぽど交渉上手だよあの人」
こんな生意気を言うコルキスはミュトリアーレにメファイザ義母上がまだ滞在していると知ってから随分と嬉しそうだ。俺は唯一上手くいきかけた見合い相手のプフヘネに会えてないってのに。
「あっ、母様の気配が……ぼく見てくるね」
気配を追っていたのか、少しきょろきょろしたコルキスが作業を中断して出て行った。
こんな真夜中に? と思ったが、メファイザ義母上はヴァンパイアロード。この時間が本来の活動時間だ。クランバイア城にいた頃は父上に合わせて昼間に行動していたから、改めて思えばそっちの方が不自然なのか。コルキスもヴァンパイアハーフだから、本当は夜の方が好きっぽいし。
「あ~あ。義母上たちがいなけりゃ色んな魔法円学の授業を聴講できたのに。研究者とも話がしたかったし」
せっかく学園都市へ来たのに魔法円談義ができないなんて最悪だ。つまらないったらない。
「ロポリスが面倒臭さがらず、ちゃちゃっと魔法で見た目やなんか諸々を誤魔化してくれればなぁ……」
何故か5日くらい前から徐々に頭が2つになっていき、今ではオルトロスみたくなっている感じの悪い人形をチラッと見る。
『別にいいのよ、やってあげても。アルフがうっかりミステリーエッグを発動したり、コルキスが兄様とか呼んだりしなけりゃ問題ないんだし』
『そりゃ無理な話だ。アルフは底抜けの馬鹿だし、コルキスだってメファイザや仲の良いシュナウザーとミラには口を滑らせるかもだ。そうなったら大変だぞ。特にシュナウザーは今も昔もアルフにご執心なんだしよ。嫌な意味でな』
人形それぞれの顔からロポリスとドリアードの声が飛んでくる。
まあ実際そのとおりで、自分でもうっかり正体を明かしてしまいそうな気がする。ていうか滞在2日目にして既に前科ありだし。
実は昼間、シュナウザー兄上とミラ兄上とニアミスしてしまった。その時つい、「げっ、シュナウザー兄上だ」って言っちゃったんだよ。こういうポカを見越して、あらかじめ用意されてた小さな苔のテラリウムが付いた特別なネックレスのお陰で事なきを得たわけで……だから強気に出るわけにもいかない。
『ったく、ドリアに感謝しろよ』
ドリアとはモネールの家で嬉しそうに回って光る葉っぱを見せてくれた、あのドリィアド族の女の子。普段は茸や苔なんかをそっと愛でている物静かな性格らしいが、あのときはドリィアド族になれてとても嬉しかったんだそうだ。ベッドで眠っているドリアを見るとそれがよく分かるすやすや加減だ。
「してるよ。心の底から」
ネックレスはドリアが作ってくれた。ミラージュモスとイリュージョンモスという2種類の苔を用いて、ドリアの固有スキルでテラリウム化、俺たちに都合の良い幻や音を発生させるようにしてある。しかもやらかし発言や行動も、誰かに聞こえたり見える前に改変してくれる超優れもの。但し、持続時間が短い。
ちなみに別のドリィアド族のアドイードも、自分がネックレスを作るし、ここにも一緒に来るんだとルンルンしながらお泊まりの準備をしていた。
でもしていただけ。
残念ながら出来上がったネックレスを見たドリアードに不合格の烙印を押され、ヒュブクデールでの待機を言い渡されたのだ。アドイードはムクれにムクれて反抗してたけど、怒ったドリアードに木の根でがんじがらめにされてめそめそしていた。
ただ、俺のことが大好きだから離れたくないんだと駄々を捏ねていた様子は、どこまでも可愛かったけどな。
『なにニヤニヤしてるのよ』
『気持ち悪いぞ』
「うるさいな。別にいいだろ。ニヤニヤしてても俺は完璧な顔だ」
「えと、このネックレス凄いで……よな」
ややうろたえながらルトルも会話に入ってきた。ルトルの首にかかるネックレスをラグスノートが忌々しげに叩いてるからそれを嗜めつつ。
でもラグスノートの態度は仕方ないのかもしれない。ネックレスに居場所を奪われたんだから。今はルトルの手にガントレットみたく絡み付いている。カッコいい造形なのは、さすがハンサムスライムいったところ……あ、そうだ。あの状態をハンサムガントレットと呼ぼう。どう形容しようか迷ってけどなかなか良いんじゃないか? よしよし、一個解決。
にしても惜しかったな。ルトルの敬語があとちょっとで抜けきらない。ここに来るまでの7日間でだいぶ慣れてはきたんだけど……完全に打ち解けるのはまだ先か~。
「ゲィィッ!」
おや?
グルフナもネックレスが気に食わないようだ。いや、これはラグスノートの真似か。なんでもグルフナはラグスノートのカッコ良さに憧れがあるらしい。ヒュブクデールで過ごしてた時に自分もカッコ良くなるんだ、役に立つんだと宣言していたくらいに。
「ルトルの言うとおりだよ。綺麗だし便利だし」
「……ゲジィ」
なんと、ネックレスを褒めたらグルフナがしょんぼりしてしまった。
「もちろんグルフナも凄いぞ」
まさかネックレスに嫉妬するとは……。
「兄様、勇者が来たよ」
「うおっ!?」
グルフナを撫でまわしていると、突然コルキスが現れた。驚いた俺をコルキスの肩に乗ったディオスの分裂体が馬鹿にしたような表情で見てくる。
『プッ……』
『驚き過ぎだろ』
ロポリスとドリアードもかよ。
「いきなりなんだからしょうがないだろ」
「俺も……驚きま……驚いた」
「兄様もルトルもそろそろ慣れてよね」
コルキスが呆れ顔で俺があげた小さな木片のネックレスを見せてくる。
4つある木片の1つは他者から認知されなくなる効果があり、微妙に使い勝手の悪い部分もあるけど、なかなか便利らしい。苔テラリウムのネックレスも身に付けてるから、首回りがじゃらじゃらしてるけど。
「でね、あのクソ勇者アトス義母様の印を付けられてたよ。どうする?」
うわっ……それかなりマズイじゃないか。あの印は不自由と死の代名詞だ。
「どうするって、絶対会っちゃ駄目だろ。あれには、たいてい盗聴や覗き見の効果がくっついてるんだから。あと爆破も」
『じゃあ、もうここに用はないわね。勇者は放っといてさっさとマデイルナン公国へ行きましょう』
『そこまで行けばセイアッド帝国は目と鼻の先だな』
「そ、そうなんだけど……」
「プフヘネとかいう女に会いたいんだろ?」
お、今のルトル完全に素の喋り方だったな。ちょっと声が低かったけど良い感じだ。
「ああ。せっかくなんだし会っときたい」
「でも兄様、プフヘネは学外実習で10日は帰って来ないんでしょ?」
はぁぁぁぁ、そうなんだよ。
実はミュトリアーレに着いたその足でプフヘネに会いに行った。けど、まさかの不在。入れ違いで学外実習に行ったと聞かされた。しかも実習場所は秘密だから教えられないとか言われるし。
『プフヘネ?』
人形の右の頭がぐにっと曲がった。ドリアードはただ疑問に思っただけだろうが、とても怖い。なぜ頭。傾げるなら首からにしろよ。
『忘れたの? プのことよ』
『ああ! あのクソ女か!』
「おい、俺の初恋の人をクソ女呼ばわりするんじゃない!」
「初恋?」
ルトルが怪訝な顔になった。
「くふふ、そうなんだよ。プフヘネは高飛車で傲慢で我儘で、お菓子に対する自制心もなくて、なんか臭いし、おまけに愚鈍な本当に最悪の姫なんだよ」
「そんな女が……初、恋?」
「昔の話だろ! 今は臭くないし謙虚で聡明かつ気さくなんだよ!」
確かに幼いときはそうだった。とんでもない不潔な人格破綻者だった。でも優しいとこもあったんだぞ。それに10歳の時、熱病にかかってからは人が変わったみたいに素晴らしい姫になったんだ。メゴゼック王国で1、2位を争うくらいの素晴らしい姫に。
「あんなことがなければ、きっと今頃は結婚して――」
「あ、ごめん兄様、ディオスから連絡。母様とミラ兄様がぼくの部屋に近付いてるって。ぼく行かなきゃ。あ、でもちょっとだけ吸血させて」
コルキスはクランバイア王子の公式訪問という形でミュトリアーレにいる。だから客室棟に超絶豪華な自室を用意されてるんだ。
で、ディオス本体がそこでコルキスの振りをして、メファイザ義母上のヴァンパイアオーラやミラ兄上の便利な固有スキルを撹乱している。
「不完全投影の汎用性ってすごいよな」
「くふふ、いいでしょ~」
自慢気な顔をしながら首に齧りついてくるコルキスがとても可愛い。しかも吸血しながら頬擦りをするという高度な甘えっぷり。悪くない。いや、かなり嬉しい。
「けぷっ。じゃあもう行くね、お休み!」
コルキスは満面の笑顔を残し、サッと霧になると行ってしまった。
「もう少し吸血されててもよかったんだけどなぁ」
『アルフは本当駄目ね。何回魅了されれば気が済むのかしら』
『さっさとミステリーエッグ発動して魅了を解除しろ。商品作るんだろ』
はっ、そうだった。
コルキスと違い俺は商人で滞在申請してある。ルトルとドリアはその手伝い。冒険者でもよかったんだけど、それだとルトルとドリアの立ち位置が微妙だし、そもそもミュトリアーレではDランク冒険者に任せられるような仕事は学生や研究者たちが自分でこなす。依頼なんか出さない。
商人として滞在しているからには商売をしないといけないわけで……おまけにミュトリアーレで商売をしたら、売り上げの15%を税として納めなくてはいけない。
だからコルキスとミステリーエッグでアイテム作りの途中だったんのに。
「頼めるかな?」
結婚やら初恋やらぶつくさ言ってるルトルだけど、確か簡単な土魔法が使えたはずだ。
「あ、はい」
むぅ。「はい」じゃなくて「うん」とか「おお」って言ってほしいのに。
「次に敬語使ったら罰ゲームだからな。黒のすごろくで友情スキンシップのコマを量産してやる」
あれは頑張ればコマを書き換えられるからな。
『それは罰ゲームとは言わないでしょ』
『ごほうびだ』
結局、俺の脅しもむなしくルトルは敬語を連発。その都度黒のすごろくを開くもんだから、商品作りはあまり捗らなかった。
~入手情報~
【名称】フォレストサプリケーション
【発現】ドリア
【属性】植物/雷
【分類】嘆願型/固有スキル
【希少】★★
【アルフのうろ覚え知識】
植物に嘆願することで協力してもらうことができるらしい。稀に断られることもあるが、それでも見返りを差し出せばほぼ引き受けてくれるとのこと。また、体力を消費すれば植物を一定期間小型化しテラリウムにすることもできる。さらに体力を消費すれば、植物の能力を増幅したり拡張することもできなくはないとか。
~~~~~~~~~
【名称】ミラージュモス
【分類】惑わせコケ
【分布】世界中(比較的明るく湿り気のある場所)
【原産】プリュル高原
【属性】植物/光
【希少】☆
【価格】共通木貨1枚/100g
【アドイードのやる気解説】
光を屈折させる苔だよ。
えっとね、捕食者が近付くと光を屈折させて~、別の場所にあるかのように錯覚させたり~、植物系の魔物の様に見せたりするの。胞子には儚い夢を見させる作用があって、狙った生き物の意識をぼんやりさせて遠くまで胞子を運ばせりゅよ。
~~~~~~~~~
【名称】イリュージョンモス
【分類】惑わせコケ
【分布】ネネ樹洞/ネッツァ洞窟/アブルレシク峡谷 など
【原産】一坪の迷宮モビュル水琴窟
【属性】植物/水/光/影
【希少】☆☆☆
【価格】共通銀貨20枚/1g
【アドイードのやる気解説】
幻影を見せる苔だよ。
危険が迫ると幻影を見せる淡い光を放つんだよ。この幻影は然り気無い効果だかりゃ、それが幻影だって気付くのはとっても難しいよ。アドイードはすぐわかりゅけどね。わりと色んな場所で見かけるのに、何個も属性をもってりゅかりゃ魔法薬とか武器や防具の副原料によく使われりゅんだって~。
~~~~~~~~~
【名称】ハンサムガントレット
【分類】魔物兵器
【属性】植物
【希少】★
【価格】-
【コルキスのヒストリア手帳】
ハンサムスライムのガントレット形態。
ハンサムスライムが好きな者から離れたくない一心で変形してるだけ。なのにその気になればそのまま戦闘でもすっごく活躍できるみたい。特にハンサムスライムが固有スキルを使ったら、恐ろしい兵器になるよ。現状ではルトルだけが装備できそうだね。兄様は無理っぽいよ。
~~~~~~~~~
【名称】苔テラリウムのネックレス
【分類】欺き具
【属性】植物/雷/水
【希少】☆☆☆☆☆
【価格】-
【ドリアードの審査講評】
ドリアが作製したネックレス型のテラリウムについて。
中の苔が装備者の意向通りに幻や音を発生させたり光を屈折させて錯覚をさせている。常時消費するものがないこと、苔自体の対応力と応用力が素晴らしく、丁寧な作り込みと細部までこだわった美しさは好感が持てる。一方で、幻等の持続時間が短いことと、1日1回魔力を含む清らかな水を与えなければ仕事をしてくれない点については改良の余地あり。なお、アドイード作製分は処分済み。あいつは馬鹿の奇才だ。
~~~~~~~~~
【コルヌビコルヌ】
独立学園都市ミュトリアーレの巨木及び研究棟。
コルヌビコルヌとは2角獣の角という意味であり、元々は象徴的な2つの研究棟の屋上に植えられた、無数の2角獣が絡み合ったような樹木のことを指していた。しかし、いつからか研究に没頭し何日も風呂に入らず着替えすらしない不潔な学者たちを、不浄な2角獣バイコーンに見立てて揶揄した呼び方となり、転じて彼らの活動する2つの研究棟がそう囁かれようになった。
~~~~~~~~~
【名称】バイコーンツリー
【分類】霊食樹
【分布】独立学園都市ミュトリアーレ
【原産】独立学園都市ミュトリアーレ
【属性】植物/霊
【希少】★★★
【価格】-
【ドリアードのコソコソ話】
アルフたちが寝床に選んだ樹木の本当の名前だ。
通称はコルヌビコルヌ。こっちの方が格好いい響きだが、これはミュトリアーレの研究者が勝手につけたものだ。私たちが授けた名はバイコーンツリーだ。かつて大発生したバイコーンの活用方法を研究していた第7研究所のジジイが開発した植物で、この木には魔物以外の霊体を世界の不純物として取り込み、擬似的な魔石として結実する力がある。肉体を不純物として滅することも可能だ。世界でここにしかない植物だぞ。




