99話 久し振りに酷い事された
後書き修正
ロポリスとラズマはどこから脱出するかで揉めていたらしい。
ラズマはこのまま最下層から脱出し、テーブルマウンテンの根っこ部分、つまり谷底を移動して野宿したい派。
ロポリスはダンジョンを引き返し、例の小屋から脱出、岩窟の町アギルゲットで観光や買い物をしたい派。
「俺はロポリスに賛成だ」
「ぼくはラズマの案がいい」
俺はロポリスの入った胴体を持ち、コルキスはラズマの入ったミンチ状から回復しつつある頭を持って、どちらに賛成かを口にする。
幸いというか、人形の表情が確認できない――あ、不機嫌な顔に戻った。
アギルゲットはゴーレムトロッコのお陰で、谷底を移動する必要がない。その為、依頼を受けた冒険者以外立ち入らない谷底は、魔物がわんさか生息しているとフーラ達が言っていた。確か狡猾な植物型の魔物や昆虫型の魔物、レイスやゴースト、スペクターもいて獲物を待ち構えているとか。
「絶対ここから脱出する方が楽しいよ」
コルキスがラズマを離し、セントのコレクションをアイテムボックスに仕舞い始めながら言う。
ディオスも賛成だというジェスチャーをしている。
「じゃあ、別行動するか。夜になったらフーラ達が泊まってる宿で合流とかどうだ?」
きっとコルキスは遊び足りないんだろう。ダンジョンに来たのに、魔物と戦闘にならなかったって言ってたもんな。魔物との戦闘が遊びだなんて、俺には信じられない。
「ダメ!」
『あり得ない!』
コルキスとラズマに凄い勢いで否定されてしまった。
「兄様と一緒に遊ぶから楽しいのに」
『アルフは何も分かってないんだから。そんなんじゃボクの恋人失格だぞ』
コルキスはともかく、ラズマの表情が堪らなくウザイ。本来、感じの悪い人形の顔はとても可愛らしい筈なのに、よくそこまで……ん、どうしたロポリス?
俺の手から離れたロポリスがラズマに近付いて――ああ、なんだ。またグルフナでラズマを叩きたかったのか。
うん、いいと思うぞ。俺と同じであの表情に苛ついたんだろ?
感じの悪い人形にはすまないけど、叩かれて歪んだ顔を見たら、どこなく晴れやかな気持ちになった。
『じゃあ、私の案でいいわね。私の案はアルフの案でもあるんだから。一緒にいたいなら文句ないでしょ』
『ふぁい。もう、叩かなくたっていいのに』
「ちぇ、兄様と一緒にゴースト狩りとか虫取りしたかったのにな」
ゴースト狩りだなんで絶対したくない。虫取りも魔物なんだろ?
「ねぇ、どうしてもダメかなぁ兄様?」
コルキスが手を止めて俺を見てくる。上目遣いで首をこてんと傾げる仕草、少し潤んだ目に吸い込まれそうだ。
「くっ……」
こ、これが全力で甘える弟の力か……なんて抗いがたいんだ。
『アルフ、コルキスから目を反らしなさい』
コルキスから目を反らすだって? あり得ない。
『はあ、面倒臭いわね。じゃあコルキスに抱き付いて』
抱き付く!? この世で最も尊い存在に抱き付くなんてそんな……ああ、でも聖光の大精霊が言ってるんだから許されるか。
「え? ちょっと、兄様?」
『はい、ミステリーエッグを発動』
コルキスに抱き付いたところで、そう言われ、ミステリーエッグを発動――小さ目の卵が3つできた。
「ん、あれ? 何でコルキスを抱き締めてるんだ?」
「うぅ、気持ち悪いよぉ」
気持ち悪い!? 俺に抱き付かれたからか? だとしたら泣ける……。
『アルフに魅了を使った罰よ。ダンジョンを出るまで吸血を禁じるわ』
「そ、そんなぁ……」
あー、また魅了を使われてたのか。
確かにコルキスが可愛いって気持ちが、尋常じゃないくらい膨れ上がってた気がする。
『コルキスはアルフが運ぶんだからね! コルキスなんかに魅了された罰だよ! ふんっ!』
「ちょ、そんな……」
不機嫌になったラズマがダンジョンを引き返し始める。
ロポリスもグルフナを持ったまま、散らばった宝石グミをささっと回収してそれに続いて行く。
「お、置いてくなよ!」
俺の言葉を無視してどんどん下に行く大精霊達。
えっと、卵は3つ……小さ過ぎる。この大きさならあと7つくらい欲しい。
「ディオス、何でもいいから魔法を7回使ってくれ」
ディオスは唾を吐く仕草で拒否しやがった。なんて態度だ。
「お願い……ぼく、もう魔力が空っぽなんだ。ね、ディオス」
弱々しいコルキスのお願いを聞いて、やっと魔法を使ってくれた。
殺意が込もっていたのは気のせいだよな、ディオス君よ。
俺はコルキスを背負い、ディオスがセントのコレクションを身体に入れるのを待ってから、卵に乗ってロポリスとラズマを追いかけた。
途中、冠を被ったゴーストと子供のゴーストを見かけたけど、何もしてこなかったので無視して通り過ぎた。
魔物が産まれ始めている、急いだ方がいいな。
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「思いの外、早く脱出できたな」
行きは果てしない螺旋階段に辟易していたけど、帰りはそんな事なかった。
初めから卵を使って移動していればよかったと少し後悔。
俺達は今、あの不気味な小屋のリビングにいる。
面倒臭いと連呼するロポリスに拝み倒して、各部屋に明かりを付けてもらった……ただ、何もブライトツリーを使わなくたってと思う。
「兄様、吸血。早く吸血させて……」
俺に背負われたコルキスが、消えそうな声で懇願してくる。自分で噛み付く元気もないようだ。魔力が枯渇するとそうなるよな、本当に気持ち悪くてしんどい。分かるぞ。
「ほら」
おんぶから抱っこに変えて、コルキスの口を俺の首に優しく押し付けてやるも力なく唇をパクパクさせるだけで全然吸血しない。唇が動く度に、ゾクゾクっとするけど今はそれどころじゃない。
仕方ないか、ブライトツリーがあるんだし大丈夫なはずだ。
「ディオス、コルキスの為だ。死なない程度に俺の首をスパッと切ってくれ」
流石に自分で自分の首を切るのは躊躇われる。いくら俺の言う事を聞かないディオスでも、コルキスの為なら聞いてくれるだろう。
『いやいや、そんな事しなくてもマジックポーションを飲ませればいいじゃない。どうしても首をかっ切りたいって言うなら止めないけど……』
ロポリスが若干引き気味に気付かせてくれる。
そうか、そうだな。わざわざ、痛い思いをしなくてもその手が――痛ってぇ!!!
どうやらディオスは空気の読めない子だったらしい。俺の首を切りやがった。くそう、物凄く痛い。
「血だ……兄様の…………血だ!!」
ブシュッと吹き出した俺の血が口に入ったのか、コルキスが目を見開いて首に齧り付いてくる。もう切れてるから齧らなくてもいいのに。傷口に牙を立てられたせいで、とても痛い。そこまま食い千切りそうな勢いだ。
「ちょ、おいコルキス? なあ、吸いすぎじゃないか?」
ゴキュゴキュ音を立てながら血を吸う、いや、飲み続けるコルキス。背中を叩いて止めるよう促してもなんの効果もない。
『アルフの血ってそんなに美味しいのかなー?』
ラズマがゴクリと喉を鳴らして見つめてくる。セクハラに耐えてやってるんだ。お前にはこれ以上なにかを許すつもりはないからな。
「も、もういいんじゃないか? 干からびるって」
でもコルキスは小さく首を振っただけで吸血を続ける。本当にこのまま血を吸い尽くされるんじゃなかろうか。段々不安になってきたぞ。
『本当にバカなんだから。アルフ、口を開けて』
ロポリスがそう言いながら俺の口を強引に開ける。幼子に血を吸われ、頭の無い人形に口を抉じ開けられてるって、はたからはどう見えるんだろう。
一瞬、そんな事を考えていたら、ロポリスが箒をつっかえにして口を固定する。そして、光が閉じ込められたような橙色の物を投げ入れてきた。
『それ楽しそう! ボクにもやらせてロポリス!』
おごっ、ぐっ……ラズマめ、何故そんな速度で。ロポリスみたいに、舌の上に乗っかるくらいでいいだろうが!
しかも1回人形の口に含んでから、吐き出すように飛ばすんじゃない! バッチイだろが!
『もういいわよラズマ』
ある程度口に溜まったところでロポリスが制止した。そして箒を外してくれる。
あ、これは宝石グミか。グミを噛むとそれ自体が温かくなって、ほんのり太陽の香りがしてくる。なんだか日向ぼっこをしている気持ちになってきた。好きだなこれ。
「これ、なんていう宝石グミ?」
『ヘリオライトグミよ』
よし、覚えておこう。グミはそろそろ飲み込もうかな。
「うわっ!? ぺっ、ぺっ! なに!? 急に兄様から太陽の気配が……もう、あっち行ってよ兄様!」
「痛だっ!」
コルキスに突き飛ばされ、床に頭をぶつける俺。酷いことするなあ、もう。
血に塗れたコルキスの顔は激しく歪んでいる。血を飲ませたのにそんな表情をされると悲しいものがある。
あ、ディオスが血を拭おうとコルキスの顔を包み込んだ。
俺はとりあえず、未だ血の噴き出す首を押さえてブライトツリーの所まで走る事にした。
~入手情報~
【種族名】レイス
【形 状】死魂型
【危険度】D
【進化率】☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
【変異率】☆☆☆☆☆
【先天属性】
必発:生前と同じ属性
偶発:生息地域の属性/長期間とり憑いたものと同じ属性
【適正魔法】
必発:生前と同じ属性
偶発:生息地域の属性
【魔力結晶体】
進化時に複数発生
【棲息地情報】
デルタ霊脈/命死の坩堝/世界各地
【魔物図鑑抜粋】
幽霊の魔物。
死んだものや何らかの理由で肉体から抜け出た魂が魔物化した存在と言われている。生前の記憶を有しているためか、基本的に攻撃されない限り他者を襲うことはない。むしろ親切な個体も少なくないが、遊び半分で生者にとり憑く悪癖がある。しかしそれらは徐々に失われていき、次第にデルタ霊脈や命死の坩堝と呼ばれる場所を目指すようになる。戦闘時は主に魔力や精神力を奪う攻撃を好む。レイスに対し通常の物理攻撃は意味をなさい。極めて進化しやすい魔物であり、前述の場所へ辿り着けなかったほぼすべてがゴーストに進化してしまう。なお、ダンジョン生まれのレイスとは別種とされている。
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【種族名】ゴースト
【形 状】悪霊型
【危険度】C
【進化率】☆☆☆☆☆☆☆☆
【変異率】☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
【先天属性】
必発:レイス時と同じ属性
偶発:生息地域の属性/食らった生者と同じ属性
【適正魔法】
必発:レイス時と同じ
偶発:生息地域の属性/食らった生者と同じ属性
【魔力結晶体】
すべての個体に発生/進化時に追加で発生
【棲息地情報】
タニア地帯/ミラッテン海域/ロプア遺跡など
【魔物図鑑抜粋】
悪霊の魔物。
レイスが生前の記憶を失い悪霊化した魔物である。その進化時に発生した魔力結晶体が少ないほど活発で、生者、特に生前の自分と同じ種族に執着しその魂を食らい肉体を奪おうとする。強化された生前の固有スキルを使用してくる個体も多い。レイス同様、通常の物理攻撃は意味をなさず、聖光系や闇系などのレア属性の魔法を使えなければ苦戦するだろう。レイスと違い自らの肉体が滅んだ場所を探すようになる。なお、ダンジョン生まれのゴーストとは別種とされている。
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【種族名】スペクター
【形 状】狂霊型
【危険度】B
【進化率】☆☆☆
【変異率】☆☆☆☆☆☆☆
【先天属性】
必発:ゴースト時と同じ属性
偶発:殺した生者と同じ属性
【適正魔法】
必発:ゴースト時と同じ属性
偶発:殺した生者と同じ属性
【魔力結晶体】
すべての個体に発生/進化時に追加で発生
【棲息地情報】
タニア地帯/ユラセハ廟/ノルドット坑道など
【魔物図鑑抜粋】
恐ろしい姿の亡霊。
ゴーストが進化した魔物。例外なく凶暴で、生前の固有スキルや魔法と死後に発現した固有スキルを駆使し、生者を無差別に襲う。大半の物理攻撃は無効化されるため、魔法主体の戦いになるが、属性に対する反射吸収系のスキルを持つため要注意である。スペクターの先天属性と同じ属性はそれに含まれないが、同属性故に効果は薄い。なお、ダンジョン生まれのスペクターとは別種とされている。
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【名称】魅了
【発現】コルキス・ウィルベオ・クランバイア
【属性】闇
【分類】感情支配型/固有スキル
【希少】☆☆☆
【コルキスのヒストリア手帳】
目が合った者をぼくの虜にできるよ。魔力を消費すれば、目が合わなくてもぼくを見ただけで魅了されちゃうようにできるんだ。でも魅了された皆はぼくのこと可愛いって言うんだよね。可愛いじゃなくてカッコいいって言われたいのにな。
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【名称】ブライトツリー
【分類】中級聖光魔法
【効果】☆☆☆☆☆
【詠唱】旧ロウリネンガ魔法言語/乱文可
【コルキスのヒストリア手帳】
樹木を模した光輝く物体を作り出せるよ。その光を近くで浴びれば、先天属性が影属性と闇属性以外のものなら病や怪我が完治するんだって。ふこーへーだよね。凄く嫌な気持ちになる魔法だけど他に悪影響があるわけじゃないよ。でも本当の本当にうげぇってなるんだ。二度と使わないでほしいよ。
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【名称】ヘリオライトグミ
【分類】宝石グミ
【属性】火/光
【希少】☆☆☆☆☆
【価格】共通金貨100枚~
【アルフの食レポ】
ミツギカラスが作り出すマジックアイテム。
甘いお日様味って言えば分かりやすいかな。噛むとグミがポカポカしてきて全身が温もりに包まれるぞ。太陽の力が少量含まれてるらしくて、恐怖や不安、絶望をリセットまたはそれらを感じなくする効果があるとか。ただ、太陽が苦手な種族にとってはゲロマズで、加えて極めて不快な気持ちになると、それはそれは酷い表情でコルキスがぼやいていた。