114話 ネダラケンガ地帯
後書き修正。
コルキスに案内されて岩石地帯に到着した。冷たくてやや湿った風が吹いている。
「何か想像してたのと違う」
岩石地帯って言うから俺はもっとカラッカラに乾いていて、茶色い岩が剥き出しになっているのかと思っていた。なのに目の前に広がっているのは、大小様々な岩や氷が乱雑に並ぶ景色だった。所々、2つが混じっているものもある。
んん? 目の錯覚かと思ったら浮かんでるのもあるじゃないか!
『でしょうね。コルキス、私が許可するわ。良く見て教えてあげて』
「え? うん……あ、3人とも若い! わぁ、凄いや!」
コルキスがワクワクした様子になった。ヒストリアでここの歴史を見ているんだな。ちょっと時間がかかりそうだから俺は現在の情報を確認してみようか。
お、植物もあるのか。近くの岩に寄ると申し訳程度に岩や氷の隙間、地面から生えているのが分かる。
へえ、砂には細かい氷の粒が混じってるんだ。
手に取った砂の氷の粒は体温でスッと溶けていく。なのに溶けきると一瞬で元の氷の粒に戻る。これがずっと手の平で繰り返される……不思議だ。瓶に入れて持っておこう。コルキスが好きかもしれないからちょっ多めに。
「アルフ様、ここはネダラケンガ地帯といって――」
「ぼくが説明するの! ルトルは黙ってて!」
「は、はい、失礼しましたコルキス様」
頼まれてもいない砂の採取は中断を余儀なくされた。
「そんな言い方しなくても……ごめんなルトル」
しかしルトルはシュンっとして少し後ろに下がってしまった。当のコルキスはニコニコ顔に戻ってしばらく過去の出来事を楽しんでから俺に説明し始めた。
ネダラケンガ地帯。それは土精霊と氷精霊が争ってできた不思議な場所らしい。元々ここは少し乾燥した程度の平原で緑も豊かだった。
そこにある日フラっと遊びに来た氷精霊がここに住んでいた変わり者の土精霊に悪戯をしたところ、一気に争いへ発展したという。
「氷精霊の悪戯……そりゃ随分と悪質だったんだろうな」
『そうね』
「でね、400年くらい戦ってたんだけど、突然、土精霊の方が召喚されていなくなっちゃったんだ。急に戦う相手がいなくなった氷精霊は、めちゃくちゃになったままのここを放ったらかして何処かへ行っちゃたんだよ」
そして土と氷の魔力で荒らされたにも関わらず何の後処理もされず放置されらここは、2つの魔力や魔素が湧き出るようになり、今のような姿に摩訶不思議な場所へと変貌したらしい。
なんと今でも岩や氷が発生し続けているそうだ。岩は氷を砕き、氷は岩を貫くように……。
『ちなみに、その争った精霊っていうのはティザーとヴァロミシアよ』
「えっ!?」
あの飽き性ですぐバックレるヴァロミシアが400年も戦うなんて、ティザーはどんな仕返しをしたんだよ。
『2人とも自分より下位の精霊達をたくさん呼び寄せて、それはもう酷い喧嘩だったのよ。ティザーが今回の散歩の時間を誤魔化して早くヴァロミシアと交代したのは、その時の仕返しもあると思うわ。ああ見えて根に持つタイプなのよ、ティザーって』
契約して戻って来たら、お気に入りの住処が今みたいな地形になってて引っ越しを余儀なくされたって今でも愚痴るの。と、ロポリスは続けた。
「ルトルはもっと詳しく説明できるんだよね? ぼくの説明を邪魔しようとするくらいだもん」
「そ、それは……」
コルキスがルトルに突っかかっている。
「止めろよコルキス。俺は2人が仲良くしてくれないと困る。言っただろ、どっちも大好きなんだよ」
「ぼ、ぼくだってルトルが邪魔しなきゃ、こんなこと言わないもん。ほら兄様、レッサーガルーダの巣はあっちだよ」
コルキスはルトルに絡み付いていたディオスに自分を包むように言い、飛んで行ってしまった。
ふふっ、ちょっと顔が赤かった。照れたんだな。
「アルフ様、ありがとうございました」
「気にしなくていいよ。ルトルも行こう」
俺は卵を寄せ集めてルトルが乗れる大きさを作る。卵で自分以外を長距離運ぶのは凄く気を使うんだけど、ここまで来ればレッサーガルーダの巣まではそう遠くないだろう。
『あの後、全員がフェーリにボコボコにされたんだっけ。あれは面白かったわー』
後ろの方でロポリスがクスクスと思い出し笑いをしていた。
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「これがレッサーガルーダの卵か」
「大きいですね」
レッサーガルーダの卵は緑と白の斑模様で、高さが俺の腰くらいまである。太さは子供2人が手を繋いで輪を作ったくらいだろうか。触ってみると斑の部分が鱗っぽくてやたらと固い。
「全部で5つだね。1つは”おむらいす”に使って残りは売っちゃう?」
少し離れた場所でディオスから顔だけ出したコルキスが聞いてくる。コルキスとディオスのこの形態はコルキスが寒がっている時によくやるやつだ。
ここ、そこまで寒くないけどな……。
「2つは俺がもらってもいいか? やってみたい事があるんだ」
「ぼくはいいよ」
「ガゲッ」
『私はオムライスが食べられればそれでいいわ』
1人だけ何も言わなかったルトルに、ロポリス以外の視線が集まる。
「……え? 私が何か?」
「この2つ、もらってもいいかな?」
なぜ見られているのか分からずキョトンとしているルトルに聞いてみる。
「はい、勿論です。採取物やドロップ品を含め、全ては主のものですから。私には一切の所有権がありません」
「そうなの?」
「嘘だろ、悪魔かよロポリス」
今度はロポリスに視線がいく。
聖光の大精霊のなのに、なんという悪魔の所業。がめついなんてレベルじゃないぞ。
『し、仕方ないでしょ。それがルトルの為なんだから』
「いや、それにしたって……」
「だよね」
ちょっと慌てたロポリスが面白い。
『そう思うなら、あなたたちの分をルトルにあげればいいのよ。そうすれば印は正しく作用するわ』
もうちょっとロポリスをからかってやろう。
「言われなくてもそうするよ、なぁ?」
「グギャッ」
さて、何て言い返してくるかな。
『……あぁ、そう、そういう感じ? 別にいいのよ、私を悪者にしたいならそうすれば。でも残念ね、そうするとオムライスは誰も食べられないわ』
「え、何でだよ」
『だってそうでしょ? 私は悪者だもの。嘘の作り方を教えてルトルに猛毒を作らせるかもしれないわ。悪者が教えるレシピなんて信じられないわよね? 残念だわ、異世界の絶品料理なのに、アルフのせいで皆が食べられないなんて』
レッサーガルーダの卵に座って、卵をペシペシ叩きながらロポリスが言う。
完全に返り討ちにされた……ここへ来るまで、如何にオムライスが素晴らしい料理なのかを聞かされ続けた俺たちにはもう何も言えない。
「ん、変ね? 何も聞こえないわ。このままじゃ私は悪者のままよ?」
人形の短い足を組んで、手をクイックイッと動かすロポリス。人形の顔が妙に可愛らしいのがイラッとくる。
「そうだよ兄様。謝った方がいいよ」
なんだと!? コルキスのやつ、途中まで俺と一緒にロポリスを……いや、何も言うまい。ここで騒いでもオムライスが遠退くだけだ。
「ごめん、調子に乗った」
「ゲヴェ」
『ま、いいわ。許してあげる』
ロポリスはフワッと浮かんでルトルの頭に座った。
「ルトル、兄様にはこんな感じでいいんだよ」
「さすがにそれは……」
「もう、じゃあ今度ぼくの子分に会わせてあげるから参考にしなよ。王族ってね、仲良しには砕けた態度で接して欲しいと思ってるんだよ」
コルキスがルトルに優しくしている……さっきのお詫びのつもりかな。
「だよね、兄様?」
コルキスが真っ直ぐ俺の目を見てくる。
あ、もしかして夜はあんなに楽しそうだったのに、今日のルトルが元に戻ってるのは、寝落ちする前に俺がクランバイアの王子だと打ち明けたからだろうか。コルキスはそれに気付いて……
「そうだな。特にルトルはそうして欲しい。俺にとって特別な存在だから」
ルトルは精霊以外でできた初めての友達。特別も特別だ。
「あ、ありがとうございます。ただもう少し時間を下さい。心の準備が、その……」
恥ずかしがり屋のルトルが顔を赤らめている。対してコルキスはブスッとしてしまった。後でコルキスも特別だって伝えておこう。なんたってジル姉様以外で仲良くなれた兄弟は、コルキスしかいないんだからな。
『じゃあルトルにオムライスを作ってもらうから。アルフたちはテキトーに時間を潰してて』
「ここで作るのか?」
『ええ。他の材料や調理器具なんかはドゥーマトラに用意させてるから……そうね、20分もあればできるわよ』
「了解。一緒に遊ぼうコルキス。あそこまで運んでくれ」
俺が作った卵はロポリスに仕舞ってもらい、ミステリーエッグを解除する。そしてレッサーガルーダの卵を……重い、無理だ。グルフナに頼もう。
「……ハートボムで自爆とかは嫌だからね」
遊びに誘ったことで不機嫌はやや解消されたらしい。コルキスは俺をディオスの中に入れてくれた。
今だな。コルキスも特別なんだと伝える。すると可愛い弟は嬉しそうに笑って俺を吸血し始めた。
~入手情報~
【フェーリ】
植物の大精霊。
全ての植物を支配している。本来の名はネダラケンガフェーリとう名前だが長ったらしいく呼び難いと、他の精霊達からフェーリという愛称で呼ばれている。植物に関連するもの以外には冷酷無慈悲なところがある。精霊達以外に姿を見せることはほぼない。そのため詳しい事は知られていないが、大地の大精霊や聖光の大精霊、水の大精霊と仲が良いらしいという噂はよく聞こえてくる。
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【ネダラケンガ地帯】
岩石と大氷で出来た特殊な岩石地帯。
正式にはネダラケンガ岩石及び大氷地帯という。大昔、土精霊のティザーと氷精霊のヴァロミシアが争い、植物の大精霊ネダラケンガフェーリがお気に入りの土地を滅茶苦茶にした結果、現在のようになった。この土地では土と氷の魔力等が反発しており、大変不安定な状態になっている。岩や氷岩が浮かんでいたり、岩石や大氷が互いを破壊するように発生するのはそのためである。全域に渡ってやや寒冷だが、場所によっては暖かく乾燥しており、そういった場所には爬虫類系の魔物や植物系の魔物が密集している。