125話 平和な時間
本文、後書き修正
窓の外はすっかり明るくなっていて、楽しそうな人々の声が聞こえてくる。
疲れがとれてない。
目が覚めて1番にそう思った。いや、体力的には何の問題もない。ただ、精神的にというかなんて言うか……はあ、もう昼過ぎか。
コルキスたちは――まだ寝てるか。早起きなルトルもぐっすり寝てるから、大赤字販売会は相当疲れたんだろう。
ヒュブクデールは今、ヒウロイト王国を出て独立学園都市ミュトリアーレに向かっている。町の修復に土地の魔力を消費したからだ。
大赤字販売会の打ち合わせで冒険者ギルドへ行ったとき、別のページで次の移動先を話し合っていたらしい。あの日、ギルド前で俺たちと別れたコルキスはしれっとそこに混ざりミュトリアーレを提案。言葉巧みに利点を説明し採用に持ち込んだ。
コルキスは「兄様達と別れてホノリウスに捕まるまでの短時間で説得したんだ、凄いでしょ」と自慢気だった。
ミュトリアーレまでは7日ほどで着くという。俺たちはその間モネールの家に泊めてもらうことになった。ちなみに、ドリィアド族はヒュブクデールに存在する森で暮らすそうだ。
『やっと起きたか』
『お腹が空いたわ。行くわよ』
遊んでいたらしいドリアードとロポリスが俺の前に来て仲良く、感じの悪い人形の中の入っていった。
机には散らばったカードが放置されている。見たことない不思議なカードだ。カードの上半分に絵柄、下半分には見たことない文字の羅列がある。
「ギィ……」
ロポリスたちの側で転がっていたグルフナが寄ってきた。どういうわけかげっそりしている。
「大丈夫か?」
「ヴォゲェ」
ほうほう、ロポリスたちがカードゲームしたいからって滅茶苦茶働かされたと。
『なによ。グルフナだって乗り気だったじゃない』
『そうだそうだ。今さら被害者面なんて虫がよすぎるぞ』
「ィジィ……」
よく分からないけど、とりあえずグルフナをたっぷり撫でてから食卓のある1階へ向かうことにしよう。
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「昨日はお疲れ様だったわね」
あれから30分くらいして1階の食卓へ降りると、何かを煮込んでいるモネールの母、ニカーラがコップを差しだしてくれた。
「ありがとう。ところでモネールは?」
「旦那たちと天空の吊橋っていうダンジョンへ行ったわ。昨日買った装備やアイテムを早く使ってみたいってはしゃいじゃってはしゃいじゃって」
子供みたいだったわと小さく笑って、また煮込み作業に戻っていった。
その背中に母上を思い出しながら椅子に座って……って、なんだこれ。コップの中には赤色、青色、無色、茶色の透明な小人が膝を抱えて座っている。しかも全員怯えたような表情だ。
『やだ! これエレメンタルティーじゃない!』
『飲むのか!? おい、飲むのか!?』
そりゃあ、せっかくニカーラがくれたんだし。
「もしかしてエレメンタルティーは初めてかしら?」
エレメンタルティーとやらを見ていたらニカーラが声をかけてきた。
「ああ……うん」
エレメンタルティー、どうやらこの飲み物はヒュブクデールでポピュラーな飲み物らしい。
淹れ方が下手くそだと、きちんと小人の姿にならず美味しさも半減するとか。小人の表情が怯えているほど美味しく淹れられた証だとニカーラが教えてくれる。
飲み方を聞いてみると、1人ずつ飲んでもいいし、2人~全員を混ぜ合わせてもいいとのこと。
「ほ、本当に飲んでいいの? コップに口を近付けたら震えて泣き出したんだけど……」
「泣いてるの? ふふっ、今日は特に上手く淹れられたみたいね。さ、美味しいから飲んで飲んで」
ニカーラは嬉しそうに勧めてくるけど、ロポリスたちは飲むな飲むなと騒いでいる。とはいえ、泊めてもらっている家の家主が勧めるお茶を断ることなどできない。
「い、いただきます」
1人ずつ飲もう……へぇ、赤色はベリーの風味がするのか。すごく上品な香りで美味しい。
『いやぁぁ、本当に飲んだわ!』
『信じられないぞアルフ。お前、そんな趣味があったのかよ!』
煩いな。何をそんな騒いでるんだよ。美味しいんだから良いじゃないか。
ロポリスたちを無視して次を楽しむ。青色は爽やかで甘く、無色は柑橘系の風味、茶色は深みというかコクのようなものがあった。
「ごちそうさまニカーラ。すごく美味しかったよ。あと、何か食べる物があったらもらえるかな? グルフナとこの人形の分もお願い」
「ふふっ。ちょっと待ってて」
鼻歌を歌いながらエレメンタルティーのお代わりを淹れてくれニカーラは、そのまま料理を始めた。食材や調味料が本から飛び出してくる様子が新鮮だ。
『ああ……アルフがまた、大人の階段を斜めに登ってしまったわ。悲しい』
『そう言うなよ。称えてやろうじゃないか、下級精霊のアレの煮汁を飲んだ勇気をな』
ん? なんだこの会話。
『そうね……プッ……クククッ………』
ロポリスが笑いを堪えている……嫌な予感がする。
『アルフ、お前が飲んだのはな、人間たちで言うとウン――』
「聞きたくない!!」
咄嗟にドリアードを制し、お代わりを見ながら心を無にしていたらドリアード入った人形がコップに触った。
その顔はどこか満足気な表情にも見える。
人形の手がコップから離れると……中の小人たちの姿が文字になっていく。うう、ヴォルキリオの封印場所で見た、アクネアとティザーを爆笑させたあの精霊文字と同じ文字だ……。
「どうしかした?」
料理を持って来たニカーラが聞いてくる。
「何でもないよ……」
俺は3杯目は遠慮すると決めた。
食後にぼーっとしてたらコルキスが起きてきた。眠気眼で浮かびつつ俺に抱きつき首に牙を立てる。
吸血ってコルキスにとって、食事やおやつでもあるんだよな……てことは目を擦りながら吸血するのは食事のマナー的にどうなんだろう。
ふと、そう思った。
「ん……? もしかしてエレメンタルティー飲んだ?」
コルキスが俺の膝に座り直しながら聞いてくる。
「飲んだぞ」
「あのね、あれって実は……」
止めてくれ。コルキスの言葉を遮って首を振る。するとコルキスは察してくれたようで、「そっか」と言い体重をあずけてきた。
「コルキスちゃんは何か食べる?」
編み物をしていたニカーラが手を止めて言う。穏やかで綺麗なお母さんって感じだけど、実はゴリゴリの戦闘派でエグい攻撃魔法を好んで使うって話だ。
そういえばニカーラが植物魔法に特化していると知ったドリアードは少し嬉しそうだったな。
「ううん。兄様を吸血したから、ぼくお腹いっぱい」
「そう、お腹が減ったらいつでも言ってね」
「うん」
平和な光景だ。
きっとミュトリアーレに到着するまで、毎日こんな感じなんだろうな。
~入手情報~
【名称】天空の吊橋
【種別】コアダンジョン
【階級】☆☆☆☆☆
【場所】ヒュブクデール
【属性】土/植物/風/雷/光
【外観】縦穴洞窟型
【内部】浮島型迷宮
【生還率】91%
【探索率】43%
【踏破数】2回
【踏破者】モネール一家
【特記事項】
等級指定:C~
固有変化:浮島や吊橋の位置関係が変化/上下反転場所あり
特殊制限:探索者は氷魔法・中級以上の植物魔法使用不可
帰還魔法:使用不可
帰還装置:浮島に到達時1/4の確率で発生
最高到達:不明
安全地帯:不明
【ダンジョン大図鑑抜粋】
ヒュブクデールの領域にある小規模なダンジョン。
かつてヒュブクデールが取り込んだコアダンジョンであり、特殊な結界でダンジョンコアを封じ成長を止めている。その名の通り、天空にかけられた吊橋しと小さな浮島しかないダンジョンである。その浮島の中のいくつかが、慈悲の部屋の代わりである。立体的に入り組んでいるだけでなく、リターンスペルも効果がない。さらに毎日姿を変える為、探索時のマッピングがとても重要になる。飛行できる者は落下の心配はないが、浮島や吊橋から20メートル離れるとダンジョンに吸収されてしまうので、注意が必要である。
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【名称】エレメンタルティー
【分類】精霊茶
【属性】無し
【希少】☆☆
【価格】共通銅貨35枚/1杯
【コルキスのヒストリア手帳】
下級精霊の排泄物を煮出した汁だよ。排泄物っていうのは下級精霊が感じた恐怖のことで汚くはないけど……ね。恐怖感情は主に植物の葉に溶け込んでて、これを魔力を込めた水で煮出して紅茶みたいすると完成。上手に淹れると液体が小人の姿になったり何属性の下級精霊の恐怖感情かによって味や見た目が変わってくるのは面白いと思うな。兄様は美味しいって言ってたけど複雑な表情になっちゃってたよ。
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【名前】アトス・ペトラ・クランバイア
【種族】ヘイズイーター
【職業】王妃/印使い
【年齢】616歳
【レベル】416
【体 力】6166
【攻撃力】16166
【防御力】6166
【素早さ】16166
【精神力】41616
【魔 力】41416
【仙 力】41414
【通常スキル】
印作成/瞑想/権謀術数/戦術/戦略
【固有スキル】
押印/聖印術/呪印術/番天印/禁山の力/黄昏の寝床/ヘイズ/アルゲバルクラッシュ/ザシール/エノコボメイ
【先天属性】聖
【適正魔法】聖魔法-特級/風魔法-中級/水魔法-中級
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~~~裏話【アルフの近況報告】~~~
「ほら勇者、アルフの近況はこんな感じ。じゃ、帰るから」
ジールの契約精霊が第13王子の報告書を放り投げて帰って行った。今の奴は態度が悪い。例えるなら、無愛想かつ横柄で仕事が雑、さらにコンビニの店員に毎回理不尽な文句を言うみたいな感じだ。
湿った地面に転がる報告書を拾い魔力を流す。すると文字が空中に散らばり第13王子の映像が映し出された……これはアイツと一緒にいる精霊たちの視点か。
コルキスが一緒にいることやタイタンの奴隷は想定外。いや、そもそも第13王子と一緒に行動できていない――本当はその骨とのはずだったが――時点で予定とだいぶ違う。
エテリに追われていることも、俺のコピーを作られたこともだ。だが、エテリの眷属の元になった奴等はほとんど殺した。そのせいか、少し前の襲撃にはジールとアトスも加わっていたな。
まあジールは全部知っている呈だからやり易いんだがな。わざわざ俺の知らない精霊を召喚して攻撃してくるあたり、バレないよう良く考えているつもりなんだろう。哀れという言葉がよく似合う。
問題はアトスだ。あのくそ王妃にいくつかの固有スキルを封じられてしまったのは痛い。
この報告書と入れ違いで届いたクランバイア王からの報告にも、王妃たちがなにやら怪しい動きをし始めたとあった。既に全王妃が第13王子の墓を個人的に調査し終えたらしい。本来、第13王子の棺は空だったのだが、何者かが精巧な偽の遺体を用意していたとも書いてあったな。
なぜアトスまで出てきたのか不思議だったが、あの報告で合点がいった。
しかし、これでは計画と違いすぎる。本当なら今頃セイアッド帝国からも、この世界からも解放されているはずだったのに……何が”簡単な仕事”だ、あのクソ女め。