121話 深碧に蠢く巨大魔法陣
本文と後書き修正
ヒュブクデールの住人たちも草人の集団に気付いたらしく、続々と家に明かりが灯っていくのが窓から見えた。
「買い物させて下さい」
昼間、店にやって来た草人の頭を下げる様子がうっすら窓に映る。やや幼い声は妙に冷たく感じる。
「手紙には明日の早朝にって書いてたよな? それにこんな大勢で押しかけてくるとかどういうつもり――!?」
窓から草人の方へ視線を移すと思ったより近くにいた。ちょうど同じタイミングで別の草人が明かりをつけたようで、頭から生えている葉っぱの葉脈まではっきり見える。
「買い物させて下さい」
草人は頭を下げてから、さらに近付けてきた。見た目は幼くて可愛い感じなのに目がイッてるせいで言い知れぬ恐怖を感じる。
つい、助けを求めてディオスを見たら、さっきまで威嚇していたくせに、コルキスはもちろんルトルとグルフナとラグスノートまでも自分の体内に匿って防御に徹していた。俺の真横で。なんで俺だけ守らないんだよ!
「買い物を――」
「こ、ここじゃ無理だ!」
「ありぇ? でもこりぇにはここに来りゅようにって書いてありゅよ?」
草人がくしゃくしゃになった手紙を見せてきた。所々、緑色の染みが付いている……早朝に来て欲しいという部分は滲んで読めなくなっていた。だからってこんな時間に押しかけるなんて非常識だろ。それに――
「それはお前が1人で来ると思ってたからだ」
「1束で来りゅなんて言ってないよ」
1束? 1人って意味か?
「お、大勢で来るとも言ってないぞ」
言い返すと草人は黙って何かを考え始めた。
「兄様」
ディオスからちょっぴり出てきた、というよりはみ出したような状態のコルキスが服を引っ張ってきた。たぶんヒストリアを使って過去を見たんだろう、今すぐ草人が欲しがっていたスラポルタの苗木を売れと囁く。
そうしたいのはやまやまだけど、アイテムは全部ドリアードに預けてある。さっき姿を消してからどこにいるのか分からないんだ。
「わかった。黙って草原を作ってごめんなさい。でももう来ちゃったかりゃ、しょうがないよね? 買い物させて下さい」
草原を作る……大人数ということか?
変な所に疑問を持ったせいか、急に肩の力が抜けた。あといちいちぺこっとお辞儀するのがなんか可愛いい。よく見ればこの草人は可愛らしいフォルムだし、イッてる目にも慣れてきた気がする……。
「はぁ、仕方ないな。けど準備がいる。30分後に行くから南門の外で待っててくれ」
「だめ。逃げりゅかもしりぇない。準備中は待ってりゅから一緒に来て」
「わかったよ」
コルキスも小さく頷いていたから草人の提案を受け入れた。
「皆に伝えて」
草人が他の草人たちに外へ行くよう促す。すると草人たちはまるで伝言ゲームのように後ろの草人へそれを伝え始めた。
おいおい、めちゃくちゃ時間かかるだろこれ。
「はぁ……」
今のうちにドリアードの居場所を聞こう。ベッドの端にちょこんと座ったロポリスの入っている感じの悪い人形を手に取る。
「イヒイヒイヒ!」
「っ!?」
手に取ったと同時に人形が不気味な笑い声をあげた。瞬間、草人たちが一斉にこっちを見てきた……こ、怖ぁぁ。やっぱり可愛いとか思ったのは錯覚だったかもしれない。あの目はヤバい。
「え、えーと……こ、これアイテムボックスなんだよ。今のは防犯ベルで……解除し忘れて触っちゃったから鳴ったみたいだ」
咄嗟に出た言い訳は我ながら苦しい。視界の端に馬鹿を見るような顔のコルキスが映る。
おい、そんな目で兄を見るな!
ていうか人形が笑ったってことはロポリスが入ってないってことだ。あのやろう、面倒事はごめんだと俺を見捨てたのか!?
「不気味で悪趣味なアイテムボックス……もしかしてクリャンバイア製?」
笑い終えて不機嫌顔になった人形を草人がつんつんする。その度に人形は不機嫌とも微笑みともとれない微妙な顔になる。
「そ、そうだ。たくさん入るんだよ」
「だとしても僕はいりゃないな。そんな気持ちわりゅいの」
草人たちは人形に興味を失って各々喋り始めた。
何故だろう。前にもこの人形がクランバイア製だって言ったら納得されたんだよな……。
『ぷっ……あははは! 今の顔、良かったぞアルフ』
『本当ね。やっぱりドリアードの考えるアルフ遊びは最高だわ』
どこからともなくドリアードとロポリス笑い声が聞こえてくる。つか、アルフ遊びってなんだよ。
『安心しなさい、私とドリアードはすぐ側にいるわよ。あー面白かった』
『今度は私がその人形に入るか。アイテムボックスの振りをしなくちゃいけないだろ?』
ロポリスとドリアードはしばらくクスクス笑っていた。
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疲れた……俺たちが草人に連れられ破壊された南門を出た時には、もう月が傾きかけていた。
思ったとおり草人たちのあの伝達方法はよろしくなかった。おまけにヒュブクデールの住人たちを宥めるのにも時間がかったんだ。
草人が侵略してきたと大騒ぎになっていたせいで説明するのに骨が折れたよ。
住人たちが何を言っても買い物をしたいだけと言い張る草人に、彼らを焼き払おうと言い出す住人も出てくる始末。もしモネールたちがあの場を取り持ってくれなければ、大惨事は免れなかっただろう。
彼女たちはまさかのSランク冒険者パーティーで、その知名度と信用度は凄まじかった。
その結果、草人たちは賠償金を支払うことになり、騒ぎの原因となった俺は奉仕活動という名の大赤字販売会を3日後に開催する運びとなった……まあいくらで売っても黒字になるし、溜まったアイテムもさばけるからいいんだけど。
「どこまで連れて行かれるのか知らないが、朝日が差してきたぞ」
「ぼく眠たいよ兄様」
「俺もだよ」
草人集団のど真ん中歩いてる俺たちからは、地平線まで緑に染まって見える。
「あの泡……」
同じく疲れた様子のルトルは頭や身体から泡を浮かべて遊んでいる草人が気になるらしい。
『あいつらドロセラフォスフォレセントを食べたのか。アルフ、味の感想を聞いてくれ』
味、ねぇ。たぶんドリアードはあの花の蜜を紅茶に入れるつもりだな。まあ、あの綺麗な見た目通り美味しい蜜なら……え? 苦かった? たぶん毒がある?
そうか。なら次のティータイムは充分警戒しておこう。
そんなこんなで昼になり、ようやく到着したのはヒュブクデールの領域を完全に抜け出た場所。草人たちがなにやらウネウネと間隔をあけて並んいく。
「買い物させて下さい」
何が始まるのか警戒しているとあの草人がスラポルタの苗木を買いに来た。で、苗木を売った俺は用済みになったらしく、邪魔だからどっか行けと言うじゃないか。不眠不休でここまでしたのにそれはないだろ。寝てないせいでイライラが凄い。もし俺に腕力というものがあったならば、あの草人をボコボコにしていただろう。
『ねえアルフー! 浮かんで見てみなさいよー! けど何があっても絶対ミステリーエッグは使っちゃ駄目よー!』
うんざりな俺たちとは反対にロポリスはとても楽しそうだ。遥か上の方からウキウキで声をかけてきた。
『だとさ。行くぞアルフ』
卵を作ろうかと思ったけど操作ミスで落下しそうだったのでコルキスに抱えてもらい、ドリアードの入った感じの悪い人形についてロポリスのいる場所まで向かうことにした。
ディオスはルトルたちを体内に入れて飛んでいる。やや乱暴に動く蝙蝠羽を見るに、ディオスもご立腹らしい。
「……運びにくい」
そう呟いたコルキスは不完全変身で何かの尾を出し指を差した。尾は先端が平たい円形で、そこを地面と水平に曲げている。つまり自力で立っていろとのことだ。コルキスも機嫌が悪いな。
『なかなかの景色だぞ。お前たちも下を見てみろよ』
先にロポリスの元に着いていたドリアードに促され下を見る。ははあ、草人たちが並んでいたのは魔法陣を描くためだったのか。
「あれは……えらく回りくどい魔法使うっぽいな。でもあんな巨大な魔法陣を起動するには魔力が全然足りなそうだけど………」
『そのとおりだ。そんな状態でも魔法円オタクは健在だな』
『この大陸に住む草人全員でも全然足りてないわね。でも雑草魂を使えばわからないわよ?』
そういえば草人にはそんな固有スキルがあるんだったな。確か葉っぱ1枚を残して、身体の葉っぱ全てを強化するんだっけ?
『お、そろそろ始まるぞ』
草人が1人……いや、1束が巨大魔法陣の中心に向かって歩いていく。苗木を持ってるからあの草人かな。
「あ、転けたましたね」
苗木は落とさなかったみたいだ。かなりホッとしている。
立ち上がった草人は慎重に魔法陣の中心まで行きスラポルタの苗木を置いた。そして苗木に光る葉を1枚接ぎ木するように刺し、その葉から手を離すと草人の身体は崩れて葉と草だけになってしまった。
凄い量だ。草人は幼い見た目だったのに、見た目よりも遥かに多い量で身体ができてたんだな。
数秒すると接ぎ木された葉が光り、崩れた葉草が苗木を中心に回りだす。それに呼応して他の草人たちが歌にのせた呪文を唱え始めた。
「ここにいて巻き込まれませんか?」
ルトルが心配そうにドリアードを見る。
『それは気にしなくていい』
「あれ? なんかおかしくない? 呪文がスライム殲滅を願うような内容だよ。魔法陣と食い違ってる」
「なに言ってるんだコルキス。食い違ってなんかないぞ。あれは変質固定に成長と複製、超倍増と拡散と転移を組み込んだ魔法陣だ。それをスタポルタでやるんだ。ある意味殲滅魔法だよ」
それぞれ魔法陣どこが該当しているのか指差していく。
「……眠いから気付くのが遅れただけだもん。それにちょっと見慣れない素材で描かれてるから分からなかっただけ。嘘じゃないよ」
「へぇそうかそうか。なら魔法陣学の先生に次のテストはあの魔法陣にしてって言っちゃおうかな」
あの先生はやたらねちっこいテストを作るんだ。コルキスも苦手と聞いたことがある。確かこの時期はミュトリアーレにいるはずだ。
「カンニングするなら手伝う――」
あ、ヤバい。ちょっとからかってみただけのつもりが、本気で怒りそうな雰囲気だ。がち睨みされてる。
「じょ、冗談だよ。俺は死んだことになってるんだから言えるわけないだろ」
「ふんっ!」
しまった。やってしまった。仲良くなって分かったけど、コルキスはヒストリアで見たことをカンニングとかずるって言われるのが大嫌いなんだ。
ついでに言えば自分が王族ということにとても誇りを持っている。時には狼獣人のグレスをボコボコにしたような、如何なものかと思う行動をするものの、8歳という年齢を感じさせない高潔さがある。
実は俺、コルキスが次のクランバイア王になればいいと思ってる。バドル兄様よりもよっぽど素晴らしい王になる気がするんだよなあ……吸血癖を除けば。
『始まったわよ』
魔法陣を形作る草人たちから緑色の光が漏れ始めていた。全員がスラポルタの苗木に向かって手を伸ばしている。次第に草人が唱える呪文が可視化されていき、苗木に吸い込まれていく。
その影響かはわからないけど、ここにも柔らかく清涼な風が吹いてきた。
「クランバイアの大規模魔法とだいぶ違う方法だな」
『まあ、新鮮だろうな。呪文が可視化されてるのが特に』
徐々に苗木が成長してきた。苗木が縦500メートルほどの大きさになると、魔方陣の中心に近い草人から身体が崩れ始めた。だけど魔方陣の形はしっかり保っている。
すべての草人が崩れると、草人が立っていた場所からひときわ光りを放つ葉っぱが一斉に上方向へ飛び出してきた。同時に魔方陣を形作っていた葉や草も、それに引っ張られるように100メートルほどの高さまで盛り上がる。
「あれが全部スラポルタになるんだよ。超倍増の前なのに200,000株以上あるね」
『正確には25,371株だ』
さっきのこと挽回するかのように早口で言いきったのに、ドリアードが訂正したせいでまたコルキスが拗ねてしまった。
『凄いわね、この地方に住む草人のほとんどが集まったってことじゃない』
「ついこのあいだ110,000人も同族を犠牲にしたくせに、よくやるよね。ただでさえアノアアオムシのせいで草人は減ってるのに」
「110,000人て……死にすぎじゃないか?」
『その人数は自業自得ってやつだ、アルフが気にすることじゃない。あとコルキス、正確には110,042人だぞ』
「う~もう! わかったよ! 正確に、ね! じゃあ元々草人は10,645,564人いて93,850人死んだから、110,042人の犠牲と引き換えに対抗策を実行。だけど、意味なくてさらに6,484,771人が死んだ。新しい草人もたくさん産まれたけど差し引き938,296人が死んで、恐怖に怯える草人が合計1,100,296人衰弱死してそれから――」
『ああ、悪かった悪かった。もういい』
とんでもない勢いで草人が死んでいってるじゃないか……このままじゃ草人、絶滅するんじゃないのか?
どうりで何かに取りつかれたようなイった目をしてたわけだよ。
『仲良しねぇ。ほら魔法陣に動きがあったわよ』
ロポリスの言葉で視線を下に戻す。ちょうど盛り上がった草や葉が中心のスラポルタと同じ姿になるところだった。ただ大きさは100メートルのまま。スタポルタにしてはデカすぎる。
そのうち飛び出して散り散りになっていた強く光る葉が、中心のスラポルタ上空で渦巻く銀河のように集まり始めた。
『あら? このままじゃ失敗しそうね』
『まったく、仕方ない草人たちだ。私が手を貸してやるか』
お、ドリアードが優しい。やっぱり草人が植物に関係する種族だからか?
人形から出たドリアードがコルキスに何か耳打ちをしている。
なんだ? 全然聞こえな――どあぁぁぁぁぁーーー!!
「なんでだコルキスーーー!!!」
コルキスの野郎、俺が足場にしていた尾を消しやがった。
くそぅ、今日まで可愛く懐いたふりをしてたのか? まさか隙を見て俺を殺すために!?
遠ざかっていくコルキスを見ていたら悲しくなって――――あん? いや違うな。あの表情、さっきのカンニング云々の仕返しかよ。
「いくらなんでもやりすぎだろーーーーー! ああああああああああ!!!!」
『よっと、ナイスキャッチ。どうだ? ビビっただろ?』
柔らかい網目状の木に包まれて落下が止まった。そして笑いを含んだドリアード声が聞こえてきた。
「ひ、酷いぞ! いくらなんでもこれは酷い!」
シルフィのくしゃみでクランバイア城の天辺から吹き飛ばれた時より怖かったんだからな! あと、裏切られた気分も味わった!
『泣くなよ。ちょっとした悪戯じゃないか? ヴァロミシアの悪戯に比べたらなんてことないだろ。大袈裟だな』
…………そうだけども、めちゃくちゃ怖かったんだぞ。
『ったく、今から哀れな草人を手伝うんだぞ、シャキッとしろ』
俺を包んでいる網の1つが解れて、敏感な所をくすぐってきた。
『くふふ。兄様泣いてたね』
『ちょっとやり過じゃない?』
『そうでもなさそうだよ。あのドリアードの根っこに絡まれてるってのにヘラヘラしてるんだもん』
『あら、本当ね』
豆粒サイズのコルキスたちの声が聞こえる。そしてロポリスがチラッとこっちを見たのがわかった。ロポリスはそのまま宝石グミを1粒落とすと楽しそうな笑顔で呟いた。
『あんなだから余計悪戯したくなるのよねぇ』
お前も便乗すんのかい!!
これ以上酷い目にあってたまるかと文句を言いかけたその時、地上から緑色の光凄まじい音が鳴り響いた。
~入手情報~
【名称】スタポルタの苗木
【分類】入れ替え植物
【分布】不明
【原産】悪戯妖精と樹氷の森
【属性】氷/植物/無
【希少】☆☆☆☆☆
【価格】共通金貨5枚
【アルフの聞きかじり情報】
俺の卵から出てきたスラポルタの幼木の鉢植え。
成長速度の早いスラポルタを魔法の鉢植えの力で幼木のまま留めているらしい。
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【名称】スタポルタの木
【分類】入れ替え植物
【分布】不明
【原産】悪戯妖精と樹氷の森
【属性】氷/植物
【希少】☆☆☆
【価格】
葉:共通銀貨200枚/1枚
樹液:共通銀貨600枚/1g
【ドリアードのドヤ顔解説書】
チェンジリングを引き起こす樹木。
スラポルタは場所を問わず突然生えてくるぞ。1時間ほどでアーチ形の成木になる。自然の中では他の植物に紛れ、人工物の近くでは門や扉や窓といった出入り口に擬態する。それらを潜ると魔物の身体になってしまい、元に戻ることは不可能とされているが、まあ方法がないわけでもない。また、チェンジリングを起こすと数分で枯れちまうのが物足りないとこだな。魔物が潜り抜けた場合も別の魔物の身体になるぞ。
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【名称】雑草魂
【発現】草人
【属性】植物/死
【分類】捨て身型/固有スキル
【希少】☆☆☆☆☆☆☆☆
【コルキスのヒストリア手帳】
全ての草人に発現する固有スキルだよ。
身体を形作っている草や葉のうち1つだけに魂を集めて残りの草や葉を大幅に強化できるんだって。強化された草や葉は攻撃に使用したり、魔力の源にすることも可能だよ。でも、魂が無防備になるからとっても危険な状況になっちゃうんだ。
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【種族名】アノアアオムシ
【形 状】大青虫型
【食 用】不可
【危険度】A
【進化率】☆
【変異率】☆☆☆☆☆☆
【先天属性】
必発:火
偶発:全属性
【適正魔法】
必発:火
偶発:全属性
【魔力結晶体】
すべての個体に発生
【棲息地情報】
アノア雲森/ナウテア教会/芋虫の仮宿
【魔物図鑑抜粋】
アノア蝶の幼虫。
草人のみ捕食する5~15メートルの大型アオムシ。通常は空を漂うアノア雲森から地上の森へ飛び降りて縄張りを作るのだが、近年は世界中の森、特に草人の村や町付近で原因不明の大発生をしている。10数年かけて繭になり進化先である成虫のアノア蝶に成長しり。しかしアノア蝶になれる個体はほんの数体で、その他は別の魔物や動物、時には人種として羽化することもある。
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【コルキスの草人情報】
途中でドリアードに遮られたけど、あの後1,108,101人がアノアアオムシに食べられて死んでるよ。さらにそれから93,805人が食べられちゃったんだ。しかもそのわずか数日後にアノアアオムシが草人の町に押し寄せて110,005人をぺろり。昨日の昼までに追加で221,015人食べられて、そこから昨夜までに32,189人、今朝までに642人、そして昼までに1,102人食べられたよ。ついでに言うと、今日までのアノアアオムシの影響による草人の自殺者は合計32,189人。
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~【裏話】とあるSランクパーティーの衝撃~
今のヒュブクデールの南側には草原しかない。なのに突然巨木が現れた。
「なによあれ……」
「分からないわ」
そう、母さんでも分からないのね。500年も生き続ける木の魔法書でもある母さんが分からないなら、きっと誰にも分からないわ。
「やっぱり草人たちの仕業かしら」
スタポルタの苗木を買うためだけにあの人数で押し寄せるなんておかしい。絶対に企みがあるはずよ。町の皆もそう考えている。
だから何があってもいいように、破壊された南門横の外壁の上で私たち冒険者と町の護衛隊が待機している。
「モネール、マネーレからよ。草人たちが魔法陣を描いて大規模魔法を発動しようとしてるって」
草人たちを尾行している次妹からの報告は緊急事態宣言をするに充分な情報だった。
「母さん!」
咄嗟に母さんへ声をかけたけれど、既に冒険者ギルドで待機している|町の代表《ヒュブクデール401世》の元へ飛び去っていた。
『モネールちゃん、見えてる?』
マネーレが固有スキルを使って映像を飛ばしてきた。
「ええ、見えてるわ。草人の狙いはなに? まさかヒュブクデールを乗っ取るなんてことは……全体が見たいわ。もっと上空に行ける?」
『分かった。待ってて』
チラッとだけどマネーレの後ろで父さんと末妹のルネーロが新しくテイムしたスライムとサイコロ遊びをしるのが見えたわね。ったく、こんなときに何を……後で母さんに叱ってもらわなくちゃ。
おっと、町が動き出したわ。さすが母さん、仕事が早いわ。
「どうなってる?」
少しだけ安心していたら幼馴染のカミーユがやって来た。彼はこの町では珍しいドラゴニュート。
グリモアニアにもドラゴニュートの姿をした人はいるけれど、本物のドラゴニュートは匂いが全然違うわ。逞しくて力強い、なのに爽やかな甘さの良い香りなの。あ、魔力の話よ。
「草人が大規模魔法を発動させるつもりらしいの。今マネーレが全体が見える場所に移動してるところよ」
「それで緊急事態宣言か。この辺りは気に入ってたんだがな……」
カミーユが残念そうにしている。そんな顔も好きよ。まだ言わないけどね。
「モネールちゃん、大変! スラポルタの木が信じられないくらいたくさんあるの! 魔力の感じからして周囲に飛び散るわ!」
カミーユの匂いと顔を楽しんでいたらマネーレの慌てた声が聞こえてきた。
スラポルタの木がたくさん!? 緊急事態宣言は大正解だったようね。この映像は母さんも見てるはずだから――キャッ!
「大丈夫か?」
移動速度を上げた町に揺られて転けそうになったのをカミーユが受け止めてくれる。
やだ、匂いが強く……んん、我慢できなくなりそう。
「だ、大丈夫よ。マネーレ、早く逃げなさい!」
「分かって――」
巨木の真下から緑色の光が立ち上ったのと、マネーレからの映像が消えたのは同時だった。
え? 嘘……
「来るぞモネール!」
3人とも無事でいてよ。スラポルタの木を潜ったりしたら助けられないんだから。
「全員、聞け! これからスラポルタの木が飛んでくる! すべて焼き払え!」
私が叫び終えた数秒後、楕円に変形した無数のスラポルタの木が空から降ってきた。




