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第9話「おかしな子ども」

放課後に部室へ行くと、先に来ていた音無冬華と神野ゆかりが談笑していた。

冬華は俺といるときほど表情を崩していないにせよ、会話を楽しんでいる様子だ。

「ふう...」


こうして俺以外の話し相手がいるというのは冬華にとっていいことなのだろう。

俺は隅に置いてある椅子を引っ張り出して腰を下ろす。


部室に来たはいいが特にやることもないので適当に駄弁ったりしていると、ノックの音が聞こえてきた。

またしても女の子だった。

しかも先日あったばかりの女の子だった。


「あら」

向こうもこちらに気づいた様子で、目を見開く。

世間狭しと言え、これはいくらなんでも狭すぎだと思う。


「お知り合いですか?」

俺たちの反応を見た神野ゆかりが、不思議そうに首を傾げた。

「ええ、ちょっとまあ」

まさか犬を追いかけて行けに落ちた話をするわけにもいかない。

というか俺が思い出したくない。


あれは何かの勘違いだと思っていたいぐらいなのに。

「永崎楓さんですね。どうぞこちらへお掛けになってください」


さすがというか冬華は落ち着いていた。

対応に隙がなさ過ぎてちょっと怖いくらいだ。

「は、はい」


永崎楓はおずおずと座ると、視線を俺へと向ける。

「よく会うね」

彼女は嬉しそうに言った。


「俺のことつけてる訳じゃないよな」

俺が冗談めかすと、永崎楓は笑った。

「それで、相談というのは」


しばらくの談笑のあと、永崎楓はそう言って切り出した。

俺、ここにいても良いのだろうか。

知り合いに聞かれたくない話とかだと、俺はいらない子になる可能性がある。


というか単純に男一人に対して女子3人の空間は居心地が悪い。


「あ、ちょっと外の空気が吸いたくなてきたなあ」

「「ちょっと、」」

迅速かつ速やかにこの場から逃れようとする俺を引き留める二つの手。

冬華と永崎楓が俺の服を掴んでいた。


「あら、あら。両手に華ですね」

くすくす笑うゆかりさんに、軽くチョップを入れてやる。


「改めまして、今日の相談内容についてです」

強制的に椅子に引き戻された俺は、無我の境地に到達した修行僧のような心境でその声を聞いている。

無。


「私には、妹がいるんですこの学校の、1年に」

「永崎奏さんですね。1年b組の」

冬華が即答し、楓がまた顔を驚きに染めた。


「あー、こいつは全校生徒の顔と名前を暗記してんだよ。別にお前のことをずっと監視してる訳じゃないから安心していいぞ」

「ぜ、全校生徒...」


永崎楓は少し引いた顔で冬華を見る。

当然だ。全校生徒を記憶している奴なんてそうはいない。


しかし、楓と奏か。語路が良いからか、何となくなく仲睦まじい関係を思い浮かべる。

「で、その妹さんがどうかしたの?」


ゆかりさんがタイミングよくフォローを入れてくれる。

さすが部長。俺たちだけでは話が進まなくなるのを察したらしい。


「...実は、妹の様子がおかしくて。どうしたらいいのか迷ってるんです」

「様子がおかしい?」


そもそも世の中はおかしいのだから、おかしい人間というのはむしろ正常であるような気がした。

永崎楓はどこか詫びるように頷く。


「おかしい、という言い方は適当じゃないかもしれないけれど、でもやっぱり普通じゃないの。夜中にふらふらどこかへ行ったり、ずっとベランダから空を眺めていたり。

そして、そのことを本人は覚えていない。」


「覚えていない?」

俺はそこが気になった。無意識ということだろうか。


「うん。私、何度か後をつけてみたことがあって」

「尾行したんだ?」

「うん、尾行したの」


楓は面白くもなさそうだった。

「それで、しばらく様子を見てから声をかけたの。後ろから驚かすみたいに『わっ!』て」

なるほど。確かに深夜徘徊中にそれをやられるとめちゃくちゃ驚くかもしれない。


「でも、妹は驚くどころか、微動だにしなかった。まるで人形みたいな虚ろな表情で、次の瞬間には海へ身を投げ出そうとしたんだ」

教室の中が、シンと静まり返った。


「どういうことだ」

理解が追い付かない頭を叱咤するように回転させる。

楓は被りを振る。

「分からない。でも、あれは奏ではなかった。身を投げようとする奏を必死に押さえた時、そう思った」


「多重人格のような疾患がある...なら、ここに来てないわね」

冬華が俺でもすぐに思いついた可能性を潰した。


「もし答えたくなければ別にいいんだけどよ。妹さんがそんな風になったのはいつ頃から何だ?何かきっかけとかは心当たりないのか?」

事故にあったり酷い事件に巻き込まれるなどの原因を鑑みることが出来れば、対処法が見つかるかもしれない。


「うーん、最初にそういう行動を起こしたのは、もう私が覚えていないくらいだったと思います。何度か病院に行ってみたんですけど、打つ手がなくて。きっかけとか、そう言ったものは特に聞いていないんだよ...。」


「病院に行ったとき、医者はなんて」

俺がさらに突っ込んだ質問をすると、楓は目線を背けた。

いかん、突っ込みすぎたか。


「答えたくなければ、もちろん構わないんだけど」

その場を取り繕うように付け加えると、「そういうわけではないの」と言った。

遠慮をしているようには見えなかった。


どこから話すべきか考えていたのだろう。

「お医者様は、心因性の症状だろう、と言ってました。

記憶がないのは、何らかのストレスから無意識の行動に出ているか、この時期の子特有の、アニメかドラマにの役割に自己投影しているのでは、、とも」


「...」

その言葉はどこか彼女の妹を軽視している発言のような気がして、俺は顔をしかめた。

頼りにしていた医者からそんなことを言われた家族は、どんな気持ちがしただろう。


「あ...」

永崎楓は何か思い出したような声をあげた。

「何か?」

そのまま何かを考えるような素振りをした楓に、神野ゆかりが先を促した。


「確かそのときちょっとだけ聞いたんです。昔のことなので性格に覚えているわけではないですが。私たちには、もう一人弟がいたとか。」

「いた?」

冬華が小首を傾げた。

その言い方が気になったのか、表情は険しいままだ。


「ええ、ただ流産してしまったみたいで、生まれてくることは適わなかったんです。その時の何が原因かまでは教えてもらえなかったですけど。」

再び、気まずい沈黙が舞い降りる。


俺は何かすごく大きなことに足を突っ込んでいる気がして、少し怖くなった。


「あ、私はその頃のことをほとんど覚えていないし、ちらっと話だけ聞いた程度なので寂しいとかはなかったんですが、一時期は『もしかしたら』なんて、思っちゃってたりしてて。えへへ」


永崎楓は取り繕うように頬を掻いた。

それが功を奏したのか、空気がほんの少し弛緩する。


「...なるほど。粗方の事情を把握しました。何か、考えておきましょう」

ひとしきりメモを取り終えた冬華の一言で、今日はお開きになった。


...もしかしたら、ね。

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